幕29 華やかな残酷
戸惑いながら、改めて、レイラは室内を見渡し、再度考えを変える。
(いや、変わってないか)
室内は、いったい、何がいたものか。
肉食獣が獲物を食い散らかしたような有様になっている。
むやみやたらと残酷なこの光景を描き出したのは、目の前の女だ。
昔から、ある意味潔いほどに、敵には冷酷を見せつける。
鼻先に漂ってきた生臭さに顔をしかめ、
「ちょいと」
眼鏡に室内の冷たい光を反射させながら、
「いつものことだけど、もうすこしきれいに片付けられないのかい?」
「どうせ、焼き払いますから」
身もふたもないことを女帝が告げると同時に、
「…いた」
無気力な、しかし可愛らしい声とともに、見た目十代半ばの少女が出入り口から顔を出した。
赤金の髪に、ルビーのようにきらめく瞳。
「お疲れ、アイシャ。上は片付いたかい?」
気を取り直したレイラが手をひらりと振る。
最初に、侵入者と言われたのが、この少女だ。
「うん。人造人間ばかりだった」
彼女はこともなげに応じる。
「ここにいるメイドも侍従も皆そうだよ。創造主は人間だ、口封じは簡単だからね」
レイラは顔をしかめた。それでも命は命、と言いたげだ。
アイシャと呼ばれた少女は、ぽつり、付け加える。
「一人逃げてった下男だけ、人間」
「夜天」
クロエがしずかに呼べば、少女はどこか暗い瞳を彼女に向けた。
「ちゃんと、見逃しましたか?」
だが、おそらくそれは慈悲ではないだろう。視線を向けた女帝の瞳は、そう確信させた。
「うん。使い魔、つけた」
割り切った態度で少女アイシャが応じる。
夜天の異名を持つ、彼女は魔族だ。魔王の子の一人。
しかし、いつしか魔女の能力を有し、同時に魔力を失った。
魔族の中では、微妙な立ち位置にある。
女帝は冷静に頷いた。
「それは上々」
「…うまく潜り込めたらいいね」
室内の惨状に顔をしかめたレイラの手の内に、短い杖が握られた。
「メリッサとの追いかけっこにもいい加減ウンザリだよ」
言いながら、地下を後にする女帝に続き、彼女に冗談半分声をかける。
「だからさ、災厄を一部とはいえ消滅させた天人サマを研究したいんだけど」
「あの方に傷をつけるのは、許しません」
階段を登りながら応じる女帝はにべもない。
その肩に乗る黒猫を見遣れば、ティモはレイラを一瞥し、首を横に振った。
何を言いたいかよくわからないが、処置無し、という態度に見える。
そう言えば、もう一匹は、今日は留守番だろうか。
なんにしたって、こうなると、何が何でも、会ってみたいものだ。
オズヴァルト・ゼルキアン。
興味は膨らむばかり。
そんなレイラの背を押すように、女帝が冷淡な声で付け加えた。
「あの方に傷をつけていいのは、わたしだけです」
(…ん?)
屋敷内の通路に立ち、そこから広い地下へ杖の先を向けたレイラは、わずかに首を傾げる。
(今なんて言った?)
「女帝はオズヴァルト・ゼルキアンを」
屋敷の通路からはただの闇にしか見えない地下から視線をそらさず、レイラは尋ねた。
「傷つけたいわけ?」
尋ねた自身の言葉に、レイラは面食らう。
出会ってからこれまで、女帝が自ら『何かをしたい』と望んだことがあっただろうか?
彼女が動く理由は、役目。
役割。
義務。…それだけだ。
何かをしたいと思うモノが現れたなら、応援したいくらいだが。これは。
「…正確には」
誤魔化すかと思ったが、女帝は、いつもの冷淡な声で答えた。
「あの人に、他がつけた以上の傷をつけたいんです」
それ以外の方法を知らないから。
しかし、その顔に浮かんだ表情は。
まるで、恋心を告げる乙女のような、愛らしいもので。
―――――どういう感情?
思ったが、そこまでは踏み込めず、レイラは魔女封じの解けた屋敷で、精霊たちを呼ぶ。
彼女の意識に応じて集まってきたのは、火の精霊たち。
「…ふうん。ま、ほどほどにね?」
女帝。
闇の中でもきらめくようなこの存在は、意思一つで天変地異も起こせる。
彼女の望みに逆らう精霊はいないだろう。
そんな存在が、もし。
(何かに心奪われたとしたら)
いいや、その心配はない。
その危険がないように、彼女はかつて自ら、感情を捨てた。
捨てた感情をもとに、創られたものが、―――――使い魔のティムとティモだ。
それでも感じた、ほんのわずかな危機感に、レイラは女帝の自制を促した。
その声を最後に。
屋敷の地下で、炎が膨れ上がった。




