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原初の魔女と雇われ閣下  作者: 野中
第2章
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幕25 お祝い=猫



とたん、クロエは目を瞠る。

期せずして、同じような視線が他からもオズヴァルトに集中。

構わずオズヴァルトは続けた。…静かに。ただ。

「他の誰が何と言おうとも」


クロエの目をまっすぐ見返し、しっかりと心の奥底まで刺さるようにと祈りながら。


なにせ、クロエはおそらく、オズヴァルトが感じた限りでは、他者から信じられないことに慣れている。

彼女の心に届いたかは、外から見ただけではわからない。


人形のような無表情で、クロエはただオズヴァルトを見返していた。


諦めて視線を切り、オズヴァルトはクロエの向かいにあるソファの前に回り込むと、


「座りたまえ」

クロエに、低くソファへの着席を促す。

彼女は、なにやら所在なげにソファに腰かけた。淡々と呟く。


「わたしはオズヴァルトさまに憎まれていると思っていました」


「なぜ?」

「それは」


クロエはうつむきがちに、唇を尖らせた。


「『あの時』わたしが、無理やり行動したから、…あなたはここに」


なるほど、クロエが言っているのは、ヴィスリアの元で、オズヴァルトの肉体に『冬見一平』の魂を送ったことだ。

「ああ」



そういえばそれが始まりだった、と懐かしい気分でオズヴァルトは思い出す。



ここのところ、目の前のことをこなすのに精いっぱいだったから、もう一年以上前のことを思い出すような心地だ。

確かに、あの時のことを思い出せば、オズヴァルトの肉体に『冬見一平』の魂を送り、本来のオズヴァルトの魂の消滅を促したのは女帝ということになる。

ただ、始まりを考えれば。


良かれと思うまま考えなしに行動し、オズヴァルトの肉体と『冬見一平』の魂の状態で、天人の資格を得たことに問題がある。


オズヴァルトは考え考え、口を開いた。


「気にしていないとは言えない。恨んでいないとも言えない。だが」


クロエは、唇を真一文字に引き結んだ。覚悟は決めていた、と言った態度。そこへ、オズヴァルトは一言。



「そこは、現状の始まりではない。…そうだろう?」



言いたいところが伝わったか、クロエは目を瞠った。

この場で、事情を正しく知っているのはクロエだけだ。


ビアンカも、察してはいるだろうが、推測の域を出ないだろう。


真剣な顔をしている彼女ら二人以外が、なにがあったのか、という表情ながら、神妙な顔をして控えているのは、オズヴァルトの言葉が彼等にとって絶対だからだ。

使い魔の猫二匹は我関せずといった態度で眠そうにくつろいでいる。


それを横目に、オズヴァルトは静かに続けた。



「こうなった以上、今の状態は必然なのだろう」



むしろ、オズヴァルトの肉体に、本来の魂が戻れば何が起こったか。

それは誰にも予測できない。


穏やかにオズヴァルトがクロエを見遣れば、彼女は静かな顔で座っていた。


―――――これでようやく、話を進められそうだ。




「それで、今日は」




テーブルの上に、何もないな、と視線を落とすと同時に、タイミングを見計らったかのように茶器を乗せたカートを押した侍女たちが三人、室内へ入ってきた。

「私の状態を確認しに来たのかね」


整然と、速やかに、豪奢で繊細な細工のテーブルの上に、美しい茶器が並べられていく。


これは高価そうだなと頭の片隅で思いながら、オズヴァルトは向かいのクロエに目を向けた。

とたん、真っ先に心に去来するのは、―――――…感動だ。



うつくしい。



容姿はもちろんのこと、その生命力が内側から放つ輝きが尋常ではない。


ただ、室内や茶器から、控えた執事や侍女たちに至るまで、『冬見一平』の感覚では中世の色彩も濃厚なクラシカルな雰囲気というのに、ただ一人、クロエだけがスーツ姿というのが違和感甚だしい。

しかも彼女が一番、ここが異世界であるという感覚を強めてくる存在だというのに、慣れ親しんだ存在、とも思わせてくるのだ。


「もちろん、それもありますが」


仕事が良くできる女性、と言った態度で、クロエは物静かに敬語で言う。

侍女たちが刹那にぎょっとした反応を見せたが、さすがは玄人、あとは何の動揺も見せずに席のセッティングを完璧に終える。



「お祝いのために、お邪魔致しました」



「祝い、か」


オズヴァルトは内心面食らったが、…確かに。

彼は今、天人となった立場だ。歴史を紐解いても、数人しか存在しない、偉大なる者。


王や皇帝よりも尊重されるべき存在。


不意に、クロエは自信満々に微笑んだ。

「きっと、わたしが一番乗りでしょう?」


クロエは存在そのものが美の結晶のような女性だ。微笑むと、ひかりの花が開いたようで、眩いばかりだった。


内心、苦笑し、オズヴァルトは気のない声で応じる。




「祝いも何も、この世界において、オズヴァルト・ゼルキアンは―――――悪党だろう?」




控えていた魔人たちが身じろいだが、その程度はオズヴァルトだって察していた。

事実がどうあれ、オズヴァルトがその手で妻子を殺害したのは事実だ。

魔族に憑依された時点で、もう死んでいたとはいえ、目に見えた真実が他人の目にどう映ったか。


災厄の一部を滅し、天人となったとはいえ、人々はオズヴァルトを、諸手を挙げて迎えることなどないだろう。

人間の情として、肉親を手にかける存在は、受け入れがたいものだ。

手にかけられた側が、どんな人間だったかは問題にならない。


「悪党、と申しますか」


クロエの瞳から、ふっと一瞬輝きが消える。

考え込むような態度で、一拍黙り込んだ。たちまち、雰囲気が怜悧になる。

「まあ…歪んだ見方をする愚か者がおりますが、オズヴァルトさまが気に留める価値もございません」

女帝がこの調子なら、相当言われている気がした。


いったい、どこまでどのように噂されているものやら。



とはいえ、実際、そんなことを気にしても仕方がないし、逆にこれ以上悪くなることもないのだから、もう好きなように動けるという解放感もあった。



オズヴァルトは注がれた紅茶がいい匂いと湯気を上げるのに目を細め、それを女帝に勧めた。

「…まずは、どうぞ」


「ありがとうございます」

テーブルの上、上品な皿にきれいに並べられたとりどりのクッキーを一番に見遣ったクロエに、オズヴァルトは何とはなしに尋ねる。

「ところで、この世界で、リクルートスーツはそぐわないと思うが」



「そうですが、オズヴァルトさまは真面目で礼儀正しいのがお好きかと」



彼女の台詞に、改めてクロエを見遣るオズヴァルト。

なるほど、『冬見一平』の感覚に合わせたのか。クロエの表情は真剣だ。


確かに礼儀正しいのは好ましいが、TPOというものがある。


それにしたって、クロエの発言は、不思議とオズヴァルトに阿るようなものだ。

クロエがそうする理由は、オズヴァルトにはわからない。


なにか事情はあるようだが、彼女は話そうとしないのだ、今、これはスルーしておくのでいいだろう。

オズヴァルトはどうにか一言絞り出す。

「…そうかね」


「では、お祝いを」


気になっていたのか、真っ先にアーモンドが乗ったクッキーをつまみながら、クロエは彼女の右側にいた白猫の首根っこを掴んだ。





「お受け取り下さい」





―――――…?


幸か不幸か、オズヴァルトは表情の変化がほぼない。


だが、テーブル越し、鼻先に突き付けられた白猫は、素直にきょとんとした表情でオズヴァルトを見つめていた。


その丸く愛らしい紅の瞳と、目が合う。とたん、ぼんっと白猫の体毛が膨らんだ。

間違いない。オズヴァルトに怯えている。


小さくてかわいらしい生き物に怯えられるのはいささか傷つく。







「あ、ああああああ主さまぁ…っ?」










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