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原初の魔女と雇われ閣下  作者: 野中
第3章
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幕1 対魔物


× × ×







魔物と魔獣の区別は簡単だ。


魔術を使えるか、使えないか。

つまり、一定水準の知能を持っているかいないかである。


どちらも危険には違いない。が、当然、魔術を駆使できる魔物の方が厄介だ。

しかも人間が捕食対象で、血を好む性質から、遭遇すれば当然、死闘になる。




災厄が現れて後の数年は、それらの力が格段に強まり、被害は増す傾向にあった。

今回も例に違わず、あと数年はこの状態が続く見通しだ。




村や町、都市などは領主が守りを固めているが、その間の道までは手が回らず、ろくに整備もされていない。

貴族たちが使用する転移門はおろか、簡易の転移陣も使用できない者たちは、当然のことながら危険を承知で、その危険な悪路を通るしか方法はなかった。


―――――よって、こんな危険は常の事。


アルドラ王国の首都へ入るまで、あと三日の距離に至っていたその商隊は、信頼する護衛たちに殿を任せ、今、必死で森の中を駆けていた。




隊の主人は、大陸でも名の知れた行商人。

彼が運ぶ荷を待っている者は大勢いる。




それを追う、大きな影が一つ。


蝙蝠に似た羽をもつ、一見鳥に似た生き物だ。




ただしその逞しい手足は猿に似ている。


頭部と思しきものの前方には複数の目が埋まり、後頭部には中にぞろりと牙が生えそろった巨大な口が開いていた。




見た目から邪悪そのもの―――――これが、魔物だ。

性質は見た目以上の悪。

捕まれば、簡単に死を迎えられるとは思わないことだ。


行商を初めてもう二十年の経験を持つその男は、今日こそ命日かもしれない、そんな危機感を身近に感じながらも、太く声を張った。



「諦めんな、進め! オレたちは逃げ足だけは一流だろうが!!」



前向きだか後ろ向きだかわからないことを口にしつつ、隊の状況を、他の誰よりも彼はよく知っていた。


荷馬車を引くのは、もう限界だ。

何よりも、馬がそれを訴えている。


繊細な彼らは、魔物が放つ瘴気に怯え、狂乱する一歩手前だった。


護衛たちも、弱いわけではない。

だがかろうじで、攻撃をしのいでいると言った程度だ。

少しでも気を抜けば、彼等の守りの壁は粉みじんになるだろう。




魔物が、強いのだ。





不幸中の幸いは、魔物は縄張り意識が強いため、強靭な一体がそこにいれば、他の脅威はないということだが、この場合には何の慰めにもならない。


少なくとも人間の命を助けるために、荷馬車を見捨てる頃合いか―――――ちらとそんな考えが脳裏をかすめた刹那。





―――――カチカチカチカチ。





硬い歯を激しく噛み合わせるような音がしたと思うなり、


「な…っ」

ぼこり。


行商人の目の前の地面が隆起した。

魔術。

視界の端で魔物が嗤った。




散々攻撃を防いできたのだろう、護衛の魔術師は、脳へどれほど負担がかかったか、鼻血を出してへたり込んでいる。

これ以上対抗すれば、彼は死ぬ。


皆のために死ねと言えるほど冷血には、誰もなれなかった。


「チクショウが!!」

馬の嘶き。仰け反り返る。


「うおっ」


竿立ちになった馬に乗っていた行商人は、慌ててバランスをとった。

だが、地面が動いている状態で、うまくいくわけがない。




斜めになった視界の中、荷馬車も傾き―――――。




後続の人や馬、荷馬車が衝突し、団子状態で潰れる最悪の事態を彼が想像した瞬間。


―――――そのまま波のように暴れだすと見えた地面が、突如平らになった。

まるで、波立つ地面を、真上から巨人の手で押さえたかのように。



「…はっ?」



行商人は思わず呆気に取られた声を上げる。


逆に商隊はそれぞれに急停止。

たたらを踏むような格好で、わずかに前方へ進んだ時。




誰もが真っ先に、魔物を振り返った。




追い付かれては元も子もない。だが。








魔物は、一本の大木に捕まり、その場で硬直していた。顔が向いているのは、行商人たちの方ではない。



「…空…?」

全員が一斉に、晴れ渡った空を見上げると同時に。





「…あれは…魔女…っ?」








―――――空飛ぶ絨毯が見えた。

真上にいるわけではないから、幾人かが乗っているのが分かる。

そしてその隣に、一頭のうつくしい白馬。羽はないが、空を飛んでいる。


空飛ぶ絨毯は精霊を使役する魔女がよく使うものだ。

晴れた日には、たまに鮮やかな極彩色が空を舞っているものだが―――――では白馬は使い魔だろうか。



誰かがそれにまたがっている、ようだが。



いずれにせよ、魔女が、何の見返りもなく人間を助けるわけがない。

彼女たちは人間の生活に寄り添う立場を取るが、完全な味方にはなり得なかった。


魔女に支払える対価が、果たして荷の中にあっただろうか。行商人が冷静に頭の中でそろばんを弾いた時。





――――――キエエエエエェェェェェェッッ!!!





魔物の叫びが、鼓膜をつんざく。

皆が同時に耳をおさえたが、揃って虚を突かれた顔になった。理解したからだ。

その声には。


(まさか…怯えている?)



本能からくる怯えが潜んでいた。ゆえに、商人たちは恐怖を感じなかった。



魔物の叫びは威嚇だ―――――無駄と悟りながらも、最後の抵抗として放った声。

しかし―――――あるのだろうか。


人間の捕食者であるはずの魔物が、怯えるなど。



いやそもそも――――いったい何に怯えている?



疑問に思う間もあったかどうか。


―――――ドンッ!!


腹の底まで響く猛烈な音と共に、魔物がつかまっていた大木、その幹に、矢が突き立つ。





たかが一本の矢。





にもかかわらず、この弓勢。

巻き起こした疾風は周囲を切り裂くような強さで、矢が突き立つ勢いは、歴戦の戦士がハンマーで殴りつけたような衝撃があった。


衝撃に、がさり、大きく木が揺れ、枝葉が騒がしく動く。



「魔術付与…!」



どうやら矢に、魔術が付与されていたらしい。

傷だらけの護衛が、呆気に取られたようにそれを見上げる。


しかし、当たらなければ意味がなかった。



視線の先で、耳障りな声を放ちながら、魔物が矢から飛び離れる。来た道を戻る軌道で方向転換。逃亡体勢だ。



商人たちは安堵とも落胆ともつかない気持ちで、肩を落とした。


が、護衛たちの顔に浮かんだのは疑念。



「…外した?」




まるで、外す方が不可能だとでも言いたげな台詞の意味を悟ったのは、すぐだ。




―――――頬に、ささやかな風の動きを感じた、刹那。


地上の人間たちは皆、声を揃えた。






「え?」






逃亡のためか、場から離れるために思い切り跳躍しようと身を撓めた魔物―――――その眼前。



白馬が、回り込んでいた。



その背には、一人の男。

認識できたのは、黒衣というところだけ。


中折れ帽をかぶっているため、顔もわからない。


その手には。




長剣が握られていた。




こと、ここに至って、幾人かが悟る。

「あ、まさか、わざと」


矢は、わざと外された。

その上で、魔物はその軌道を誘導されたのだ。




彼は端から、仕留めるなら矢ではなく剣と決めていた。




白馬が一気に加速。

それは、魔物が逃亡のために跳躍したタイミングと同時。



どちらも、避けられない。



ぶつかり合う直前、皮一枚分の距離を残し、すれ違う―――――刹那。


空中で真横に寝かされた剣が、真正面から魔物の鼻先に叩き込まれた。





それは、硬さで定評のある魔物の体表を紙のようにすうっと突き破る。


と見る間に、真一文字に魔物の肉体を二分にしてしまった。





残された魔物の身体が、切り口から瞬く間にめきめきと凍り付いていく光景に、夢でも見ているのかと全員が我が目を疑った。


魔物を一刀両断とは―――――高名な騎士なら或いは、と言ったところだ。

が、そういった人物は権力者に召し抱えられ、このような場所にいるとは到底考えられない上、いたら噂になっているだろう。


そんな情報は、まったく入っていない。

しかも空飛ぶ白馬に乗っているなど。


芯まで凍り付いた魔物の死体が、大地に大きな音を立てて落ちる。

それを背景に、商隊から離れた所へ白馬が静かに着地。


すぐさま、馬から降りた男が剣に血ぶりをくれ、鞘へ納める。

対象を凍り付かせたとはいえ、やはり、血はついたのだろう。







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