第35話 てんさい
俺が泣き叫んだその直後、繁華街の方向から大人数の男女による悲鳴が聞こえてきた。
どうやらこの世界は、シャーロットとの悲惨な別れに疲弊し切った心を休ませてくれる暇など与えてはくれないようだ…。
「ごめんな…シャーロット」
俺は目を開けたまま息を引き取ったシャーロットの目を閉じると、道の片隅に寝かせるように置いた。
どんな人でもこの闇市で死ぬと、この辺りに漂う異臭の一部になるだけという非情さから逃げるように、そのまま繁華街へと走っていった。
繁華街へ戻ってくると、人々が叫び苦しみながらシャーロットと同じく身体の至る所から腐敗していっていた。もう半分以上の人間がそれによって死んでしまっているようだ。
ふと、俺の足元にはあの老人の腐敗し切った死体が転がっていた。
「…!」
「嫌ぁぁあ!!リリィ…リリィーー!!」
向こうには、あの少女…リリィの母親が腐敗した自身の娘を抱きかかえながら泣き叫んでいた。あの母親だけではない、様々な人種の者達が、何も出来ずにただ友達や家族が腐敗していく姿を見せられて悲しみの声を上げていた。…まるで、パンデミックだ。
しかし俺はふと、ある事を思い出した。
そういえばあの老人も少女も、“ルィリアに治してもらった”という共通点があった。という事はもしかしたら腐敗して命を落としていく者達は皆、ルィリアの魔術…完全治療をによって治療を受けたという事か。
「…咲薇!!」
俺は嫌な予感がして、咲薇が戻ったであろうルィリア邸へと急いで走った。
咲薇の目が見えるようになったのは、ルィリアの完全治療によるものだ…という事は、まさか。
「頼む…間に合ってくれ…!!」
〜
俺は今自分が出せる全速力で駆けつけると、最初に目に入ってきた光景は…ルィリア邸が火事になっており、その前には人集りが出来ていた。
「退け!!退けっての…!!」
俺は邪魔な人達を潜り抜けると、ルィリア邸の門を飛び越えて中へと入り、無駄にデカい玄関に手を掛けて開ける。扉が火によって熱くなっていたが、先程魔術によって出力された炎に直で触れていた為もはや温いとまで感じてしまった。
ルィリア邸の内部へ入ると、当然ながら火の海と化していた。やたら豪華な装飾も何もかもが火に燃やされ、跡形も無く黒い灰となっていた。
「咲薇ぁ!!ルィリア!!どこにいるんだ、返事をしてくれぇえ!!」
それなりに大きな声で呼びかけたが、反応は無い。
俺は舌打ちをして、火の海の中へと入っていって二人を探してまずはリビングへと向かった。
リビングのやたら硬くなっている扉を無理矢理こじ開けると、そこには火の海の中で佇むルィリアと、壁際に座り込む咲薇の姿があった。
「咲薇、ルィリア!何があったんだ!?」
「…もう、夢の時間は終わりなんです」
ルィリアは俺の問いにまるで全てを諦めたかのように弱々しく返した。
「こんな時に何言ってんだ…早く脱出を!」
「無駄です!!外に出ても結局同じなんです…咎められておしまいです」
「何を言って…っ!?」
俺はふと、咲薇の方に目を向けた。
…咲薇は、身体の腐敗が進んでおり、もう手足が使い物にならない程にまで侵食されていた。
「咲薇!!そんな…嘘だろ…!?おい…!」
俺はルィリアを通り過ぎて、身体の腐敗が進んでいる咲薇の元に駆け寄る。
呼びかけても一切答えてはくれない。まだ全身が腐敗したわけではないから死んだ訳では無いだろうが…どちらにせよ、俺はまた咲薇を…。
「…ほら。もう全てが終わりなんです」
「ルィリアはこうなる事を知ってたのか?」
「はい」
俺はそう告げられると、立ち上がってルィリアの胸ぐらを強く掴んだ。
「何で言わなかった…!?」
「…そんなの、決まってるじゃないですか」
「あ…?」
「…私を罵っていた人達がぁっ!!私に助けを求めて、代償があるとも知らずに朽ち果てていくのが堪らないからですよぉっ!!アハハハハハハハハハ!!!!」
ルィリアは今まで見た事のない表情で人が変わったように告げると、まるで物語の悪役のように高笑いをした。
この数ヶ月間ルィリアが人々の傷や病を治しに出歩いていたのは…今まで自分を罵ってきた者達を完全治療の知られざる代償で苦しめる為だったのか。
あんな、死んでいく人を何も出来ずに見せられるという凄惨な状況が堪らないだと…?
俺は絶句して、思わずルィリアから手を離した。
「最ッッッ高の流れでした…!疑惑の目を向けられ、ふと起こった災害時に手を差し伸べて信頼を得た後にぃ…アハハハハ!!」
「…なんでだよ」
「ふぇ?」
「アンタは人々を笑顔にして、人から褒められたかったんじゃなかったのかよ…!?」
「ええ。最初はそうでしたよ?」
「だったらどうして、こんな自分から憎まれるような事を…!」
「そういう代償だからです」
「代償って…まさか、アンタも」
「そうです!そもそもどんな傷も病も治せる魔術なんて…それこそ悪魔の手でも借りないと作れませんからね!!」
「そんな…そんなの不正と変わらないじゃ」
「だから周りの目が怖くて家に篭ってたんじゃないですか!」
ルィリアは食い気味でそう答えた。
俺は裏切られたような気分になって、その場に膝をついてしまった。
目を治してほしいって咲薇に完全治療で治療させたのは…俺だ。
よく考えれば、咲薇に完全治療をする前に休憩をしたがってたのは、あれは本当に休憩したかった訳じゃなくて俺の妹である咲薇に…ルィリアを貶していない人にその代償で苦しんでほしくなかったからなのか。
咲薇に感謝を伝えられた時も…素直に喜べなかったのは、どうすればいいのかわからなかった訳じゃなくて、その代償の件があったからなのか。
…俺はまた、選択を間違えてしまったのか。
「…お前、誰だ」
「はぁ?私はルィリアですが」
「悪魔と契約した者は、その身体を乗っ取られる…誰だって言ってんだよ、悪魔!」
「…なぁんだ、バレてるんだ。じゃあもうなりきる必要は無いね…僕は暴食のグラトニー」
そう言うと、悪魔グラトニー本体が出てきた訳では無いが、ルィリアの片目が赤色に染まった。
「いつからルィリアの身体を」
「ついさっきだよ…君が妹を追いかけて外に出ていったくらい」
「じゃあ…人々の腐敗は、お前の出現が原因か」
「ご名答!本当は代償のつもりが、後々になってルィリアにとって嬉しいものになっちゃって、若干不満だけどね」
人々の腐敗… 完全治療と悪魔の契約による代償がルィリアにとって嬉しいものになった…ということは、あの言葉はルィリアの本心でもあり、そして…最初は本当に人々を笑顔にしたかったんだろう。
ルィリアだって人間だ…貶されれば嫌な気分になるし、嫌いな奴は潰したくなるという事だ。
「だから今ここで代償を追加しようかな」
「なっ…!?」
「うーん…あ、そうだ。ルィリアの意識がある状態で養子である君を殺して、絶望させよう!」
グラトニーはルィリアの顔で満面の笑みをすると、首をかくんと下げる。直後、ゆっくりとルィリアの顔が正面を向いた。
「…あれ、私は」
「ルィリア…!」
「シン君…?サクラさん!?あぁ…遂にこの時が、来てしまったのですか」
ルィリアは腐敗する咲薇を見て、そう嘆いた。するとルィリアは突然、俺達に手を向けて氷柱を放ってきた。
俺はすぐに黒い剣を引き抜いて氷柱を斬り捨てて砕いた。
「なっ…か、身体が勝手に…!待ってくださいシン君…誤解です!!」
「わかってる!グラトニーが身体を操ってるんだ」
「…やめてくださいグラトニー!!せめてあの二人だけは!!…嫌だね、これは新しく追加した代償だから。…新しい代償なんて、聞いてないです!!あぁっ…!!シン君逃げてください!!」
そう涙を流しながら、ルィリアの身体はルィリア自身の意志に反して氷柱を何発も俺に放ってきた。
「逃げろったって…後ろに咲薇がいるんだよ!!」
俺がもしこの場から移動してしまったら、氷柱が咲薇に当たって死んでしまう。
腐敗が進んでいるとはいえ、まだ可能性はある…だから、まだ諦めるわけにはいかない。
俺達に向かって飛んでくる鋭く尖った氷柱達を、俺は何度も斬り砕いて咲薇を守り続ける。
「シン君!!せめて君だけでも逃げてください!!」
「咲薇はまだ死んでねぇ!!可能性はまだ…ある!!」
「そう信じたいのはわかりますが…!!悪魔の代償には逆らえないんです!!」
「くっ…くそぉっ…!!」
俺は“まだ可能性はある”と口では言うものの、本心ではもう手遅れだと理解していた。
信じたくなかった…長過ぎる悪夢だと思いたかった。でも辺りの炎の熱が、氷柱を砕く感覚が、これは現実だと思い知らせる。
「お兄ちゃん…怖いよ」
俺の思いが届いたのか、腐敗しきったはずの咲薇が弱々しく呟いた。
「大丈夫だ咲薇…!俺が必ず、咲薇を守るから…!だから…!」
「完全治療で治療を受けた時点で、サクラさんはもう…!」
「手遅れじゃ…ねえ!!」
「…頑張って…!」
「あぁあああ!…意外としぶといなぁサクラちゃぁぁあん!?」
ルィリアの意識がまたグラトニーに乗っ取られると、氷柱を放つのをやめて、巨大な魔獣の顎のような物を召喚して、咲薇に噛みつこうとしてきた。
「ぐっ…」
俺は咲薇を守るように庇うと、巨大な魔獣の顎は勢いよく俺にガブリと噛み付き、尖った歯が俺の腕や脚に深々と突き刺さって吹き飛ばされてしまい、その拍子に剣を1本、手を離してしまった。
壁に衝突してもなお、顎は俺を拘束するように噛み付き続ける。
「ごめんなさい…ごめんなさい」
俺が身動きが取れなくなったのを良いことに、ルィリアはそのまま咲薇に歩み寄ると、俺が落としてしまった剣を拾い上げて、咲薇に何度も謝りながら振り下ろした。
「…ぅ」
「咲薇ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ルィリアが振り下ろした剣は咲薇の身体をざっくりと斬り込み、血が飛び散った。
「アハハハハ!!次はシンきゅん…君だよぉ…?」
そう言ってルィリアはこちらに振り向くと、指をパチンと鳴らして魔獣の顎を消失させ、俺は力無く地面に倒れ込んだ。
その時のルィリアは、かつて俺がロングヘアーに対してトラウマを持ってしまったあの悪夢に出てきた女と全く同じように見えた。
…そうか、あれはお前だったのか。
「…ふざけんな…ぁああああああああああ!!」
咲薇が死んでしまい、俺は叫び散らかして自暴自棄になってルィリアへと向かっていった。
「やめて…もうやめて…!!…何言ってるんだい?これからがクライマックスなんだよ?アハハっ!!」
グラトニーはルィリアの意識を乗っ取ってニヤニヤと楽しむように笑うと、俺に刃を向けて走ってくる。
そして俺と悪魔の刃は斬るというよりは叩きつけるようにぶつかり合い、金属音が鳴り響く。
俺はルィリアに対して何度も剣を振りかぶっているが、もちろん咲薇を殺したのはルィリアではなく、グラトニーだとわかってはいる。
わかってはいるのだが…もうこの時の俺には目の前に映る人物がルィリアなのかグラトニーなのか、区別がつかなくなっていた。
「氷柱!!」
刃のぶつかり合いの最中、ルィリアは氷柱を俺の頭上に目がけて放ってくる。
「点火!!もう一度!」
俺は頭上から落ちてくる氷柱を点火で溶かし、そのままもう一度ルィリアに目掛けて放った。
「残念。水流!」
俺の炎を消化しようとルィリアは水流を放つ。
俺の炎は水では消えない…そう思っていたが、ルィリアが放った水流は俺ごと飲み込むように包み込んで消化させた。
「なっ…!?」
「更にオマケだよ…どーん!!」
ルィリアがそう言うと、俺を飲み込んだ水はそのままルィリアの魔術によって凍らされ、氷の球になった。
「イグナイテッ…うぉおおおっ!?」
冷たくて身動きの取れない氷に閉じ込められた俺は、中から氷を溶かそうと炎の翼を展開しようと試みるが、突然ジェットコースターのように勢いよく動いて、とてつもない衝撃と共に氷が割れた。
「アハハハハ!!天才を自称しているだけあって、氷属性をここまで使いこなせるなんて…良い身体だね」
「はぁ…はぁ…」
ルクスリアとの戦闘とシャーロットとの死別、咲薇を守る為の氷砕きの末に、咲薇の死…。
度重なる戦闘と大切な人の死によって心身共に限界を迎え…寧ろ超えており、俺はもう立ち上がる事すら出来ず…息をするのが精一杯という程にボロボロだった。
「アハハ…決着は、着いたみたいだね?じゃあ…“シメ”に入ろうか」
ルィリアはまだ余裕そうに笑いながら言うと、剣を逆手に持ち替えて俺に歩みを寄せてきた。
大切な存在だった妹を、また目の前で失って…もう、正直戦う理由なんて…生きる理由なんて無かった。
…ふと、屍となった咲薇が目に映った。
「咲、薇…」
「終わりだよ…!!」
そして、ルィリアは俺に剣を振り下ろした…その時だった。
俺が手に持っていた剣から紅色のモヤが出始め、それがやがて人型になっていく。そして剣から出てきた人型のモヤはルィリアの持っていた剣を吹き飛ばして防いだ。
「な、なんだこれは…!?」
それはルィリアにとっても想定外の事態だったらしく、驚いているようだった。
「…久しぶりだな、シン」
「その声…まさか、ハティなのか!?」
人型の紅いモヤから、ルクスリアに殺されてしまったはずのハティの声が聞こえてきた。
「ああ…随分待たせてしまったな」
「何で…ルクスリアに殺された筈じゃ」
「これは俺本人というよりは…シンに託した剣に保険として宿していた残留思念、という奴だ。お陰でこんな姿な訳だが」
あの餞別として受け取った、あの紅い宝石が埋め込まれた剣にはどうやらハティの残留思念が宿っていたらしい。それが何らかの理由で今こうして顕現したようだった。
「もう遅いんだよ…咲薇が殺されて、今更出てきてももう…!」
「…遅くなってすまない。だが方法はある」
「…え?」
「もう薄々気付いているんだろう?俺が悪魔だという事を」
「…契約!」
「アハハ!!でも契約には代償が必要だよ?代償は、望みに反する物でなくてはいけない!」
俺とハティのやりとりに、ルィリアが割って入ってくる。
そう…契約には代償が必要。ハティの事だから、それを知らずに俺に言った訳では無いだろう。
しかし代償は望みに反するもので無くてはいけないらしい…それこそ例えるならルィリアであれば“人々を笑顔にして、誰からも褒められる魔術を作りたい”という望みに対して、その代償は“その魔術を受けた者は後に患部から身体が腐敗していく”というものだった。
笑顔にしてかつ褒められる魔術を願ったのに、その魔術は人を不幸にして責められる…最終的に、本末転倒になる。
「それでも俺と契約をするか、シン」
「…ああ。だが、咲薇に苦痛を与えるような代償はやめてくれ」
「…いいだろう。丁度良い塩梅の代償を今思いついた。ひとまず邪魔者は排除せねばな」
そう言って、ハティのモヤは俺の中へと入ってきた。しかし、別に身体を乗っ取られるという訳でなく、寧ろ力が湧いてきた。
「おい、まだ契約は」
『これは俺からのサービスだ』
「ふっ…悪魔らしくないな…!」
そう言うと俺は立ち上がって、黒い剣を構えた。
途端、様々な魔術が頭の中に流れ込んできた。それらは全て、ハティが自身の物にしてきた魔術達だった。
どうやら、ハティの魔術は俺も使えるらしい。
「あり得ない!契約も無しに悪魔が人間に力を貸すなんて…じゃあ僕もルィリアの身体で本気出しちゃおうかなぁっ!!」
するとルィリアはリビングに雨を降らして辺りの火を消化すると足を強く踏み込み、そこから床と壁、天井を氷でコーティングし始めた。
このままじゃ足場が悪くなって戦いにくくなる。かといって点火で溶かしていっても恐らく間に合わないだろうし…炎の翼だってルクスリアの加護が無いから使えないし。
コーティングされた後に一気に破壊するという手段もあるが…こんなに広いリビングに張られた氷を破壊するとなると、下手をしたら家を崩壊しかねない。
…何より、俺の後ろには咲薇がいる。
『シン、妹の事は一旦考えるな。今は目の前の問題を解決するんだ』
「でも…どちらにせよ手段が!」
『空気を使え』
「は?空気って…」
『…足を借りるぞ』
すると突然下半身の感覚が一切無くなり、更には勝手に走り出した。この先は氷の上…このままでは滑って転んでしまう。
その瞬間、俺の足は何かを蹴ってルィリア目掛けて低空飛行した。…が、俺の足元には何も無かった筈だが。
「今何蹴った!?」
『足元の空気を一時的に固形化した。まぁ俺も見ただけだから原理はわからないがな』
「すげぇ…この魔術があればどんな場所でも戦える!」
俺は飛んでいく勢いのまま、下半身の感覚が戻ってくるとルィリアに向けて足を突き立てる。本当はアーシュの時のように足に炎を纏わせたいのだが…今はルクスリアの加護は無い。
相手だけに炎攻撃を食らわせる方法は無いだろうか。だがグラトニーと契約をしているルィリアに点火をしてもあの特殊な水流で消化されてしまうし。
「契約…あ、思いついた!はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺は相手にだけ炎攻撃を食らわせて、防ぎようの無い魔術を思いつくと、そのままルィリアの腹に蹴りを入れ…ようとしたが、片手で足を掴まれてしまう。
「ふん…勢いだけの蹴りで僕を倒せるとでも?」
「…へっ、一発だけじゃないんだよ…!!オラオラオラオラオラァァア!!」
そう言って足を掴むルィリアの手を払うと、俺は蹴りを片手で防がれるのを見据えて何度も何度もその場で蹴りを入れていく。
案の定、ルィリアはとんでもない速度で動いて俺の攻撃を両手を使って全て防いでくる。
「どうしたの?防がれてばかりじゃないか」
「うぉおおおおお!!」
「…何か手が熱いな。摩擦でもしたか?」
「でやぁあっ!!」
俺は何度も蹴りを防がれた末に、ローリングソバットを食らわせてルィリアを吹き飛ばし、壁に叩きつけた。
「ふふ…格闘攻撃なんて意味無いよ…ん?何だこの魔法陣は?」
ふとルィリアは、自身の手のひらにつけられた魔法陣のような物を発見した。
「それは焼印だ」
「焼印…?確かに少々熱いと思ったが、まさかこれで炎属性攻撃とか言わないだろうね?」
「ああ…“今は”な」
「なに…?」
俺は事が上手く運んで思わずニヤリと笑うと、指をパチンと鳴らした。するとルィリアの手のひらに付けた焼印…俺が蹴った回数分爆発し、防ぎようの無い炎攻撃を食らわせた。
…本当は腹に一発だけかまそうと思ったのだが、咄嗟の判断ですぐに手に焼印をつけて爆発させようと思って何度も蹴りを入れた。
爆発を終えると、ルィリアは丸焦げになり、両手は爆発によって無くなっていた。
「手で防ぎまくったのが仇になったな」
「くそ…!何なんだこれは…!」
「名付けて点火押印。契約ってワードで思いついた新技だ」
前世では契約をするにあたって大事なのが“判子”である。まぁ俺の生きていた時代ではもう判子を使う機会は少なくなったが。
「この場で新しい魔術を作り出すなんて…やるね」
両手が無くて立ち上がらないからかその場に倒れながらルィリアはそう言った。
「…ルィリアの身体から出て行け」
「ふふ…いいよ?こんな手じゃこの身体の長所である魔術が使えないからね…君を殺すより良い代償になったよ?」
グラトニーはルィリアの口でそう言うと、ルィリアの身体からルクスリアの時と同じように紅いモヤのようなものが出ていった。…どんな形であれ、結果的にルィリアとグラトニーを分離させる事は出来た。
俺は力無く倒れるルィリアに駆け寄り、抱きかかえると目を開けた。
「…シン君…私は」
「もう良いんだ…もうルィリアの両手は使えない。魔術の道は…諦めてくれ」
「ふふ…何を言ってるんですかシン君。言ったでしょう、私はもう終わりなんです」
「終わりじゃない…!死ぬ訳じゃないんだから…ちゃんと罪を償って、もう一度…!」
そう…シャーロットの時はもう腐敗が進んでしまって救えなかったが、ルィリアの場合は手が無くなっただけで、死ぬ訳ではない。
「私は…悪い人なんですよ?」
「でも…この約1年間、どこぞの知らない俺達を養ってくれた…咲薇に世界を見せてくれた…!幸せな日々を…送らせてくれたんだ…!」
「でももう…サクラさんも居ませんし…幸せな日々も終わりました」
「それは…」
「…さぁ、シン君…悪魔と契約し、人々を惨殺して、君の妹を殺した私を…処刑してください」
「…嫌だ…嫌だ嫌だ…!!そんなの…出来る訳…ねぇだろ…!!」
「そう泣かないでください……あ」
ルィリアは俺の涙を拭こうと手を伸ばすが…その先に、涙を拭う手は無かった。
…俺が、やってしまったんだ。グラトニーと分離させる為には…それしか無かったんだ。
「…ごめん」
「大丈夫ですよ!ほら…手は無くても、君を抱きしめる事は出来ますから!」
そう言って、ルィリアは俺を優しく抱きしめた。ルィリアの身体は温かくて、心臓の鼓動を感じる。…まだ、生きている証拠だ。
ルィリアの優しさは、より一層自分を責めさせた。もっと最善策があった筈だ、俺のせいで…と。
「…シン君の事ですから、きっと今自分を責めているんでしょう?」
「…うん」
「大丈夫です…自分を責めないでください。シン君はただ、悪い人を退治するだけですよ」
そう言ってルィリアは俺から離れると、殺してくださいと言わんばかりに両腕を広げて倒れる。
「…お願いです。私からの…最後のお願いです」
「……わかった」
俺は涙を流しながらも覚悟を決めて剣を手に取り、逆手に持ち替えて…ルィリアの胸元…心臓部に刃を向ける。
そして、勢いに任せて刃を押し込んだ。
「…シン君、ごめんね」
最期にルィリアはそう呟いて、俺によって心臓を貫かれて息を引き取った。
それは、一瞬で終わった。




