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原初の魔女と雇われ閣下  作者: 野中
第4章
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幕9 変わることは容易



力ある彼女たちが、隠れるようにして生きていかなければならないのか。


野犬のように追われ、森の中で隠れ住まなければならないのか。


むしろ、精霊という世界の根本にかかわる存在を操ることができる恩寵を授かった、魔女という存在こそが。




―――――支配者になるべきだわ。


(その通りよ)




耳元で囁かれたあの言葉は、濃密な甘い蜜となってエメリナの中へ溶け落ちた。

囁いた魔女の名は。



メリッサ。



かつて、女帝の弟子だった女。

今では、魔女の中では異端と呼ばれる立ち位置の者たちを率いる存在。


その強大な力をいくら恐怖され、称えられようと、女帝は決して生命の頂点に君臨しようとはしない。

そして同胞の魔女たちに、自然と共に在れ、と告げる。


魔女は変わらなければならない。実際、変わることは容易だ。そのためにも。

仲間が必要だった。



より大勢の、志を共にする仲間が。



だからと言って、エメリナはまだ、異端となったわけではない。

その立場を受け入れる気はあるが、メリッサにまだ認めてもらっていなかった。

認めてもらうためには。


一人、強力な仲間を連れていくことが必要だった。

そうすれば受け入れてくれる、とメリッサは約束してくれた。


ルビエラ・シハルヴァはその条件に相応しいだろう。

しかも、世間から見捨てられようとしている存在だ。エメリナがもらって、何が悪いのか。


だが、今。


この地に、オズヴァルト・ゼルキアンがやってきた。しかも。

ルビエラ王女のそばには、ヴィスリアの魔人。




―――――これはまずい状況だ。




ここまできて、ルビエラを横取りされるわけにはいかなかった。


地下。

奴隷を閉じ込めた牢が並ぶ場所へ、エメリナが駆けてきた勢いのままに飛び込んだ時。



「…なんだ、騒々しいな」



不快気な声と共に、通路の真ん中で仁王立ちになっていたカラスが振り向いた。

その真正面にあるのは、王女の牢だ。



大きなカラス―――――それは、魔族リオネル・バルバストルの仮の姿である。



彼の本体を見たことは、エメリナにもない。だがそれで問題はなかった。




「やって」




慎重に、エメリナは後ろ手にドアを閉める。

奥に置いてあったトランクを取りに足早に通路を横切った。


エメリナを横っ飛びに避け、とっとっと、とバランスを取ったリオネルは、首を傾げる。


「試合はまだ始まっていないぞ」

エメリナが、なにをやれ、と言っているのか、言われずとも承知だ。

今日、リオネルはそのためにここに来ている。とはいえ。




様子がおかしい。




プライドが高く、いつも物事を斜に見て一歩身を引いた皮肉な色を隠さないエメリナの琥珀の瞳が、切羽詰まっている。

想定外の出来事が起こっている可能性が高かった。しかも相当、マズいことが。



(巻き込まれるのはごめんだ)



少し揺さぶればパニックを起こしそうなエメリナに、リオネルは慎重に声をかけた。

「試合で観客が熱狂している間にやろうという話だったはずだが」


「状況が変わったのよ」

すげなく言って、エメリナは手際よくトランクを開けた。


トランクからは精霊の力が放たれている。

そのものが宿っているわけではないが、エメリナという魔女の願いのままに、精霊がその力をふるったことは目に見て取れた。


(眠りと封印、と言ったところか)

エメリナはどちらかと言えば風と相性がいい。



風の精霊が施した術だろうが―――――リオネルは牢の中の闇を横目にした。



その強固な闇を見て取れば、残念ながら。

力の差は歴然としていた。


とたん、リオネルは半ば手を引く気分に傾いていた。


トランクのそばで膝をついているエメリナを見上げる。

「忠告だ。このまま攫うより、説得・交渉したほうが、まだ分がありそうだと思うぞ」



聞くなり。



すっとエメリナの顔色が変わった。

気分屋の悪魔の心変わりを、敏感に察した態度だ。


リオネルを睨みつける。

「今更やめるっていうつもり?」


声が低くなっているが、虚勢にすぎないことはリオネルには分かった。

どう言ったところで、リオネルのほうがエメリナより長生きなのだ。



三百歳を超えた程度のエメリナなど、リオネルにとっては小娘に過ぎない。



エメリナは高慢に言い放つ。

「ここで手を引いたら、あんたが望むものは手に入らないけど」


生意気なところも、物知らずの幼子が喚いているのと同じだ。

…それが可愛いと思えば撫でてやるし、うるさければ。

「確かに、魔女特有の技術には興味があったんだが」


今度ははっきり気のない声で言って、リオネルは後ろへ跳んだ。

もう、一抜けしたつもりで。



「こんな他人事で―――――危険に巻き込まれるつもりはない」



言い捨て、消えようとした刹那。

―――――ド、ガ!!

先ほど、閉ざされたドアが、壊れる勢いで外から押し開かれた。


直後、リオネルの頭上を何かが掠めすぎる。

微かな風を感じたリオネルが、なんだ、と顔を上げると同時に。


…正面にあった壁が、派手な音を上げた。

そこに何かがぶつかったのだ。


どうやらそれこそ、扉を乱暴に押し開けたシロモノのようだが―――――…。

ぐしゃ、と何かが潰れたような音を立て、抱き合った壁から床へ落ちたそれを見遣るなり。


リオネルは悟った。



―――――…逃げ遅れたことを。



エメリナは、そちらを振り返りもしていない。

猛獣から目を逸らせば食われると言わんばかりの緊張感に満ちた顔で、蝶番がはずれなかったことが不思議なほど、力尽きた風情でぎいぎいゆれるドアの方を睨んでいる。




「あー…、やるじゃないか、エメリナ」








読んでくださった方、ありがとうございました。

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