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原初の魔女と雇われ閣下  作者: 野中
第4章
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幕10 戦利品




そちらから聴こえた男の声は、笑みを含んでいた。


しかし、金属めいた冷たさを宿している。聴くなり。



奴隷たちの牢内をぶわり、満たした気配に、リオネルは一瞬、息詰まった。



…力ある魔族であるリオネルですら、そうだったのだ。


それまで黙っていた牢内の奴隷たちが、息苦しそうに、胸やのどを押さえた。

中には、床に倒れこむ者もいる。


重力さえ感じさせる威圧に、身体の方が先に負け、青ざめながらも彼等は、必死で息を吸おうとしていた。


振り向いたリオネルが見たのは。




青年。ただし存在感は、巨人並み。




何度か、遠目に見たことがある、いわくつきの剣闘士、―――――ランだ。

黒髪、紺碧の瞳、褐色の肌―――――流浪の民、ルオルド。


確か、主殺しの魔人、と聞いていた。

剣闘士として見世物になるには邪魔な魔力を封じるための道具である金のリングが、首で光を反射する。


しかし魔力封じの道具など、これではあってなきがごとしだ。

この、にじみ出る魔力ときたら、普通の魔族すら優に超えている。

しかも、この力は。



(霊獣の気配…? まさか、この男)



ぞわりと嫌な予感に背中を撫で上げられた心地に、リオネルの体毛が逆立つ。

足元にいる黒いカラスに気付いているのかいないのか、リオネルには目もくれず、ランは中へ一歩踏み入った。


「顔なじみの、コロッセオの職員も、剣闘士たちも全員、道具ってわけか。さすが魔女」


繰り返して言うが、ランは薄く笑っている。

笑っているが、目には不気味なほど感情がこもっていなかった。


こんな物騒な生き物相手に、いったい、なにをしたんだ?


リオネルはエメリナを一瞥したが、彼女は歯を食いしばって重圧に耐えるのに必死なようだ。

だが、彼女からの答えなど聞かなくとも、状況こそが、答えだった。


エメリナの後ろには、一人の男が倒れている。

リオネルにはその男に見覚えがあった。彼も剣闘士の一人だ。


壊れた操り人形のように不自然な態勢で倒れていた男は、幽鬼のようにゆらりと立ち上がった。

一度、倒れそうになったのは、あり得ない角度で折れ曲がった右膝のせいだ。


それが、痛覚などない様子で、ぎくしゃくと剣を構える。


顔に、感情は見えない。

目はどことも知れないところを睨んでいる。

この状況でランへ立ち向かおうとする姿勢を見せていること自体が、異常だ。


その男に、もう正気は残っていない。

これが一時のものならまだいいが、力づくの精神支配は、人間の精神を壊すことがある。

(精神支配か)


それは、魔女の中では禁術の類のはずだが。


もう、エメリナはなりふり構っていないらしい。

「そっちこそ、いつもいい子ぶってるだけあるじゃないか」

挑発の口調で、エメリナ。


よせよせ、とリオネルが思う間にも、言葉は続く。



「殺されそうになっても、殺してないなんて。でもそれもいつまでもつかな?」



どういうつもりか、エメリナはリオネルに目配せした。

リオネルは内心舌打ち。




完全に巻き込まれた。




しかも相手はヴィスリアの魔人―――――こうなってはもう、リオネルは逃れられない。


エメリナはランを指さし、命じた。

「殺せ」

刹那に動いた剣闘士の背後に隠れ、エメリナはリオネルに言う。

「あんただって、もう逃げられないんだよ、早くやりな!」


「ああくそ、この―――――疫病神が!」


牢内の魔術で作られた明かりに、ゆらと床に浮かび上がっていたリオネルの影が、ぶるり、震えた。




「出て来い、魔神! 我が意を行え―――――そんで、とっととずらかるぞ!!」




どこか危ういエメリナを、リオネルは面白がって付き合ってきた。

これは魔族の特性だ。

トラブルメーカーほど楽しいものはない。


ただし今回ばかりは、それがとんでもない過ちだったとさすがのリオネルも思った。


こうなれば後の祭りだが。

リオネルの意に応じ、―――――彼の影が盛りあがる。

影の中へあらかじめ召還していた魔神が、その異形を現世に現わした。

人型をした、影。それが、顕現した魔神の姿だ。

牢内が窮屈そうに盛りあがったかと思えば。


魔神は即座に動いた。



無造作に闇が凝った牢内へ腕を突っ込む。



拍子に、牢の鉄格子が棒切れのようにぽきぽきと折れた。

問題は、そこから先だ。


影の指先が闇に触れた。とたん。



痺れのような、肉体が水に溶けて流れ落ちていくような感覚がある。

痛みはないが、その先には決して届かない、不気味な感触。



―――――それでも。




(腕はくれてやろう。だが)




感覚はないが、かろうじでまだ存在する五本の指を熊手のような形にして、


(…お宝は頂く)


奥に隠れていたものを、魔神はいっきに、外へ掻き出した。

(手ごたえは、あった…どうだ?)




―――――床の上。


滑るように出てきた、小さな影がある。

それは、小さな少女。黄金の髪に、白い肌。



ルビエラ・シハルヴァ。




ただしその目は、固く閉ざされている。

そして、その姿は、思ったより小さい。…違和感があった。


(捕まった時点では、十歳だったはずだから、今は十五歳のはずだが)


五年ぶりに明るみに出たその姿は、まだ十歳の子供にしか見えない。






「―――――…王女!」






あろうことか、襲い掛かった剣の腹を拳で横殴りにしたランは、割れ砕けた切っ先が天井に突き立つのを尻目に、小柄な人影目指して、前へ出た。


同じように、守るものを失った闇が、再び王女目指して蠢く。

「させるか!」


『これ』は、リオネルの戦利品だ。




誰に奪われるつもりもない。










読んでくださった方、ありがとうございました。

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