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原初の魔女と雇われ閣下  作者: 野中
第4章
86/87

幕19 たすけてくれなかった



× × ×






(…は?)

エメリナは、愕然とした。


リオネル、あの魔族は、彼女の獲物を横取りしていったのだ。

心底、驚愕したエメリナの、しかしこれは、…自業自得だ。あれは魔族。魔族なのだ。



こうなって、当たり前。



なぜ、ぎりぎりの段階で、信じてしまったのか。

たとえ魔族が、そういう手管に長けているとはいえ。


我がことながら、あまりに間抜け。



―――――エメリナは甘いんだから、綱渡りからは手を引きなよ。



かつて、同情の眼差しで見てきた昔馴染みの魔女がいた。

自覚はある。だが、何が悪いのか、どれだけ必死にやっても、間違いの始まりからエメリナには分からない。


してやられたエメリナを、一緒に転がって呆然となったランという男は、指さして笑うだろう。

そう、思った。二人はそんな関係だ。なのに。


尾を引かない態度で、ランはすっと立ち上がった。壊れた天井を見上げ、舌打ち。

ちらと紺碧の瞳で、まだ呆然と転がったままのエメリナを見遣り、



「あんなのを信じるからだ」



吐き捨て、首元の、魔力封じの金の輪に手をかけた。

「生き埋めになりたくなけりゃ、とっとと行け」

そうして、犬でも追い払うように手を動かした時には。



―――――紐でもちぎるようにして、金環を床へ放り出す。



刹那、露わになった魔力の質に。

エメリナは確信した。





ヴィスリアの魔人―――――この男は、彼女の手に負えない。





要するに、今までは本当に、―――――加減されていたのだ。


むくりと起き上がるエメリナを尻目に、ランは崩壊が激しくなる地下で、次々牢を壊していった。

…助け出すつもりなのだ。奴隷たちを。


ランは、このまま放置されてもおかしくなかった彼らを、きっちり全員、助け出すだろう。

彼に対する妙な信頼が、それを確信させた。


この信頼が、それこそ不快になって、エメリナは、風の精霊を頼って、コロッセオの内部に戻った。

空間転移だ。


普段、職員たちが忙しく立ち働いている事務所は今、閑散としていた。



エメリナの暗示のせいだろう。



分かっていても、今更、それを解く気も起きない。

床の上、エメリナは、しばらく、呆然と座り込んでいた。すぐには動く気力もわかない。


机の下、隠れるように膝を抱え、丸くなる。


何度も響く猛烈な轟音も、地の揺れも、普段なら怖がるだろうことが、ひどく遠い世界の出来事のように感じた。



…魔神が片腕を失ったのだ。



リオネルが、このまま、何もせずコロッセオを出るはずがない。

その程度は、エメリナにも理解できた。命を惜しむなら、早急にこの場を立ち去るべきだ。





しかし―――――やられっぱなしで、狙っていたものも横取りされ、おめおめと逃げるのか。


…何かやり返してやらなければ、気が済まなかった。





エメリナは、負け犬ではない。この惨めな気持ちを、破り捨てたかった。

(でも誰に? なにを? なんのために)

分からないまま踵を返し、覚束ない気分で、また精霊にエメリナは頼んだ。


「―――――闘技場まで、お願い」

刹那。





熱狂の渦が、歓声となって、エメリナの耳朶を強く打ち付けた。





思わずエメリナは耳をふさぐ。

だが、理解した。


観客たちが総立ちになって、誰かの名を呼んでいる。




その名は―――――オズヴァルト・ゼルキアン。




(ここに、いるの? あの男が)


隅とはいえ、闘技場に立てば、歓声がこんなに響くものだとは、知らなかった。

―――――何が起きたのか、闘技場だった場所は、完全に崩壊していた。


リオネルが、地下から出て行った後、エメリナがコロッセオの事務所内で座り込んでいた時間は、それほど長くなかったはずだ。それが。

あの短時間で、これほどの破壊が行われるとは。

しかも、…魔神の姿がない。


(いったい、何が)


ぞっとしたエメリナの足元に、彼女が持ち込んだトランクがあった。

その中身は―――――ない。



では、王女はどこに。



最悪、死んでしまったのだろう―――――そう思わせるほど荒廃した光景の中。

闘技場の中央で、ただ一人立っている、長身の影があった。

その首に、幼い細い両腕が、回っている。

見るなり。

エメリナは理解した。


あの長身の男は、観客が興奮して名を繰り返すオズヴァルト・ゼルキアンであり。



彼の首にしがみついている小柄な姿は。




エメリナがずっと、手を伸ばしてきた魔女―――――ルビエラ・シハルヴァだと。




とたん。

腹の底から、怒りがわき上がってきた。

「…なによ…」

呆然とした声が、エメリナの唇からこぼれる。



「なんなんだ、いったい、なんなわけ…!」



あれほどエメリナは頑張ってきたのに、誰も助けてくれなかった。

何も得られなかった。

なのに。


なにもしなかったルビエラ・シハルヴァは助けられた。…意味が分からない。

なぜ。


ルビエラは救われ、エメリナには何もないのか。




―――――不公平だ。











読んでくださった方、ありがとうございました。

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