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原初の魔女と雇われ閣下  作者: 野中
第3章
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幕21 魔境の地の大公

× × ×






ダーツの的とはこんな気分だろうか。

どこで何をしていようと常に突き立つ視線に、宴の場のオズヴァルトはうんざりしていた。


(さすがだね、オズくん)


それでもどこか他人事なのは仕方がない。

しかも、誰も話しかけてこないのだ。緊張する理由はなかった。



代わりに、同じテーブルに腰かけた少年を気遣う。



美味しい食事は好物らしい、リスのように少年は口をぱんぱんにしていた。

まっしろな肌に髪、そして紅の瞳。彼はティム。

女帝クロエがオズヴァルトの元へ置いて行った彼女の使い魔である。


そして便宜上、少年と呼び、彼と呼ぶことにするが。

聞いた話では、無性だそうだ。男でも女でもない。

なるほど、繁殖の必要はないからと言われたが、納得だ。


その可愛らしい顔立ちは、少女のようでもある。





出会ったばかりの緊張はどこへやら、既にある程度ヴィスリアの魔人たちに慣れたように見える。

今やオズヴァルトよりも、周囲を遠巻きにしているアルドラの貴族たちの方を警戒しているようだ。





…確かに、オズの記憶にある限りでも、アルドラの貴族は油断がならない。

なによりオズヴァルトとしても、つい先ほど実感したばかりだ。





オリヴァー・レミントン。

彼の言葉を胸の内で自嘲とともに反芻する。


(治めるべき民もいない魔境の地の大公、とは)





五年前、災厄の日。





ゼルキアン領の民は、主人たるオズヴァルト命令によって半ば追い立てられるように領内を去った。

日常の何もかもを、そのまま残して。


彼等を受け入れてくれたのは、国外にある地母神の神殿だった。

地母神は、ゼルキアン領で主に信仰される狩猟の女神シューヤの母であり、その関係から、ゼルキアン家は代々多額の寄付を行っている。


そういった縁での受け入れだった。


もちろん、いつまでも甘えられるわけもない。

仕事を探し始めた彼らは、やがて、シューヤ商団の話を耳にして、商団の元へ続々と集い始めた。




よって、シューヤ商団は、元々ゼルキアン領に住んでいた民が主となって働いている。




(状況が落ち着けば、彼等に一旦里帰りをさせてあげたいところだ)


誰だって、生まれ育った場所が恋しいだろう。

…オズヴァルトとて、そうだ。




二度と戻れない、そして、恵まれていた場所ともいえないかもしれないが、故郷が恋しい。




いずれにせよ、今のゼルキアン領は魔境であり、民は不在。


大公と言えば聞こえはいいかもしれないが、実はない。

あのカミラの夫だ、さすがというべきか。



しかもそのことで、オズヴァルトの行動に制限をかけた。



それとも、公に動きやすい立場を作ってくれてありがとうと感謝するべきだろうか? 確かに今後オズヴァルトの行動に制限はできるが、本来公に使おうとしていた商団主という肩書では、実際、オズヴァルト・ゼルキアンという男には不足であり、身分ある者―――――たとえば貴族相手となれば寸足らずもいいところだった。



もし会見を望んだところで、顔を合わせるべき相手ではないと一蹴されておしまいだろう。



つい、皮肉な微笑が唇に浮かびそうになる。


いや、すんでしまったことをあとから考えても仕方がない。

気を取り直し、頬を膨らませ、口をせわしなく動かしながら、大きな目できょときょと会場を見渡すティムに声をかけた。


「知り合いでもいるのかね」


尋ねれば、大きな紅の目をオズヴァルトに向け、口の中のものを呑み込んだ後、

「いいえ」

優等生らしい態度で答えた。



「主さまと行動していたために、見慣れた顔ぶれは多いのですが、お話しさせて頂いたことは一度もありません」



きりっとした表情で、ちょっと屁理屈のような、だが本人は至って真面目に返事をする。

ただ、ティムが知っている者が多いということは、逆もそうだということだ。



(では、ティムが猫の姿に戻ったなら、私と女帝に関りがあると見る者が会場には大勢いるということか)



「そうかね、ティムを見たら皆話したくなるだろうと思うのだが」


クロエが言ったとおり、真面目で思慮深く、ティムは優しい。

クロエの使い魔と魔人たちは知っているのに、彼等でさえつい、ティムには甘く接してしまうくらいには。


思ったままに言えば、きらきらと紅の瞳が輝いた。

ティムは少しだけはにかむ。



「へへ…、でも僕いつも猫だから」



その猫が喋るから、よく話し相手にしているのは痛い人間だろうか。

つい、オズヴァルトは我が身を振り返ったが、あまり考えこまないことにした。

自分のためにも。


いずれにせよティムをここへ人間の姿で連れてきたのは、皇宮主催の宴の食事と聴くなり猫の姿で彼が盛大に涎を垂らしたからだ。

それをオズヴァルトの膝の上に落とし、大騒ぎになったのは余談である。


(だとして、この子が猫の姿になれば、女帝クロエの使い魔と知れるものだろうか…?)



白猫などどこにでもいるものだ。



しかも、オズヴァルトの元にいる時、ティムは小猫ではなく、成人した猫として普通の大きさになってもらっている。オズヴァルトの手は大きいから、もふるのに小猫では物足りないからだった。


まあそう警戒することはないだろう。




「我が君」




ルキーノがそっと声をかけてくるのに、振り向かず、オズヴァルトは耳を傾ける。

「アスランからの連絡がございました。商談は恙無く終了したようです」

オズヴァルトは表情一つ変えずに繰り返した。



「商談、な」



…実のところ、帝国の今回の求めには、オズヴァルトには引っかかるところがあった。


この度、帝国は、シューヤ商団の結界石の顧客となったわけだが。

数多の国において、結界石の販売や、求めによっては設置から後々のメンテナンスに至るまで応じているわけだが―――――帝国の皇宮には、宮廷魔術師の結界がある。


帝国側が、結界石を求める気持ちもわからないでもない。

このような道具があるというのに、いつまでも人力に頼るのは心もとないということだろう。

表向き、宮廷魔術師を労わるような行いのようだが、当人たちにとってはどうか。



仕事を奪われる。



そのように考えても不思議ではない。

実際、他の場所では魔術師と剣呑な空気になったこともあると聞く。







読んでくださった方、ありがとうございます!

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