幕6 問題ない
―――――彼女…コロッセオに出入りする魔女のことはわたしが引き受けます。ただ。
新緑色の、きらきらした目でオズヴァルトを見つめたまま、クロエは続けた。
―――――彼女は王女を連れ出すために、他に助力を乞うたようです。
―――――助力、とは…ああ、王女を守っている闇をどうにかする方法でも見つかったのかね?
だとすれば、逆にオズヴァルトにとっては、助かったと一息つける状況だ。
ただそれで、王女が苦痛を感じることにならなければいいと願うだけだ。
―――――残念ながら、方法は、わたしにもわかりかねます。
一拍置いて、クロエは告げた。
―――――なんにせよ、そちらはオズヴァルトさまにお任せすることになるかと。
―――――それは、魔術師かね?
クロエはそれに対して、魔女とは言わなかった。では、いったい。
果たして、クロエは静かに告げる。
―――――魔族です。
ふ、と一時、オズヴァルトは息を止めた。
それは怯えや警戒というより、むしろ。
―――――ああ、それは丁度いい。
買い物のついでの感覚で、オズヴァルトは呟いた。
―――――私は魔族に用事があったのだ。
ではコロッセオに入ることができれば、問題のいくつかがいっきに解決できる段取りとなる。
―――――ああ、念のための確認だが。
ふとある危険性を覚え、オズヴァルトは念を押した。
―――――使い魔ではなく、魔族そのものが現れるということで間違いないね?
魔人となった人間を、人間に戻す方法を、魔人を眷属とする魔族ならきっと知っている。
聞いたクロエはふわりと微笑んだ。
この時の女帝は、いつもと同じ、際どいほど裸出した格好だったが、その上に、華やかな刺しゅうを施した薄布を羽織っていた。
それでも、一番華やかなのは、羽織っている本人だ。
そんな女性が無防備に微笑んだなら、どうして見惚れずにいられるだろう。
椅子の上、膝を抱えるようにしていたクロエは、少しだけ眠たげな様子でオズヴァルトを見遣る。
―――――本体ではありませんが、魔族そのものです。…そんなものを相手にしなければならないというのに、
そんな彼女の姿は、安心しきった幼子のようでもあり。
―――――ちょうどいい、なんて。オズヴァルトさまらしい。
聞くなり、オズヴァルトは気付いた。
魔族に会えるということにしか反応していなかったが、
(なるほど、王女を攫いたいという魔女に助力する魔族なら、障害となるな)
とはいえ、今回、オズヴァルトが魔族に望むのは戦いではなく、捕獲だ。
魔族と聞いても、オズの記憶では、怯える要素はない、と出る。
問題は、ひとえに、捕まえられるかどうか、だ。
クロエの言葉で気になるのは、その魔族が本体ではない、ということ。
そして、もっとも重要なのは、
―――――現状、ルビエラ王女には触れられないが、魔族が助力すれば、それが可能になるのだね。
ルビエラ王女だ。
オズヴァルトの念押しに、クロエは再度繰り返す。
―――――方法は分かりませんが。
―――――ではやはり、我々だけが王女のそばに行っても、移動して頂く方法がない、ということか。
闇の精霊の中にいるのは確実のようだが、どういう状態なのかはわからない。
五年前からその状態なのだとすれば、生きているのかどうか。
いずれにせよ、今回は彼女をオズヴァルトの手元で安全に過ごせるよう手配するのが目的だ。
横からかっさらうにしても、コロッセオにいる魔女や魔族が、うまく動いてくれるか、そこが問題だ。
―――――その点なら、問題はないかと。
オズヴァルトの心の声を読んだかのように、クロエは言った。
彼女の声が、不思議と確信をもっていたから、オズヴァルトは面食らう。
―――――なぜかな。
―――――…オズヴァルトさまは姿を現わすだけでよいのです。そうすれば。
目は笑わせないまま、口元に笑みを浮かべ、予言のように厳かな声で彼女は告げた。
―――――自らの恐怖で、皆勝手に踊りだしますから。
クロエから一番聞きたかったのは、ルビエラ王女が自らを守るために作り出した闇の精霊の繭の事だったのだが、それについては結局、明確な対処法は得られなかった。
むしろ得られた答えは。
問題ない、の一言。
しかも続いた説明は、よくわからない。
まさか、オズヴァルトが現れるだけですべて解決するなどと、戯言としか思えなかった。
(からかわれた、か)
クロエが言いたいところもわかる。教えてもらってばかりなのは情けない。
子供ではないのだ、少しは自分で考えろと言ったところだろう。
オズヴァルトとて、できれば、自分の力で何とかしたい。
いずれにせよ、具体的な話を聞けなかった以上は。
(私なりにやるしかないが)
ならばまず、コロッセオの支配人と話をする必要があった。
地下の奴隷を管理するのは、その男なのだから。
問題があるとすれば。
―――――アポもなしに支配人室へ乗り込んでいいものか。
カミラの優秀な夫のおかげで、一夜にしてオズヴァルトはゼルキアン大公となってしまった。
無論、事前準備はされていたに違いない。
おそらく各国間でなんらかの話し合いは、既になされていただろう。
(オズくんは人気者で結構なことだ)
それだけ、オズヴァルトが各国から警戒されているということだ。
事前準備がなければ、個人が話の流れで決めたことに、世界が、はいそうですか、と直後に揃って動くわけがない。
そう言った動きがシュノーで確認され、早朝、オズヴァルトの元へ情報が届けられた。
近いうちに、各国から何らかの形で祝辞が届くようだ。
(天人となったことにはどこも触れないのにな)
ところで祝いをもらったとして、返事は誰が考えるのだろう?
無理やり大公閣下に祭り上げられた男としては、身の振り方に困るところだ。
できるだけ配慮はするつもりだ、する、…つもりだが。
(―――――面倒だな)
ふっとオズヴァルトの中で、何かが振り切れた刹那。
―――――ズ…ッ、ドオン!
揺れた。コロッセオが。




