第43話 邂逅/才能と鍛錬
「ひゃはははは!!あー、笑い死ぬわー!」
シイナは寝転がって足をバタバタさせながら、腹を押さえゲラゲラと笑っている。
…何故シイナがこんなに笑っているのか。それは先程、俺がシイナにキスをせがまれて部屋中を走り回って逃げたが、結局捕まってしまいシイナは俺の唇…ではなく、頬にキスをしたのだ。しかもマスクの上から。
どうやら俺が唇にキスされると思っている事に気付いて意地悪をしていただけなのだ。
「マジでふざけんな…」
「あははっ!ごめんごめん!いやー、面白かったー!シンみたいな男の人が“ギャァアア”って叫ぶなんて…ぷぷぷ!」
「もういいだろ!恥ずかしいからやめてくれよ!」
「はいはい、もうしないから大丈夫よー!」
「本当かよ」
「…さ、そろそろ時間ネ!」
シイナは腕時計も何も付けられていない自身の手首を見ると、そう言って立ち上がった。
…多分“腕時計付いてないやないかい!”というツッコミをしてほしいのだろうが、さっき意地悪をされた仕返しとばかりに俺は敢えてツッコミを言わなかった。
…その代わりと言ってはアレだが。
「時間?何のだ?」
「決まってるじゃん!悪い奴ぶっ殺しに行くんだっぜぃ!」
シイナはウィンクをしてそう言った。
自身の危ない欲を満たす為にシイナはこの世界に留まっている。シイナの標的は現世で大罪を犯した悪人であり、加えてここでどれだけ人を殺そうが現世に実害は一切無い。
このシイナの望んだ世界ですら我慢させて暴走させるより、人を殺しても大丈夫なこの世界で好き勝手殺させた方が現世にとってもシイナにとっても好都合なのかもしれないが…やはり相手が悪人とはいえ人を殺す事に前のめりなシイナには、賛同は出来ない。
…だが、もし本当にこの世界の住人が“大罪人”だけなのだとして、殺しても死なないのだとしたら。
「…俺も行く」
「ええで!でも大丈夫のんか?」
「何が」
「だっておれっちと違って殺す事は気持ち良くないんだべ?だったら寧ろ、来ない方が良いんとちゃいますか?多分お主ゲロくてグロる…あ、逆だ…グロくて、ゲロるぜ?」
「…もう慣れてるから平気だ。ただシイナと違って殺しに快楽を感じないだけだ」
「ふーん…じゃ、大丈夫ネ!それじゃ行きましょー!」
そう言うとシイナは、別の部屋からチェーンソーを持ちだして外に駆け出して行った。
…流石にチェーンソーを使うとは思わなんだ。いくら人の死に慣れてしまったとはいえ流石に異世界にチェーンソーなんてものは無い。もしかしたらシイナが言っていた通り、ゲロを吐いてしまうかもしれない。
でも行くと言ってしまった建前上、断る訳にもいかず、俺はシイナを追うように外へ出ていった。
「もー!遅いぞこの野郎!」
「まさかチェーンソー持っていくとは思わないだろ!」
「チェーンソーだけじゃナイYO!見てくださりやがれ!」
そう言って、シイナは自身が着ているパーカーのジッパーを開けて広げた。
パーカーの内側には小型のナイフやトンカチが複数に加え、アイスピックのように細く鋭く尖った金属や注射器、それに入れる用の変な色の液体…恐らく毒までも備えられていた。
刺殺に殴殺、毒殺などのありとあらゆる手段で殺しているのだろう…改めてシイナは根っからの暗殺快楽主義者なのだと気付かされる。
…だが、それ以上に目を引いてしまったのは。
「…パーカーの下、直で下着なんだな」
「やん!おっぱい見ないで!」
「見てねーよ」
「じゃあ…腋?」
「どっちでもねーから!」
シイナはニヤニヤと笑いながら、自身の腋をチラリと見せつけてくる。俺は別に興味も無い女の身体…ましてや腋なんて一切惹かれず、どうでもいいと目を逸らした。
「あ、今目逸らしたね?ふむふむ…お主は腋が好きなんじゃな〜?ほれほれ〜」
「何でそうなる!?別に好きじゃねえから!とにかく行くぞ!」
ニヤニヤ笑いながら少し汗ばんで艶やかな腋を見せつけてくるシイナから逃げるように、俺は適当に走った。
「おんめぇ待ちだったんだよ!!もー!わがままでえっちな奴!」
背後からそんな文句が聞こえてくる。
…まぁ確かにシイナの足を止めてしまったのは俺だな。だがわがまま…はともかく“えっちな奴”は絶対に違うからな!
俺はシイナの事を考えずに走りながら辺りを見渡すが、やはりここは日本に似ている。信号機に横断歩道、張り巡らされた黒い電線にコンビニのような建物。だがそのどれもが謎の黒いヘドロのようなものに侵食されている。加えて高層ビルも崩壊しており瓦礫も辺りに落ちており、アスファルトの地面にも大小の亀裂が刻まれている。
そして一番目につくのは、辺りを徘徊するどんな生物とも例え難い異形のバケモノ…マリスメア。
この黒いヘドロは一体何なのか、マリスメアは何故俺達を攻撃しないのか、そもそもどこから何の目的で来たのか…謎は深まるばかりである。
…質問が増えたな。まぁこれらに関してはシイナですら知らなそうだが。
「ヴグォオオオオアアア!!」
「な、何だ…!?」
辺りで彷徨いていたマリスメア達が突如雄叫びを上げ、俺は剣を引き抜いて構えた。
しかし、マリスメア達はそんな俺がまるで見えていないかのように横を通り過ぎ、一斉に同じ方向へ向かっていった。
…一体、何が起こったというんだ?
「きたきたきたきたぁ!!ヒャッホーー!」
マリスメアが動き出したと同時に、チェーンソーのエンジン起動音と共にシイナが今までに無いほどの笑顔で走ってきて、マリスメアと同じく俺の横を通り過ぎていく。
あれだけシイナが喜ぶという事はマリスメア達の向かう先に、大罪人達がいるということか。
…なるほど。シイナがマリスメアの事を味方と呼んでいたのは、マリスメアが大罪人を発見すると雄叫びを上げてシイナに位置を教えてくれるからなのか。俺もマリスメアに紛れて大罪人がいるであろう方向へと走っていった。
「ぁああああああ!!!!」
「キャハハハハハハハ!!!死ねっ、死ねよ!!」
男の苦しむような悲鳴と、シイナの笑い声が徐々に近づいてくる。足を進める度にシイナとは違う別の女性の声も聞こえてきて、どうやら1人だけでは無いようだ。
「もうやめて!!その人は私の…!」
「ん〜?罪を犯したくせに、この場所で愛を育んでるんだ?お前みたいな生ゴミに殺された犠牲者が報われねぇなぁッッ!!」
「うぐぁあああああああ!!」
「キャハハハハハハ!!犠牲者の苦しみを味わえ!!何度殺しても拭えない罪と共になぁッッッ!!」
俺の目に映ったのは、四肢をバラバラにされ無残な姿になった男と、チェーンソーで身体を切られピンク色の液体を撒き散らしながら悲鳴を上げる女、それを笑いながら行った張本人のシイナの姿があった。
…アスファルトに飛び散っていたピンク色のペンキのようなものは、大罪人の血だったのか…そして、あの男女は話から察するに、こんな地獄の世界でも愛し合っていたのだろうか。
“どんな理由があったとしても、人の幸せを奪う事は絶対にダメだ”…と、俺は誰かに言った事がある。だが罪の無い人を大勢殺してきた大罪人が幸せを得ているのは、俺も納得いかない。
…あぁ、クソ!俺は…どうすれば良いんだよ…!?
「…シンどしたん?やっぱゲロ吐きそ?」
男女の大罪人を惨殺し終えたシイナはチェーンソーを止め、悩む俺に寄り添ってきた。
「…あの男女は、愛し合ってたのか」
「っぽいね。人の幸せ奪っておいてよくもそんな事出来るよねー…あー、マジで胸糞悪いわー…」
「…なぁシイナ」
「何どすえ?」
「…大罪人の幸せを奪うって、どう思う?」
俺はシイナに、自分のしてきた“断罪”に絶望してからずっと密かに抱いていた悩みを打ち明けるように、問う。
…別にシイナにまともな返答を求めている訳ではないし、誰の返答も正しい訳じゃない。ただ俺は“正解”とか“間違い”とか関係無しにとりあえず“答え”が欲しかった。
「何とも思わんね」
「え?」
「じゃあ逆に聞き奉るけど、ヒーローものとか見ててさ、敵が倒される度に“ああっ!その敵にも大切な家族が!”…って考える?」
「まぁ…ちょっとは」
「あそっか…うーん…えーっと、要するによ?悪行を成して得た幸せなんてぶっ壊されて当然。だってそんなの、真っ当に生きてる人や犠牲者が報われないでしょ…ま、ぶっちゃけ言うとそこまで考えてないんよね!罪を犯したから処す、そんだけよ!」
シイナはそう言って、俺の肩に手を置いた。“罪を犯したから処す、ただそれだけ”か。俺はもしかしたら、深く考え過ぎていただけなのかもしれない。
…大罪人側の感情を、事情を知ってしまったから。
「まーあれね、シンは優しいんだね」
「そういう訳じゃない」
「いーや優しいね。だってそういう考えを持ってるのに、おれっちを止めなかった…悩んでたんだっぺ?」
「…ああ」
「そんな理由で悩めるってだけで、優しい証拠よ…あ、後でキスしようね」
思い出したかのようにそう言って、シイナは俺の横を通り過ぎていった。
それと同時に、マリスメア達も大罪人達の死体を咥えながらシイナに着いていくように俺の横を通り過ぎる。
…何でシイナはそんなこじつけてまでキスをしようとしてくるんだろうか。俺達まだ出会って初日だぞ…どうせまた雰囲気だけ出しておきながら、するのは頬とかだろうが。
とりあえず俺も戻ろう…そう思い、足を踏み出したその時、背後から足音が聞こえた。それがマリスメアのものではないのはすぐわかった。
「誰だッ!?」
俺は足音の方向に向き、黒い剣を引き抜いて構える。すると目の前に足音の正体と思われる黒のレインコートを着た者と、その周りをゆらゆらと飛ぶ緑色に光る蝶が姿を現した。フードを深々と被っているため顔はわからない。
すると、黒レインコートの周りを飛んでいた蝶はこちらに向かってきて、俺の周りをユラユラと上下に飛び回る。
…なんだか、この蝶が喜んでいるように感じる。
「…その黒い剣にその声、やはりシン君なのですね」
黒のレインコートから女の声が聞こえてくる。どうやらコイツは女のようだが…何故俺を知っている?
俺は警戒心を強めていつでも首を斬れる体勢になったその時、女はフードを脱いでその顔を晒した。
「…あんたは」
「大きくなりましたねシン君。まぁあれから8年経っているので当たり前ですが」
「ルィリア…!」
この世界には俺とシイナを除くと、人間は現世で大罪を犯した…いわゆる“大罪人”しか居ない、そう聞いた時からいるかもしれないと希望を抱いていたが、やっぱり居たんだ。
ルィリアと再会出来た喜びのあまり、俺は涙を流してしまった。すると蝶は俺の肩に乗ってきた。
…まるで蝶が慰めてくれているように感じる。
「ちょっ…何で泣くんですか!まぁ確かに感動の再会ではありますが…!」
「…もう会えないって、こうやって言葉を交わす事も出来ないって思ってたから」
「ふふ、大きくなったのは体だけのようですね…寧ろ8年前より心が幼くなってるんじゃないですか?」
ルィリアは駆け寄って、そんな冗談を微笑んで言いながら俺の溢れ出る涙を手で拭ってくれた。そして、俺を我が子のように優しく抱きしめ、頭を撫でてくれた。すると俺の肩に乗っていた蝶が飛び、俺の頬に激突してくる。
…どうやら今度は“負けないぞ!”みたいな意志を感じる。
「…色々聞きたい事はあるが、まずこの蝶は一体?」
俺はルィリアの身体から離れ、まずはこのやたら懐いて俺の周りを嬉しそうに飛び回る緑色に光る蝶について問う。そして蝶はまた俺の肩に乗ってきた。
…これは“ヤキモチ”を焼いている?
別に鳴き声を出している訳でも、人間と同じように表情がある訳でもないのに、何故俺はこの蝶の感情を読み取れるのだろうか?
「それは…“サクラさん”です」
「…え?」
◇
生きてお兄ちゃんに会う…カナンさんと私はそう誓ったはいいものの、肝心のお兄ちゃんが何処にいるかわからない。
そういえばグレイシーさんが避難させたって言ってたっけ…でも何処に避難させたんだろう?
「ねぇカナンさん」
「どうかなさいましたか、姫様」
「この王国に避難所っていうか、シェルターみたいなのってあるんですか?」
「いいえ…もうどこに避難しても手遅れかと」
「手遅れって…?」
「…窓の外をご覧ください」
私はカナンさんに言われた通り、窓の外を眺めてみる。
私は外の光景に絶句した。王宮だけだと思っていたスライム達が王宮の外にまで溢れ出てきており、逃げ惑う国民達に寄生していき徐々に王国を乗っ取っていっていた。中には寄生された人とそうでない人で殴り合っているのもあった。
この様子じゃ、仮に避難所やシェルターがあったとしても…カナンさんの言う通り手遅れかもしれない。
「そんな…お兄ちゃん…」
「シンがどうかなさいましたか?」
「グレイシーさん…さっき囮になった人がお兄ちゃんを避難させたらしいんです」
「シンの事だから大丈夫だとは思いますが…念のため、避難所に行ってみましょう…おい貴様!」
私の時のような優しい声ではなく、怒りを露わにしたかのような荒々しい声で馬車を操縦しているアーシュ君に声を掛けた。
「んだよ!テメェの操縦よりかマシだろうが!」
「違う!姫様の要望だ、避難所に向かえ!」
「バカかテメェ、外見てねぇのか!?どこの避難所も他人を受け入れてねぇぞ!」
「避難したい訳ではない!姫様のお兄様を探すのだ!」
「逃げるのに精一杯なのに、そんな余裕ある訳ねえだろ!どうせ…!」
アーシュ君は途中まで言って、止めた。
…でもアーシュ君が言おうとしていた事は私にもわかる。“どうせもう手遅れだ”って言おうとしたのだろう。
アーシュ君の言い分は間違ってはいないし、寧ろ私が間違っているのだ。こんな状況で“兄を探したいから連れて行って”だなんて…ワガママにも程がある。
「…フェリィの兄貴、強いんだろ。きっとしぶとく生き残ってるはずだ」
「う、うん…」
“しぶとく”って、言い方は悪いけどアーシュ君なりに私を励ましてくれているんだろう。
…そうだよね、大丈夫だよね。お兄ちゃんならきっと、スライムなんかに寄生されずに生き残って、何だったら人に寄生したスライムから人々を助けてすらいるかもしれない。
「…このまま王国を脱出するぞ!」
アーシュ君のその声が聞こえたと同時に馬車の速度が急上昇し、先ほどまで緩やかだった揺れが激しくなる。それでも、カナンさんの時ほどではないけど…アーシュ君って馬を手懐けるのが凄い。
「おい貴様!何をして…」
「いいのカナンさん!」
「どうしてですか姫様!?」
「…アーシュ君の、言う通りだよ」
「姫様…」
「本当は今すぐにお兄ちゃんに会いたいよ…!でも、今の私達がお兄ちゃんのところに行っても…余計に迷惑かけちゃう」
お兄ちゃんはすっごく優しくて強いから、ただでさえ死んでもおかしくないくらいの無茶をしてまで私を守っていたんだ…私以外は戦えるとしても、お兄ちゃんはカナンさんとアーシュ君を含めた3人を守ろうとして無理をするだろう。
…あれ、何で“お兄ちゃんが死んでもおかしくないくらいの無茶をして私を守った”って?私、魔術を使ってるのは見たことあるけど、お兄ちゃんの戦ってるところは見た事無い筈なのに。
…ああダメだ。考えるとまた声を上げてしまうほどに耐えられない頭痛に襲われる。カナンさんを心配させてしまう…!
「ううっ…!」
「姫様、また頭痛が…!?」
「大丈夫…気にしないでください…!」
「ですが…!」
「いいの!とにかく…お兄ちゃんならきっと大丈夫…!だって、私のお兄ちゃんが異世界でいっちばん強いんだから…!」
私はカナンさんにそう告げた。しかしカナンさんは頷く訳でも否定する訳でもなく、何故か驚愕して黙り込んでいた。
…あれ、何かおかしい事言っちゃったかな?
「異世界って…もしかしてシンは異世界転生者なのですか…!?」
「え?はい…お兄ちゃんから聞いただけですけど、私もそうなんですよ」
「なっ、そんな…シンも姫様も異世界転生者だったなんて…」
私とお兄ちゃんが異世界転生者だと知ると、カナンさんはまるで絶望したかのような表情をしながら頭を抱えた。
…もしかして私達が異世界転生者って事は言ってはいけなかったんだろうか?
「そ、その…何かごめんなさい」
「いいえ、お気になさらず…はぁ…遂に恐れていた事が…」
カナンさんは困惑しながらかなり深いため息を吐いた。
…恐れていた事って、一体どういう事なのだろうか?私達が異世界転生者である事が何故恐れていた事なのだろうか?
「…恐れていた…って?」
「姫様はあまり外出はなさらないのですか?」
「うん…お兄ちゃんが外は危ないからって」
「そうですか…では教えましょう。この世界では、異世界転生者は忌み嫌われているのです」
「えっ!?何で!?」
「異世界転生者は、その殆どが生まれながらにして世界を滅ぼせてしまうほどの強大な力を有しています。人々はその力を恐れているのです」
「…でも私、そんな力無いよ?心当たりもないし」
「そうなのですか?基礎魔術で村を壊滅させたり、勇者の資格を持っていたり、どんな能力も奪い取って自分のものに出来たりとかも?」
「う、うん…多分私の場合、戦った事が無いからっていうのもあると思うんですけど」
「…姫様を前にして言うのは失礼かもしれませんが、かくいう私も異世界転生者をあまり好ましく思ってはおりません」
「どうして?」
「…私の場合、どちらかと言うと力を恐れているというより、嫉妬に近いのです」
「嫉妬…」
でも確かに、頑張って習得した魔術を簡単に奪われちゃうのも、勇者の資格を得る為に何年も鍛錬をしてきたのにそれを転生者ってだけで抜かされるのも、自分の住んでる村をいきなり壊滅させられるのも普通の人からしたら許せないというか、嫉妬してしまうのも無理は無いような気がする。
…実際、私だったら嫌だもん。
「危ねぇっ!!」
直後、運転するアーシュ君の声と共に、馬車が急停止した。私はバランスを崩して椅子から転げ落ちそうなところを、カナンさんに支えられた。
「…ご無事ですか、姫様」
「う、うん…それよりも何があったんだろう?」
「私が出て確かめて参ります」
そう言って、カナンさんは私を椅子に戻すと外へ出ていった。私も馬車の窓から外を覗くと、近くに大きな門のようなものがあった。恐らくこれが王国の出口なのだろうが、門の外には寄生されているのかスライムを見に纏った巨大なモンスターが不気味な雄叫びを上げながらうじゃうじゃと押し寄せてきていた。
「何なんだあれは…!」
「人間だけじゃなく、あんなモンスターにまで寄生してんのかよ…!」
「私が道を切り開く。転生者の貴様は引っ込んでいろ」
「ふざけんな。テメェじゃ時間がかかる…俺がやる、この勇者の剣を以ってしてな」
「貴様の手は借りん…鍛錬こそが全てだと証明してみせる!」
「フン!どんだけ鍛錬しても、生まれ持った才能には敵わねぇって事を教えてやんよ!」
「才能…か。私の一番嫌いな言葉だッ!!」
カナンさんは怒りを露わにしてそう言うと、背中に装備していた弓を手に取り、水属性を纏った矢を放って先手を打ち、更に追い討ちを掛けるように雷属性の矢を放った。すると水で濡れていたモンスター達が雷属性によって感電し次々と倒れていった。
「…んな回りくどい事しなくてもなァッ!」
するとアーシュ君も負けじと勇者の剣に炎属性を刃に纏わせ、横に一回振ると鳥のような形をした炎が飛んでいき、まだ生きているモンスター達を一網打尽に焼き尽くしていく。
「…炎の、鳥」
私は見たことも無いはずのアーシュ君の炎属性の魔術に、既視感を感じてそう呟いた。
…何故だろうか。私はアーシュ君のとは違う、“別の炎の鳥”に助けられた事があるような気がする。
「…後は駆け抜けるぞ!テメェは上から弓で援護しろ!」
「貴様に言われるまでも無い!」
そう言うとアーシュ君は馬に乗り戻り、カナンさんは馬車の屋根の上に飛び乗る。私の頭上からカナンさんの足音が聞こえてくる。
「姫様、失礼をお許しください」
「ううん、全然気にしないで!」
「かしこまりました!」
「よぉし…一気に行くぜぇええええええええええ!!!」
アーシュ君がそう叫ぶと、馬車はまるでジェットコースターのように一気に加速して走り出した。上のカナンさんは落とされていないかな…と心配した矢先、頭上からカナンさんの「はぁっ!せいっ!」という声が聞こえてくる。
この速度で何にも掴まず弓で矢を放ってるなんて…さすがカナンさんだ。
「…!?」
突然、首筋あたりに謎の冷たい違和感を感じた。そしてその違和感は、徐々に私の耳へと近づいてきた。
まさかスライムが私に寄生しようとしているのだろうか…そう思い、私はその違和感を取り除こうとその冷たい何かを掴もうとした…その直後。
「ひうぅっ!?」
その冷たい何か…恐らくスライムは、危険を察知したのか私の耳の中に逃げ込むように侵入してきて、変な声を出してしまう。そしてスライムは、徐々に私の身体の中にズブズブと侵入してくる。
…な、何このスライム!?いやスライムかどうかはわからないけど、どんどん中に入ってくる…!?嫌だ、寄生されたくない…!
すると突然スライムの感覚が消失し、今度は気怠さが襲いかかってくる。心臓がドクンと脈を打つ度、意識が遠のいていく。
「い、嫌…!お兄ちゃん…助け…て」
心臓の脈打つ速度がどんどん早まっていく。それに比例するように意識も徐々に遠のいていき、やがて私は気を失ってしまった。