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第39話 そして

「…あら?子供がこんな時間にこんな場所で彷徨いているなんて…ふふ、悪いお姉さんに捕まっちゃうわよ?」


 家に帰る道中、暗い闇市にて突然背後から女に声を掛けられる。後ろに振り返ると、そこには布面積が少な過ぎてもはや露出狂と言っても過言ではない服を着た変態女が居た。

 …アイツ、ついさっき賞金首の手配書に貼られていた女だ。まさか望まずとも向こうからやってくるとは思わなんだ。


「アンタ、禁書のページを持っているか?」

「ページぃ?んふふ、これの事?」


 そう言うと、女は笑いながら豊潤な胸の谷間からそれらしき紙切れを取り出す。

 …いやなんつートコに隠し持ってんだよ。まぁ確かに女が来ている服は布面積が少ない故に物を入れるポケットも無いから仕方ないのかもしれんが。


「それをどこで手に入れた」

「聞いてどうするの?」

「そのページを売ってる売人から禁書を回収する」

「あらあら、まだ幼いのに凄いねぇ…でも、ここはごっこ遊びで来る場所じゃないのよ?」


 女がそう言った途端、辺りにピンク色の霧が発生し、あっという間に視界が悪くなる。俺は黒い剣を引き抜いて、何が起こるかわからないこの空間で警戒態勢になる。

 すると、目の前に人影が浮かび上がった。


「そこかッ!」


 俺はその浮かび上がった人影の首目掛けて剣を素早く振り回した。肉を斬る感触と共にそこから血のような液体が飛び散り、人影は姿を消した。

 そしてまた人影が浮かび上がったが、今度は2人、4人、8人…と徐々に2倍増殖していった。

 俺は目に映る人影の首をひたすら斬り捨てていくが、斬るよりも増殖するスピードが速く、このままでは手に負えない数になる。何かカラクリがある筈だ、俺は辺りを見回してタネを探そうとする。


「無理よ、これは手品とは違ってタネなんて存在しない…禁書の力なのよ」


 女は、まんまと自身の力に翻弄されていく俺に向かってそう言う。喋っている奴が本体か…と思ったが、人影一人一人が喋っているからか女の声は立体音響のようになっている為、そういう訳では無さそうだ。

 …ページだけにも関わらず、俺はこれからこんな力を使ってくるような奴らと日々対峙する事になるのか。


「ふふ、でも良い腕をしてるわね。ちゃんと人が死ぬ位置を的確に斬っている」

「…俺は良い暗殺者になれるか?」

「そうね。なれると思うわ…私に出会わなければの話だけれど」

「そうか…よッ!」


 そう言って、俺は試しに首ではなくわざと目元を斬りつける。

 目を斬った理由は、女はこの濃いピンクの霧の中でも俺が明確に首を斬っている事がわかっている。この人影と本体が感覚を共有しているのなら、目を斬ってしまえば痛みで見えなくなる筈。

 …いや、でもそうだとしたら首を斬られたら痛みで喋れないか。だって女曰く俺は“ちゃんと人が死ぬ位置”を“的確に”斬っているのだから。どちらにせよ、目を斬られた後の女の反応でわかる事だ。


「…あらどうしたの?狙いがズレちゃったけれど?」

「何故だ…目を斬った筈なのに、なぜ見える!?」

「ふふ、何故かしらね?」


 俺の思ってもない発言に、女は気付かず弄ぶように笑う。

 …だがこれでわかった。やはりこの人影と本体は感覚を共有している訳ではなく、本体は安全圏からこの場を覗いている。イコール、この濃い霧の空間には外から内部を覗ける隙間というか穴がある筈だ。

 相手に気付いたことを察せられない為に、俺はまるで自暴自棄になったかのようにわざとがむしゃらに人影を斬り捨てるフリをして、覗き穴を探した。

 だが闇雲に探しても見つかる訳がない…そこで俺は、女がどこからどこまで見えているのかを調べる為に、無駄な動きを加えてみる事にした。

 まずは意味も無く剣を逆手持ちに変えて首を斬り捨ててみる。


「あら、狙いがブレブレ…あなたにその持ち方は向いてないわよ?」


 なるほど。当然ではあるが手元は見えるようだ。次に俺はわざと靴が脱げてしまうように動いて首を斬り捨て、想定通り靴が脱げてしまった。


「なぁにその変な動き?ダンスしてるみたいで可愛らしいわね」


 脱げてしまった靴に触れないという事は、どうやら足元は見えていないようだ。

 つまり女には俺の上半身しか見えていない事になる。というかいちいち俺の行動に反応するなんて、それほど余裕があるということか。

 確かに相手からしてみれば俺はまだ子供。そして相手は禁書のページを持っている…負ける訳が無いと思うのは普通だ。だがその余裕が、俺にヒントを与えてくれるのだ。

 さて、上半身が見えてて下半身が見えないという事は、覗き穴は上にある訳では無さそうだ。となると低い位置に覗き穴があるのだろうか?


「…あれ?なにこれ!?」


 突然女は驚くような声を出したと同時に、人影の増殖が止まる。

 女が戸惑っている今の内に覗き穴を探さなくては…恐らく高い場所には無いから、俺の背よりは低い位置を重点的に見回してみる。


「んぁあもう邪魔これっ!」


 女が怒りを露わにして言ったその時、脱げてしまった俺の靴が少し動いた。


「そこかッ!!」


 俺はようやく覗き穴を見つけると、脱げてしまった靴を覗き穴に目掛けて蹴り飛ばし、更に追い討ちで黒い剣を投げ飛ばした。するとコツンという音と何かが刺さる音と共に、一気に霧が晴れて見慣れた光景が戻ってきた。


「ぁ…ぁがっ…ぁぁ…」


 するとそこには地面に仰向けで倒れている女の姿があったが…その口には俺が投げた剣が突き刺さって喉を貫通しており、口からは血を吐いていた。

 …これじゃ聞き出せないじゃないか。そう思いながら俺は鞘と化している女の口から剣を引き抜いた。


「…んで、首を切断して持ってけばいいのか?」


 もう禁書のページについて聞き出せないのなら意味は無いと、俺は女の首に刃を押し当てる。


「がっ…ぁ…だじ…ぼ…ごろ、ず…の…?」


 女は目から涙を流しながら、捻り出すような声で“私を殺すの?”と聞いてきた。


「…ルィリアの時と比べたら、どこの誰かも知らない…害を成すだけのお前なんて」


 そう言って俺は女の首を切断した…が、首の中心には太い骨がある為、途中で刃が止まってしまった。俺は刃を足でグッと押し込んで骨を折り、改めて女の首を切断する事ができ、女のうるさい悲鳴は聞こえなくなった。

 骨を折って首を切断する感覚は、あまり良いものでは無かった。俺は軽く嘔吐しそうになりながらも何とか堪え、女の首を持って闇ギルドへ向かっていった。

 何だか、猟奇的殺人鬼にでもなった気分だった。



「…ダメだ!」

「は?」


 俺は持ち帰った首をマスターに見せつけると一言目からダメ出しを食らい、俺は思わずイラっとしてしまった。あれだけ苦労して持ってきた首なのに。


「あのなぁ、こんな状態の悪い首じゃ売れる訳無いだろ!」

「こっちは初めてで、胸糞悪くて今でも吐きそうなんだからな!?」

「まぁ、その歳で首を切断してここまで持ってこれただけでも、だいぶ凄ぇ方か」


 そう言うと、マスターはまるで骨董品のように女の首をまじまじと観察する。顔立ちや切断面などを見ているのだろうが、よくそんなもの見れるな…と感心と同時に軽く引いた。

 この首を持ってきた俺が言うのもアレだが、こんな生々しいものに買い手が出来るという時点で中々に狂っている。人の首なんて、何の需要があるというんだ。まぁ直接本人から聞いたとしても、俺はきっと納得は出来ないだろうけれど。

 今でも、人の首を切断する感覚は手に残っていた。した事は無いが、感覚的には大きな魚を捌いているのと同様なのかもしれない。


「あーあ…本当に状態が良けりゃかなりの値が張ったぞこの首。今日は大損の日か…」


 マスターは露骨に気分悪そうに言うと、俺に札束を差し出した。そういえば賞金首を殺したら報酬を貰えることを忘れていた。

 …金額としてはかなり大きいのかもしれないが、ルィリアから貰ったお駄賃の方が額が大きい為、どうしても見劣りしてしまう。


「…にしてもお前、明日からっつったろ?」

「仕方ないだろ、向こうから絡んできたんだから」

「何かお前、本当こういう厄介事を引き寄せるよな。そういう力でもあるんじゃねぇのか?」

「…だとしたら心底嬉しくない力だな」

「で、禁書について何か聞き出せたか…と言いたい所だが、こんな喉を貫くような殺し方したら無理か」

「ああ。あんな戦い方されちゃ正確に殺せない…禁書のページを持つ者はみんなあんな能力使ってくるのか?」

「この女の戦い方を知らねえから何とも言えんが、禁書の力ってのは魔術とは根本的な概念が違うんだ」

「根本的な…概念?」


 俺はマスターの言葉に疑問を抱く。

 だが確かに戦っていて、あの女の…禁書の力は魔術とは違う“何か”を感じた。それこそラグニアと戦った時と同じような感覚だった。

 …しかし今思うと俺がラグニアを倒せたのは、色欲の悪魔ラグニアの末裔であるルクスリアの加護があったからなのか。確かによく考えれば、応用によってその場で生まれた魔術で、かつ初陣で、ただの一般人である俺がラグニアという悪魔に勝てる訳が無いのだ。


「なんつーか…言葉で表すのは難しいんだが、こう…」

「いや、何となくわかる」


 言葉で表しにくいらしい魔術と禁書の力の違いを、マスターは身振り手振りで何とか分かりやすく伝えようとする。

 しかし実際に戦ってきた俺には、言葉では確かに言い表せないがなんとなくはわかる為、目の前に置かれた札束を受け取ると椅子から立ち上がって、マスターの呼び止めるような声を背に受けながら闇ギルドを出ていった。


 今度は誰かに絡まれる事もなく俺は家に戻ってきて、改めて内装を確認して見て回る。当然だが家の内装に変化は無く、どの設備も部屋も懐かしく感じた。

 ルィリア邸でほぼ1年過ごしていた事もあって見劣りというか狭く感じてしまうかと思ったが、案外そうでも無かった。

 今日はもうこのまま寝てしまおう…そう思い、前にここで住んでいた時に寝室として使っていた部屋に行き、そのままベッドに寝転がった。

 …何故か、ベッドが大きく感じた。



 それから俺は毎日闇ギルドに通い、手配書を確認して賞金首を探しては殺す…という日々を送った。

 見つけられずに1日を終える日もあれば、殺せたのにマスターに首の状態が悪いと叱られた日もあった。というか首に至っては殆ど褒められた事がない。加えて、いつも禁書のページの売人に関する情報を聞き出す前に殺してしまうので、そこの進展も無く、ただただ貯金だけが貯まっていった。


「…はぁ」


 俺はカウンター席で俯きながら深いため息を吐いた…が、マスター以外の人間と馴れ合って来なかったせいか、誰も寄り添ってはくれなかった。そもそも闇市の人間にそれを求める事自体間違っていると言えるし、それ以前に今日は何故か闇ギルドに人が居ないのだが。


「何か最近お前…つまんなそうだよな」

「人生大概つまんないだろ」

「まだ10余年しか生きてないガキがよく言うぜ…違ぇそういう事じゃねぇよ、なんつーか…前みたいに活力みたいなのが感じられねーっつーか」

「…活力、か」


 マスターの言う“前”というのは、1〜2年前に俺がここでバイトをしていた時期の事を言っているのだろう。

 あの時の俺は、今よりも大した力も頭脳も無いのに“咲薇を守る”という思いだけは強くて、何度も自分の信じていたものに裏切られて崩れて、その度にマスターやルクスリアに慰めてもらったり説教されたり…主に精神面がとても弱かった。まぁ今もそこまで強いという訳では無いが。

 …俺が王都を離れてから2週間ほど経つが、咲薇は幸せに暮らしているかな。きっと毎日美味しいものを食べて、好きな時間に寝て、笑って過ごしているのだろうな。


「お前さんの活力が無いのは、やっぱり妹さんが居ないのが原因か?」

「…どうだろうな。俺は咲薇が幸せなら、自分の事なんてどうでもいいんだ」

「実際幸せかどうかわからねぇぞ?」

「王宮内は安全だし、それに…本当の家族だって居る。少なくとも…俺と過ごしてきた日々と比べたら、幸せに決まってるさ」


 俺は強がりとかそういう訳でもなく、本心からそう言った。

 加えて、デリシオスは国の象徴としては寧ろ情けないと思ってしまうほどに優しい男で、イェレスも前科はあれど我が子に対する思いは人一倍強い女だ。こんなに良い人達が父親と母親だなんて、咲薇にとってはこの上ない幸せだろう。

 どちらにせよ咲薇にはもう…生まれつき目が見えない病気を患っていた事も、前父親から受けていた性的虐待の事も、一緒に家出して1週間何も食べられずに野宿した事も、マスターに拾われてあの家で過ごした日々も、ルィリアによって目を治してもらった事も、その後にルィリア邸で過ごした日々も、自身が一度死んでしまった事も…何も憶えていないのだから。


「本当の家族ねぇ。一番大事な一人が欠けてる家族ってのは、幸せなのか?」

「…何が言いたい」

「それは自分で考えろ。っていうより、お前さんはもうわかってんじゃねぇのか?」

「は…?」

「ついさっき、こんな真夜中に国中でこんなもんが配られていたんだ」


 そう言うと、マスターは俺にある一枚の賞金首…とは何か違う手配書を見せてきた。そこに貼られていた写真は、咲薇だった。俺は思わず手配書を奪い取ってもう一度確認する。

 …王家特有の変わった髪色に赤のメッシュ、緑色の瞳。どこからどう見ても咲薇だ。しかもとんでもない金額を付けられている。


「なっ…何で咲薇が!?」

「それは賞金首っつー訳じゃなくて、王国が直々に配った人探しのビラだ。見つけた者には、10億ギラが贈呈されるそうだ…ってオイ!」


 俺は課せられた金額などどうでも良く、出入り口の扉を破壊する勢いで闇ギルドから出ていった。

 こんな手配書を王国が配るって事は、咲薇は今行方不明になっているという事だ。人の少女を捕まえるだけで10億が手に入ると知ったら、当然人は動くだろう。それが普通の人ならまだ良い…だがこの手配書は闇市にも配られていたという事は、何をしでかすか分からない連中も咲薇を探している事になる。


「何としても、俺が見つけないと…!」


 そう言って、俺は闇市から一旦王都へ向かって休憩無しで走っていった。

 道中は人が多く、どうやら皆んな咲薇を探しているようだった。咲薇はまだ幼いし、髪色も相まって目立つ。見つかれば抵抗空しく即捕まってしまうだろう。

 そして、闇市を出て王都の繁華街にたどり着くと、時間的には真夜中にも関わらず、まるで何かの祭りが開催されているかのような数の人々が群がっていた。


「…シン君っ!」


 人混みの中から、聞き覚えのある女の声が俺の名前を呼ぶ。声の方向に顔を向けると、そこにはデリシオス…が女装した姿、ユーナが居た。

 俺はユーナの元に駆け寄ると、そのまま怒りに任せて胸ぐらを掴んだ。


「お前何考えてんだ!こんなもん国中に配るなんて、咲薇の身に何かあったらどうするんだよ!」

「本当は君に頼みたかったんだよ!?でも君の居場所が分からなかったから…こうやって騒ぎを起こせば、君が来てくれるって…!」

「…お前を咎めるのは後だ、何があったんだ!?」


 まだ怒りが収まっていないが、ここでデリシオスにキレても何も解決はしない。俺はデリシオスから手を離し、事情を聞く事にした。


「そう言われても、実際ぼ…私も突然の事過ぎて」

「…急に咲薇が出てったって事か?」

「うん、多分君を…兄を探していたんだと思う」

「…そうやって俺に責任を押し付けるつもりか」

「違うわよ!でも君が居なくなってからずっと、フェリノートは私達に君の事ばかり聞いてきたんだ。“お兄ちゃんは?”って」

「咲薇が…そんな事を」

「…だから!君にわた…いいや、僕の娘を…フェリノートを見つけ出して欲しいんだ!頼む!」


 デリシオスはそう言って頭を下げた。

 俺はデリシオス国王の頼みに頷きもせず、そのまま咲薇を探しに走っていった。王宮に住んでデリシオス達と暮らしていれば幸せだと思っていたが、結局こうなるのか。

 何故だ…何故だ咲薇…!?どうして自ら幸せを拒むんだよ…!?



 アテも無く王都中を走って咲薇を探すが、一向に見つかることは無かった。そりゃ当然だ、ほぼ全ての国民が捜索しているのに見つからないのだから。

 見つかる訳がない…と4割ほど諦めかけた時、俺はある物が目に入って思わずそれの前で足を止めた。


「…まだ残ってたのか」


 俺の目の前にあったのは、もう誰も住んでおらず廃墟と化したルィリア邸であった。あの時は炎で燃え盛っていたが、意外にもまだ外装の原形は残っていた。

 辺りに人が居ないのは、単純に探した後だからか、それともあの大罪人のルィリアが住んでいた場所という事で不吉の象徴とでもされていているのか…それはわからない。

 俺はまるで導かれるように、無意識にルィリア邸の廃墟へと入っていった。

 …あれからまだ2週間程しか経っていないはずなのに、プールのせいでやたら広く感じる庭や無駄にデカくて重い玄関が、どうしてか昔の家よりも懐かしく感じてしまう。

 俺は玄関の扉を開けようと試みるが、熱で変形してしまったのか全く動かせなかった。


「…外道のやり方だが、窓を割って入るしか」


 そう言って俺は、ヤスリで削られて曇りガラスのようになっている窓のガラスを剣の柄で割ると、廃墟の中へと入っていった。

 中は仮にも当事者なのでどんな状態なのかはある程度わかってはいたが…やはり何もかもが黒焦げており、あの時の記憶が、感情が、まるで今その状況に立たされているかのように鮮明に蘇ってくる。

 …俺はここで、ルィリアを殺したんだ。

 流石に引き摺り過ぎだと自分でもわかっている、でも忘れる訳にも割り切る訳にも行かないのだ。


「やーーーっ!」

「っ!?」


 突然背後から金切り声が聞こえて振り返ると、目の前には刃のような物が俺目掛けて振り下ろされてきていた。俺は咄嗟の判断で剣を引き抜き、攻撃を防いだ。

 …この剣、俺と同じ…!?そうか、俺の元に戻ってきたのは1本だけ、つまりもう一本はルィリア邸にまだ残されていたんだ!


「…お、お兄ちゃん?」

「さ、咲薇…!?」

「違うよ!フェリノートだよ!」


 俺と同じ黒い剣を振り下ろしてきた犯人は、なんと咲薇だった。

 …そうか、人気の無いここに隠れていたんだ。そして剣を拾って、俺を不審者だと思って攻撃したという訳か。


「…良かった…無事で」

「うぅ…やっとお兄ちゃんに会えた…!」


 そう言うと、咲薇は剣を置いて泣きながら抱きついてきた。俺はとりあえず咲薇が生きていて胸を撫で下ろすのと同時に、まるで赤子のように泣く咲薇の頭を優しく撫でた。


「咲薇…何で家出なんかしたんだ」

「だって…お兄ちゃん全然帰ってきてくれないんだもん…」

「外は危険だ。それに王宮の中に居た方が平和で幸せだっただろ?」

「お兄ちゃんが居なきゃ…意味無いもん」

「え?」

「…よくわかんないけど、お兄ちゃんと一緒じゃないと、不安になるの」

「咲薇…」

「だから私、お兄ちゃんと一緒に居たい!例え茨の道でも、お兄ちゃんと一緒なら乗り越えられる気がするから!」

「…!」


 咲薇の言葉に、俺はある事を思い出す。

 “例え茨の道だったとしても、おにーちゃんと一緒なら私はそっちを選ぶよ”

 それはかつて、咲薇が俺に言ってくれた言葉だった。全く同じ文という訳ではないが、俺は嬉しくなったのだ。

 …まだ咲薇は居る、と。


「…お兄ちゃん?何で泣いてるの?」

「ああ、咲薇が居るって事が…嬉しくてな」

「だから、私はフェリノートだよ?」

「…そうだったな」


 俺と咲薇は笑って、お互いの涙を拭いて立ち上がる。


「さぁ、帰ろう。俺達の家に」

「…うん!」


 咲薇は俺の手を繋いで、廃墟となったルィリア邸から出ていった…それで終われば良かったが、やはり世界はハッピーエンドを好んでいないようで、ルィリア邸の前には俺から咲薇を奪い取って報酬を得ようとしているのが見え見えな人々が待ち構えていた。


「あ!やはり出てきたぞ!」

「10億ギラは俺のもんだーー!!」

「あんたのじゃなくて私のよーー!!」


 そう言って、人々はルィリア邸を囲う塀を乗り越えて咲薇を捕まえようと走ってくる。

 ルィリア邸の塀はかなり高い筈だが、人は金の為ならそれを乗り越えるなんて容易い事なんだろう。咲薇を金としか見ていない者達が、醜くて仕方がなかった。


「お兄ちゃんっ…」

「大丈夫だ咲薇、俺が守るから」


 大人数で向かってくる人々に怯えて俺の背後に隠れた咲薇を抱き上げると、俺は点火飛行イグナイテッド・フェニックスを応用して足裏に一瞬だけ発動させ、高く飛び上がった。

 加えて足元の空気を固形化して、まるで空中を飛び歩くようにして王宮内まで直行した。


「わぁ…!」

「怖くないか、咲薇」

「うん!お兄ちゃんがいるから!」

「そうか」

「…でもねお兄ちゃん、私は」

「わかってるよ、ちょっとくらい良いだろ」

「だーめ!ちゃんと名前で呼んでよー!」

「ちゃんとした名前だろ咲薇は!」

「だから私はフェリノートだって言ってるでしょー!?」

「前世からの癖なんだからしょうがないだろ!」

「前世とか言われてもわからないよーっ!」

「とにかく前世の名前では咲薇なんだよ!だから別に…」

「良くなーい!!」


 俺達は綺麗な星空の下で、そんな少し変わった兄妹の何気ないやりとりを交わすのであった。


 その後、改めて俺は咲薇を引き取る事になり、報酬の10億ギラは受け取らずにデリシオスに国民への給付金として配布させた。

 そして俺は咲薇と共にあの家へ戻り、無くなった物を取り戻すように…いや、それ以上の物を得るように、咲薇にとって幸せな思い出を作ると決意した。

 咲薇の幸せが、俺と共にいる事だと言うのなら、俺は喜んで咲薇の側に居よう。

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