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原初の魔女と雇われ閣下  作者: 野中
第3章
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幕24 主の帰還




そう確信させる態度に、実戦経験もない若手が逃亡に走るのも無理はなかった。

彼等の視界の端で、狙ってもいないシューヤ商団の馬車だけが、見る影もなく打ちのめされているのが、彼等の恐怖に拍車をかける。が。


「呆れたね」

彼等の耳に、無慈悲な女の声が届いた時には。



「騎士の護衛の一人もつけなかったのかい」



石ころでも投げるように、隠れていた魔術師の全員が、


「…がっ!」

「ぅわあ!」

「ひ…っ!」


それぞれの苦鳴を上げながら、ルキーノの前に、蹴り出される。生贄のごとく。

熟練の騎士、しかも魔人の蹴りがその背にしたたか入ったのだ。

五人の魔術師は倒れこんだまま悶絶。


ろくに呼吸もできない痛みに喘ぎ、せき込む。

その顔には、強烈な疑問が浮かんでいた。



―――――なぜ、居場所が分かったのか? そして、なぜ。


魔術師の身体に、攻撃が、当たったのか。



疑問に感じるのも当然だろう。

何も彼等は、自分たちがなにもされないと思って無警戒に隠れていたわけではない。


気配も姿も消す魔術を発動していた上、少なくとも物理攻撃を無効にする結界で身体を覆っていた。

ただの蹴りが、そこを通るわけがないのだ。ということは。




ヒルデガルドの蹴りには、彼女の魔力が乗っていた可能性が高い。

彼女の魔力が、魔術師たちが展開した結界を構成していた魔力を上回っていたなら、…破られて当然だ。

しかもその前に魔術師たちの居場所を的確に捉えた。

要するに、ヒルデガルドは有能な騎士というだけではない。魔術師としても有能ということになる。


これが、ヴィスリアの魔人。





焼け焦げた地面の上、無様にはいつくばって、魔術師たちが顔を上げたその時。

正面には男が、背後には、いつの間にか消えていた女が立っていた。




状況を悟るなり、腹の底が冷たくなる。逃げられない。




男は悠然と微笑んだ。


「私の名は、ルキーノ・ラファエッリと申します」

場違いに穏やかな声で名乗り上げ、笑顔のくせに、ひとつも笑っていない目で魔術師たちを見下ろした。


「あなた方のお名前は?」


魔術師たちからすれば、死刑を宣告された心地だろう。

黙って見ていることを約束はしたものの―――――ぬるい対応なら容赦しない。


ヒルデガルドがルキーノに向けるまなざしも厳しかった。


なにせ、オズヴァルトが出てくるかもしれなかった場所へ問答無用で魔術を叩き込んだ彼らは、紛れもなく有罪だ。

ばかりでなく。




そもそも、魔術師に対する彼女の心証は最悪だった。




五年前の災厄の日、そして、それ以後の今日までの間。

魔術師たちは、いったい、何をしていたというのか。


―――――シハルヴァ王国が災厄の餌食になって、五年。


長いようで、短い期間だ。

それは、即ち。




屈辱を呑み、取るに足りない魔族の眷属たる魔人となって、五年ということだ。




その間。

ずっと、ずっと。


彼女は仲間と共に待ち望んでいた。








主の帰還を。








主人に憑依した魔族は、決して彼を攻撃できなかったゼルキアン家門の貴族たちにこう告げた。


―――――お前たちが呼び続ければ、いつかオズヴァルト・ゼルキアンは還るかもな?







その、細い糸のような希望に縋って、皆、魔人となった。

魔族の眷属化のために、分け与えられた命は、オズヴァルト・ゼルキアンのもの。つまり。







主人は、生きている。







魔族の魔力に感染してはいたものの、彼の命を抱きしめながら、全員が、渇望した。


ならば、彼はきっと、戻ってくる。

その確信通り、いつしか…災厄の日から、半年ほど経った頃からだろうか。


主人は、時折、目覚めるようになった。憑依していた魔族が眠っている間に。


最初は誰も信じなかった。

魔族がまた、あの方の真似事をしていると死んだような目で見ていた。


…はじめに見抜いたのは、ビアンカだ。











―――――若さまが戻られた、と。











ゆえにますます、魔人たちは期待したと言っていい。


だが、災厄が滅ぼされたあの日、主人に憑依している魔族とは別の魔族が魔人たちに言った言葉は。


―――――精神体の魔族に憑依された人間は、即死する。


魔族が告げた言葉の、はっきりとした真偽を知るために、魔人たちは早急に調査した。

すると、神殿と魔術師協会で、似た記述のある資料が見つかった。


『人間の肉体には、ひとつの魂しか入らない。これが世界の理だ』

出だしからこれである。






『そこに精神体の魔族が入れば、魂が二つあることになる。魂の状態で、人間と魔族が競えばどうなるか? 強靭さで言えば魔族の魂に軍配が上がるため、人間の魂は―――――消失する』






これらは禁書の類であり、一般的な知識とは言えない。

だが複数の禁書に似た記述が何か所も存在するとなると、それは真実なのだろう。



『では残った人間の肉体はどうなるか。人間の肉体と魔族の魂は適合しないため、生命活動を停止する。―――――よって、精神体の魔族に遭遇したなら、憑依される隙を作らないか、一目散に逃げること』




しかし、オズヴァルトの肉体は生きていた。




だが本来、理通りならば、オズヴァルトの魂は消滅しているはずだ。

なぜ、無事だったのか。


天人となったオズヴァルトは、あの冷たい声で感情なく告げたものだ。




―――――冬の霊獣ヴィスリアが私を守った。




分かり切った話だった。

他の人間と、オズヴァルトの違いは何なのか。


ゼルキアンには、霊獣ヴィスリアの加護がある。


ゆえに、無事だったのだ。肉体も、魂も。

ただし命だけは、霊獣の支配の外にあった。


だからこそ、魔族は新たな眷属たる魔人たちに彼の命を分配できたのだ。



同じ血を引いた彼の子が助からなかった理由は、…あの少年がまだ、当主でなかったためだ。



彼の魂は消滅などせず、そして、肉体も死ななかった。

ゆえに、魔人たちは誤解していた。


魔族に憑依されたところで、憑依された人間の魂はそこにあり、肉体も生きていると。










読んでくださった方、ありがとうございました。

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