第25話 こころ
私達は今日、ルィリアさんの事情を知った。
ルィリアさんは、この“おーと”では有名人。でも、それは悪い意味での話。
名前はちょっとわからないけど前世でいうノーベル賞みたいな、とても栄光のある賞を受賞したのにも関わらず、ルィリアさんは女性というだけで世間からは疑惑の目が向けられてしまった。
その理由は過去に受賞した女性が不正をした事がキッカケで、その後に同じく受賞した女性も不正を疑われるようになり、そこから“女性の受賞者は不正をしている”というジンクスが生まれてしまい、以降不正を疑われる事に怯えて女性の受賞者が現れなかったそう。
ちなみに不正を疑われた女性は、ありもしない冤罪をかけられて自殺してしまったのだそう。
…とても理不尽な話である。確かに過去に不正をした女性が居たのだとしても、その後の受賞者は同姓であっても同一人物ではない。なのに不正を疑うなんて、おかしい。
ましてやそれから数十年も経っているのにも関わらず、人々はそのジンクスを忘れずにルィリアさんの不正を疑っている。
…ルィリアさんは、いつ冤罪をかけられるかわからなくてきっと怯えている筈なのに。
「さて夜ご飯を食べましょう!嫌な事があったら、美味しいものを食べれば良いのです!」
大きなテーブルに色とりどりな料理のフルコースが並べられると、ルィリアさんはとびきりの笑顔で手を叩いた。
…どうして、そんな元気に振る舞えるの?
確かにテーブルに置かれてる料理はどれも美味しそうだけど、それで世間からの目が気にならなくなる訳は無いのに。
「ルィリアさん…もう無理して明るく振る舞わなくて良いんですよ?」
「ふふ、私は君達にだけは心を許しているんです!じゃなきゃ養おうだなんて言い出しませんし、そもそも家ですら無理するなんて疲れますし」
「…そうなんですか?」
「はい!なので事情を知っている君達は、世間から悪い目で見られながらも明るく振る舞う私を褒め称えてください!」
ドヤ顔で鼻息をふん、と出しながら腕を組みながらそう言うルィリアさんだったが、正直全然笑う事が出来なかった。
ルィリアさん的には冗談のつもりなのだろうが、私達からするとそれすらも無理しているのでは?と思ってしまう。
「…ごめん、俺が変に詮索しなければ」
「良いんですよシン君!これから一緒に暮らしていく仲なんですから、隠し事はナシって事で!」
「だからって、俺に何の咎めも無いってのも…」
「んもー、しょうがないですねぇ」
そう言うとルィリアさんは立ち上がって、気まずいのかずっと俯いているお兄ちゃんの所まで歩いていって、背後からぎゅっと強く抱きしめた。
「お、おい!?何のつもりだ!?」
「ふっふっふー、天才である私の緻密な計算によって上手く力加減した、抱きしめ攻撃ですっ!このまま締め付けてやります!」
「ふざけんな!こんなんで許される訳、無いだろ…」
お兄ちゃんはぎゅーっと抱きしめるルィリアさんを振り解くと、何とも言えない顔でそう言った。
お兄ちゃんはそう言うけど、お兄ちゃんも今のルィリアさんと同じような事を私にしていたんだよ?
私の発情の原因だった悪魔を倒して、あの声が怖いおじさんに運ばれてきたあの日…私はずっと自分のせいだと思って、怒って欲しかったからお兄ちゃんの目が覚めるのを待ってた。でも目が覚めたお兄ちゃんは怒ってくれなかった。
今のお兄ちゃんはあの時の私と、そして今のルィリアさんはあの時のお兄ちゃんと一緒だ。
「許す許さないは、私が決める事ですよ?」
「でも…!」
「私が許すと言っているんですから、もう良いじゃないですか」
「…俺としてはそういう訳にもいかないんだよ」
「はぁ…仕方ありませんね。そこまで言うのであれば、怒ります」
そう言って、ルィリアさんはお兄ちゃんから離れると深呼吸をする。
…私にはわかる、このパターンは。
「シン君がそんなテンションだと…シン君の冷酷なツッコミがないと、すっごくやりづらいです!」
「…え?」
「私は今まで人と関わってこれなかったんです…だから、人と関わる事がどんなものなのかわからなかったんです。でもシン君と出会って、人と関わる事は楽しい事なんだって気付けたんです!」
「ルィリアさん…」
「だっ、だから!!私といっぱいお話してください!何の気兼ねもなく、世間の悪い目を冗談として話せるくらいに明るく…今まで通りのシン君で居てください!!…だって、その方が楽しいじゃないですか」
ルィリアさんは、息を荒くしてお兄ちゃんに対して“怒った”。…全く、何で私の周りの人たちはみんな、他人を怒る事が下手なのだろうか。
でも、何となくわかったような気がする。今のルィリアさんの気持ちも、あの時のお兄ちゃんの思いも。
本人達は、相手に“笑っていてほしい”のだ。お兄ちゃんがボロボロになってまで戦ったのだって私に笑っていてほしいからであり、ルィリアさんが自分の事情を明かしても明るく振る舞ったのだっていつもの楽しい会話を一緒にしたかったからで。
なんだか、あの時“怒ってほしい”と本気で思い込んでいた私が間違っているように思えてきた。
「…ど、どうですか!ご希望通り怒ってやりましたが、感想は!」
ルィリアさんは恥ずかしいのか顔を赤くムスッとして腕を組み、お兄ちゃんの顔を片目で確認するように見つめる。
「…天才の割に、語彙力無さすぎなんだよ」
「う、うるさいですね!怒ってもないのに急に怒れと言われても無理ですから!」
「瞬時に怒る単語が出てこない時点で天才じゃないと思うんだが…」
「あーもう本気で怒りたくなってきました!そ、その…ばっ、ばかーーーっ!!」
「天才要素皆無じゃねぇか!?」
そう言って、お兄ちゃんとルィリアさんは仲良さそうに口喧嘩まがいな事を散々した後に、お互いの顔を見つめて微笑んだ。
「ねっ、この方が楽しいでしょ?」
「…だな、ルィリア」
「やっと呼んでくれましたね、私の名前」
「べ、別に…意識なんてしてねえから」
「おやおや〜?シン君もしかして俗にいうツンデレって奴ですか〜このこの〜!」
「そんなんじゃない!今まで名前呼ばなかったのだって別に意識してた訳じゃ…!」
「ルィリア様、シン様…料理が冷めます」
お兄ちゃんとルィリアさんがイチャイチャしていると、ずっと部屋の片隅で置物のように佇んでいたメイド…シャーロットさんが少し怒り口調でそう言うと、お兄ちゃんとルィリアさんは無言で椅子に座った。
…なんだろう、この心の奥底から沸々と湧き上がってくるのは。ルィリアさんに対しての怒りに似たような、けれどもそういう訳ではないような…変な感情が。
「…さぁ、食べましょう!皆様手を合わせて…?」
私とお兄ちゃんは、言われた通り手を合わせる。
音も無くお兄ちゃんの隣に座ってきたシャーロットさんもいつの間にか手を合わせて待機していた。
…まただ、このよくわからない感情が。
「では、いただきます!」
「…い、いただきます」
前世でもあった“いただきます”を言うと、私達はテーブルに並べられた様々な料理を食べ始めた。
時間が経っていた事もあり少しだけ冷めていたが、それでもなお料理は美味しかった。
ルィリアさん曰く、この料理達は全てシャーロットさんが作ったらしく、そのシャーロットさんはフォークとナイフを使って器用に食べている。
私も試しに真似してみるが、逆にぐちゃぐちゃになってしまった。
「く、くそ…どうやって使うんだ、これ…」
お兄ちゃんもシャーロットさんの真似をしているのか、無理矢理フォークとナイフを使って器用に食べようとするが、上手くいかないようだった。
「ふふ…フォークとナイフは、こう使うんですよ」
そう言うと、お兄ちゃんの隣に座っていたシャーロットさんが突然お兄ちゃんの手を握って、フォークとナイフのの持ち方や使い方をレクチャーし始めた。
私もシャーロットさんのレクチャーを元に見よう見まねでやってみる。
「「出来た!!…あっ」」
フォークとナイフを器用に扱えた私とお兄ちゃんの声がハモり、私達はお互いを見つめあった。
「ふふ…お二方、とても可愛らしいですね」
「うんうん、お兄ちゃん可愛いーっ」
「…咲薇もな」
「ふぇっ!?あ、ありがと…」
突然お兄ちゃんに“可愛い”なんて言われ、私は恥ずかしくなって下を向いてお兄ちゃんを視界に映さないようにした。
まぁ、お兄ちゃんの口から“可愛い”と言われた訳ではないけれど、それでも何だか恥ずかしい気持ちと嬉しい感情が混じってよくわからない。
…でも悪い気は、しないかな。