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原初の魔女と雇われ閣下  作者: 野中
第3章
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幕22 招待状



ただ、結界石を導入することによって、皇宮が望むところはもう一つ。



宮廷魔術師に、権力が集中するのを防ぎたいのだろう。



とはいえそこに、シューヤ商団が巻き込まれるのは面白くない。

そちらはそちらで話をつけていてほしいものだが、上の人間という者は得てしてそんな細かな配慮などできないものだ。


そして、皇族相手に、交渉や取引ができなかったなら、今回の商談の結果は、魔術師たちの責任でもある。

結界石を導入するなら、宮廷魔術師は不要でしょう、去ります、などという思い切った強硬手段も取れなかったということで、それらの恨みをシューヤ商団に向けられても筋違いというものだ。



利権の上に当然のように胡坐をかいて、捨て身には決してならなかった者の、当然の末路だろう。



…とはいえ、皇室とて、完全に魔術師を切り離すのは惜しいはず。

従来の利権のほとんどは彼等の元に残されるはずだが。


「さて」



―――――時勢を読まない欲張りな人間は、奪われるものにばかり目を向けるはず。



…つまりは。

シューヤ商団の名が知れ渡り、はじめて表に出てきた商団主たるオズヴァルトを、このまま見逃すわけがない。

オズヴァルトは尋ねた。

「…どう出るかね?」


「おおよそ、予想通りです」

「動きは」

聞けば、ルキーノは隣へ視線を向け、身を引いた。


「それは、おそれながらアタシから」


鮮やかな赤毛をつややかに背へ流した、毅然とした雰囲気をまとう、ドレス姿の美女が、悠然と割って入る。

振り向かずとも、微笑んでいるのはわかった。

それも、獲物を前にした獣のごとく、不敵に。彼女の名は。


ヒルデガルド・ラウ。


ヴィスリアの魔人にして、ゼルキアンの騎士。同時に。

シューヤ商団が展開する武器事業の責任者でもある。


彼女が今日着ているのは、衣装部門が直接手掛けたオーダーメイドのドレスだろうが、その美しさはヒルデガルド本来の魅力を際立たせるものであり、ドレスの見栄えよりも彼女自身が輝いているようだ。



無論、彼女は騎士だ。主君を守り、剣を握っているときがもっともうつくしい。



黙って先を促せば、ヒルデガルドは誇らしげに口を開いた。

そういう態度は小さな子供のようだ。



「これ見よがしに、商団の紋章が入った馬車を置いていますので」



ヒルデガルドは、にっこり。

化粧を施し、女性としての華やかな美貌が強調された顔立ちに浮かんだのは、男性的な戦意に満ちた微笑みだ。




「躾のなっていない野良犬が、周りをうろついているようです」




…なるほど。


商団で把握できる情報を、根城に住む主が知らないわけがない。

つまり、アルドラの騎士たちは、知っていて知らないふりをしている。



無関心でいろと命じられているわけだ。



「仕方あるまい」

オズヴァルトは、恐ろしく体温の低い声で、淡々と応じた。


ならば、自力で駆除するまでだ。

そうさせた結果がどうなろうと、こちらの知ったことではない。

いずれにせよ、オズヴァルトは馬車には乗らない。いや、乗れないと言ったほうがいいだろう。



あちらの世界では車に乗れなかった、それと同じ理由だ。



オズヴァルトは、彼等が話している間も、ずっともりもり食べているティムを見遣る。

気は乗らないが、帰りも馬になってもらう必要があるだろう。

「では?」


微笑むヒルデガルドの目が、わずかに細められる。その蜂蜜色の目が、剃刀めいた光を宿した。





「倒せ」


とたん、ヒルデガルドが、わずかに不満そうに唇を尖らせる。



「殺せ、では、ないのですか?」

物騒だな。






しかし、いくらなんでも、魔術師すべてを敵に回すつもりはない。

この考えは甘いだろうか。


事態は、いくら温情をかけたところで、もう手遅れかもしれない。


とはいえ、徹底的に叩きのめすのは気が引けた。

そう思うのはおそらく、オズヴァルトが強者だからだ。そこまで考えたところで。


「…ああ、そうではなく」


まあ、ここまで来たなら仕方がない。





むしろ、この悪い状況を利用するのはどうだろう?





頭の中で、平和的思考が、一瞬で反転するなり。


すぅっと周囲を冬の冷気が占めた。





―――――オズヴァルト・ゼルキアンとして生きるなら、やるべきことがある。





「皇宮にこもってきたとはいえ、そいつらも、魔術師なのだろう?」


「なるほど」

迂遠に言ったオズヴァルトに、得心がいったように穏やかに応じたのは、ルキーノだ。



「―――――魔術師協会が口を拭っている、五年前のことに言及する道具にしますか?」



微笑んだルキーノの隣で、ヒルデガルドが真顔になる。その時になって。

涼やかな笑い声を上げながら、十代半ばの二人の少女がオズヴァルトの席へ帰ってきた。


ジュスタとジャンナ。

黒目黒髪、華奢な体形。


虫も殺せぬと思わせるほど繊細な容姿だが、彼女たちも、ヴィスリアの魔人。



優美で軽やかな所作から、一見、蝶々か小鳥かと思うところだが。



彼女たちは、ルキーノやヒルデガルドと違い、生粋の貴族ではない。

シハルヴァ王国の、首都の貴族の婚外子であったが、愛人に嫉妬した本妻の手で娼館に売り払われたという過去を持つ。


その娼館を介し、幼女趣味の別の貴族へ売られそうになったところに居合わせたのがオズだ。

その最悪の貴族を心底嫌悪していたオズは、彼女たちを引き取り、人身売買の証拠を押さえたとしてかの貴族に代償を払わせた。


よって彼女たちは、オズを恩人と認識しているが―――――何の因果か、引き取られた先で魔人になってしまうとは、運命とはどう転ぶかわからない。


それでも、彼女たちはオズヴァルトに仕えることを心から楽しんでいるようで、今となっては、シューヤ商団の情報組織のエースである。




「見つけましたわ、ご主人さま」


「頂ける約束も取りつけましてよ」




一度跪き、左右から囁いてきた双子は、十代半ばの外見からすれば毒のような蠱惑的な微笑を浮かべ、同時に告げた。








「「コロッセオへの招待状」」








「…ご苦労」


低く労えば、子供のように嬉しそうな笑顔が二人の顔に花開く。


オズヴァルトは悠然と立ち上がり、いつの間にか手を止めていたティムに手を差し伸べた。




「行こうか」







読んでくださった方、ありがとうございました。

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