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原初の魔女と雇われ閣下  作者: 野中
第2章
38/59

幕27 恐怖が、戦いの原動力


× × ×






「侵入者だと?」


白衣を着た厳つい壮年の男は、床に這いつくばった下男に、厳しい目を向けた。




ここは、西の大国。


その辺境。


片田舎の片隅にある、目立たない屋敷。




そこには、年老いた貴族の夫婦が穏やかに余生を過ごしている―――――毎年、季節ごとにとりどりの花を咲かせる広い庭を覗き込んでいた周辺の住民は、皆その話を信じて疑わなかった。




そう、誰もその老夫婦を一度たりとも見たことがなかったとしても。


なにせ、働く者たちはいる。

屋敷内には細やかに立ち動くメイドたち、侍従たちの影があった。

出入りする業者たち、やり取りされる食材や日用品。


確かな生活の気配がある。



ゆえに、気づかなかった。

時折、夜中、まとめて運び出される黒い袋の中に、何が押し込められているのか。


そこから滴った液体が、一帯の雑草を溶かしたこと。


放置されているそれに群がった野犬たちが、突如街中で泡を吹いて死んだこと。


結果は、住民たちも目にしたが。



何かの異変を感じた者はいたが、そう頻繁に起こることでない以上、一時の偶然に過ぎない、と日々の生活の中、そんな出来事は埋もれて消えた。



穏やかで優しい風景が広がる屋敷の地下で、おぞましい実験が行われているなど、きっと住民たちは想像すらしたことがないだろう。


だが現実は、屋敷の主人たる老夫婦など存在しない。

メイドも侍従も地下の仕事の従事者であり、彼等の本来の主人は他に存在した。


ゆえに、この屋敷への訪問者は今まで一人もいない。



時に扉を叩く者はいたが、それは彼らの仲間である。必要以上の不審を周囲に抱かせないための、偽装工作の一環だ。



下男を見下ろし、厳つい白衣の男は舌打ちした。同時に、天井に振動が走る。ぱらぱらと漆喰の欠片が降った。

同じ場にいたメイドや侍従たちが、驚いたように天井を見上げる。


「…この屋敷には精霊対策がなされている。魔女は力を振るえない」


男は独り言ち、眉を跳ね上げ、天井を見上げる。

「では、魔術師か?」


地下の天井が震えるほど強力な力をふるう相手となれば、魔女でなければ魔術師としか考えられなかった。



いずにせよ、魔女でないなら、力が強いと言えど、大した脅威ではない。



男は逆に安心し、吐き捨てた。

「震えている暇があったら、侵入者を始末しろ」

その一言で、話を打ち切ろうとした、そのとき。


地下室の中央。






―――――コツリ。


硬質な音を立て、突如現れた姿がある。



女だ。






薄暗い地下でも輝く金髪を認め、圧倒的な華ある美貌に場の全員が一瞬呆気に取られると同時に。


「こんにちは」


感情の一切ない、乾いた声が、女の小さな唇から放たれた。


若い。

二十代半ばだろうか。


変わった格好をしている。


もしここにオズヴァルトがいたなら、リクルートスーツだと言っただろう。その衣服を彼らが認めたのは、一瞬。


そこに、微かな冬の気配を感じると同時に。

彼女のまとう衣装が、刹那に形を変えた。





―――――随分と薄着で、身体のラインがくっきりと出ている煽情的な衣装―――――しかしそれを認めるなり。





「殺せ!!」

蒼白になり、目を剥いた男が、血相を変えて叫んだ。







「女帝だ!!!!」







全員が息を呑み、考えるより先に動いた。


彼らは、ただのメイドや侍従ではない。戦闘員だ。

しかも、同じ組織に属し、目的を同じにするもの。

ただし―――――人間ではない。



殺意が、武器が、女帝に降り注ぐ。同時に。






「それから、さようなら」






また、砂漠を思わせる声が、女帝の唇からこぼれた、と思うなり。


風船が割れるような音と共に、人体の頭部が微塵に弾けた。



「ばかな」



つい、うめき声が漏れる。

「この屋敷で、魔女が力を振るえるはずが、」


感情のない女帝の緑の目が己に向く寸前、駆け出した壮年の男は、






「これで終わりと思うな!」






壁に備え付けてあったレバーを、渾身の力を込めて、下へ引っ張った。刹那。

四方の壁に降りていた柵が、武骨な音を立てて上へ跳ねあがる。

同時に蛇が鱗をこするような音が、一斉にこの部屋目指して駆け上がってきた。


迫り来る気配に、男の顔に歪んだ笑みが浮かぶ。



「いかに女帝でも、これで無傷ではすまな、」


勝ち誇った台詞は、





「ねえ、君」





すぐ近く、背後から響いた、子供に言い聞かせるような、そのくせどこまでも人形じみた血の通わない女の声に、途中で凍り付いた。








「…やるつもりなら、やられる覚悟もしていますね?」








女帝の言葉に―――――いつか聞いた言葉を男は思い出す。


『女帝はすべてを無慈悲に蹂躙する女と言われるが、攻撃しなかった相手を殺したことはない』


そう呟いた男は、女帝の前で死んだふりをして生き延びたと聞いた。

…冗談としか思えない話だが。


なんにしたって、この恐怖を前に、武器を振り上げずにいられる人間はいないだろう。


いつだったか、誰かが言った。







恐怖が、戦いの原動力だと。







「あああああああぁぁあぁぁぁっ!」


壁を這うように移動した男は、すぐ近くに突き立った山賊刀を見つけ、掴む。直後。




その上半身を、地下から這い上がった巨大な何かがもぎ取っていった。












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