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第53話 罪《シン》の世界

 俺は拠点に真正面から堂々と侵入するが、悪魔崇拝教団に加担した大罪人達が一斉に攻撃を仕掛けてくるというような事はなく、皆ガルバーの凄惨な死体の周りに群がっていた。


「あ…来たぞ!!」


 大罪人の一人が俺に気付き、声を上げると群がっていた奴らはみんな俺の方へ目を向ける。すると半分以上の大罪人は恐ろしいバケモノでも見たかのような表情に変わり、「ひぃ」なんて情けない声を出す。

 俺を見て怯える者達は皆、恐らく現世で俺によって殺された“元賞金首”だろう…どの顔も、憶えていないが。


「…お、お前がガルバー様をこんな目に」


 群がる大罪人の中から、命知らずな奴が俺に向かってそんな分かりきった事を言ってくる。

 …仮に否定したとしても、どうせ信じないくせに。


「ああ。俺が本気出せば悪魔崇拝教団のボスなんざ一瞬かつ残酷に殺せるんだよ」

「っ…!」

「おいおいどうしたんだ?俺は一人だぞ、しかも親玉殺されて許せないだろ?…数少ない方が悪なんだろ?悪は滅んだ方が良いんだろ?」


 俺はゆっくりと歩き出して大罪人達を煽るようにそう言う。

 そう。奴らにとって俺は現世で自身を殺した張本人であって、自身の親玉であるガルバーを凄惨に殺した、最低最悪な“ワル”なのだ。であれば、俺に対して復讐心だって芽生えて…というかそもそも奴らが悪魔崇拝教団に加担したのも俺への復讐心からなのである。

 …にも関わらず、圧倒的に人数が多いにも関わらず、大罪人達はまるで俺からガルバーの死体を守るかのようにその場から動かない…いや、守っているのは自分自身か?


「だ、黙れ!数少ない方が悪だとか、それはガルバー殿が勝手に言っただけで…!」

「おいおいおいお前マジかよ、遂には他人の…ましてや親玉のせいにすんのかよ?いや普通にやべぇよ、お前ら」

「それはコイツが勝手に言っただけだ!アタシは違う!アタシはガルバー様の発言は正しいと…!」

「そうだ!ガルバー様の言う通り、数が多い方が正しいのだ!何を考えているんだ、この裏切り者が!!」

「そういえば貴様、ガルバー様の事をガルバー“殿”と呼んでいたな…本当に忠誠を誓っているのか!?」


 そして何故か、大罪人の内で争いが起こる。そんな醜い争いを目の前で繰り広げられ、俺は「一体何を見せられているんだ」と、ただただ不快な気分になる。

 誰かを…それこそ仲間をも悪者に仕立て上げなければ、コイツらは自分を守る事が出来ないのか?というかそもそも、コイツらはどうしてガルバーが死んでもなお“悪魔崇拝教団”に縋り続ける?


「…ひとまず退け」


 俺はシイナのチェーンソーを回収したいが為に、醜い言い争いをして今にも仲間割れ寸前な大罪人達に向かってそう告げるが、俺の声が小さかったからか大罪人達は一切聞き入れずに“善”だとか“悪”だとか、“裏切り者”だとかそんなくだらない単語を連呼しながら自分の仲間を吊ろうとしている。

 因みに“吊る”とは、主に人狼ゲームで使われる用語であり、投票で最も票が多かった人…人狼だと思われる者を処刑する行為の事である。


「おい退けっつってんだろ…!」


 退こうともせず、醜態を晒しながらずっと仲間内で争い続ける大罪人達に俺はもう一度言う。だがそれでも俺の声を聞き入れる事は無く、まるで俺の存在が蚊帳の外かのように感じさせられる。


「っ…!」


 突如、ある記憶が頭の中にフラッシュバックする。それは、前世の忌々しい記憶。

 俺はその見た目からなのか、それとも単純に面白くない奴だったからなのかいつも仲間外れで、周りが避けるから誰かと肩をぶつかる事も無く、話しかければ拒否され…いつも独りぼっち。興味も無いどころか寧ろ嫌いになりつつあった流行りの異世界転生小説と睨めっこして時間を潰す日々。

 誰も助けてくれなかった。誰も動いてくれなかった。誰も助けられなかった…俺は、弱かったんだ。


「…ぁああああああああああ!!!」


 延々と見せられる大罪人同士の醜い争いと前世から今まで紡がれた忌々しい物に対して怒り狂ったように叫ぶと、突然辺りが徐々に暗くフェードアウトしていく。

 これはどうやら俺の幻覚ではないらしく、大罪人達も異変に気付いて争いを辞めて辺りを見渡しながら騒めき出す。


 ——やがて、俺を含めその場に居た者達の視界はブラックアウトした。



「…!」


 突如として視界が明るくなった…と思ったのも束の間、俺は先程まで居た大罪人達の拠点とは違う場所に居る事に気付く。

 …何故だろうか、先程まで怒りに満ち溢れていた心が浄化されたかのようにスッキリしている。そして“悪意”にあたる感情が一切湧かず、まるで俺の悪い側面が切り離されたかのようだった。


「ここは…?」


 ふと、俺は辺りを見渡す。殺伐としたメルヘンチックな地獄とは真逆な、綺麗な夕陽に桜の花びらが舞い落ちる幻想的な一本道であった。足元はアスファルトではなく、紅い薔薇が咲く花畑であった。

 普通なら純粋に「綺麗な場所だなぁ」なんて思えるのかもしれないが、俺は何が起こるかわからないこの謎の空間を警戒しながら一本道を進んでいった。


「…!!」


 ある程度歩いて、薔薇畑と桜が綺麗な場所を抜けて辿り着いた先に目に映った光景に俺は絶句し、見ていて気分が悪くなるくらいの景色だというのにまるで金縛りにでもあったかのようにその場に硬直してしまう。

 目線の先に広がる光景は、先ほど醜い争いをしていた大罪人達が十字架に縛り付けられ、手足には杭を打たれて全く身動きが取れなくなっていた。しかしまだはりつけにされた者達は皆生きているようで、衰弱しているからなのか苦しむような呻き声が微かに聞こえてくる。


「…他の奴らは」


 俺は磔にされている者達を見てそう呟く。もしあの場にいた大罪人が全てこの異質な世界に連れてこられたのだとすれば、決して少なくはない数ではあるものの人数が明らかに足りていない。

 俺はその景色から目を逸らすように振り返ってあの桜が舞い落ちる薔薇畑へ戻ろうとした…すると突然、背後からぐちゃ、と少し聞き覚えのある音がした。その直後に背中に生温かい液体が飛び散り、俺は振り返らずに逃げるように走っていった。


「なっ…何なんだよここは!!何回も何回も変な世界に連れてきやがって!!」


 俺は走りながら、まるで自分を見下ろす神様にでも言うかのようにそう叫んだ。

 …当たり前だが返答が返ってくる事は無いまま、俺はあの綺麗な薔薇畑へと戻ってこれた。だが先程には絶対に無かったはずの謎の大穴が地面にぽっかり空いており、俺は興味本位かつ怖いもの見たさでその穴を覗いた。


「た、たた助けて下さい!!!まだ死にたくない!!」

「嫌だァアアア!!!生きたい生きたいィイイイイ!!!」

「…これは、まるで」


 大穴を覗くと、磔にされていなかった残りの大罪人達が一本の細い糸にしがみつき、命乞いのような言葉を叫びながら目的地であろうここへと登ってきていた。

 俺はこの光景に既視感があった。前世で唯一好んで読んでいた小説で似たような展開があり、最終的に…。


「おい!!私が一番だぞ!オマエラは降りろ…あっ」


 大罪人らしき女がそう言った直後、ここへ登ってくる為の細い糸がぷつん、と切れて大罪人達は地の底へと落下していった。

 …やっぱり、俺が好きだった小説と同じ展開だ。だが落ちていく寸前の大罪人の“地獄に堕ちる事”と“死”に対する恐怖に満ちた表情を一瞬だけ見せられ、俺は少し罪悪感に苛まれる。

 …どんな悪人であれ、死ぬのは怖いのである。


「本当に何なんだここは一体…?」


 俺はまた逃げるように目を逸らして、そう呟きながら辺りを見渡す。この場所…というより、“この世界”と言った方が良いだろう。なんとなく、ここは“幻覚”とか“夢”の類いの世界だろう。まぁあの状況で俺達が突然眠らされたなんて事はあり得ないのだが、本当になんとなくそんな気がしたのだ。


「…どうだ、これがおまえが望んだ“理想の世界”なんだろう?」


 突如背後から声が聞こえると同時に、時が止まったかのように舞い落ちる桜の花びらが空中で静止する。俺は警戒して黒い剣を引き抜きながら振り返ると、そこには黒いモヤを纏った人型の“影”のようなものが立っていた。

 全体的な輪郭はまるで俺と同じだった。


「ここが理想の世界って、どういう事だ?」

「そのまんまの意味だよ。ここはお前が望んだ事がカタチになる世界…実際、“悪をとことん許さない”というお前の信念、そして“悪人には相応の罰を”というお前の考えに、この世界は応えていただろ?」


 影は意外にも気さくに、まるで友達に対して喋るかのように俺へそう告げてきた。正体もわからない人影なんて異質な存在、普通なら更に警戒するのだが、相手が気さくで親近感が湧いたからか俺は黒い剣を鞘に収めた。


「俺があんなのを望んでたっていうのかよ?そんな訳無いだろ、お前が俺の何を知ってんだ」


 俺は影の言葉に感情を揺らさず否定する。

 確かに罪を犯した人間には正当な裁きを受けるべきだと考えていて、悪という存在を極端なまでに嫌っているが、それはあくまで俺の性格であって、実際こんな事を望んでいる訳ではない。


「知ってるさ、何もかも。だって俺は“お前”だからな」

「は…何をっ?」


 その後に続けて“言ってんだお前は”、と言おうと口を開いた途端、まるで影の言っていた事は正しいと言わんばかりに纏っていた黒いモヤが消失し、俺と同じ顔、同じ声をした存在が俺の目の前に現れた。


「顔と声が同じってだけで同一人物気取りかよ」

「実際同一人物だからな。俺は“真実”、お前は“仮面”だ」

「…そうやって自分が正しいって思い込んで疑わないから、俺の望みすらもわからないんだ」

「ほう?」


 “真実”の俺は意外にも“仮面”の俺の否定の言葉に対して言い返す訳でも無く、興味深そうな表情で耳を傾ける。まるで俺がそうやって“真実”の言葉に否定する事を望んでいた、或いは知っていたかのようだ。


「確かに俺は“悪には正当な罰を”って思ってる。でもそれは手段であって、俺の望みじゃない」

「じゃあ、仮面おまえの本当の望みは?」

「…決まってんだろ、咲薇が幸せならそれで良いんだよ」


 俺はそれが当然かのように影へ伝える。

 そもそも悪を嫌い、正当な罰をと考えるのは俺がそういう性格だというのもあるが、一番は咲薇の幸せにとって邪魔な存在だからだ。

 …そんな、目的と手段が逆になるほど俺は狂っちゃいない。まぁ、一時期はそうだったかもしれないが。


「…なんだよ、せっかく色んな言葉考えてたのにさ。我ながらそこだけは本ッ当にブレないな」


 “真実”の俺は呆れているような、感心しているような…笑みを零すくらいに嬉しそうな表情で“仮面”の俺に向かってそう告げる。

 色んな言葉を考えていた…という事は、もし俺が目的と手段が逆になってしまっていたら…という事を想定していたのだろう。だから恐らく“真実”とか“仮面”とかも比喩的なものだと思う。


「当たり前だ。今この瞬間、咲薇が生きている事が俺の存在意義なんだからさ」


 俺がそう言うと、ずっとポケットの中に隠れていた咲薇の記憶がまるで自分がここにいる事を強調するかのようにポーンと飛び出してきた。だが俺が二人居るという状況に混乱しているのか、咲薇の記憶は“真実”の俺の方と“仮面”の方の俺とを何度も行き来している。


「…仮面おまえ、咲薇が居るのにガルバーをあんな風に殺したのか」

「まぁ…見えないから良いかなって」

「お前マジかよ。まぁ俺はお前だ、当時の気持ちはわからんでもないけどな」

「…そうだ、何でお前は俺なんだ?」


 俺は、文だけ見ると全く意味の分からない質問をする。これは俺が二人居るという異常な状況だからこそ出来る質問である。


「ここはシン・トレギアスという人間の世界…いわば、固有結界ってヤツだ」

「固有結界…俺にそんな力は無いけど」

「この固有結界は無条件…って訳でも無いとは思うんだが、初回は本人の意志とは関係なしに突然発動するんだ」

「“初回は”って事は、次からは自分の意思で使えるって事か?」

「その通り。だがそれは本人次第なところもある…因みにお前は次からは自分の意思でこの空間を作り出せるぞ」

「その基準って、まさか」

「お前の考察は正解だ。初回は今の俺達のように、上っ面の自分と内面の自分が分離する。双方の対話の末に、自分の本当の望みに気付けた者が、この空間を自分の固有結界として使う事が出来る」


 上っ面の自分と内面の自分…どうやら“仮面”と“真実”は本当に比喩だったようだ。それに俺が上っ面と内面で二人に分離しているのなら、この空間に来た時の心が浄化されたかのようにスッキリし、そして悪い感情が一切湧かないのにも納得が行く。

 その時にも比喩的に言ったが、まさか本当に切り離されているからだったとは。


「…でも、俺みたいに自分の本当の望みに気付けなかった奴は、どうなるんだ?」

「分離したもう一つの自分と立場が入れ替わってしまう。今の“真実おれ”は例えるなら番人だ、だがそれと同時にこの固有結界に幽閉されてるようなもんだ…後はわかるだろ?」


 “真実”の俺の言葉の意味を理解すると、俺は無言で頷く。

 固有結界に幽閉されているのと同義なもう一つの自分と立場が入れ替わる…そこまでヒントを出されているのなら、寧ろわからない方がヤバいだろう。


「…じゃあ何でお前は俺が本当の望みに気付けるように促したんだ?」


 望みに気付けない場合は立場が入れ替わる…それによって一つの疑問が俺の中に生まれ、“真実おれ”に問いかける。

 ずっとこの固有結界に幽閉されているようなものなら、それこそ“仮面おれ”が生きている世界が恋しくなって、外に出たいはずだ。


おまえの場合、例え促されていなかったとしても結果は変わらないだろ」

「確かにそうだが、どうとでも言えたはずだ」

「ずっと幽閉されてた俺からすれば、確かに外の世界は恋しいし、外に出てみたい。だが本当の望みに気付けた場合、分離した自分達が真の意味で融合して、共に外の世界を歩けるんだ。だったら気付かせた方が得だろ」

「まぁ確かに」

「だが、これから一つだけ気を付けてほしい事がある。固有結界の展開中は常に“本当の望み”を胸に刻んでおいてほしい」


 真実おれは俺の肩に手を置いて、そう告げた。その時の真剣な表情から、さっきまで気さくに話していたからこそ、それがどれだけ重要な事なのかを察せた。

 …なるほど、次から自分の意思で固有結界を展開出来るという言葉の意味がわかった。

 つまり、この固有結界を脱出するには自分の本当の望みに気付く事が条件。次にこの固有結界を自分の意思で発動する時は、本当の望みを理解しているという事だから、いつでも好きなタイミングで脱出可能になる。自由に出入り出来るという事は、それはもう自分の意思で展開しているのと同じだから。


「…もし一瞬でも刻まなかったらどうなる」

「強制的に固有結界が閉ざされ、脱出手段を失って永遠に幽閉される事になる…てか、そもそもよく考えたら俺達の場合、咲薇を幸せにするって望みはずっと胸に刻まれてるから大丈夫か」

「そうだな」


 真実おれの言葉と笑顔に、俺も笑みを少し浮かべる。すると真実おれは俺の肩から手を離し、まるで表情を隠すように背を向ける。


「もう質問は無いか?」

「…強いて言うなら、一つだけ」

「なんだ?」

「融合したら真実おまえはどうなる」

「お前の意識の中に融けて消える…元のお前に戻るだけだ」

「そうか」

「…なんだ、真実の自分に情でも湧いたか?」


 真実おれは明るい声色でそう聞いてくる。でも表情を俺には一切見せないところを見るあたり、仮面である俺の心に元々一つの存在であった事もあって少しは影響されてるんだろう。


「いや…真実の自分とか言い出したからさ、てっきり俺の痛い所を執拗なまでに突いてくるのかと思ってたんだ」

「だから本当はそのつもりだったんだよ!それを言おうとあれこれ考えてたのによ…」

「結局、お前も同じって事だ。自分の触れられたくない所を何度も触れられるより、さっきみたいに友達感覚で話してる方が良いんだ」

「ふっ…自分と友達だなんて、寂しいヤツ」


 真実おれは相変わらず背を向けたまま、鼻で笑うようにそう告げる。時々鼻をすする音を無意識に出しているあたり、やっぱり俺達は元々一つの存在だったんだと改めて感じさせられる。


「だって咲薇が幸せになったら…俺、一人になっちゃうからさ」

「シイナを忘れんな、ルィリアも」

「ああ…後でルィリアに謝んなきゃ」

「おう、じゃあさっさと融合して外に出なきゃな…!」


 そう言うと真実おれは黒いモヤとなって俺の身体に纏わりつき、やがて浸透していくように俺と一心同体になった…途端、ずっと止まっていた辺りの景色が動き出したと同時にガラスのようなヒビが出来始める。

 辺りの異変に気付いた咲薇の記憶は、驚いて即座に俺のポケットの中へと逃げ込んでいった。

 …桜が舞い落ちる綺麗な薔薇畑にヒビが入るなんて、まるで“お前の理想は砕けちる”と言っているようで実に不謹慎だ。


「…もっと良い演出あっただろ、まるで世界が終わるみたいじゃないか」


 そう発言した直後に辺りの景色が割れ、あの時と同じように俺の視界はブラックアウトした。



「…」


 目を覚ますと、そこは大罪人達の拠点であった。一番最初に視界に入ってきたのは、中心にチェーンソーが刺さり凄惨な姿となったガルバーの死体だったが、その周りにいた奴らは居ない。

 …どうやら、あの固有結界で殺された者達は当たり前だが死体すらも戻ってこれないようだ。お陰で血も飛び散っていなければ、まるで最初からその場に何もいなかったかのようであった。

 割と長かった筈なのに、あっという間だった出来事に俺はその場に佇むだけであった。


「シーンー!」


 突然俺を呼ぶ声が聞こえてくる。俺はその声に驚いて振り返ると、そこにはルィリアではなくシイナがこちらに向かって走ってきていた。

 死んでいるみたいになるくらい酷かった筈だが、今のシイナは本当に体調が悪かったのかと疑うほどピンピンしていた。


「シイナ?」

「うんそう、可愛い可愛いシイナちゃんでござんす!あ、悪魔なんたら教団のボス、ぶっ殺したんだね!うーん、でも悪いヤツらはいないなー…」


 シイナは機嫌が良さそうにそう言うと、額に手を当てて遠くを見渡すような動作をする。

 ひとまずシイナが復活して良かったとは思うが、それよりも…この場にルィリアが居ない事が気掛かりだった。俺はルィリアに謝らなくてはいけないというのに…。


「…なぁシイナ、ルィリアは?」

「え、わかんない。目を覚ました時にはもう居なかったよ?にしても敢えておれっちのチェーンソーでトドメ刺したの、本当シンってばセンスあるわー!んー、おかえりぃー!」


 そう言ってシイナはガルバーの死体に刺さったチェーンソーを引き抜くと、まるで我が子のようにチェーンソーを抱きしめる。

 シイナが目を覚ました時にはルィリアはもう居なかった…そんな事はあり得ない。仮にあったとしても、必ずこっちにきている筈…。


「…まさか」


 俺はある予想をして、膝をついて絶望する。もしかしてルィリアはここに来たタイミングで俺の固有結界に巻き込まれて、そのまま…。

 “「た、たた助けて下さい!!!まだ死にたくない!!」”

 …まさかあの大穴から聞こえてきた大罪人の声は、ルィリアだったのか?


「そんな…嘘だろ…」

「……シン…君…!!その女から、離れて…下さい……!!」

「ルィリ…ア……!?」


 聞き慣れた声が俺の名を呼び、俺は安心して声の方に顔を向けた…が、その安堵はすぐに戦慄へと染まった。

 ルィリアの姿は血まみれになっており、片腕が何者かに喰われたかのように無くなっていた。いや腕だけでは無い…片方の目玉も無くなり、身体の至る所が歯形に喰い千切られていた。

 …寧ろ、生きているのが凄いとまで言える程だった。死んでも復活できる大罪人故か。


「…チッ」

「どうしたんだよルィリア!?」


 俺はシイナの舌打ちに気付かず、そんな酷い状態のルィリアに駆け寄る。固有結界の問題が解決したと思いきや、また新しい問題が出てくる…!


「…わかったんです……あの女が…どうして体調悪かったのか……どうして大罪人を殺すのか……」

「何言ってんだ、そんな事より…!」

「良いんです…どうせ復活出来ますから……あの女の主食は……私達大罪人の……肉です」

「…………え?」


 ルィリアから告げられた事実に、俺は驚愕する。そんな訳無いと思いたいがルィリアの状態、そして復活したシイナ…今この場の状況が、ルィリアの言葉が真実だと俺に知らしめる。

 それだけでは無い、今までずっと疑問に感じていた事…何故マリスメアの全滅に悲しんでいたのに、マリスメアの肉は平然と食べられるのか。

 あれはマリスメアの肉なんかじゃなくて、殺した大罪人から剥ぎ取った肉だったんだ。

 …待ってくれ、そうなるとじゃあ俺が調理して食べたあの肉も…!?


「うっ……!!」


 俺はこの世界で今まで食べてきた肉がマリスメアではなく、大罪人…人間の肉だと知ると、とてつもない嘔吐感に襲われて口を覆う…が、あんな食べ物は吐き出した方が良いとその場に嘔吐する。

 確かに考えてみればシイナが大罪人を殺した後、マリスメアが大罪人の死体を咥えて何処かへ向かっていた。

 シイナがマリスメアを味方と呼ぶのは、大罪人の位置を教えてくれるからというのもあるだろうが、それ以前にシイナの大事な食糧を集めてくれる“同業者”だったからなのか。

 …ようやく、シイナに対しての疑問が全て解決した。


「……シン、君…!!」

「っ…!!」


 ルィリアに呼ばれた直後、背後に気配を感じて咄嗟に振り返ったが、シイナの姿を見た瞬間に俺は首筋に毒を注入されてしまい、抵抗する間も無く意識を失ってしまった。

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