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原初の魔女と雇われ閣下  作者: 野中
第4章
82/87

幕15 酷い傷跡


× × ×







最初の拳を叩き込んだ時だった。

魔神の、無事だった方の腕から、何かが落ちた。トランクだ。


それは、ぼこぼこになった闘技場の床の上、荒波にもまれるように滑って、壁にぶつかり、止まった。

のみならず。


―――――拍子に、蓋が開いたのだ。

…中には。



(女の子…っ?)



輝く黄金の髪。白い肌。


その姿は、オズの記憶にある。間違いなかった。

ルビエラ・シハルヴァ。その人だ。だが。


(五年前、ルビエラ王女は十歳だった。今は十五のはずだが…まだ十歳に見える)

一瞬、ルビエラに似た赤の他人ではないのか、と思いさしたが。



(ルビエラ王女だ)



間違いない。根拠の一つもないのに、オズヴァルトは自然と確信した。

ならば―――――守らなければ。今度こそ。

なぜならば。




オズヴァルト・ゼルキアンは、シハルヴァの騎士でもあるのだから。





なぜ、彼女が入ったトランクを、魔神が持っていたのかは知らないが、見つかったのは僥倖だ。

だがこの状況では、迂闊に駆け寄って、抱き上げてあげるわけにもいかない。


彼女を背にしたその時。

オズヴァルトの目の前で、魔神が魔力を練り上げるのが分かった。攻撃魔術が、来る。


それとほとんど同時に。



太陽の光が眩しかったか、硬く閉ざされたルビエラの瞼が震え、開いた。とたん。



魔神が攻撃を放った。

直撃を知って、オズヴァルトは―――――避けなかった。



炎。風。大地。雷。水―――――あらゆるエネルギーが半狂乱の勢いで周囲に渦巻くが、身近に至る直前、避けられなかったものは、すべてを相殺した。



背後には、ルビエラ王女がいるのだ。

オズヴァルトが盾となるほかない。


どうやら。



魔神は、苛立っているようだ。



もしかすると、高みの見物を決め込んでいる、あの魔族も。なにせ。

すぐ、魔族の存在に気付いたオズヴァルトは、その足に鎖をかけた。

オズヴァルト自身の魔力で。


召喚者たる魔族が近くにいるなら、それを逃がすのはバカだ。


魔族は、すぐに気付いた。逃げられないことに。

どうやら、鎖をかけたのは、ぎりぎりのタイミングだったらしい。



「ああ、くそ、くそ! 関わるんじゃなかった、魔女なんぞ!」



カラスの姿をした魔族が毒づく。


―――――魔族はいるが、本体ではない。

クロエが言った意味が、これで分かった。なるほど、カラスは仮の姿ということか。


カラスが本体なら、魔族の証―――――角が生えていないとおかしい。



「チクショウ、だいたい、おかしいだろう」



くちばしも縛ってしまおうか、と思う程度には、そのカラスはうるさかった。

「なんでだ、何で生きてるんだ、オズヴァルト・ゼルキアン、あんたはっ!?」

リオネルにとって、オズヴァルトの存在は、謎そのものだった。


しかしそれは脅威というより、興味深い対象だ。


オズヴァルトが危険と分かっていても、猛烈な好奇心が止まらない。

離れようとしながらも、リオネルはオズヴァルトから目を離せなかった。


それゆえに、リオネルはオズヴァルトに捕まってしまったのだ。



「生きているのだから、仕方あるまい」



憑依していた魔族の心配はしないのだな、と他人事のように考えながら、オズヴァルトは適当に返事をした。

巷での噂と違って、リオネルはオズヴァルトが、彼に憑依した魔族ではなく、霊獣の子孫たるゼルキアンの末裔だと、見るなり察した。


―――――あれが魔族だと? ばかばかしい。

「本来は、死ぬんだよ!」



カア! リオネルは一喝。オズヴァルトは内心、うんざり。



彼の腕が届かない位置で、彼の周囲をばさばさ飛び回りながら、リオネル。

「しかし、実際、死んだはずだ。魔族に憑依されたその時に」


「ではここにいる私は、死に戻りかね」

とんだ化け物になったものだ、と他人事のように、オズヴァルト。


リオネルは、鼻白む。



「あんたがどうやって助かったのかは分からない。だが、あんたと同じように、魔族に憑依されたあんたの家族は憑依されるなり死んだだろ」


「ほお、なぜそう思う」



オズヴァルトの声は、素っ気ない。だが。

声が低くなった。確実に。…感情がひび割れた音がする。


彼の反応を見定めるように、カラスの虹色の目が、三日月の形をとる。

声がよくオズヴァルトの耳に届くように、この時ばかりは魔神の攻撃が止んだ。


「魔族の魂と人間の肉体は反発する」

じっくりと嬲るように、言葉を続けた。


「ゆえに、憑依された瞬間に人間は死ぬ」

距離を取りながらも、リオネルはオズヴァルトの顔を覗き込む。彼は無表情だ。

整った顔立ちなだけあって、そうしていると、酷く冷酷に見えた。だが、…間違いない。





これが、これこそが、―――――オズヴァルトの傷。





「魔族は残った死体を動かすってわけだ。…なあ、どんな気分だった」


こんな時でも、相手を嬲る言動を取るのが、魔族だ。

これこそ、無欠に見えるオズヴァルト・ゼルキアンの弱点。


この男は妻子を愛していた。心から。

なのに、自らの手で、その身体を叩ききらねばならなかった。



酷い選択によるその衝撃は、…まだ、彼の中で、癒えていないはず。




ほじくり返せば、どんな態度を取るだろうか。







読んでくださった方、ありがとうございました。

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