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原初の魔女と雇われ閣下  作者: 野中
第4章
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幕20 天の権能



エメリナの視線が、オズヴァルトの広い背中に向いた。

その背は迷いなくまっすぐで、あまりに強く、ゆるぎないように見えた。

それを、頼りがいがあると見るより、エメリナは。




憎悪を駆り立てられる。




…あの男さえ来なければ。


本当に、最悪のタイミングだった。

ただコロッセオに来る、それだけで、彼はエメリナの計画をぶち壊したのだ。


何があったか、その背は隙だらけに見えた。


叩きのめしたい。

簡単にできないことは分かっているし、これは八つ当たりめいた感情だ。それでも。


誰もがオズヴァルトに目を向けている今、いい機会だった。


思った時には。

精霊の力が動いていた。風が、刃となってオズヴァルトの首筋目がけて一直線に走る。


刹那、何を察したか。


オズヴァルトが、振り向いた。

その青紫の瞳に見据えられた心地に、エメリナの腹の底が冷える。同時に。



「――――――あぁ、残念ね」



感情のない、乾ききった女の声がした。と思うなり。






「どうしようもなく、あなたは愚かだわ、―――――エメリナ」






オズヴァルトの背後、背中合わせに、―――――女帝クロエが立っていた。

彼女の姿を認めた時には。


エメリナの攻撃は、煙のように溶けて消えていた。クロエが相殺したのだ。

だが、状況は、それだけではない。


「よせ」


何に気付いたか、オズヴァルトがそちらに向き直りながら、鋭く言った。同時に。

エメリナは、首筋にひやりとしたものを感じる。



「んー、でも主君?」

オズヴァルトの制止に応じるものなのか、エメリナの真後ろから、困ったような声。




「さっき、あなたを殺そうとしましたよ、この魔女」




その声は。

ラン―――――ヴェランジェ・ロッシュのものだ。


剽悍な狼と言った雰囲気ながら、何物にも縛られない気ままさを併せ持った青年は、オズヴァルトに言葉に忠実に従いながらも、納得がいかない、と言った言葉をこぼす。


首筋に剣を突き付けられている状態で、エメリナは動けない。

実質、エメリナは今、ヴェランジェの殺気に縛られていると言っていい。

それでも強気を崩さず、エメリナは呻くような声で言った。


「擬態、だったんだね、ぜんぶ」


彼は魔術を使おうと思えばいつでも使えたし、エメリナを殺そうと思えば殺せた。

それでもエメリナに好きにさせたあたり、…性格が悪い。


今思えば、エメリナからの攻撃を避けもせずに受けたり、完全に躱しきったりしなかったのは、それが致命傷になりはしなかったからだ。



魔族から逃げていると言いながらも…この男は、いつだって余裕を持っていた。



エメリナの言葉に、ヴェランジェは、虚を突かれた顔になる。

それが次の瞬間には、感情が全く読めないからかう笑みを浮かべた。



「そうでもないぞ? あんたのことは結構気に入ってたんだけどな…」



これが完全に、エメリナを馬鹿にした言葉だということは、すぐに勘づく。頭に血が上りかけたが、

「主君を殺そうとしたなら、話は別だ」

笑う声で続いた言葉に、胃の腑が冷えた。刹那、



「ヴェランジェ・ロッシュ」



いつまで経っても剣を引かないヴェランジェの名を、再度オズヴァルトが口にする。

おそろしく体温が低そうな声だ。おそらく、次はない。


瞬時に、エメリナの首筋から剣が引かれた。




…そう、剣だ。




試合のとき、ヴェランジェは常に無手だった。


腰に差した剣はお飾りかと思うほど、武器を振り回したことはない。それなのに。

―――――咄嗟の場面では、剣を抜いた。ということは。


この男の得意は、剣だ。




「はーい、主君。御心のままに」




ヴェランジェが二度不満を訴えることはなかった。

ただ、剣を引かれても、エメリナは動けない。


「魔女のことは魔女に任せよう―――――クロエ」


オズヴァルトは腕に子供と白猫を抱っこしている。

違和感がすさまじい。


だが似合わないようで、似合う。


少し現実逃避しながらも、エメリナは前へ視線を向けることができず、そっぽを向く。

とたん、オズヴァルトの足元に転がるカラスが見えた。


エメリナは愕然となる。

間違いない、あれは、リオネルだ。

何があったか、つややかだった漆黒の羽毛が微細に毛羽立ち、ぼろぼろだが。



リオネルは魔族の中でも、高位の存在だ。その彼が、…惨めにも叩きのめされたというのか?

その事実こそが、真の恐怖だろう。



この短時間で、いったい闘技場で何が起こったのか。

そう言えば、魔神がいない。

人間が魔神を倒すことはできない。それが世界の理だ。


たとえ魔女―――――女帝だろうと、せいぜい足止めくらいしかできないだろう。消滅させることは、不可能だ。



それが。



リオネルが、まさかあのような状況下で素直に魔神の召喚を解くとは思えない。

ならば、誰かが倒したということだ。

いったい、誰が。


そう、考えれば―――――おのずと視線が向いたのは、オズヴァルト・ゼルキアンだ。


厳密に言えば、今彼は、人間ではない。

魔族かもしれず、また、その上で、天人でもある。

だが、目の前にしたからこそ、分かるものもあった。



この男は、魔族ではない。


…戻ったのだ。霊獣ヴィスリアの子孫たる稀有な存在が。



そのうえで、魔族の憑依を跳ねのけ、天人となり、…―――――魔神を降した。



天人とはいえ、もとは人間であり、過去、天人が魔神を倒したという話は聞かないが。

天人は、天の権能を有する存在。


つまりは、理を覆す力を有する。要するにそれは。






奇跡を起こす存在ということ。






つい先ほどこの闘技場で、オズヴァルト・ゼルキアンは天人の力を証明したのではないだろうか。

エメリナはようやく察した。


この男は、ばけものだ。


恐ろしくて仕方がない。この状況も。女帝の眼差しも。

なのに。

エメリナは、一人でそのすべてを受け止めなければならなかった。


誰も、守ってくれない。


子供のように、手放しで泣き喚きたい。

いったい、自分の何が悪かったのか。

クロエの顔には、何の感情も浮かんでいなかった。


(いや、待って。そういえば、今、オズヴァルト・ゼルキアンは…女帝を呼び捨てにした?)

もはや何に驚けばいいのかわからない。


「なぜこちらを向かないのですか、エメリナ」

ふ、と鼻先を、花のような香りが掠めた。

頬を、滑らかな冷たい感触が包み込む。



クロエの掌だ。



ぎくり、身が竦む。

「オズヴァルトさまは、あなたの処遇を、わたしに一任してくださいました」

クロエがエメリナの顔を覗き込んできた。

エメリナを映す、大きな新緑色の瞳は、鏡のように澄んでいる。逃げられない。


「あなたはしばらく、―――――『塔』に幽閉します」

エメリナは蒼白になった。血の気が下がる。


知らず、子供のような頑是ない言葉が唇からこぼれる。



「…ぃ、いや…っ」



エメリナが覚えているのは、そこまでだ。

―――――おそらく、女帝の宣言を聞いた時には、もう『そこ』に投げ込まれていた。

魔女の監獄と呼ばれる、『塔』の中へ。


喉が詰まった。悲鳴すら出ない。


あまりの恐怖に、全身が強張った。



上下左右の間隔が何もないまっくらやみの中、エメリナは耳元で囁く子供のような声を聴いた。







―――――さあ、拷問の時間だよ。









読んでくださった方、ありがとうございました。


いったん、こちらの更新はお休みいたします。

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