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第41話 天と地、兄と妹

「ん、んぅ…」


 俺はグラトニーが展開したブラックホールに争うも魔力切れでされるがまま吸い込まれ気を失っていたが、ようやく意識が戻り体を起こしたと同時に咳き込む。

 視界に広がる光景は手入れされていないかのように薄汚く、空気は埃臭い…お世辞にも良い環境とは言えない質素な部屋だった。しかしその部屋にはテレビやエアコン、時計や扇風機、天井には照明があったりと、異世界というより前世の世界のようだった。

 グラトニーの言っていた事が確かなら、ここが地獄という事になるが。


「…まぁ、ある意味地獄だな」


 想像していた地獄とはかけ離れていたが、俺がかつて生きていた世界も地獄と言えばその通りだった。

 …まさかとは思うが、異世界で罪を犯した者を俺達が生きていた前世の世界に送り込んでいるんじゃないだろうな。

 そう思い、俺は埃まみれのカーテンを開け、咳き込みながらも窓の外の景色を眺めた。


「…な、何だよ…これ」


 窓の外の景色は想像していた景色とは全く違い、俺はあまりに混沌とした景色に絶句した。

 空には血のように紅い月が見下ろしており、日本に似たような街には異形のバケモノがうじゃうじゃと徘徊して、アスファルトにはピンク色のペンキのようなものが撒き散らされ、建物の一部は黒いヘドロのようなものに侵食されていた。

 …まさに、“地獄”であった。


「流石に、似てるだけだよな…本当に日本って訳じゃないよな」


 俺はそう呟いて、窓の外に広がる混沌から目を背けて座り込んだ。

 日本は異世界と違って、魔術も無ければ悪魔もオカルト扱いで実際には存在しない。当然だがあんなバケモノも居なかったし、もちろん禁書なんてものも存在しない。

 だからここは日本に酷似した地獄の世界…もし本当にそうだとしたら、地獄のモチーフとして具現化された世界が日本とは中々の皮肉だ。

 …しかし、俺はどうしてこの部屋にいるのだろうか?ここに召喚されたのか、それとも誰かがここまで運んできてくれたのか。どちらにせよ俺はこの世界から脱出して、咲薇をグラトニーから守らないと。


「つーか、テレビ繋がんのかこれ…」


 俺はひとまず立ち上がり、リモコンを手に取って試しにテレビの電源を入れてみる。するとプツッ、という音と共に砂嵐の画面が表示された。

 流石にこんな世紀末な状況では電波は通らないか…なんて思い電源を切ろうとしたその時、砂嵐の画面から突如とある映像が映り始めた。


『囚人番号は0417でお馴染みっ、どーもシイナです!』

「…?」


 テレビの画面に突如映し出されたのは、黒マスクに兎耳のついたフードに囚人服のような縞模様のパーカーを着た“シイナ”という少女だった。

 …なんだこれ、動画配信のつもりなのか?編集が一切されていないのを見る感じ、どうやら生配信のようだ。


『今日はなんと!遂に新メンバーが加入しましたーっ!イェーイぱふぱふー!いやー、本当に待望のですよ!』


 画面の中の少女…シイナは心底嬉しそうな笑顔で拍手をしているのだろうが、手持ちカメラで撮影しているからかブレブレである。

 そして、画面は戻りシイナの笑顔が映る。


『嬉しいなぁ…いつも一人でつまんないっていうか、寂しいというか…効率が悪いっていうか!ですが!皆さんは実際に目で見て確かめてくださいっ!それでは乞うご期待!』


 そう言ってシイナは手を振ると動画は終わり、テレビは砂嵐に戻った。

 …いや何の動画だよ!?本人からしたら確かに大事かもしれんが、視聴者からしたらクッソどうでもいい内容だからな!?しかも肝心の新メンバー紹介しないとかどうかしてるぞ!?俺は心の中でボロクソ文句を言って、砂嵐しか映さなくなったテレビの電源を落とした。

 …でもあの少女が動画を撮って発信しているという事はそれを見る人がいる訳で、つまりこの世界にも人間がいるという事だ。


「という訳でっ!!よろしくねー!!」

「うわぁァアアア!!??」


 突如その声と共に、窓を割って何者かが侵入してきた。俺はあまりに突然過ぎて情けなく大声を出して驚く。


「あっはっはっはっは!めっちゃびっくりするじゃん!」

「あ、アンタ…さっきテレビに映ってた…シイナ!?」


 窓を割って入ってきて、それに驚く俺の姿を見て腹を抱えて大笑いした者の正体は、なんと先程まで動画を撮っていたシイナ本人であった。


「あ!おれっちの動画見てくれてたんだ!嬉しき事この上なしぃーっ!」

「…って事は、新メンバーって俺の事かよ!?」

「そー!急過ぎて理解が追いつかないと思うけど、そういうことー!よろしくね!」


 そう言うとシイナは俺の手を握って、上下にブンブン動かして握手紛いな事をする。

 …ダメだ、頭が追いつかない。目が覚めたら変な世界に居て、少女が窓を割って入ってきて、知らないグループのメンバーに本人の承諾も無しに加入させられるとは。


「…てか!窓割るなんてしたらバケモノが!」


 そうだ。この部屋の外にはバケモノが徘徊している。もしかしたら窓を割った際の大きな音でここにいるのがバレてしまうのでは?


「バケモノ?…あー、マリスメアの事?」

「マリス、メア?」

「そ!まー確かに見た目はバケモノだけど、おれっち達の味方で、向こうから攻撃してくる事は無いから!」

「あ、あんなのが味方って…」


 どう見ても味方とは思えない見た目をしているし、これじゃまるで俺達が敵みたいじゃないか。


「“あんなの”とはなんだーっ!慣れれば可愛いんだぞっ!」

「…逆に慣れないと可愛く見えないって事じゃねーか」

「おお!お主、頭が良いですな!ギャクセツって奴?」

「…違う気がするけど」

「ま、そんな事はどうでも良きにしも非ず!あ、もうわかってると思うけど、おれっちはシイナ!お主は?」

「…シン。シン・トレギアスだ」


 俺はシイナのテンションに若干引きながら名乗る。

 さっき動画で“いつも一人で〜”と言っていた事から察するに、シイナはずっと一人で生きてきたのだろう。そんな中で俺という仲間を見つけたから、きっと舞い上がっているのだろう。

 …他にも人が居るはずなのに、何故俺を仲間に選んだのだろうか?


「よし!じゃあ間を取って“トレギア”ね!」

「…いや確かに間を取ってるけども!」

「あはは、そのツッコミ求めてたよ!お主は面白いのう!んじゃ、改めてよろしくシン!」

「ああ。よろしくシイナ」

「“いや結局シンなのかい!”って突っ込めよーー!!」

「う、うぉっ!?」

「んぎゃっ!?」


 シイナは俺の胸元にビンタをしてツッコミを入れてきたが、思っていたよりも強い力だった為、俺はバランスを崩しその場に倒れてしまった。シイナも俺に体重を掛けていた為か、俺の上に四つん這いになる。


「ご、ごめん!思ったより強かったから…!」

「…ねぇ」


 シイナは先程までのテンションとは打って変わって、俺をじっと見つめながら耳元で囁くような切ない声を掛けてきた。


「ん?」

「…キスしても、いい?」

「ダメに決まってんだろ」

「何で何で何でぇえ!こういうシチュエーションは大体キスするだろー!?雰囲気は大事だろー!?」


 俺にキスを断られると、シイナは本性を現すかのように隣に寝転んでそう言いながら駄々をこねるように身体全体をブンブン振り回した。

 振り回しているシイナの拳が定期的に俺の頬に当たり、足は太ももを踏んで痛い。


「雰囲気“が”大事なんだよ…」

「何が違うんだよー!おんなじだろーが!」

「じゃあ知らないジジイに突然壁ドンされて告白されたらOK出せるか?」

「え、丁重にお断りした後に通報する」


 俺の問いに、シイナは動きを止めて真顔でこちらを見つめながら返答する。

 …なんか俺に対して言ってないか?


「…まぁそれと同じだ」

「なるほど納得!…って出来る訳無いだろー!おれっちはキモジジイと同レベルって事じゃねーかそれ!」

「…あぁ、めんどくせぇ」


 俺は心の底からの本音を、小さく呟いた。

 これからこんな騒がしい奴と一緒に行動するのか…なんだか想像するだけで疲れてくるな。この地獄でそのテンションは却って不気味なんだよな…。


「聞こえてんぞ悪口!」

「え?」



「ん、んぅ…」


 私は家から出ようとして、謎の頭の痛みに襲われ気を失っていたが、ようやく意識が戻り体を起こす。視界に広がる光景は窓から夕陽の光に照らされ、紅く染め上げられた清潔感のある部屋だった。

 …私はこの部屋を覚えている。


「王宮…?」


 私は確か、家の玄関で原因不明の頭痛によって気を失ってしまったはず…何故王宮に居るのだろうか?

 …ああ、そうか。仕事から帰ってきたお兄ちゃんがここに連れてきてくれたんだ。でもどうしてわざわざ王宮に?


「お兄ちゃんは…?」


 そう言って辺りを見渡すが、そこにお兄ちゃんの姿は無かった。私はベッドから降りて、お兄ちゃんを探すべく部屋の外に出ようと扉のドアノブに手を掛ける。


「冷たっ…!?」


 触れたドアノブのあまりの冷たさに、私は思わず手を離してしまった。何でドアノブが冷たいの?!

 …あれ、前にもこんな事があったような気が。


「うっ…!」


 その時、再び頭痛がし始めると同時に私の頭の中に映像が流れ込んできた。

 それは、知らない部屋で触れた手が霜焼けしてしまう程に冷たく凍っている扉を無理矢理こじ開けようとするお兄ちゃんの姿だった。だがそのお兄ちゃんは今よりも幼く、同時に私の知らない記憶だった。


「あっ、ぁあ…!な、何なのこの記憶…!?こんなの、知らない…!」


 私は激しい頭痛に耐え、頭を押さえながら一人でにそう言う。

 もしや、私にあの映像のお兄ちゃんと同じように霜焼けに耐えながら扉を開けろという事なのだろうか?

 もしかしたらこの扉の向こうにお兄ちゃんが居るのかもしれない。そんな希望を抱き、私は再び冷た過ぎるドアノブを強く握った。


「あぁっ…冷たいを通り越して、痛いっ…でも、この先にお兄ちゃんが…!」


 “開ければお兄ちゃんがいる”、“お兄ちゃんが待っている”、そう自分に言い聞かせてドアノブを捻って凍った扉をこじ開けた。


「やった!うわぁっ!?」


 冷たいドアノブに耐え抜き扉を開けた瞬間、足を滑らせて転んでしまった。直後、倒れた地面に謎の湿り気を感じ、私はすぐに起き上がる。


「な、なにこれ…」


 謎の湿り気の正体は、ヌメヌメとした気持ち悪い感触の“何か”だった。例えるなら、前世で一時期流行っていたスライムのようなものだ。それが廊下一面に散りばめられているように落ちている。

 …王宮の廊下で、子供がスライムで遊んだのだろうか?


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ……」


 突如、どこからともなく男の叫び声が聞こえてくる。が、徐々に声はまるでフェードアウトしていくように小さくなっていった。それだけでは無い、至る所から男女の叫び声が聞こえてきたが、どれも徐々に小さくなっていくものばかりであった。

 …一体、王宮で何が起こっているのだろうか?


「…それよりも、お兄ちゃんを探さないと!」


 私はそう言って立ち上がり、お兄ちゃんを探す為に走り出…そうとしたが、またこのスライムみたいな“何か”に足を滑って転んでしまうのはごめんである。私は忍足のようにして慎重に歩みを進めていった。


「うぅ…」


 突然私の目の前に、まるでゾンビのように上半身をだらんと垂らしているメイドのような人が現れた。


「オォ…おまえ…ヒメサマか…?フ、フフ…」


 メイドのような人は私を見つけると、首をブルブルと小刻みに揺らしながら外国人の片言のようにそう言った。

 …どう見ても様子がおかしい。あの人に限らず、この王宮全体が異様な空気に包まれている。


「あ、あの…大丈夫、ですか?」

「ガ、ガガッ…おまえの、カラダのほうがよさそうだ…!」


 すると、突然メイドさんの口や耳…身体の穴という穴から廊下に散らばっているものと同じようなゼリー状の液体が出てきて、私目掛けて向かってきた。


「ひっ…!あ…!」


 私は恐怖で腰を抜かしてしまい、その場に尻餅をついて立てなくなってしまった。あのメイドさんは“お前の身体の方が良さそうだ”と言っていた…という事は、あのスライムのような物がメイドさんの身体を操っていたのだろうか。

 …私は国王の娘、確かに立場としてはメイドさんよりも私の方がいいかもしれない。スライムはそれに気付いて、私の身体の中に入って成り代わろうとしているのだ。

 逃げなきゃいけないのに、お兄ちゃんを探さなくてはいけないのに、怖くて身体が動かない…!


「オラァッ!!」


 すると、荒々しい声と共に炎が背後から飛んできて、目の前まで迫ってきていたスライムを燃やし尽くした。


「お兄ちゃん!?」


 私はお兄ちゃんが助けてくれたのだと思い、後ろに振り返る…が、歳は確かに近そうだが全くの別人で、嬉しいような嬉しくないような。


「…何だよその顔。テメェの兄じゃなくて悪かったな」

「あ、いや…その…助けてくれてありがとう…!」

「どうやらテメェはスライムに寄生されてねぇみてぇだな…ほら」


 男の人はそう言って駆け寄ると、情けなく尻餅をつく私に手を差し伸べてくれた。私は彼の手を握って立ち上がる。


「寄生、って…?」

「さっきの女を見て気付かなかったか?このスライムは人間に寄生する能力がある…そんで、身分の高い人間に寄生してってるって訳だ」

「身分の高い人間…じゃあ、パパとママも!?」

「もう手遅れかもな。一度寄生された人間はスライム自身が出てくるまで自意識が戻る事は無ぇ」

「そんな…」


 もうパパとママもこのスライムに寄生されていると知り、私は絶望のあまり膝をついてしまう。

 …という事はきっとお兄ちゃんも。


「シンなら大丈夫だよ、フェリィ」


 こちらに向かってくる足音と共に、そんな声が聞こえてきた。この声の正体は当然憶えている。私を唯一愛称の“フェリィ”と呼んでくれるのは、あの人しかいない。


「…グレイシーさん!」

「お、テメェら知り合いなのか?」

「うん、ちょっとね…それよりもお兄ちゃんが無事って本当!?」

「うん、彼ならもう避難させているから安心して」

「良かったぁ…」


 私は心底胸を撫で下ろす。

 とりあえずお兄ちゃんが無事で本当に良かった。お兄ちゃんがスライムに寄生されてる姿なんて見たくないもん。


「ここに居たらいつ寄生されるかわからねぇしな、俺達も避難するぞ!」

「あ、待って!」


 私は走り出そうとする男の人を呼び止める。


「んだよ!?」

「君の名前を教えて!私はフェリノート・トレギアス!フェリィって呼んでね!」

「…俺はアーシュ、元勇者って奴だ!ほら、フェリィもグレイシーも行くぞ!」

「うん!」


 私とグレイシーさんはアーシュ君の背中を追うように、走り出した。

 …いつ会ったかは憶えていないけど、なんとなくアーシュ君とは初めましてではないような気がする。

 あと、何気にアーシュ君が私の事を“フェリィ”と呼んでくれたのが嬉しかった。

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