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原初の魔女と雇われ閣下  作者: 野中
第3章
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幕14 皇族の宣誓


具体的に、どのような形でか、と言えば。


生き物が住めない猛毒の大地になるか、もしくは。


地中深く沈み、湖となったかもしれない。あるいは、溶岩溢れる地獄の釜に。それは。




かつて、魔術師協会の予測装置もなかった頃の国々が、災厄を前になすすべなく辿った運命である。


その大地は、元に戻るために、五百年以上の月日を費やした。

しかし。




―――――シハルヴァは、そうならなかった。

もしシハルヴァが地図から消えたなら、ことはそれだけでおさまらなかった可能性は十分ある。

災厄は他国にも及んだだろう。


オズヴァルト・ゼルキアンの悪名は、名高い。


しかし同時に、人々は知っていた。

シハルヴァの領土は現在、主なく、魔獣が闊歩する、環境も劣悪な魔境になったかもしれないが、人間が住めないほどではない。

あと数年もすれば、元に戻るだろう。


それが可能なのは。

ひたすら。



オズヴァルト・ゼルキアンの功績である。



彼が、自らの領地に災厄を封印したためだ。

ゆえにシハルヴァの国民は生存者が多く、他国に流れたものの、彼等は変わらず、オズヴァルトをかつてのように守護者と呼ぶ。

結果。




彼の配下である魔人が始めたシューヤ商団は瞬く間に大陸に広まったのだ。




人々の潜在的な意識が、オズヴァルト・ゼルキアンを救世主とみなしている。


ただし、中におさまる魂が、魔族であるなら、話は別だ。








「騎士の中に、…魔術を使える者は、おりません」


オズヴァルトを映した皇子の碧眼が、一瞬、きらきらと憧れで輝いた。

すぐ、それは皇族の威厳の下に隠れたが。

オズヴァルトは内心、面食らう。


(敬語…??)


聞き間違いか、と一瞬思った。

(既に公爵でも何でもない一介の商人に、皇族がそれでいいのかね?)


なるほど、意外だが、どうやらマティアスは、以前会ったオズヴァルトを覚えていたようだ。

だからこそ、今、彼は判断したのかもしれない。

今ここにいるのは、魔族ではない。

オズヴァルト本人だと。


そう思った後で、ああ、と考え直す。





(そう、オズヴァルト、私はオズヴァルトだったな…他人として見れば、こんな男、簡単には忘れられないじゃないか…)


その印象も、独特だ。二つとない代物。

ゆえに、以前のオズヴァルトを知っている者は、会えば確信を持つのだろう。


オズヴァルト・ゼルキアンは戻ったのだ、と。





オズヴァルトが黙っている間にも、刺客は虫の息になっていた。

それを横目にしたマティアスが、一瞬焦りを浮かべ、オズヴァルトを見遣る。


「閣下…いえ、ゼルキアン卿は、確か、魔術にも精通していらっしゃると聞いております」


彼が何を言いたいかを察し、オズヴァルトの頭がいっきに冷めた。




この皇子さま、情報はほしいらしい。




だが治癒を頼める相手がいない、…そういうことだろう。

先ほど、騎士は魔術による治癒ができないと言ったが、ならば宮廷魔術師がいるはずだ。


ただし彼の今の態度からして、おそらく。


宮廷魔術師は、第二皇子の言葉には従わないのだ。

もしくは、皇子であっても、他の誰かを通して依頼する必要がある。


あるいはそれらの相手が。




今回、彼ら兄妹を害そうとした黒幕である可能性もある。




だが、今ここにいる、オズヴァルト・ゼルキアンは。


それらの手先ではない、そう、マティアスは判断したのだろう。



いっとき口を開きかけたマティアスは、逡巡し―――――その袖を、皇女が掴んだ。

はっと彼女を見下ろした兄の代わりとばかりに、皇女シェリーはぐっと顔を上げ、オズヴァルトを見遣った。



「治癒が可能ならば、ゼルキアン卿、ご助力を、お願いできませんでしょうか」


シェリーは思い切りよく、頭を下げる。

皇女らしからぬ行いだ。




気持ちとしては、幼い頃を知る子供に助力したいのはやまやまだが、


「では」




オズヴァルトには、背負うものがある。

何でもかんでも拾い上げ、縁を結び、背負っては、何も守り切れない。

オズヴァルトは、ほとんど零度に近い声で言った。


「…その対価は、なんだね」


表向き、皇女は今回の生誕の宴の主人公であり、シューヤ商団を宴に招いた人物だ。

だが魔人たちが調べた限りでは、皇女はシューヤ商団を招待などしていない。

つまり、彼らを招いたのは、皇女の名を隠れ蓑にした者、ということだ。

そこまで調べはついているが、いずれにせよ。


今ここで彼らを助力するのは容易いが、当然のことながら、この二人に味方することで、敵に回す相手も出てくるというわけだ。


ゆえに。

これは必要な求めだった。


対価があったなら、その場限りの取引となる。

周囲にそれを示せる。


あとをひかない。


彼らの間に、つながりも情もない。

互いにとって、それが一番良かった。



「そ…っ、れは、」



頭を上げたシェリーの碧眼に、一瞬、傷ついた色が浮かぶ。

伸ばした手を、信じていた大人に振り払われた、幼子の目だ。


…気の毒には思うが、彼等が対価を示さなければ、手助けはできない。


だが、おそらく。




この二人には、何もない。




後ろ盾となる母親を幼くして亡くし、二人きり寄り添うように生きていた。

自由になる金も、権力も、人材も。


持てば警戒されるゆえに、遠ざけてきた。


しかし、能力が高く、だからこそ、周囲に警戒され、疎まれている。

狼狽え、うつむいた皇女を支えるように隣にいた皇子が、不意に、強い目をオズヴァルトへ向けた。


「対価は」


挑むように、告げる。






「俺たちの、信頼です」


(…は、)

オズヴァルトはわずかに目を瞠った。






正直、ばかげた話だ。そんな口約束など。

子供同士の約束のように、すぐ忘れ去られる類のもの。



―――――対価は実利でなければ成り立たない。



誰もがそう感じたと同時に。

「シェリー」


マティアスが厳しく妹の名を呼んだ。



「宣誓を!」



目が覚めたように、シェリーは顔を上げた。

驚いた表情で、兄を見上げる。


一度オズヴァルトを見遣り、―――――何をどう判断したか、思いつめた顔で、頷く。



「はいっ」



二人は真剣な顔で姿勢を正した。何かと思えば。


「我はシェリー・アルドラ」


皇女が、厳かな声で、その言葉を紡ぐ。





「我は今この場において、オズヴァルト・ゼルキアン卿の魔術使用を許可する」



―――――は?





オズヴァルトは呆気にとられた。

皇女の言葉と同時に、微かな波動が周囲に広がったのを感じたからだ。

いや、周囲に満ちていた違和感を覚える微細な振動が、周囲から突如消失したような感覚があった。次いで。


「我はマティアス・アルドラ」

皇子が冷静にその言葉を紡いだ。







「我は今この場において、オズヴァルト・ゼルキアン卿の魔術使用を許可する」







それが、とどめだった。



―――――周囲が静まり返る。

いや、その静寂は、『音』として感じられるものではない。




答えは、オズヴァルトの感覚が、拾い上げていた。




宮廷魔術師が施していた魔術封じの結界の中、オズヴァルトが対象として、たった今外れたことを。

「ほう」


オズヴァルトは胸の前へ手を持ち上げ、何もない空中から、水を掬いあげるように動かす。







「皇宮内で、私が魔術を使えるようになさるとは」











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