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全ステータスの適正ランクがSS+な私は、異世界で騎士団長兼アイドルになります!番外編『元厳格騎士団長は異世界転生者に嫉妬する』

 私の名前はカナン・リゼルベラ。我が忠誠を誓うデリシオス国王が統治するエアトベル王国に仕える、騎士団の総団長だ。

 女の身である私が騎士団の総団長なんて、おかしな話だと思うだろうが…リゼルベラ家は代々、騎士団を纏める総団長になるべくして本人の意思とは関係無しに育てられる。本来は長男がそれを担うのだが、私には兄も弟も居ない…当時総団長を務めていた父上も私が生まれた頃には既に高齢であり、母上も後に病気によって妊娠出来ない身体へとなってしまった。

 …だから仕方なく、唯一の子孫である私が未来の騎士団総団長として育てられる事になったのだ。


 私は思春期を殺し、厳しい鍛錬を数年積み重ね、16という若さで父上の総団長という立場を引き継いだ。初の女性にして歴代最年少という事で“どうせコネでなったんだ”やら“すぐに辞めちまうよ”やら陰口を言われ、騎士団の間では私の人望なんて無かった。

 確かに私が騎士団総団長になれたのはリゼルベラ家の人間として生まれたからというのもある上、当時の部下達からすれば自身より年下の華奢な女に従うなど屈辱であったとは思う。

 …みんなは知らないだろう。私がどんな鍛錬を積んできたか…リゼルベラ家という名が自分にとってどれだけプレッシャーだったかを。当時は16歳の割にかなり重責だと我ながら感じていた。



 私は早速、部下である皆を集めた。突然招集され部下達は皆、姿勢こそ良いものの、その顔は面倒くさいという感情が浮き出ていた。


「…女の身である私がリゼルベラ家であるというだけで総団長を務めるというのは、皆にとっては色々不満だと思う。だから、私に不満がある者は前に出て一戦交えるがいい!どんな手を使っても構わん!それでもし私に勝てたのなら、騎士団総団長という立場を譲ろう!」


 私は竹刀を手に取って皆にそう告げると、集まった皆は騒めきだす。もちろん総団長の座を譲る気は無い。これは私自身が勝てると思っての賭けであった。


「ただし!私に負けたら…騎士団を辞めてもらう!私のような“女如き”に負けるようでは、この国は守れないからな…?」


 私は部下達を煽るようにそう言うと、騒めきの声がより大きくなる…もちろん辞めさせるつもりは無いが、もし私に負けて自分の口から“辞める”と言われたら、無理強いする必要も無いので辞めさせるが。


「やってやりますよ!」


 部下達が騒めく中、集まる仲間達の中からただ一人、手を上げた男が居た…フン、ただ一人か。

 彼の名前はムアル。私の父上の代から騎士団の兵士として前線で戦ってきた“歴戦の猛者”である。ベテランであるムアルが手を上げたという事で、辺りの部下達は雄叫びのような声を上げて盛り上がり、ムアルは堂々と立つ私の前へと偉そうに近寄ってくる。

 身体中に刻まれた古傷と鍛え上げられた筋肉を見せつけるようなタンクトップを着てこちらに向かってきた巨体のムアルに、私は竹刀を差し出す。


「親父の七光りで総団長になった女なんぞ、この俺の敵ではありませんよ…総団長に相応しいのはこの俺ですよ!」


 ムアルはニヤリと笑いながら、渋い声で煽るようにわざと敬語でそう言う。


「…御託はいい、さっさと受け取れ。それとも負けるのが怖いか?」

「ああ…新総団長サマを勢い余って殺しちまうんじゃねぇかってなぁ!ガハハ!」

「受け取れと言っている」

「おっと…申し訳ございません、新総団長サマ」


 ムアルは腹立つ顔をしながら私の差し出した竹刀を受け取ると、お互い一定の距離を離れる。体格差では圧倒的にムアルの方が上…どんな人間が見ても、私に勝ち目など無いと思うだろう。竹刀を構えてお互いを見つめ合う。ムアルの眼光は鋭く、目が合っただけで動物を殺せるだろう…とでも言っておこう。


「「…勝負ッ!」」


 その掛け声と共に、ムアルが馬鹿正直に真正面から向かって竹刀を振りかぶる。私はその場から動かずにただ構えるだけだった。

 …私とムアルの戦いを観戦する部下達の“その女を倒せー!”やら“ムアルさんやれー!”やらの歓声がうるさい。結局みんな、ムアルに任せる度胸無しか。仮にムアルが勝っても負けても、ただ見ていた自分達には何の被害も無いからと。


「オラァッ!」


 ムアルは竹刀を振り下ろす…かと思いきや、竹刀の先を私に向けて突き出してきた。それに対して私は、手に持っていた竹刀をムアルの頭上に向けて竹刀を投げつける。

 突然目の前に飛んできた竹刀を避けようのけぞり、ガニ股になったムアルの下をスライディングし、その途中で脛に手刀を食らわせて潜り抜けると、先程投げた竹刀をキャッチし、ムアルの脳天に竹刀を叩きつけるとトドメに脇腹に蹴りをお見舞いして吹き飛ばし、壁に叩きつけてムアルをノックアウトさせた。

 あの歴戦の猛者であるムアルが華奢な女に一瞬で負けたという事が衝撃だったのか、ムアルを応援し観戦していた部下達は一瞬黙り込んだ後、野次を飛ばしてきた。


「ムアルさんが負ける訳ないだろ!」

「そうだ!こんなのヤラセに決まってる!」

「急所だけ狙うなんて卑怯だぞ!」

「竹刀を投げるなんて卑怯だぞ!」

「黙れ!」


 私は竹刀を地面に叩きつけ、その音で部下どもを黙らせる。


「フン、私は“どんな手を使っても構わん”と言ったんだ…それは当然私にも適応される。卑怯な手を使おうがそれもルールの一部だが?まさかとは思うが貴様ら…戦場でも敵軍に対して卑怯だやれなんだと騒いでいるのか?」

「…」

「それに貴様ら、私を卑怯者だと非難したな?自分から戦おうとせず、誰かが挙手するまで黙り込む…貴様らの方がよっぽど卑怯ではないか?」

「ウォオオ!!」


 私が部下どもに向かって言葉を投げかけている途中、壁に叩きつけられてノックアウトした筈のムアルが雄叫びを上げながら私の背後を狙う。

 …歴戦の猛者、ベテラン故の“火事場の馬鹿力”という奴だろうか。ムアルが物語の主人公ならば盛り上がる展開だが…私は即座に回し蹴りを顔面に食らわせ、足元に倒れたムアルの背中を勢いよく踏みつける。


「…油断をついて背後を狙うとはな。おい貴様ら、これは貴様らの大嫌いな“卑怯”というものではないのか?」


 私はノックアウトして動かないムアルをぐりぐりと踏みつけながら、悔しそうな顔で黙り込む部下どもに問いかける…が、案の定何の言葉も返ってこない。


「どうした、もう終わりか?因みに私に負けたら騎士団を辞めてもらうというのは冗談だが…」


 私は黙り込む部下どもに告げ、戦って損は無い事を伝えるが…それでもムアルのように挙手して自ら私と戦おうとする者は居なかった。

 …軟弱者揃いにも程がある。父上は一体どんな風に皆を仕切っていったんだろうか。よく見れば、私よりも歳上で中にはムアルと同世代の男もいるのにも関わらず、皆ムアルのような筋肉も無ければ戦いで付いた傷も無かった。

 それから察するにコイツらは別に戦場を戦い抜いてきた者達ではなく、偶然生き残ってきた連中の集まりという訳だ。


「騎士団を辞めさせるというのは冗談だと言ったが、それは慈悲という訳ではない。普通に人手が足りなくなるからだ…これが何を意味するかわかるか?」

「…」

「…逆を言えば、人さえ足りていれば貴様らなど要らん存在だという事だ。戦いもせずムアル殿のお陰で生き残ってきたような幸運の持ち主は、騎士団には必要無いんだよ」

「…!」

「当然そんな訳が無く、貴様らも戦場に赴いて戦い抜いてきた者達だという事くらいはわかっている…だが、今の貴様らではそう言われても仕方がないくらい弛んでいるという事だ!」


 私は黙り込む部下どもにそう告げた。

 この部下どもが戦い抜いてきた者達だ…と思っている訳が無いだろう。こんな弛んだ人間達を見せられて、これが戦い抜いてきた者達だなんて冗談にも程がある。本番になってようやくやる気を出すようでは、意味が無い。



 それから私は自分が実際に行ってきた鍛錬を元に、騎士団の皆を一から鍛え直す事にした。やがて女性という身でありながら戦場に赴く事も増えてきた。

 そして作戦内容や命令の的確さなど数多の功績が認められ、私は当時の国王から直々に褒めの言葉を頂くことも多々増えた。この2年でエアトベル王国の力は徐々に増していき、私に対して不満を抱いていた者達も少なくなっていった。

 …だが、何もかもが順調だった訳ではない。戦場では当然、私の目の前で死んでいった仲間達も居た。そんな私が、国王様に褒められても良いのだろうか?実際、この国を守っているのは私だけではないというのに。

 

 そして18歳を迎えて数日、私は滅多に無い休日を利用して露天風呂へ行ってみる事にした。道中、ナンパというものを私にしてくる男が居たが、私が騎士団総団長のカナン・リゼルベラだと知ると、情けなく逃げていった。

 初めての露天風呂に内心ワクワクしながら入っていく…それが、シン・トレギアスとの出会いであった。私は何故か常連のフリをして接したが、彼はとても優しかった。

 …これが、恋という奴なのだろうか?



 シンと出会ってから、私は更に鍛錬を重ねた。この国を守り抜いてみせると告げてしまった建前上、当然私が…騎士団が敗北する訳にはいかない。

 私はトレーニングの内容を改め、自分を更に追い込んだ…だがどれだけ鍛錬を重ねても残るのは筋肉痛だけで、日に日に酷くなっていく一方であった。それでも私はまだ身体が鈍っているのだと鍛錬を続けた。


「総団長、何故そこまでして鍛錬を続けるのですか」


 私は先に重りを付けた特製の竹刀を素振りしていると、部下の一人が心配しているのかそう問いてきた。


「…私には運や才能が無いんだ。だが運も才能も、身に付けようと思って身につけられるものでは無いだろう?でも力は身につけようと思えばつけられる。だからするだけだ」

「ですが、総団長はその…鍛錬している際のお顔がとても辛そうです」

「楽な鍛錬なんてものは鍛錬とはっ…呼べない」

「それに総団長には、総団長を受け継いだ初日からあのムアルさんを倒せる程の才能が」

「黙れ!…私は、才能という言葉が嫌いなんだ」


 私は特製の竹刀の素振りを止めてそう言った。

 …この部下は単純に私を心配してくれているのはわかっている。だが…私の鍛錬によって実った結果を“才能”なんて言葉で片付けられたくないのだ。


「どうして才能という言葉が」

「すまない。貴様はこんな私を心配してくれているのだろう?感謝する」

「はっ、はい…では失礼します!」


 そう言って、部下はそそくさと立ち去っていった。

 …流石に無理があったか?部下からの質問は答えたくない内容であったゆえ、こうやってやり過ごした訳だが…私が才能を嫌う理由がただの嫉妬だなんて、口が裂けても言えん。

 だって狡いじゃないか、私のように鍛錬せずとも力を持っているなんて。もちろん中には努力をして得た者もいるのだろうが…ここ最近、異世界転生者なるものが多発しているらしい。

 異世界転生者…それは前世からの記憶を受け継ぎ、文字通り異世界からこの世界に転生してきた者達の事を言うのだが、奴らには同じ特徴がある。

 …それは、生まれつき強大な力、もしくは都合の良い力を有しているという点だ。生まれつきその力を持っているのだから、鍛錬も努力もクソもない。

 1年程前のデリシオス国王即位の晩に、異世界転生者にして選定の剣に選ばれた勇者、アーシュが王国の繁華街を火の海にしたという事件がある。私も現場に駆けつけたが、既に誰かがアーシュを打ち倒していたそうで、私はただ反逆者を連行するだけだった。

 後にアーシュの事を調べると、彼は牧場を営む家庭に生まれた普通の少年であった。当然、勇者に選ばれる為に修行をしている訳もなく、異世界転生者としてこの世に生まれた際に勇者の資格を得ていたのだろう。

 …私はこういう、何の努力もせず力を得て、その力に自惚れて暴走するような奴が嫌いなんだ。



 毎年春になるとやってくる恒例行事が、新しく騎士団に入る者達を迎え入れる入団式である。普通なら共に戦う仲間が増える事は喜ばしい事ではあるが、私は毎年この季節になると、内心怯えていた。そして24歳…私からすれば8回目の入団式を迎えたある日、遂に私の恐れていた事態が起こってしまった。

 …遂に、異世界転生者が騎士団へ入団してきたのだ。かといって私情で無理矢理辞めさせる訳にもいかないので、仕方なく受け入れる事にした。


 彼女の名前はアリリ・イルシエル。

 誰に対しても人当たりが良く、加えて顔とスタイルが良い上に騎士団には男が多いからか、私と違って騎士団の仲間達ともすぐに馴染めた。更に歌も上手く、騎士団の間では“天使の歌姫”と呼ばれた。

 …私の嫌いなもののオンパレードだった。私が数年掛けて得てきたものを一瞬にして手に入れるアリリに…私は嫉妬した。

 それだけに留まらず、この1年でアリリは一気に戦果を上げ、一瞬にして騎士団副団長へと成り上がっていき、いよいよ私の立場が危うくなってきた。加えて、アリリはまるで全てを見通しているかのような的確な指示や行動に、私は“カナンよりアリリの方が団長に向いてないか?”と言われるようになってしまった。

 …だが私にはリゼルベラ家の子孫にして、総団長としてのプライドがある。容姿、環境、才能、運…何もかもに恵まれた異世界転生者などに、負ける訳にはいかない。そう思い、ただひたすらに鍛錬を重ねた。


 ある日、私は雑務や資料の整理を終えて、いつものように特製竹刀の素振りをしていると、アリリが私を訪ねてきた。


「あの、カナンさん」

「なんだ」

「数年前にカナンさんと仲間達で“何でもありの賭け”をしたって聞いたんですけど」


 アリリの言う“何でもありの賭け”とは恐らく、16歳の頃に私がムアルを完膚なきまでに叩きのめしたアレのことか。

 …“仲間達で”とは随分話を盛ったな、ムアルしか私に挑んで来なかったというのに。


「…それがどうした」

「私も、やらせて頂けないでしょうか?」

「負ければ、騎士団を辞めてもらうが…それでも良いのか?」


 あの時は冗談だったが…今回は本気でそう言った。寧ろ異世界転生者をここで叩きのめし、鍛錬を重ねれば才能すらも越えられると証明する良い機会だ。


「はい。逆にカナンさんが負けたら、騎士団を辞めてもらいます!」

「…良いだろう。だが一つだけ聞かせろ」

「なんでしょう?」

「何故そんな賭けに?どうしてそこまで私を辞めさせたい?」

「それは…みんな、苦しそうだから」

「は?」

「カナンさんの鍛錬は、少しやり過ぎだと思います!みんなも嫌がってますし、給料が高いから仕方なく騎士団をやってるんだって言ってました!」

「…」


 アリリから告げられた“仲間達の本音”は、私を呆れさせた。どうやら今の騎士団には国を守りたいという意志は無く、ただ金の為に動いているだけか…というか、アリリはこの1年でそんな本音を言われる程に信頼関係を深めているのか。

 …私は内心、鼻で笑った。


「だから…カナンさんは騎士団の総団長には向いてないと思います…自分基準で物事を考え過ぎなんです!もっと仲間達を労ってください!」

「確かに私の鍛錬は皆にとって辛いだろう…だが、そうでもしなければ力が得られんのだ!貴様は知らないだろうが、私が総団長を引き継いだ当時は、今よりもよっぽど廃れていた…奴らは少しでも甘えさせるととことん廃る!」

「カナンさんは昔の考え方に囚われすぎなんです!みんなと力を合わせれば…!」


 この女、私の癪に障るような事ばかり抜かす…!昔の考え方に囚われ過ぎだと?仮にも私達は国を背負っているんだぞ、その程度の覚悟で国を守れる訳が無いだろう!それにみんなと力を合わせればだと?まるで私が一人で突っ走っているかのように…!


「まぁ良い…勝負すれば話は済む事だ」


 そう言って私はアリリに向けて竹刀を投げると、それを難なくキャッチされる。私も、重りの付いていない竹刀に持ち替え、お互いを睨み合いながら双方の竹刀を構える。


「勝って、私が騎士団を変えます…!」

「何でもありだ。急所ばかり突くのも、魔術を行使するのもな…では、勝負!」

「勝負!!てぁあああ!」


 アリリはかつてのムアルのように叫びながら私に向かってくる。だがアリリは巨体では無い為、小回りが効く…故に、ムアルの時と同じ手は使えない。

 敢えて真正面から叩きのめしてやる!私もアリリに向けて走り出し、竹刀を振りかぶる…が、私がアリリに竹刀を振り下ろした途端、突然竹刀が勝手に折れ、刀身が短くなった事でアリリの身体に届かず、私は大きく隙が出来てしまう。

 …この女、こんな魔術まで!?


「トドメ!!」


 大きく振り下ろした事で身体のバランスが崩れ、大きな隙が出来てしまった私にトドメを刺すべく、アリリは竹刀をわざとなのか大きく振りかぶる。

 …こんな奴に、負けたくない!!

 私はバランスが崩れながらも一瞬で体勢を整え、それを利用して回し蹴りをアリリの顔面に目がけて食らわせようとする。…だが、私が回し蹴りで足を大きく開いたその一瞬の隙をついて、アリリは私の股に一発蹴りを食らわせてきた。


「うっ…!!ぐぅ…!」


 流石に急所を蹴られ、私はバランスを崩してそのまま床に倒れてしまった。急所を狙っても構わないとは言ったが…実際にやられると女であれ中々に痛い。


「…負けたら騎士団、辞めるんですよね?」


 アリリは情けなく倒れる私を煽るように言うと、手を翳して何かの属性魔術を発動しようとする。


「ああ…貴様がなッ!!」


 そう告げ、私に翳すアリリの手を蹴って立ち上がる…が、まるでそれを見据えていたかのようにアリリは私が立ち上がった瞬間に私と同じく回し蹴りを食らわせてきた。

 私はアリリの蹴りを顔面に食らい、意識が飛びそうになって倒れるのを根性で防いだ。流石のアリリも私が回し蹴りを食らってもなお立っている事に驚いているようだった。


「カナンさんに勝ち目なんてありません!みんな私の勝利を望んでいるんです…大人しく負けてください!その方が、カナンさんも怪我をせずに済みます!」

「戯け…!この程度の怪我なんぞ、覚悟の上ですらない…!」


 そう強がり、私は鼻血を拭き取る。

 私は急所を蹴られ、脳にも大きな衝撃を食らって身体には力が入らず、目の前もアリリが二重になって見えるほどで…弱音を吐くと、立っているのがやっとだった。そんな私とは真逆にアリリは無傷で、どんなに賢い人間であろうと勝敗はもう決しているようなものに見えるだろう。

 …実際、改めて対峙してみて分かった。私はアリリには勝てないと。どんな手を使おうと全て遮られ、こちらが一方的に攻撃を食らうだけだ。死角も無く、剣術にも長けている。絵に描いたような才能の持ち主だ。

 …だからこそ私は負ける訳にはいかないし、負けたくないのだ。


「どうしてそこまで出来るんですか!?私は千里眼を有しています、これ以上続けても一方的に攻撃されるだけです!」

「千里眼…道理で何もかも見据えている訳だ」

「そうです!だからもう素直に負けを認めてください!」

「…リゼルベラ家に生まれたという事以外、何も無かった」

「え…急に何を」

「才能も無ければ実力も無い…特殊な力だって何一つ持っていない…普通の女だ…貴様のような異世界転生者とは違ってな…!」

「っ…!」

「私には何も無かったんだ!!だから思春期を…学生生活を…女としての心を捨ててまで鍛錬を重ねて、誰にも負けない力を得て、騎士団という居場所を得て、総団長を父上から受け継いできたんだ!!」

「カナンさん…」

「だから!!異世界転生者というだけで何の努力もせず、その顔と才能だけで何もかも得てきた貴様に、私が数年掛けてようやく手に入れた居場所を奪われたくないんだァア!!」


 私はそう泣き叫び、力を振り絞ってアリリの顔面に拳をぶつけようとする。

 …せめて一発だけでも攻撃を食らわせたかったが、アリリが何の前触れもなく突き出してきた拳とどこからともなく飛んできた先端に重りを付けたあの特製竹刀による同時攻撃によって私は遂にその場に倒れてしまい、体が動かなくなってしまった。


「アリリ!!」

「アリリちゃん!大丈夫か!?」


 直後、私の叫びを聞いたのか仲間達が駆けつけてきた…が、その向かう先は倒れた私ではなく、アリリだった。アリリは無傷だというのに、大勢の仲間達に心配されていた。その後にアリリが勝ったという事で仲間達は大喜びし、アリリを胴上げしていた。

 …一方、私はすぐ近くで倒れているというのにまるで存在していないかのように、見向きもされなかった。別に、求めてはいないが…そこで私は気を失ってしまった。



 それから数時間後、私は騎士団の医務室で目を覚ました。話を聞くと、どうやらアリリがここまで運んできたらしい…情けのつもりか、と私は鼻で笑った。


 アリリに負けてしまった。それはつまり騎士団を…総団長を辞めるという事だ。私は潔く自分の荷物を整理して、騎士団から出て行った…が、私を見送ってくれる者は、誰一人として居なかった。どうやら私は、よっぽど人望が無かったらしい。

 …なんだ、やっぱり私には何も無かったんじゃないか。



 騎士団を辞めてから、私はかつてシンと出会ったあの露天風呂で働く事にした。利用客も常連客も少なかったが、私はこの王国の力を強めた“騎士団総団長”…客が入る度に聞きたくもない会話が耳に入る。


「…なぁ、あれって騎士団総団長のカナン・リゼルベラじゃね?」

「いや、もう“元”だよ」

「え?騎士団辞めたの?」

「ああ。噂によると新人との一対一で負けたから辞めたんだってさ」

「マジかよ。その新人が凄いのか、カナンが実は弱かったのかわかんねーな」

「いや新人が強いに決まってんじゃん!しかもその新人、めっちゃ可愛いんだってさ!しかも歌が上手で…」


 …と、このようにすぐアリリの話題に切り替わるのだ。私のような何も無い人間は、もはや貶されすらもされず誰かの話題に塗り潰されて消えていく。

 だが、異世界転生者は忌み嫌われているはず。しかしこうやってポジティブな話題しか出てこないという事は、どうやらアリリが異世界転生者だという事は公にはされていないようだ。

 …私の居ない騎士団はどうなっているんだろうか。国を守れているんだろうか…はぁ、もう私には関係の無い事になってしまったのか。

 私が鍛錬してきたあの数年間は…犠牲にしてきたものは、何だったんだろうか。



 それから1年ほどの歳月が経ち、王都の繁華街では“悪魔崇拝教団”なるものが度々出没するようになったらしい。

 悪魔崇拝教団…店長から聞いた話だとどうやら若者を中心に構成されており、文字通り禁書の中に眠る悪魔を崇拝する集団らしい。その目的はわかっていないが、繁華街へ姿を現しては悪魔への生贄として人の命を奪う…極悪非道な連中だ。

 …しかし、人の命が犠牲になっているというのにも関わらず、どうやら騎士団は動いていないらしい。一体どういうつもりなんだ…と思いはしたが、例の教団がこの露天風呂に攻めてさえ来なければ私には関係の無い事だ。


 いつものように店で暇を持て余して風呂場を掃除していると、客が風呂場に入ってくる音が聞こえたので私はモップを投げ、慌てて風呂場を出て注意しに行った。


「すいませんお客様、風呂場は現在掃除中でして」

「…カナン様、ですか」


 そこに居たのは、明らかに客として来た訳では無さそうな…鎧を見に纏った騎士団の者だった。


「…何だ貴様ら、リゼルベラ家の子孫にも関わらず無様な私を嘲笑いに来たか」

「いえ、我らは貴女にお願いがあって参りました」

「お願いだと?騎士団に戻れというのなら断る。異世界転生者の下で働く気は無いのでな」

「そのアリリ様なのですが…ここ数日、行方不明でして」

「…それでヤツが戻ってくるまで私に総団長の代理をしろと?」


 私は喧嘩を売るような口調で騎士団の者にそう問う。

 アリリがここ数日行方不明になっているという点には些か疑問を抱いたが、才能のある奴に限って何者かに捕まったという事はあり得ないだろう。となると、どうせロクでもない理由で総団長という責務から逃げたのだろう。

 …私の全てを奪っておきながら一瞬で手放すとは、益々癪に障る女だ。


「はい…都合が良いのはわかってます!ですが今の騎士団には、カナン様の力が必要なんです!お願いします!」


 騎士団の者はそう言って、私に土下座をした。

 まさか土下座までするとは。それほど私を求めているという事だが…そもそも私が騎士団を辞めたのはアリリに負けたというのもあるが、それ以前に騎士団の者達が望んでいた事らしいからな、確かに都合が良過ぎる。

 …だが人から求められるというのは、悪くない。


「良いだろう。だが私はアリリのように甘くはないぞ」

「…御意!!」

「…店長、少し店を空ける。世話になった」

「あいよ…行っといで」


 私は店長からの許可を頂くと、騎士団の者…いや、部下と共に露天風呂店から飛び出して行った。



 その後駆けつけたは良いものの、アーシュの時のように誰かが事を済ませた後でしたが…おや、どうやら姫様は眠ってしまったようですね。

 私は可愛らしい寝息を出しながら隣で眠る姫様に布を被せると、そのままテントの外へ出ていった。

 …私のような者が姫様と同じ空間で過ごすなど、無礼にも程がある。


「嘘をついてしまいました…私は本当は、騎士団総団長代理なのに」


 代理とはいえ総団長として騎士団へ返り咲き、私は久々の戦いに出た矢先に…あんな事が。

 …まさか、アリリはこうなる事を予知して行方を晦ませたのだろうか?

 しかし奴の事だ、どうせ予知能力も有しているだろう…だがもし本当だとしたら、アリリは仲間を、そして国を見捨てて自分だけ助かろうとしたという事になる。


「…化けの皮が剥がれたな、異世界転生者」


 私は一人でそう呟いた。

 恐らく、その時の私は今までで一番悪い笑顔をしていただろう。

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