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第37話 はかなくゆめに

「その…“咲薇”って…だれ?私はフェリノートだよ…?」


 咲薇…いや、フェリノートは本当に知らなそうな目で俺に問いかけてくる。俺はしばらく、咲…フェリノートの質問に答える事が出来なかった。


「フェリノート…目が覚めたのね…!」


 イェレスは喜びを露わにして、目を覚ましたフェリノートを抱きしめようとした…が、フェリノートは力が抜けたかのように俺にもたれかかってきた。


「咲薇っうぉっ!?」


 俺はフェリノートがもたれかかってきた事によってそのまま床に倒れてしまう。身体が癒えていない事に加えてフェリノートの体重も合わさって床に叩きつけられた為、全身に激痛が走って起き上がれない。


「だ、大丈夫かいシン君!?無理をするなとあれほど…!」

「すぅ…すぅ…」


 俺と共に床に叩きつけられながらも、フェリノートは可愛らしい寝息を上げながらまた眠ってしまった。

 …契約の代償とは違う、副作用のようなものだろうか?


「…眠っている、ようだね」

「あぁ…多分まだ疲れが抜けきって無いんだと思う…寝かせてやってほしい」

「フェリノート…やっと再会出来たのに…」


 イェレスは悲しげな声で呟く。

 仮にも母親であるイェレスからすれば、俺のせい…とはあまり言いたくないが、産んでからすぐに離婚し、そこからずっと会えていなかった訳だからな…。

 フェリノートは今8歳だから…約8年も我が子に会えていないという事になるのか。イェレスは別に我が子に対する愛が無い訳ではないから、会えない間は想像も出来ないほど苦しかっただろう。

 …同情はしないが、せっかくだ。


「…イェレス、こっちに来い」

「シン…母親に向かって」

「元、だろ。俺は諸事情により動けない…我が子を抱きしめたいなら今だぞ」

「シン…!」


 感謝するように俺の名を告げると、イェレスは俺を抱き枕にして眠るフェリノートを持ち上げ、今まで出来なかった分を取り返すかのように強く、長く抱きしめていた。

 動けない俺は、ただただそんなイェレスを見上げていた。


「さぁ、シン君も車椅子に戻ろうか…よいしょ」


 そう言うとデリシオスは倒れる俺を持ち上げ、車椅子に戻してくれた。

 身体中が痛みに悲鳴を上げているようにジンジンする中、俺はある事を思い出す…というか、頭の片隅にはあったがタイミングが無かったというか。

 

「なぁ、そういえば」

「何だい?シン君」

「…ルィリアは、どうしたんだ?」


 俺はルィリアのその後を訪ねた。

 流石にあの場に放置という事は無いだろうが、ルィリアは悪魔と契約を交わし、人々にテロ行為を成した大罪人…まともな処理は受けていないだろうが、唯一の養子として…トドメを刺した者として、聞いておくべきだと思ったのだ。


「ルィリアというのは今回の騒動を起こした張本人の事かい?何故そんな事を?」

「…色々あんだよ」

「そうか。彼女の死体ならもう火葬を終えて土に埋めてきたよ。本当は両親や親戚に引き取ってもらおうとしたんだが…断られてしまってね」

「…俺をルィリアの墓まで連れていってくれ」

「ああもちろんさ…イェレス、少し行ってくるよ」


 そう言うと、デリシオスは俺の乗っている車椅子を押して部屋を出ていった。

 そしてまた竜のように長い廊下を歩いて行く。


「…フェリノート、記憶が無くなってしまっているみたいだけど」


 デリシオスは突然俺にそう話しかけてきた。

 やはり察していたか。しかしどうしようか。“守れずに死なせてしまったんで、記憶を代償にして蘇らせたんだ”なんて言える訳が無いし…でも嘘をついたら何かデリシオスから向けられている期待というか思いを裏切るような気分になるし…。

 …仕方ない、今回ばかりは腹を括るしか。


「ああ…多分、頭をどっかに強くぶつけたんだと思うんだ。それで前世の記憶が」

「でもフェリノートの頭にぶつけた痕なんて無かったような」

「痕が付かないような軽い衝撃でも人は死んじまう時があるらしい。だから、不謹慎かもしれないが…記憶が無くなっただけで済んだのが幸いなのかもな」

「本当に不謹慎だね…でも、君はそれで良いのかい?」

「…え?」


 俺が嘘をついて乗り切ろうとしているからなのか、デリシオスの何気ないであろう質問がまるで本当の事を知っているかのように感じた。

 “咲薇の記憶を代償にしても大丈夫だったのか?”と言われているようで。


「フェリノートの記憶が無くなって、君は辛くないのかい?」

「…正直辛い。だが今までの辛い過去を忘れさせて、これから沢山幸せな思い出を作っていけばそれで良いんだ」

「それは強がりかい?」

「半々、だな…。もう咲薇を咲薇と呼べないのは辛い。咲薇という存在が、本当に居なくなっちまったみたいで」

「…無理に呼び方を変える必要は無いんじゃないかな」

「え?」

「だって記憶が無くなったとしても、フェリノートが君の前世での妹である“サクラ”の転生体である事には変わりないんだろう?」

「…確かに」

「だったら“サクラ”の存在は消えないよ。だって、君が憶えているじゃないか」

「俺が…?」

「ああ。君が忘れない限り、フェリノートは“サクラ”だよ」


 “俺が忘れない限りフェリノートは咲薇である”…何だか、死んだ妹と似ている女の子を重ねて見ている少し可哀想で痛い奴みたいだが、そういう考えが良いと思ってしまった。

 どうやら、俺は可哀想で痛い奴と同等らしい。

 例えフェリノートが自身が咲薇である事を否定し続けたとしても、それでも俺はフェリノートを咲薇と呼び続ける。だって俺は、俺の事をお兄ちゃんと呼んでくれた咲薇を憶えているから。

 

「…そうだな」



 ルィリアの墓に向かうには、王宮の外にある霊園まで行かなくてはいけない。だが国王という身分であるデリシオスが外に出たら大騒ぎになる為、デリシオスは変装を済ませてから俺の車椅子を押して王宮を出ていった…が。


「…なぁデリシ」

「ダーメっ、今のあたしはユーナ・ペッティ!以後、気をつけるようにね!」

「あーうんわかった…んで、ユーナ」

「なに?」

「諸事情があるとはいえよ、女装ってのはどうかと思うぞ…地味に女声上手ぇし」


 そう、デリシオスは外に出る際は女装をするのだ。確かに見た目は金髪の少しギャルっぽい女にしか見えないし、胸も詰め物でそれなりに大きくかつ自然に見えるし、声もまんま女だし…少なくとも元々は男で、ましてやその正体があのデリシオス国王だとは誰もが思うまい。

 もしこの異世界に“声優”という概念が存在したならば、恐らくそれがデリシオスの天職だっただろう。


「えぇっ、褒めてくれるの嬉しいなぁっ」

「話晒すな!」

「んもぅ、せっかちなんだからー…」

「…はぁ」


 俺はデリシオスの変わりように思わずため息を吐く。

 あの優しい口調のデリシオスが、女を演じる為にこんな口調で喋られると調子が狂う。本当は普段男であるデリシオスとして振る舞っているのが演技で、今こうして女であるユーナとして振る舞っているのが本物なんじゃないかと疑ってしまうほどに。


「…まぁ、女装してると色々便利なの!」

「まぁデr…ユーナの場合、見た目とか声とかも相まって男だとはわからないしな」

「しっ!あんまおっきい声で男とか言わないで…!」

「そ、そうだな…いや流石にわからんだろ」

「うーん、かなぁ?」

「揺らぐなよ!?」


 俺とデリシオスはそんなふざけた会話をしながらも、着々とルィリアの墓がある霊園へと辿りつつあった。

 こんなにふざけた会話をしているにも関わらず、意外にも周りから変な目で見られる事は無く、改めて異世界の暮らしやすさのようなものを感じた。

 前世も似たようなもの…いや違うな、変な目で散々見てくるくせして、肝心な時には見て見ぬフリをするんだったな。そして変なところで正義感感じて結果間違いを犯す…救いが無ぇな、ホント。


「ここが霊園だよ」


 デリシオスはそう言って、車椅子を一旦止める。俺の視界には、墓石が綺麗に並べられた霊園が映っていた。…確かに、これは紛う事なき霊園だな。

 そしてデリシオスは再び俺の乗る車椅子を押して、ルィリアの墓まで案内した…が、そこにあったのは墓石ではなく、江戸時代のように足が積み上げられているだけであった。

 周りの墓はちゃんとした墓石にも関わらず、だ。


「…」

「シン君の言いたい事もわかる…僕だってちゃんとした墓石を置きたかった。でも“誰がこんな奴の墓石なんて作るか”って作ってくれなかったんだ」

「…まぁ、そうだろうな」


 辺りに人が居ないからか、男の口調に戻したデリシオスの言い訳じみた言葉に、俺はそう返す。

 でも普通に考えて、いくら王国からの頼みとはいえ大罪人の墓石なんて誰も作りたくはないだろうし、作ったところで自分に恥と汚点が付くだけである…これが普通の人の反応だ。寧ろ、こうやって墓参りに来る奴がおかしいのだ。

 俺はふと、墓石代わりに積み上げられた石の上にキラリと光るものが目に入った。


「あれは…?」

「やっぱり気になるかい?…ほら」


 デリシオスは石の上の光るものを手に取って俺に差し出して見せつける。やっぱりそれは、見覚えのある物であった。


「…ルィリアの、徽章か」

「そう。この徽章、チェーンも含めて金で出来てるから燃えずに残ったんだろうね」

「そうだったのか…」

「でもこれ、グリモワール・レヴォル賞を受賞した証であるあの徽章だろう?そんな名誉が、ルィリアの所持物というだけで不名誉になるなんて、皮肉だよね…」


 そう言って、デリシオスはルィリアの形見である徽章を静かに石の上へ置き戻した。

 …ルィリアも悪魔の手を借りていた時点で不正を犯しているような物であり、結局“グリモワール・レヴォル賞を受賞した女性は不正をしている”というジンクスの糧にしかならなかった。


「…ありがとう、気が済んだ」

「もういいのかい?」

「ああ…わざわざ連れてきてもらって悪かったな」

「構わないさ。君と2人きりで話せる良い機会にもなったしね」


 そう言って、デリシオスは俺の座る車椅子を押して、霊園から出ていく途中、供え物なのか花束を持った見覚えのあるような女とすれ違った。


「待って」


 すると、すれ違い様に女にしか呼び止められ、デリシオスと俺は女の方に振り返る。

 この人…どこか見覚えがあると思ったら、リリィという少女の母親じゃないか。

 …とはいえ、別にお隣さんという訳でもないしそんな空気ではない為“久しぶり!”なんて気さくに話しかけられないが。


「あたし達に何か?」

「あなた達、さっきルィリアの墓の前に居なかったかしら?」

「そうだけど…それがどうかしたの?」

「…!」


 すると女は花束を握りしめ、血相を変えてあろう事か花束を投げつけてきて、綺麗な花達が俺の太ももの上に散りばめられる。


「おいおい、この花、供えるために持ってきたんじゃないのかよ…?!」

「うるさい!!あのルィリアとかいう女の知り合いなら、みんな死んでしまえば良いんだ!」

「…そうか、あんたの娘は」

「そうよ!あんな奴を信じた私が馬鹿だった…よく考えれば何でも治る魔術なんて有り得ないのよ…それこそ、悪魔の手でも借りなきゃね…!」


 女は皮肉のようにそう言う。

 …あの母親の娘は、ルィリアの完全治療クーア・アスクレピオスの魔術を受け、最終的に代償によって亡くなった。ルィリアを恨むのも当然である。だからってその知り合いすらも恨むというのタチが悪いが…それも仕方ないのかもしれない。

 だってもうルィリアは死んだ。でも母親の娘が帰ってくる訳じゃない。だから…こじつけてでも誰かを恨んでないと、自分を保ってられないのだろう。

 …この女は、俺と同じだ。


「違うわよ」

「何が違うのよ!?どうせあの女の墓参りに来てたんでしょう!?」

「この人は…ルィリアを殺した張本人よ」

「え…?」

「彼は君達のような被害者の思いを背負って、こんなボロボロになるまで戦ったのよ。でも、相手が大罪人とはいえ殺しは罪だから…彼は殺してしまった償いとして、ここに来ていたの」


 デリシオスは、女にそう語った。

 最後の2行くらいは当たっているが、最初の文だけは外れている。別に俺は被害者の思いを背負って戦った訳ではないし、別に殺したかった訳でもない。

 何も事情を知らない奴に、あの出来事を少し改変して美談として語られるのはあまり良い気分では無いが、変に否定すると女を刺激してしまうだろう。今はとりあえず、デリシオスに便乗しておこう。


「そう…だったの?」

「ああ。この花、娘に供えてやるんだろ?」


 俺は女に優しく言うと、デリシオスは空気を読んで車椅子を女の方に押してくれた。


「はい…ごめんなさい。私、勘違いを」


 そう言いながら、女は俺の太ももの上に散りばめられた綺麗な花達を拾い始める。


「気にすんな。大切な人を失う気持ちは、俺にもわかるから」

「…はい。本当に、すいません」

「にしても、綺麗な花だな」

「娘のリリィが好きだった花なんです。この花達も娘が庭で育てていたものでして」

「…そうなのか」


 庭で育てていた割に、かなり量が多いような気がするが。よく見ると中にはまだ蕾のままで花が開いていないものもあった。

 …亡くなった娘が育てていた花を見ると、虚しくなるんだろう。だからこうやって墓に供えてるんだろうな。


「…では、娘が待っているので」

「ああ。時間取らせてしまって悪かったな」

「い、いえ…!そんな事は」


 そう言って、お互いお辞儀を交わして女は娘の墓へ、俺達は霊園の出口へそれぞれ逆方向へ向かっていった。

 俺とあの女は、本当によく似ている。



 俺達が王宮に戻ってきて数時間が経過したが、一向に咲薇が目を覚ます事は無かった。

 死んでしまっているんじゃないかと思うが、すやすやと寝息を出しながら眠っているのでその心配は無いだろう。

 ただずっと付き添っていたイェレス曰く、桜は寝言で度々“お兄ちゃん”と呟くらしく、イェレスに代わって俺が付き添う事になった。


「…本当に起きないな」


 俺が付き添い始めてからまだそんなに時間は経っていないが、前世と違って暇を潰す手段が無い為、普段よりも時間の流れが遅く感じてしまう。

 しかし、これからどうしようか。

 流石にこのまま王宮内で過ごすのはダメだろうし、散々否定してきたくせに居候だなんて都合が良すぎる。

 …やっぱり、1年前のようにマスターから借りたあの家に戻る事になる、か。


「ん…お兄…ちゃん…?」

「咲薇…!」


 そんな事を考えていると、まるで兄の存在を感じ取ったかのように咲薇が目を覚ました。


「だからぁ…“咲薇”って誰なのぉ…私以外の女の子と関わるなんて絶対に許さないんだからね…?」


 起きたばかりなのか、咲薇はまだ眠そうに目を擦りながら俺にそう言った。

 …デリシオスには“俺が憶えている限りフェリノートは咲薇だ”と言われたが、いざこうして別人として振る舞われると、やっぱり心の奥底では“咲薇は居なくなってしまった”のだと思ってしまう。

 何かの奇跡が起こって咲薇としての記憶が戻る訳は無いし、仮にそうなったとしたらそれは契約破棄と同じ…即ち、咲薇が死ぬ。


「メンヘラかよ」

「違うよぉ…ねぇ、誰なの咲薇って…?」


 咲薇はベッドから身を乗り出して俺にそんな質問をしてくる。


「お前の…フェリノートの前世の名前だ」

「え…?」

「驚くのも無理はないよ。急に前世とか言われても意味わからないだろうし。ところで咲薇、まだ眠い?」

「…うん」

「じゃあ今から絵本を読ませる感覚で、俺達兄妹の物語を聞かせるよ。途中で寝ちゃってもいいからな」

「うん」


 そしてまた咲薇はベッドに横たわるが、その目はまだ閉じられておらず、俺の方を見つめている。

 だが、もう若干ウトウトし始めている。さっさと知って欲しい事から物語形式で話してしまおう…だがまんま実話を話すとアレだから、少し話を改変して話すとしよう。

 だって嘘は便利なもので、自分を何にでもさせてくれるのだから。



 これは、とある兄妹の物語。

 兄の名前は達月、妹の名前は咲薇。2人はとても仲良しで、いつも一緒に遊んでいました。

 でも咲薇と達月は事故に遭い死んでしまいましたが、別の世界で兄はシン・トレギアス、妹はフェリノート・トレギアスとして新たな生を授かりました。

 フェリノートは学校へ通い、シンは家事を担い、兄妹は二人三脚で暮らしていました。



「…そして」

「すぅ…すぅ…」

「寝るの早ぇよ咲薇…」


 俺は思っていたよりも早く咲薇が眠ってしまった為、物語の殆どを読めずに終わってしまった。

 とりあえず咲薇には、俺達は今まで戦いとは無縁の日々を送ってきた…という事にしておいた。咲薇は学校に通っているという事にしたが…二人三脚で暮らしてきて、兄は家事をしてるのに学費どうしたんだよってなるし…掘り返してみると意外と粗が目立つな。

 うーん…ここら辺は咲薇が聞いていなかった事を祈るしかないか。

 …やっぱり嘘は嫌だな、というか下手くそすぎるな俺。


「…さて、俺も準備をしなくちゃな」


 そう言って、俺は痛む腕を無理矢理動かして自身で車椅子を進ませた。

 移動したい時は呼んでくれ、とデリシオスに言われたが、そもそもスマホとか連絡手段が無いのにどうやって呼ぶというのだ、叫べってか?

 ていうかよく考えたら交信魔術ってあるよな?何だったらマスターが教えてやるって言ってたよな?

 …どちらにせよ、デリシオスに頼りっきりになる訳にもいかないので、俺はやっとの思いで部屋の外に出る…が、夜ゆえに暗く、そして竜のように長い廊下を見て俺は思わず絶望する。

 部屋を出るだけでも辛いのに、こんな超長い廊下を進まないといけないなんて。


 コツ、コツ、コツ。


「な、何だ…?」


 突然背後から足音のような音が聞こえ、暗い事も相まって俺は恐る恐る振り返ってみるとそこには、死んだはずのシャーロットが立っていた…!


「…シャーロット!?」

「違います。あんな人形と一緒にしないでください」


 俺は暗闇に目が慣れると、服こそは同じだが、それ以外は顔も声も似ていないただの王宮のメイドであり、俺は変なため息を吐いた。

 …にしても、シャーロットと言われて“あんな人形”と答えたという事は、もしや。


「…あんた、シャーロットを知ってるのか」

「貴方はシン様ですね…もちろんシャーロットの事はご存じですよ。だって同じ職場でしたから」

「同じ職場…」


 そういえばシャーロットは“やれ”と言われてルィリアの専属メイドをしていた。という事は、メイド関係の職場の上司的な人から命令されてルィリアの元に派遣されたという事だ。

 なるほど、それならこのメイドがシャーロットと同じメイド服を着ているのにも納得が行く。


「…それで、どこに行きたいんですか?私でよければご案内しますが」

「別にどこに行きたいって訳じゃないんだが…早く身体を治したいと思ってな。ずっと車椅子だと不便だし他人に迷惑掛けちまうし」

「一応、シン様には最先端の治癒魔術を施している筈ですが…それでも治らないという事は、よほど重傷という事なんですよ」


 メイドは暗闇だから見えにくいと思っているのか若干面倒くさそうな顔で、まるで諦めてくださいと言わんばかりにそう告げる。

 ていうか最先端の治癒魔術でこれなのか…確かにルィリアがグリモワール・レヴォル賞を受賞するのも頷ける。

 例えるなら、ラジオしか無い時代に4Kのカラーテレビを作り出したようなものだしな。


「…もう一回俺に治癒魔術を施してほしい」

「はぁ…わかりました。点火イグナイテッド


 ダルそうに頷くと、メイドはどこからともなく松明を取り出し、指をパチンと鳴らして火を灯す。

 そして前を向いている為見えないが、恐らく片手で俺の乗った車椅子を押し始めた。華奢な見た目に反してめっちゃ力あるな、この女。


「…シャーロットはどんな感じだったんだ?」


 俺は松明で照らされてるとはいえ、薄暗い廊下を進みながらメイドにシャーロットについて聞いてみる事にした。


「何ですか、ナンパですか」

「違うわ。ただの雑談だ」

「そうですか。シャーロットは何も喋らないし、どんな仕事も顔一つ変えずに引き受けて…まるで操り人形みたいで不気味でした」


 メイドはシャーロットについて軽く語った。正直おおよそ想像通りではあったが、あんな露骨に積極的になる程、シャーロットにとって俺という存在は特別というか、大きかったのだろうか。

 一目惚れした、と言われたが…やはり人を変えるのは恋なのか。


「…何か喋ってくださいよ」

「あ、あぁごめん」

「逆に、どうしてシン様がシャーロットを知っているんですか」

「シャーロットの派遣先が、俺の住んでた家だったんだ」

「ですがシャーロットの派遣先って確かルィリアの…まさかシン様はあのルィリアの隠し子?」

「そんな訳無いだろ、養子だ養子」

「養子ですか…何か意外ですね、あの大罪人のルィリアが人を養うなんて」


 どこに行っても、ルィリアは大罪人か。

 あんなテロ行為を犯して当然ではあるが、そもそもアレは契約の代償であり、加えて人々がルィリアを悪く見なければ、もっと被害は抑えられただろうに。

 どんなに人々が大罪人だと評価しても、俺だけは知っている…ルィリアは優しい人だったのだと。


「…意外、か」

「はい、意外です。あとそろそろ着きます」


 そう言われ俺は前を向くと、光が漏れている扉があった。やっぱりああいう場所は24時間体制なんだろう。

 そしてメイドはその扉を開いて、俺を部屋に放り込むように車椅子ごと入室させる。


「…あら、シン様?」


 部屋に入ると、そこには眼鏡をかけ、白衣を着た少しエッチな女の人がまるで俺を待っていたかのように椅子に座っていた。

 …いつの間にか、あのメイドは居なくなっていた。


「何でみんな俺の事を様付けするんだよ」

「だって、国王様の知り合いなのでしょう?であれば様付けは当然よ…それで、どうかしたのシン様?もしかして、1人じゃ眠れないとか?」


 女医師はニヤニヤと弄ぶように笑いながら、少し胸元をチラつかせながらこちらに向かってくる。


「違う、本当にそうだとしてもあんたとは寝ないからな」

「んー、それはちょっと傷つくかな、嘘だけど。それで、こんな時間に何の用かしら?」

「ああ…俺の傷をもっと早く治してくれないか」

「そう言われてもねぇ…もうとっくに施してるし、自然治癒を待つしかないわよ。というかシン様…」

「何だ?」

「…どうやってここまで来たの?」

「いや、どうやってって…メイドに運んできて貰ったが」

「…メイドさんなんて居なかったわよ?てっきりシン様が魔術で扉を開けたのかと」

「…は?」


 俺は思わず声を出してしまう。

 確かに扉はあのメイドが開けていたはずだし…居ない訳がないが。

 でもよく考えればいつの間にか居なくなっていたし、そもそも片手で俺が乗ってる車椅子を押してたのもおかしいし、何か肌も白かったような気がするし、まさか…!?


「いや、居ますから。私を幽霊みたいな扱いしないでください」

「あらあら、もう行ったのかと思ってたわ」

「私が居なくなったら誰がシン様を案内するんですか」

「ふふ、そうね…あらシン様、どうかしたかしら?」

「…はぁ」


 俺は安堵と呆れの混じった、変なため息を深く吐いた。

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