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原初の魔女と雇われ閣下  作者: 野中
第3章
43/59

幕3 上着は必須


男の元へ駆け戻った少年が、意外なほど丁重に跪いた。

背に、緊張が見える。


男に許可を得るまで待っているのか、その後姿は忠犬じみている。

先ほど見せた小憎らしさはない。


許可を得たか、顔を上げ、先ほどのラデクの言葉を伝えているようだ。


「さあて、どう出るかな」


緊張に、何となく呟いたが、どうであろうと、その場その場で対応していくほかない。

もし提案を受け入れられなくとも、恨みはしない。

なにせ、ここでラデクたちが助かったのは運に過ぎないのだから。


見守るラデクの隣で、彼の右腕は、別のことを気にしていたようだ。



「それにしてもあの少女」



唐突な、彼の生真面目な呟きを、

「ああ、可愛いな」

最後まで聞かず、護衛が混ぜっ返す。

「あんな小さいのが好みか?」


「悪趣味な」

彼をじろりと睨み、



「そうではなく…見覚えがあるんですよ。なんだか、うすら寒い心地がします」



「ふん?」

ラデクが首を傾げた。


「見覚えがあるのに、きちんと覚えていないのか? お前が? 珍しいな」


この男の記憶力は相当いい。異能と呼べる類のものだ。

しかし、覚えてはいないが、妙な感じはする、とは…。


「では、彼女が魔女か?」


声を潜めてラデクが尋ねれば、彼は首をひねった。

「魔女? …ああ、そうか、そうかもしれませんが…何か違うような」


「会ったことがあるっていうより、遠目でちょっとだけ垣間見たとか?」

護衛が言うのに、男の眉間の皴が深くなる。


「そう、でしょうか…」


男が、記憶に目を凝らすようにした時、彼等の視線の先で、少年が立ち上がった。

同時に、話題に上がっていた少女も続く。その手に、短剣はもう見えない。


遅れて、八本腕の男が立ち上がった。

誰に何を言われたか、慌てて絨毯の上に乗る。


大きな男というのに、身を縮ませるようにちょこんと正座した。

その左右に、少女がゆったりと、少年が飛び込むように座る。



彼らを尻目に、男が馬に跨った。



まさか黙って立ち去ることはしないだろうが、と思った矢先、絨毯が空中へ舞い上がり、





「同行するっていうなら、全員、直ちに整列!」





そこから少年らしき声が降ってくる。

次いで、面倒そうな確認。

「死にそうな人や死者は出ていないよね!」


「いるのはけが人だけだ、動くに問題はない!」

護衛の男がすかさず応じた。要するに、魔物には嬲られただけだ。


その恐怖と精神的な傷は残っているが、肉体に問題はない。


「了解、それじゃ」



「細い山道を通る陣形を取ること!」



彼の声に続き、少女らしき声が降った。

可愛らしいのに、物言いが、ひどく厳しい。




「今すぐに! でないと置いていきます!!」




その声は鞭のようで、海千山千の行商人たちを追い立てた。ラデクはふと思った。

この少女、他者を使うことに慣れている。

緊急事態には慣れている商団だ、やりかけのことは放り出し、すぐさま配置につくべく皆が走った。走った後で、疑問を抱く。


―――――なんでこんなことする必要が?

黒衣の男が商隊を助け、彼に商団主が助けを求めたのは分かる。とは言え。



いったい何をしようというのか。どういうことなのか。これで、助かるのか?



尋ねたかったが、そんな悠長なことをしていれば置いていかれそうな勢いがあった。

それにしたって、同行を願い出たのはラデクだが、ラデクの商隊に彼等の同行を願ったのだ。

これでは、彼等に商隊の方が同行するようではないか。


皆が慌ただしく動く最中、少女が付け加える。


「それからできれば、上着を着ておいてください。風邪をひいても知りませんよ!」

商隊の皆は、晴れ渡った空を見上げた。



これほど天気のいい、少し汗ばむような陽気の中、上着が必要とは思えない。



小さく笑った彼らは―――――その少し後、後悔することになる。



「それから極力動かないこと!」

少年が、やる気のない声で告げた。

「動いたらどうなったって知らないからね? 責任は自分で取ってよ!」



黙って成り行きを見守っていた黒衣の男が、隊列が整うに従い、不意に白馬の手綱を引いた。



空中に道でもあるかのように、白馬が空へ向かって駆け出す。




空中で、白馬が一度、ぐるり、旋回―――――男は何に納得したか、商隊の進行方向へ向かって、全力で疾走を開始した。同時に。




「うお…っ?」

隊列を整えた彼等は、足元が突如凍り付いた心地に、ぎょっと地面を見下ろした。

その時になって、気付く。


「う、浮いてる!?」


馬上、面食らったラデクが思わず叫ぶと同時に、






「静かに」






すぐ近くで、体温が低そうな気怠げな声がした。ギョッと顔を上げれば、


「…馬には鎮静の魔術をかけているが、騎乗者の混乱は彼等に影響する。落ち着きたまえ」

すぐそばに、黒衣の男がいた。


彼の背後に見える光景が横へ流れていることに気付き、浮くどころか彼等が動いているのだと知ったラデクは、小さく呻く。


どうやら彼等は持ち上げられ、運ばれているらしい。

しかも目には見えないが、冷気に満ちたいくつもの箱を連結するような格好で。


中にいる者からすれば、いつ放り出されるかしれない中、何の支えもなく空中に放り出された気分だ。




不安を見抜いたか、いや、見抜いたからこそ声をかけてきたのか、男は言葉を続ける。


「『特急』で進む。首都近辺の安全な場所におろして差し上げよう。できるのはそこまでだ」




遠回しに、そこへ届けるまで放り出しなしない、そう告げてくれているのだろう。


地味なようで、派手な魔術。

しかも、どれほどの魔力量があれば、こんなことが可能なのか。


そんな大技を維持しながら、涼しい態度で男は告げる。




「挨拶もしない非礼はお許し願いたい。…問題を起こしたくはなくてな」




妙な言い回しだとラデクは思う。

騒ぎを起こしたくない、ではなく、問題を起こしたくない、とは。






「…承知した。お心遣い、感謝する。助けて下さったこともだ、…ありがとう」






男が何者かは分からない。

である以上、もっと警戒すべきなのだろう。

が、なぜか不思議と警戒感が湧かないのだ。




彼に対して、懐かしいような、妙な感覚がある。何かを思い出しそうで、思い出せない。




喉に魚の小骨でも引っかかっているような感覚。


「偶然と気まぐれの結果だ。感謝ならば、自身の強運にするといい」

黒衣の男の対応は素っ気ない。



「我らは短時間で首都へ着く必要がある。同行するなら、こちらの都合に合わせてもらおう」



自分勝手な物言いのようで、この細やかな配慮は何だろう。


魔術の影響か、ラデクの骨まで寒さがしみてくる。

が、不快感と言えばそのくらいで、周囲の景色が流れる速度に比べ、風すら感じない。


出来得る限りの心配りをしてくれているのは、術者のこの男だろう。



悪人か善人か、よくわからない人物である。



「若さま」

男の言葉が終わると同時に、先頭を飛ぶ絨毯から、少女の声が飛んだ。


「では失礼―――――どうしたね、ビビ」


遠ざかる背中を見送り、ラデクはふ、と身体から力を抜いた。

力を抜くことで、あの男を前に、妙に緊張していたことに気付く。



やれやれ、首を横に振って、近くで馬に乗っているはずの、仲間を振り返った。



常に生真面目な彼の顔を見るなり、

「…おい、大丈夫か」

つい、ラデクは心配そうな声をかける。彼の顔が真っ青だったからだ。


「寒いなら上着を着ておけ。まだ朝晩は寒いからな、馬に下げている袋の中に」

ラデクの言葉を遮り、




「思い、出しました」




彼はかすれ声で、カクカクと不自然な動きを見せながら、俯いた。

冷気の中、白い息を吐き出す。


「思い出す?」

なんだったっけ、とラデクが思ったのも束の間。






「ビビ―――――ああなんで、すぐ思い出せなかったのか」






絶望したように俯き、彼は顔を両手で覆った。

まさに悲壮そのものの態度に、ラデクは戸惑う。どうやらあの少女のことを言っているようだが、


「どうした。そんな大変なことなのか」

近くにいた護衛の男が、同じく戸惑った様子で彼に声をかけた。



「たいへん!?」



彼は声を上ずらせかけ、すぐさま自重。

「ええ…まあ…少なくとも誰も予想しなかっただろう状況ですね…!」


「その様子だと、思い出したんだな?」

ラデクの問いに、大人しい馬の手綱を握り締めながら、男は観念した態度で告げる。






「あの小さな女の子はビアンカ・モイオーリ」


彼は口元だけで笑った。




「見覚えがあるはずです、よく組合の会合に出席していますよ―――――シューヤ商団の代表として」






「はははは」


護衛の男が、笑い声を上げる。冗談と思ったのだろう。

まさかあんな小さな少女が、と言いたげだ。


能天気な彼を恨めしげに見遣り、男は言葉を続ける。




「お忘れでしょうが、シューヤ商団の幹部は皆、魔人です。名高き、ヴィスリアの魔人たち」




護衛の男は、ぴたりと笑いを止めた。

魔人であるならば、見た目通りの年齢とは限らない。


ではあの八本腕の男のみならず、他の全員が魔人ということだろうか?


ヴィスリアの魔人たちのことならば、噂だけなら誰だって耳にしたことがある。

だが、噂でだけだ。実際に目にした者は、ほとんどいない。


ただ、男は垣間見たことがあるのだろう。それこそ、忙しいラデクに変わって、組合の会合に出たことがあるはずだ。


「その皆が、彼女のことをビビ様と呼んで敬っています。そんな彼女を」

護衛の男とラデクが揃って、黒衣の男を見遣る。





「呼び捨てにできる方、その上」

空飛ぶ絨毯を見遣り、彼は続けた。


「魔女に縁故がある方、となると」



近くにいた者は揃って、同じ人物を連想したに違いない。









―――――オズヴァルト・ゼルキアン。


先日、天人への位階を上った男。彼と女帝のかかわりは、周知の事実だ。









ではあの絨毯は、女帝が貸し出したものということだろうか?


ただ、魔族に憑依され、おかしくなったと噂の男が天人となったのだ、各国が戦々恐々としていた。




果たして、天人となったのは、魔族なのか?


はたまた正気に戻ったオズヴァルト・ゼルキアンなのか?




とうとうその、話題の中心人物が、答えを提供するために、極寒の地から姿を現したらしい。

(話題の中心人物だから、なんとなく懐かしい心地がしてたのか…なんにしたって、オレたちはいち早く噂の真相を知ったのかもしれない)


同時に、景色の流れる速度が速まった。


とたん、増した冷気に。





これこそゼルキアンの証だな、とラデクは盛大にくしゃみをした。










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