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原初の魔女と雇われ閣下  作者: 野中
第4章
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幕18 たぶん、痛いぞ?





魔神との出会い頭、その顔面に入れた一発。正直に言おう。




スカッとした。




とはいえ、実のところ、あの一発とて、オズヴァルトは加減している。

これから放つ一発は、遠慮なく、全力で行かせてもらうつもりだ。


「悪いが」

オズヴァルトの全力がどの程度か、彼自身、未知の領域だ。


どうなるか、試してみないとわからない。




「たぶん、痛いぞ?」




オズヴァルトを見失ったか、彼を探すようだった魔神の動きがふと止まり、上を振り仰ごうとした、直前。

―――――ゴッ!!!!





加減なしの拳骨が、魔神の頭頂部に埋まった。





魔神を構成する影が、歪む。

拍子に、影の中に詰まっていた魔力が、そこから噴き出した。

穴が開いた風船のように。


刹那、見えない魔力の鎖でつながれていた魔族の身体が、よろめく。



「ぅえ…っ、嘘だろ、こんな、力技、でぇ…!」



内臓でも吐き出すような姿勢を取ったカラスが、オズヴァルトの視界の隅、それでも必死で羽ばたいた。

その足元。


魔神の姿が、霧のように陽光の下、溶けて流れていく。

これは、勝ち負けの問題ではない。


魔神を魔神として構成する魔力をとどめる器が、…壊れたのだ。




物理で。




巨体は見る間に視界から消えていく。

その間に、オズヴァルトはほとんど崩壊した闘技場の上に、危なげなく降り立った。


何気なく、闘技場を見渡し―――――内心、深くため息をつく。

壊すのは一瞬だが、建てるのは時間がかかる。

それに。


地下にいた、奴隷たちはどうなったのか。


オズヴァルトがここで魔神の攻撃を受けている間、意識を伸ばして確認したところ、足元に生体反応はなかったために、配慮はしなかったが―――――。

思うなり。



「主君!」



少し離れた場所から、声。


…オズの記憶にある声だ。

顔を上げれば、闘技場の入り口用に設置された場所から、満面の笑みで手を振る二十歳くらいの青年がいた。

褐色の肌に紺碧の瞳。犬っころめいたなつっこい笑顔。確か、彼は。



(―――――ヴェランジェ・ロッシュ)



ヴィスリアの魔人にして、ゼルキアンの騎士だ。そして、流浪の民ルオルド。




「皆、無事です」




彼は剣闘士として、ここに潜入していたはずだ。

奴隷たちに関する報告も上がってきていたから、彼等に関しては、ヴェランジェが手を打ってくれた可能性が高い。


(そう言えば)


ぎゅうと首筋に強くしがみついてくる王女の背を、終わった、と軽くたたいて宥めながら、オズヴァルトは放ってきた双子たちがいるはずの場所を見上げた。


と、銀のハルバートを持って、VIP席から覗き込んでくる人影が見える。

遠くてわからないが、彼女たちだろうか。


心配をかけただろうか、そうだ、結界も解かなければ、と思いながら、オズヴァルトは。





自分は無事だと示すために、ゆっくりと、自由な方の拳を上へ突き上げた。刹那。








―――――ワアッ!!


どっと周囲に渦巻き、耳を聾する轟音に、内心、何が起こったか、一瞬理解できなかった。








それが、コロッセオ全体を揺るがすような歓声で、万雷の拍手と共に沸き起こったのだと気づくなり。


戸惑うオズヴァルトの耳に、大きな音としか聴こえなかった歓声が、言葉として届いた。




―――――ゼルキアン、ゼルキアン、ゼルキアン!!




恐怖で強制されたようなものではない、それは。

人々の感動と興奮と、高揚がもたらす、純粋な称賛だった。


胸の内に強い戸惑いを宿しながら、拳を下ろしても、なおそれはやまない。

そんな時。


「…お、おずばるとさまぁ…」


足元から、ひしゃげたような、か細い声が、確かに、聴こえた。

なんとはなしに見下ろせば。



「うえ…っ、ぶじで、良か…っ」



まんまるな紅の瞳を涙で潤ませた白猫が、身体を引きずるように這ってくるところだった。

「ティム?」


前脚で這ってきたのか、真っ白な毛並みが、ちょっと汚れている。



「どうした、怪我でもしたのか?」



怪我も何も、あの魔術の嵐の中で、身体の形が保てているだけでも、すごい。

しゃがんで拾い上げれば、腰から下がぶらんと垂れた。

「こ…っ」


「こ?」

はたはたと涙をこぼしながら、ティムは言う。



「腰が、抜けて…っ」



それはどのタイミングか知らないが、あの状況で、ではこの白猫は闘技場の中にいたのか。

オズヴァルトの方が、冷や汗をかいてしまう。



「危ないだろう」



可愛い生き物に強くは言えない口調で、それでも叱れば、


「だ、だって!」

にゃあ! とティム。



「心配だったんだもん、ぼっ、僕だって、ちょっとは手助けできるかもって思って!」



とうとう、小さなピンクの鼻から、鼻水まで出てきた。

ぼろぼろで、鼻先に向こう傷まで作った姿は、とても哀れだが、とてもかわいい。困る。

「ああ、うむ、わかった。わかった。心配をかけたようだな。私が悪い」


「おずばるとさまはわるくないもん!」


そうかそうかと言っていれば、怒ったティムがどういうわけか服にしがみついてくる。

その時には、少しは緊張が解けてきたのか、おそるおそる、ルビエラが白猫の頭に手を伸ばした。


丸いふわふわの頭を、小さな手で撫でる。慰めようとしているらしい。優しい。



腕の中が、かわいいでいっぱいである。最高だ。



しかし、残念ながら、オズヴァルトには似合わない。

とりあえずカラスを引っ張って、いったんこの場を後にしようと思った時。


首筋に、ひやりとした感覚を覚えた。

振り向いた、刹那。




「――――――あぁ、残念ね」




感情のない、乾ききった女の声がした。と思うなり。

「どうしようもなく、あなたは愚かだわ、―――――エメリナ」






オズヴァルトの背後、背中合わせに、―――――クロエが立っていた。










読んでくださった方、ありがとうございました。

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