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原初の魔女と雇われ閣下  作者: 野中
第3章
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幕7 宴のはじまり


× × ×





「そんなわけで今日の晩餐には、…あら、公爵夫人、…公爵夫人?」

アルドラ帝国、皇室主催の、皇女生誕祭の宴の片隅で。


帝国でも高位の序列に立つ貴婦人が、誰かを捜すように周囲を見渡した。

「どうされましたの?」

近くにいた貴婦人が、声をかける。



「レミントン公爵夫人のお姿が見えないのです」



「あら、どちらにいらっしゃったのかしら…」

別の婦人が困った様子で、着飾った貴族たちに溢れた辺りを見渡した。

「近く開催されるお茶会のことでお話を、と思ったのですけど…」


「休憩室へ向かわれるところを拝見しましたわ。すぐお戻りになられますわよ」

それよりも、と宴の会場を見渡し、また違う婦人が言って、我がことのように誇らしげな表情で扇で口元を隠した。

「なんといっても、今日の宴には、シューヤ商団のスイーツが並びますから」


「見逃すわけにはまいりませんわね」

子供が幾人かいるだろう婦人たちの目が、少女のようにキラキラ輝く。

「まさか、もう?」

「テーブルに並び始めておりますわ」

彼女たちは興奮気味に言葉を交わした。


「どうやら皇女殿下の御意向が反映されたようでして」

「本日、帝都内のお店が、臨時休業だったのはこのためだったのですね」



シューヤ商団の拠点は、各国にある。



ただあまり手広くやりすぎれば、末端まで目が行き届かず、そういったところから腐っていくものだ。

ゆえに、もっとも最初に名が広まった冒険者向けの食堂以外の店舗は、各国の主要都市にしか配置されていなかった。



いや―――――今では主要都市になった場所、というべきか。



そこが、たった数年前まではぞれぞれの国の中で、住む者など誰もいない荒れ果てた辺境に過ぎなかったことは、民の記憶にまだ新しいだろう。

そもそも冒険者が集まるところともなれば、それなりに魔獣が闊歩し、迷宮もある。



彼等の職はあれど安全とは程遠い危険な場所である。



ただ、シューヤ商団は、『あるもの』を開発した。

誰もが一度は考えたことがある道具―――――結界石を。

その想像を現実に変えたのは、シューヤ商団だけである。


なにせ、誰もが気にした。

魔術師協会の目を。


誰も協会を無視できない結果、開発を始めることすらなかったのだ。


無論、魔術師に頼めば解決する問題だったため、楽な方向へ流れた結果ともいえる。

金さえ払えば解決できたのだ。


では金がないものはどうしたか? 黙って自分なりの工夫でやり過ごすしかない。

もしくは国が提供してくれる、武力で守られた土地に住む他は選択肢がなかった。


持たない者は、先立つものも人材もないため、開発に着手など夢のまた夢だ。



シューヤ商団は魔術師協会を気にしなかった。

彼らが協会に頼らずとも済む能力を保有している以上、配慮するわけもない。



結界石すら魔人たちには必要なかったわけだが、誰が彼等の方針を決定したか―――――主たる男以外にいないだろうが―――――いずれにせよ世の中に『ソレ』は現れた。



むしろ、これは協会への挑戦かもしれない。

わざわざ魔術師を雇わずとも結界が維持される安全な場所が現実に出現したわけだ。



しかもその安全に対して、金を払う必要がない―――――とくれば、発展は決まったようなものだったろう。



シューヤ商団の冒険者向けの食堂は、はじまりはちっぽけだった。

しかし、人々のニーズに知らず応えた結果、瞬く間に発展を遂げていた。

少し目を離すとあっという間に成長している赤ん坊のようなものだ。


食事のレシピは、当時こそ目新しかったものの、今では各地で共有されており―――――理由ははっきりしないが、共有される流れがシューヤ商団側から提供されていた―――――どこでも手ごろな価格で手に入るため、そこそこの収益を上げる程度で収まっている。

ただ、オリジナルは確実にシューヤのみのものであり、そこでしか味わえないとなれば、完全に廃れることはないだろう。


そこに至って、シューヤ商団によくない思惑を抱いた者は、気付いたはずだ。



このように、ある程度の繁栄を、他者に無償で譲り渡した結果として、彼等は今やその地に住まう人々の生活に浸透した。

それは、簡単には引き抜かれない根をその地に張り巡らせたということ。


技術や知識の惜しげない提供がそのために狙ってなされたのなら―――――シューヤ商団は貴族の道楽や慈善事業のような、容易い相手ではない。

シューヤ商団が得たのは、手放した物以上の大きな見返りだ。



いくら彼等を邪魔に思ったとしても、何の策もなくただ追い出せる相手ではなくなったわけだ。



中でも最近、帝国で貴婦人たちの心を攫っているのは、スイーツ店。

それも、高級なものしか扱わず、ターゲットは明らかに貴族。

冒険者向けの食堂と比べれば、まったく雰囲気が異なるものだった。

フルコースを手づかみで食べる者が白い目で見られるように、ホットドックをナイフとフォークで食べるのは筋違いだ。


かと思えば、辺境へ行けばシューヤの役割は、全く異なった。

たとえば、西方に大陸の穀倉地帯と呼ばれる地域がある。

無論、各国はそれぞれ広大な農地を有しているが、天候の加減によっては輸入に頼らざるを得ない。


この場合にいつだって頼りにする地がその場所だ。


しかしその地も、魔物や魔獣の被害が相次ぎ、規模を縮小せざるを得なかった。

西方の地がそうであれば、各国もまた似たような状態なわけで。


そうなれば、生産量は減り、当然、価格は高騰、簡単には手に入れられなくなる。


そこに、シューヤ商団が噛んだ。

理由は、その地の穀物が欲しかったからだが。

商団の者がその地へ出向いたのち、収穫の時期が来た折に。


西方の穀倉地帯は、今ではかつての生産量を上回る数字を叩き出した。

結界石の無償提供を受け、魔物や魔獣の被害の心配をしなくて済むようになったのが大きな理由だろう。


天候にこそ多少左右されるものの、毎年、大陸全土に安定的な提供を続けている。


中でもシューヤ商団にはいいものを適正価格で、ただし、確実に回すという契約が交わされていると聞いていた。









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