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第44話 仮初の温もり

「それは…“サクラさん”です」

「…え?」


 俺はルィリアの発言の意味が全く理解出来ず、ただでさえ聞きたい事が山程あるというのに更に混乱した。

 …このやたら懐いて俺の肩に乗っている緑色の蝶が咲薇な訳が無い。だって咲薇は現世に居るだろうし、仮にグラトニーに連れてこられたとしても何故蝶なんかに?


「逆に教えて欲しい事があります」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!こっちだってルィリアに聞きたい事が山ほどあんのに、この蝶が咲薇とか言われて…混乱してんだよ…!」

「そうかもしれませんが、一つだけどうしても聞きたい事があるんです…!」

「一つだけなら…まぁいいか」

「ありがとうございます。では単刀直入に聞きますが、シン君は悪魔と契約しましたか?」


 ルィリアの質問内容に俺はまたしても驚き、疑問を抱いた。

 …何故俺が悪魔と契約を交わしてしまったという事を見抜けたのか…そして、どうしてここで“悪魔の契約”という単語が出てきたのか。ここは正直に頷いた方が良いだろう…まぁルィリアの事だ、きっと“天才だから”とかほざくのだろう。


「あぁ…そうでもしないと、咲薇を蘇らせられなかったんだ」

「やはりサクラさんを…なるほど、納得です」

「どういう事だ?」

「厳密に言うとこの蝶は、サクラさんの“記憶”なんです。そんなものがこの世界にある事はあり得ないんです…ですが、シン君がサクラさんを蘇らせるために契約を交わしたのなら、ここにサクラさんの記憶があるのも合点がいくという訳です」

「…」

「…どうかしましたか?」

「いや、結局は何で咲薇の記憶がここにある事に納得したんだよ」


 あれだけ長々と喋っていたくせに、結局納得した理由を一切話さずに全て話した気になっているルィリアに、俺は不覚にも少しイラッとしてしまった。俺の肩に乗っていた蝶も同じく腹を立ててルィリアの頬目掛けて激突していった。

 確かにルィリアは死んでからだから…8年間居て、この世界についてある程度の理解が多いのはわかる。だが俺はまだこの世界に来て数時間しか経っていない…説明不足を補えるほどこの世界に対しての知識は無い。だが契約の代償として無くなったはずの“咲薇”の記憶がこの世界にある理由には、大方検討がつく。


「…お察しかと思いますが、この世界には契約の代償として失われたもの…形の無いものが具現化され、あちこちに散らばっています。だからこの世界にサクラさんの記憶があるという事はつまり、それを契約の代償として失ったという事になるんです」

「やっぱり…そういう事だったのか」


 俺の想像通りだった…が、もしそうなると一つ疑問が生じる。この世界は大罪を犯し裁きを下された者が導かれる地獄…その大罪には当然、“悪魔との契約”も含まれるはず。

 だが咲薇の記憶と同じように契約の代償として失ったものがこの世界に散らばっているのだとしたら、当然大罪人は代償として失ったものを探して見つけ出そうとするはず。何故この地獄の世界にそんな“大罪人への救済”のようなものがあるのだろうか?


「…シン君らしい、君だけが苦しむような代償ですね…本当に」

「苦しくないさ」

「嘘言わないでっ…ください!!今までの思い出が自分にしかないなんて…辛いに決まってます…!シン君はいつもそうです!!そうやって無理して、自分の事なんて一切顧みてなくて!!今回の件に関しては悪魔の代償って言い訳出来るのに、どうしてそんな簡単に受け入れてしまうんですか!?」

「…咲薇が死んでるよりは、マシだろ」

「っ…」


 俺の発言に、ルィリアは言葉に詰まって威勢を失った。

 契約して咲薇を生かす代わりに自分が苦しむか、契約をせず咲薇の死を受け入れて独りで生きていくか…そんなのは天秤に掛ければすぐにわかる。例え俺がどんなに大金持ちになろうが、誰にも手がつけられないほど最強になろうが、どれだけ理想の幸せを手にしようが…咲薇が死んだままの方が俺にとっては辛いのだ。


「契約は俺が望んでした事だ…それに咲薇が生きているのなら、俺はどんな苦しみだって耐えられる…ただそれが現在進行形ってだけだ」

「シン君…」

「…なぁ、俺もそろそろ聞いていいか?」

「えっ、あ、はい!どうぞ…?」

「この蝶は本当に咲薇の記憶なのか?」


 俺はいつの間にか肩に戻ってきていた蝶を見つめてルィリアに問う。正直に言うと別に疑っている訳ではないのだが、喋る訳でも表情が見える訳でもないのに、どうしてルィリアはこの蝶を“咲薇の記憶”だと気付けたのだろうか?


「最初は私も半信半疑でした。ですが出会った当時はシン君が居なかったので私にしか懐かなかったですし、何故か感情が読み取れるというか…」

「ルィリアもなんとなくわかるのか」

「恐らく、サクラさんと過ごしていたからでしょう。ですがそれは記憶だけの存在…その蝶が私達に懐くのは、サクラさんの記憶の中に私とシン君が居たからというだけであって、何故シン君と会えて嬉しいのかは恐らくわかっていないと思います」

「記憶だけの存在、か…それはそれで虚しいな」

「そうですね…まぁ、器があれば擬似的にサクラさんを蘇らせる事は出来ますが」

「器って…人間の体って事か」

「はい。別に私の身体を器にしても構わないのですが…こんなオバサンに“お兄ちゃん!”なんて呼ばれたくないでしょう?」

「あぁ絶対に嫌だ。例え意識が咲薇本人のものだったとしてもごめんだ」

「うぅっ…そんなに否定されると流石の天才な私でも傷付きます…」


 ルィリアは俺があまりにも否定するからと心にダメージを負い、その場に膝をついて落ち込んでしまった。

 人間の体を器にすれば、擬似的に咲薇を蘇らせる事が出来る…それってつまり、フェリノートの身体にこの蝶を取り込ませられれば抜け落ちた前世からの記憶を取り戻して、咲薇を元に戻せるかもしれない。

 …だが、それは悪魔との契約に支障は無いのだろうか?咲薇が今生きているのは、記憶を代償にしているからである。咲薇の記憶を戻すのはつまりその代償を返却するという事であり、契約破棄と見做されて咲薇が死んでしまう可能性がある。

 一方、蝶は俺の顔を“どうしたの?”と疑問を抱くような目で見つめてくる。


「この世界から脱出する方法は無いのか?」

「ある訳ないじゃないですか…この世界は私のような大罪人が来る監獄のようなもの…そういえば、シン君はどうしてこの世界にいるんですか?あの女と同じくマリスメアに狙われていないという事はまだ生きているんですよね?」

「そういうルィリアこそ、何でマリスメアに気付かれなかったんだ?」

「私はこのマリスメアに気付かれない特殊な黒コートを着ているので!」


 まるで自分が作り出したかのようなドヤ顔でそう言いながら、黒コートをヒラヒラと見せびらかしてくる。


「その黒コート、ルィリアが作ったのか?」

「はい!…と言いたいところですが、私はマリスメアに気付かれないように設計しただけです。それ以外は他の人にやってもらいました」

「他の人?」

「聞く前に、私の質問に答えてください!」

「あ、あぁ…悪い。俺がこの世界にいるのは…グラトニーに連れてこさせられたんだ」

「…グラトニー、ですか」


 正直、ルィリアを前に“グラトニー”という単語は発したくはなかった。思っていた通り、ルィリアは嫌な事を聞いたかのような顔をする。

 …そんなリアクションをするのは当然だ。ルィリアはグラトニーと契約を交わして完全治療クーア・アスクレピオスを編み出したが、その代償によって中々に酷い目に遭ったのだから。まぁ周りの被害の方が酷かったのだが。


「ですが悪魔とはいえ、そんな力は無いはずでは…?」

「奴はこの8年間で、神を喰らってその力を手に入れたらしい…それに奴の目的は、俺への復讐だ」

「なるほど…だからこの世界から脱出する方法を聞いたのですね。シン君への復讐なら、真っ先に狙われるのはサクラさんですから」

「ああ。手がかりだけでもいい、何か情報は無いのか…!?」

「…残念ながら、そんな情報は噂ですら聞いた事がありません」


 この世界に8年間居るルィリアでさえも、脱出の手がかりはおろか噂ですら聞いた事が無いなんて…だが考えてみればある訳がない。さっきルィリアが言っていたように、この世界は現世で大罪を犯して裁きを下された者が収容される監獄のようなもの…加えて、もし大罪人がこの世界から脱出出来たのだとしたら、それは現世への蘇りを意味する。だが大罪人が現世に蘇ったなんて話は聞いた事がない…それはつまり。


「…この世界から脱出する方法は無いって事かよ」

「あの女に聞いてみてはどうですか?」

「シイナの事か?」

「はい、あのサイコパスです。一緒に行動しているのでしょう?」

「一緒に行動してたのは…ルィリアに会えるかもしれないって思ったからだがな」

「…ふぇ?」


 ルィリアは驚いているような、恥ずかしがっているような変な表情で俺を見つめた。俺も自分の伝え方が誤解を招くものだと理解すると、それが本音だったからこそ余計に恥ずかしくなってルィリアから目を逸らした。


「まっ、まぁとにかくだ!俺は暫くシイナと行動してみる…ルィリアも脱出する方法をダメ元で探ってみてほしい」

「う、うん…あっ、いえ!わかりました!シン君が大罪人である私と話してるのがバレたら大変でしょうし、ここで失礼します!!」


 そう言って、ルィリアは顔を赤くしながら逃げるように去っていった。遠ざかっていくルィリアの背中は、まるで乙女のようだった。ルィリアは8年前と見た目はあまり変わっておらず、未だ若さを保ってはいるが…歳的にはどう計算してもアラサーだよな。“心はいつまでも乙女”って言葉、側から聞いてると中々に痛いよな。

 …一方、緑の蝶は未だ俺の肩に乗ったまま断固として離れようともしない。まぁ、記憶だけとはいえ仮にも咲薇だからな。だがもしこのまま連れていたら、シイナに何されるかわからない。ここでルィリアの元に帰した方が…。


「…“絶対に離れない”?はぁ、そうか」


 俺はため息を吐いて、嬉しいような嬉しくないような複雑な心境になって“なんて言い訳をしようか”と考えながらシイナの住処へと帰っていった…が。

 …全然道がわからない。住処を飛び出して適当に走って、そこからマリスメアの流れに付いて行っていただけに加え、ルィリアとの再会に様々な情報の錯綜…この短時間で色々な事を頭に入れたせいで帰り道を全く憶えてない。

 ここは俺にとって未知の世界であり、大罪人にとっては監獄…適当に歩いて誰も手の付けられない場所に行ってしまったら、脱出どころの話では無くなる。


「おーーい!シンーー!」


 すると遠くからチェーンソーの駆動音と共に、シイナの呼び声が聞こえてきた。何でチェーンソー動かしてるんだよという疑問はさておき、俺はチェーンソーの音を頼りに走ると、パーカーを脱いでもはや下着姿のシイナの姿があった。シイナも俺を発見するとチェーンソーの電源を切って駆け寄ってきた。

 …マジで俺を探す為だけにチェーンソー動かしてたのかよ。


「シイナ…!」

「んもう!一体全体どこ行ってたんだい!?」


 シイナはラッパーのような動きをしながら俺に聞いてくる。

 …あと何気に“タイ”で韻を踏むんじゃないよ。


「道に迷ってたんだ。まだ俺は右も左もわからないから」

「はぁ…木にハチミツ塗ってもおれっちの女のフェロモンを全開にしても帰ってこないから、とっても心配したんだからねっ!ぷんぷん!」


 シイナは手を腰に当てて、まるで恋愛シミュレーションゲームのメインヒロインみたいに少しぶりっ子混じりな喋り方で言った後、露骨に頬を膨らませる。

 …まぁ女のフェロモン全開って言って下着姿になるような奴にはメインはおろか、負けヒロインですら務まらないと思うが。ていうかサラッと流してしまったが木にハチミツって。


「俺は虫か」

「そのツッコミを求めてたにぇ〜。まぁおれっちも元気になったし、帰りけり〜!」


 自身のボケをツッコんでもらい満足したのか、シイナは振り返って走って行ってしまった。俺はまだ道を覚えていないので、シイナの後を追いかけて走り出した。

 俺はふと、何でシイナは蝶に一切触れなかったのだろうと疑問に思い、蝶が乗っているであろう自身の肩を見つめる…が、そこに蝶の姿は無かった。

 まさか、何処かで落ちてしまったのか!?そう思った直後、俺の胸ポケットから緑色の蝶がひょっこり顔を出してきて、俺は心底胸を撫で下ろした。

 …どうやらシイナの気配を感じ取って、見られないように避難していたようだ。


「…ありがとな、咲薇」


 俺は感謝を伝えると、蝶はポケットの中にいるため羽ばたく事が出来ない代わりに、ひょこひょこ顔を出している。

 …“どういたしまして”か。この蝶の動きを見ていると、別に話している訳でも表情がわかる訳でもないのに、咲薇と話しているような気分になる。

 …心が温かいとは、こういう事なのだろうか。



 そしてシイナの住処に着くと俺は突然風呂に入れと言われ、特に断る理由も無いため遠慮なく入らせてもらう事にした。

 風呂の中は畳二帖分の広さがあり、声がよく響く…こうして改めて見ると、異世界の風呂とはあまり変わらない印象がある。

 ふと、小さい桶に溜めたお湯に気持ちよさそうに浸かる緑の蝶を見つめる。前世で地下室にあった昆虫図鑑で読んだが、蝶って確か水に濡れても平気だが、羽が乾くまでは当たり前だが飛べないんだっけか…あれ、水は弾くんだっけ…忘れてしまった。


「咲薇、おいで」


 俺はそう言って、蝶に向けて指を差し出す。すると蝶は桶からゆっくりと出てきて、パタパタと飛んで俺の指に乗った。どうやら蝶の花は水を弾くようだ。

 まぁこの蝶は全身からぼんやりと光を発している。そんな種類の蝶は見たことないので、おそらく蝶の性質とかは関係ないのだと思うが。

 …今、咲薇の記憶から“喜び”を感じる。咲薇は俺と一緒にいる事が、嬉しかったのだろうか。


「そろそろ出ようか」


 俺は咲薇の記憶に向かってそう言って、浴槽から出て脱衣所で身体を拭く。その間、咲薇の記憶は何故か俺の頭上を飛び回っている。

 …“恥ずかしい”?確かに今俺は裸だが、前世はともかく異世界ではよく一緒に風呂入ってただろ。まぁあれから最低でも8年は経ってるからな…咲薇は今、思春期真っ只中なのだろう。だったらさっさと着替えなきゃな。


「…」


 俺は着替えを置いていた場所に目を向けると、そこには見覚えの無い服が置かれていた。下着とパンツは普通だったが…俺は服を手に取って広げると、パジャマとして着るには最適そうな黒いTシャツに謎の四足歩行のバケモノの絵がプリントされており、その下には“NYAN”と書かれていた。


「…“んやん”?いや、“にゃん”か!」


 …NYAN、ローマ字で訳すと“にゃん”となるが…にゃんというと、猫だよな。という事はこの四足歩行のバケモノは猫のつもりなのだろうか?

 まぁ別に嫌いなデザインという訳ではないし、風呂に入る前まで着ていた服と比べたら断然動きやすそうなので、俺はシイナが悪戯で用意したであろうパジャマに着替える。


「…咲薇、ここに隠れて」


 俺はポケットを広げて小さい声で言うと、頭上を飛び回っていた咲薇の記憶はゆらゆらと優雅に降下しながらポケットの中へと入っていくのを確認すると、脱衣所を出てシイナがいるであろうリビングへ向かった。


「お、出たね。おれっちの出汁の湯加減はどうだった〜?」


 シイナはゴロゴロと寝転がりながらビーフジャーキーのようなものを咥え、中年のジジイみたいな格好でそんな事を言った。


「気色悪い事言うなよ…てか何だよこの服!俺の服は!?」

「お!似合ってるじゃーん!おれっちがデザインした猫T、可愛いっぺ?」

「やっぱりあんたが書いてたのかよ!これのどこが猫なんだよ!?」

「ローマ字で“にゃん”って書いてあるでしょーが!」

「“にゃん”って書けば何もかも猫になる訳じゃないからな!?」

「いや普通にどう見ても猫じゃん!!」

「バケモノじゃねぇかよ!…まぁいい、俺が着てた服は?」

「ああ、汚れてたから洗ってるよ…せっかく身体キレイにしたのにあれ着たら本末転倒だからの〜」

「そっか…ありがとな」

「いえいえ〜」


 そう言って、シイナは相変わらずビーフジャーキーのようなものを咥えながらキッチンの方へと歩いていった。

 テレビ台の横に置いてあるデジタル時計は21時30分を示している。時間的に考えてだいぶ遅いが、シイナは夕飯の準備をしようとしているのだろう…いや、さっきも夕飯を食べたよな。まぁそんな事はどうでも良いか。

 空は俺が目を覚ました時と全く変わっておらず、ずっと紅い月がこの世界を監視するかのように見下ろしている。どうやらこの世界は朝昼晩という概念が無いようだ。


「なぁシイナ」

「ん〜?」


 俺はシイナを呼ぶと、香ばしい匂いが漂ってくるキッチンから声が聞こえてくる。どうやら何かを焼いているようだが…まさかまた野菜炒めじゃないだろうな。まぁ変な料理を出されるよりかは良いんだが、とりあえず今は俺のするべき事をしよう。


「この世界から出る方法って無いのか?」

「無いよ。おれっちからしたら出る必要性も意味も感じられないしね〜」

「やっぱりそうか…」


 シイナの返答に、俺はまるで諦めたかのようなため息を吐いてその場に寝転がった。正直に言うとシイナの返答は半ば予想通りだった…だからといって何も嬉しい事は無いし、完全に八方塞がりになってしまった。どう足掻いても脱出する手段が無いというのなら、もういっその事この世界で生きていく方が良いのかもしれない。

 …いや、ダメだ。俺が何かの間違いでこの世界に来てしまったのならまだしも、今回の件にはグラトニーが関わっている。咲薇が危険な状況に晒されている今、悠長にしている暇は無い。なのに脱出の手がかりが一切無いからどうしようもない…くそ、なんてもどかしいんだ…!


「何でそんなに帰りたいの?あんな理不尽でクソみたいな世界より、ここに居た方が良いでしょ!」

「…咲薇を守らなきゃいけないんだ」

「咲薇って確か、シンの妹だっけ。おれっちには兄妹とか居なかったけど、流石に過保護なんじゃない?」


 シイナはそう言いながら、料理を終えたのかリビングに皿を持ちながら戻ってきて、ただ焼いただけの見た事ない肉が山盛りになった皿をちゃぶ台の中心に置いた。

 …しかし過保護、か。確かに今まではその通りだったかもしれない。


「今回ばかりは今までとは訳が違うんだよ」

「その“今まで”がどんなものなのかはよく知らないけどさ、たまには本人の力だけで解決させてみたら?」

「咲薇は魔術も使えないんだぞ!?それに相手は悪魔だ、どう考えても勝てる訳がないだろ!」

「だからこそ、兄の力を借りられない今が成長するキッカケになるんじゃない?シンの妹、料理すら出来ないんでしょ?…おれっちと違って」


 シイナはそう言いながらまるで見せつけるように白米や箸などをちゃぶ台に揃えると、俺の真正面に座る。

 …間食かと思ったが、そこまで行くともう普通の食事じゃないか。


「…命が掛かってるんだよ」

「そうかもしれないけど、この世界から出られないんだからどうしようもないじゃろがい。妹の成長を遠くから見守るのも、兄の務めだとおれっちは思うで候。いただきマッスル」


 そう言って手を合わせると、シイナは得体の知れない肉を箸で取って頬張る。

 …思えば、俺がこの世界に来てしまってから咲薇はどうしているんだろうか。俺が家に帰っていないから、ずっと家にいるんだろうか…それともグラトニーから王宮に逃げ込んでいるのだろうか。

 ふと、ポケットの中にいる咲薇の記憶が何かを伝えたいのか、疼き始める。


「…悪い、トイレ」

「トイレ無いよ?」

「じゃあシイナはどこでしてんだ?」

「え?その扉の向こうで」


 シイナは肉を食べながらある扉に指をさす。その扉は出入り口…玄関であった。それはつまり、トイレはお外でという事である。

 普段だったらふざけんなと言いたい所だが、本当にトイレがしたい訳では無いので寧ろ好都合である。


「…じゃあ行ってくる」

「おや?今回はツッコまんのね」

「それどころじゃねーからな!!」


 俺はまるで今すぐにでも漏れそう感を醸し出して言い、そのまま玄関のドアノブを捻って外に出ていった。我ながら名演技だったと思う。

 念のため、俺はシイナの住処から少し離れた場所でポケットから咲薇の記憶を解放した。


「…伝えたい事って?」


 俺はそう言うと、咲薇の記憶はまるで元気そうに周りを速く飛び回った。

 …“私なら大丈夫”?


「現世の方だぞ?」


 …“そうだよ”?

 どうして咲薇の記憶が現世のフェリノートの安否を確認できるのかはわからない。元々の身体だからなのか…それとも見えない何かで繋がっているからなのか。なのに根拠は無いのに何故か信じられる。というより、信じるしかない。

 あれだけシイナの言葉に食い下がっていたが、正直に言うと俺ももうこの世界から出る事は出来ないのはわかっている。


「俺はただ…咲薇が心配なだけなんだ…!」


 本音を呟く。すると咲薇の記憶がまるで寄り添うかのように俺の肩に戻ってきて、羽をパタパタさせた。

 …“ありがとう”、か。


「感謝するのは、俺の方だ」


 そう言うと、咲薇の記憶は満足したのかそのままポケットの中へと戻っていった。そうだ、俺は今までずっと咲薇という存在に支えられてきたのだ。

 …シイナは頭のおかしいサイコパスだが、そろそろ戻らないと怪しまれるな。俺はそう思って、シイナの住処へと戻っていった。


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