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原初の魔女と雇われ閣下  作者: 野中
第3章
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幕2 ドルーア商団


その身にまとっているマントの漆黒が、目の底にしみるほど鮮やかだ。


つまり、安物ではない、上等の品物である。

手袋をはめた手を白馬へ伸ばせば、人間のように拗ねた態度でそっぽを向こうとした。


直後、近くにある魔物の死体に驚いたように、慌てて男に寄り添う。



男の顔面が無防備に、馬のたてがみに埋まった。



男はちょっと戸惑った雰囲気だ。

だが止まっていた手はすぐ、なだめるように馬の首筋を撫で始めた。


魔物の死体を視界に入れたくないのか、男を盾のようにしている馬の目が真紅と気づいた行商人が、これまた珍しい馬だと目を凝らすなり。




「や、どうも、こんにちは! 大変だったね!!」




満面の笑みを浮かべた少年が、行商人の前に回り込んだ。

赤茶の髪に、こげ茶の瞳。なんら警戒する余地もない、細身の少年。まだ十代半ばだろう。


しかしまずその勢いに呑まれ、

「これ、ドルーア商団の荷馬車でしょ」


荷馬車の側面に刻んである商団のシンボル、盾の印章を示すことで、首根っこを掴まれた心地になった。

はじめてふっとまともに少年に意識を向ける。


「勇敢な商団が壊滅したとなったら大変だ。ぼくのご主人さまがいてよかったね」



ご主人さま、という言葉で少年は胸を張った。



負けん気が強そうなところを除けば、舞台に立てばさぞかし映えそうな容姿の少年だが―――――、

(そもそもなぜ、こんな場所にいる?)


このような子供が一人で歩くのにふさわしい場所ではない。


ざっと見たところ、こぎれいな恰好をしている。何日もさ迷い歩いた雰囲気ではない。

行商人の視界の端で、護衛の代表者がジェスチャーで空を示した。


見上げれば、絨毯が浮かんだままだ。

視線を戻せば、そこから飛び降りた、と言いたげな手の動きを見せる。


ふと気づけば、魔物を始末した男の近くに、二人の人影が見えた。

まだ小さな少女と―――――、行商人は眉をひそめる。



「…魔人?」




筋骨隆々とした、腕が八本ある男が、おどおどと身を小さくして、男の足元に跪いた。

その目は魔物の死体を恐れている。

彼らが男の元へたどり着くなり、空に浮いていた絨毯もすぅっと彼等の元へ降りてきた。




八本腕の男と対照的に、小さな少女は落ち着き払っていた。彼女が、魔女だろうか。


馬を撫でる黒衣の男に跪き、少女は両手を彼に差し出す。

その手に、男は剣を預けた。とたん。



それは小さな短剣に変わる。




(…魔剣だと)




その光景に眉をひそめるなり、




「ぼくたちは通りすがっただけだから、もう行くよ」




一方的に声をかけてきた少年は、話の切り上げ方も一方的だった。

じゃあね、と素っ気なく踵を返そうとしたところを、



「待ってくれ」



慌てて引き留める。






「助けられて礼もなしとは、ドルーア商団の名折れだ。オレはラデク。ラデク・ドルーア。恩人に、せめて直接礼を伝えたいのだが」






その上で謝礼金を出し、あわよくば帝国の首都までの護衛を依頼したい。


ちらと護衛の代表を横目にすれば、伝わったか、彼は大きく頷いた。

魔物が退治されたことで、このあたりの勢力図が塗り替わるのは間違いない。



それが安全を呼ぶかと言えば真逆の結果となり、一帯の魔物や魔獣は覇権争いに忙しくなるだろう。


騒動に巻き込まれないためにも、彼等は早急にこの場を去る必要があった。



「へえ」

少年はまじまじとラデクを見上げる。

「あなたがドルーア商団の頭か」


「…先ほどから黙って聞いていれば」

ラデクの片腕ともみなされている男が、けが人を確認していた作業を放り出して、近づいてくる。


「お前が前にしているのは商団主だ」

少年の傍若無人ぶりを見兼ねたのだろう。

確かに彼の態度は、スラム街のチンピラのようでもあるが、ラデクの方は特に気にしていない。


もっと強烈な相手に商談したことは何度だってある。

ただ、この場で少年に注意をするのは、逆にラデクが舐められないようにとの配慮だと理解してもいる。

今は他の目もあるからだ。



「せめて最低限の礼儀を払え」



彼に一通り言わせた後で、ラデクは首を横に振った。

「いい」

なんにしたって、この少年が言う『ご主人さま』が商隊を救ってくれたのは事実だ。


利かん気が強そうな少年は、怒り出すどころか、意外にもふっと表情を改めた。




「いえ、失礼いたしました」




姿勢を正し、丁重に頭を下げる。


「ご無礼、お許しください、商団主殿」

ラデクは意外な心地で少年を見下ろした。そのようにすれば、良家のお坊ちゃんに見えたからだ。



一体、何者か。



ちらと仲間と目を見かわし、ラデクは少年に目を戻した。

「こちらこそ失礼をした。改めてお願いだ。君の主人に話をさせてくれないだろうか」


「申し訳ございませんが」

少し身を引き気味に、顔を上げた少年は目を上げる。



「…お話があるというなら、ぼくから伝えさせて頂きます。なんにせよ、我々は先を急ぐ身ですので」



「そう言わず…いや、分かった。では簡潔に」


あまり食い下がればこのまま逃げられそうな気配を感じ、ラデクは手短に提案。





「君たちの行き先はどこかな? もしアルドラ帝国の首都なら、これも何かの縁だ。同道を願い出たい。もちろん、十分な礼はする」





意味は伝わっただろう。


真面目に聞いていた少年は、直後に深くため息をついた。



―――――ああ聞いちゃった。そんな態度だ。



おそらく、彼はラデクたちと対話する気はなかったのだ。

何か聞けば、主人に伝えねばならない。それが嫌だったに違いない。


少年の望みは、一刻も早くこの場を離れることだったろう。




だが、…推測に過ぎないが、彼の主は違う。




「…わかりました。伝えてきます。少々お待ち下さい」

見るからに不満を呑み込む態度で、それでも少年は丁寧に対応し、踵を返した。



「ラデクさま」



いくらか平静を取り戻した商隊の中から、先ほどの男が生真面目そうな渋面で近づいてくる。

「できれば早急に場を離れたほうが良いかと思いますが…」


「文句は言うなよ」

ラデクは苦笑。


「彼と一緒に進むことができれば、安全は比較的高くなる。なに、妙なことを企んでいるようなら、もっと馴れ馴れしく対応してくるさ」


確かに魔人らしき男を連れているのは気になる、魔人は魔族の眷属だ。

が、この近辺に魔族がいるという話は聞かない。


なにより、彼等は魔女が使用する絨毯に乗っていた。



魔族と魔女は良好な関係とはとてもではないが言えない。



あの黒衣の男が魔族だろか。




思ったものの、魔族であるならば魔物に襲われている者を高笑いで見物こそすれ、助けたりは、絶対しない。




男の正体は知れないが、少なくともこの場に魔族はいないだろう。

「彼等に、腹に一物あるとは思っていませんよ」


男もラデクと同じ気持ちだったか、渋面のまま首を横に振る。

「話が肯定的な方向に進んでくれたなら、助かると私も思います」


「悲観的になるなよ」

逆側から護衛の代表が顔を出し、からりと笑った。

「ここで見捨てるくらいなら、最初から助けたりしないさ」



「まあ…そうですが」



気楽でいいですね、と言いたげに男は白馬に寄り添われ―――――いや今はなぜかぐいぐい身を寄せられている黒衣の男を見遣る。

怯えているようだった白馬は、寄りかかってもびくともしない男が面白くなったか、積極的にくっついているようだ。


泣きそうだった真紅の瞳が、今や子供のようにキラキラしていた。


特に男は面倒そうでもなく、相手をしてやりながら首筋を撫でている。







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