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原初の魔女と雇われ閣下  作者: 野中
第3章
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幕13 すべて守り抜く


呆れつつ、オズヴァルトは軽く地面を蹴った。直後。




「―――――…は?」




騎士たち数人が、呆気にとられた声をもらす。

呻くような息とともに。


なにせ、彼等の目には。




突如、刺客の背から刃が生えたように見えたからだ。


刺客が手にしていた短剣が、自らの胸を貫いたのだときちんと把握できたものは、何人いただろうか。




正確に言えば。


真横から刺客の手首をつかんだオズヴァルトが、それとほとんど同時に、刺客の手首を捻り、関節を壊し、相手の胸を貫いていた。



言葉で言えば簡単だが、やろうと思って簡単にできることではない。

「あら」

真正面で行われたことを、悲鳴も上げず見ていたカミラは、冷静に言った。




「殺さなかったのですね」




「死体を見たいなら」

血と共に、乾いた息を短く吐き出し、攻撃の気力を失い、オズヴァルトの存在に肝を冷やした刺客から、彼は興味を失った態度で手を離す。




「コロッセオへ行ってください」




「殺さないと後悔するわよ」


カミラの声は、唆すというより、単に事実を語っているかのようだ。

実際、そういった側面もあるだろう。

こうまでした相手が、まさか、オズヴァルトを恨まずに済ませるなどあり得ない。

そもそも、相手はこちらを殺すつもりで刃を振り上げたのだ。


である以上、殺されたって文句は言えない。


今、刃が貫いたのは、刺客の心臓ではない。肺だ。

長くは保つまい。

そうできるだけの力があった、にもかかわらず、オズヴァルトはそうしなかったのだ。


即死させたほうが、慈悲深いだろうか?


無論―――――どんな悪人であっても、命に、罪はない。


である以上、できることなら命は尊ぶべきだ、という考えが、オズヴァルトの中では根強かった。『冬見一平』の意識の影響だろう。


傷つけておきながら、偽善だろうが。その半面で。




自分を、そして、自分が大切にしているものを殺そうとした者には、オズヴァルトは一片の慈悲すらかけるつもりはなかった。




オズヴァルトは、決めたのだ。






せめて、これから、自分がいるこの世界では―――――大事にしているモノを、すべて守り抜くと。たとえそれが欲張りだとしても。






失って、失って、失い続けた、過去を振り返って。


これ以上、もう失わないために。


この決意だけは決して、揺らがないだろう。



大切なものを守るために必要ならば、オズヴァルトはどこまでも冷酷になれる。

もし刺客がオズヴァルトの肉親ともいえる魔人たちなら、行動に迷うことなどなかった。

ただ、今回は。






「情報を得る必要があるでしょう」






オズヴァルトにとって、とばっちりを受けた状況に過ぎない。


彼はアルドラ皇族の刺客であり、その刃は、アルドラ帝国貴族にまで向けられた。

ただし相手はカミラだ。人質に取ろうとした可能性もある。


なんにしたって、オズヴァルトはたまたまその近くにいただけだ。


カミラは優雅で柔和な貴婦人の微笑を保ちながら、冷めた声で呟く。

「理解できないわね。…昔から、」

そんなことを告げる、うつくしい顔に浮かぶ微笑に、見惚れる者は多いだろう。





「冷酷で、退屈な男よ、あなたは」





殺しを生業にする者から、情報を引き出そうとするなら、それなりに残忍な拷問が必要になってくるだろう。

そんなものにさらされるより、いっそ殺すほうが慈悲かもしれない。


ゆえにカミラは、オズヴァルトを冷酷と評したのだ。


だがこの後、生き残りたければ努力をすべきは、それができるのは、本人だけだ。

オズヴァルトにできるのは、ただ、命を奪わず済ますことのみ。

それ以上の責任は彼にはなかった。


「結構」

カミラの評価に、オズヴァルトは安堵し、退屈そうに応じた。



「あなたを楽しませたらどんな無理難題を吹っ掛けられるか、そちらが恐ろしいですね。…さて、殿下」



どこまでも冷え切った声で言いながら、胸を押さえた刺客が後退するままに放置し、顔を上げたオズヴァルトは皇子に告げる。






「その刺客。治癒を施し、拷問すれば、情報を引き出せるかもしれませんよ」






無論、放置すれば、待つのは死のみだ。

オズヴァルトは、…どちらでもいい。


刺客の、生存か死か、選ぶのは、被害者だ。


冷酷とすら言える言葉を、まるで、別の世界の出来事のように、オズヴァルトはどうでもよさげに淡々と言った。

胸を貫かれた短剣もそのままに、他の騎士たちにあっさり捕獲された刺客は、また盛大に血を吐いた。

目の焦点が合っていない。


オズヴァルトを鋭い眼差しで見遣ったマティアス皇子は。

一瞬、目を細めた。


記憶の中の何かを見定めようとするように。直後。





その碧眼を大きく見張り、幽霊にでも出くわした顔で、呆然と呟いた。







「…まさか…―――――オズヴァルト・ゼルキアン公爵閣下…?」







その、名に周囲の騎士たちが、緊張と警戒で身を鎧った。


かつてはともかく、現在において。








オズヴァルト・ゼルキアンの名から連想するのは、悪名―――――何よりも、『死』の気配に違いない。

大陸の歴史の中でも数少ない天人であるといえど、尊崇の対象とはなり得なかった。


そのくせ。




その名に恐怖を抱きながらも、同時に感じる恐怖と同じくらいに慕う者は多い。




災厄に沈んだシハルヴァの領土は、―――――本来ならば。








『消失』したはずなのだ。










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