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原初の魔女と雇われ閣下  作者: 野中
第2章
32/59

幕21 女帝


× × ×







女帝。


千年を生きたいにしえの魔女。すべての魔女のまとめ役と目されている存在。

魔女とは、生まれつき精霊を使役できる者のことだ。

皆、女性―――――だがその理由は解明されていない。

その上、魔女の因子は遺伝しない。


中でも女帝は、天変地異を起こせるほどの力を保有している。


大陸の歴史を振り返れば、彼女が残したあまたの業績が綺羅星のごとく輝いていた。

それはもちろん、褒められたことばかりではない。


ちなみに表沙汰になっていないところで何をやらかしているのか、どの国の王も頭が上がらないと聞く。

踏み込んで言えば、あらゆる王室、皇室の秘密を熟知しており、そのために誰も手が出せないのだとか。

ゆえに、女帝はその力も知識も禁忌―――――つまり存在自体が災害級の女性。とはいえ。


これだけの力の持ち主である、どれだけ恐ろしくとも、お近づきになりたいと冒険を試みる者は多かった。


そんな彼女は、なぜか。



(オズヴァルト・ゼルキアンが誕生した時から、彼に興味を持っていた…)



オズヴァルト自身の記憶にも、そのように残っている。

だが、記憶の中の女帝の印象は、穏やかなものとは程遠かった。


期待に満ちた目を見たのは、最初に出会った一度きり。


あとの対応は、ごく淡々としたものだった。

関心を持っていたようだが、彼女がオズヴァルトに情があったとは、とてもではないが感じられない。



そんな彼女とは一度、生死の狭間で会ったことがある。



それも、一週間前の話だ。


―――――そんな彼女が、今、オズヴァルトを訪ねてきた。






雪深い門を開けるよう乞うて、正門から。…正門から。―――――…正門から。






「真正面から、お越しになったと?」


「はい」

「本当に、正面から、いらっしゃったのか?」



「間違いございません」



その点について、つい、何度か確認を取ってしまったのも無理はない。

傍若無人で傲慢な長寿の魔女は、今までオズヴァルトの都合などお構いなしに行動してきた。




勝手に空間転移で室内に入り。

言いたいことだけを言って。

やりたいことだけをやり―――――そして身勝手に帰っていく。


そういう、存在だったはずだ。




それが。

―――――正面からやってきて、扉を叩き、相手の都合を聞いて、おとなしく応接室で待っている、など。


どこからの営業だ…いや。


「…人違いではないのか?」

疑念を正直に口に出すオズヴァルト。


「魔族の変装では?」

慎重に口を挟むビアンカ。


「お二方のお気持ちはよくわかりますが」


ルキーノは困った顔で答えた。

こんな時でも彼が漂わせるのは底抜けにお人好しな雰囲気。


だが言うことは鋭い。



「簡単にあの方に化けられる存在が、この世に存在するでしょうか」



ないな。


オズヴァルトの記憶の中にあるのは、女帝の、燃え上がらんばかりの生命力。

ひどく淡々とした女帝の態度とは裏腹に、その印象は苛烈とさえ言えた。


「そうか」

静かに頷いたオズヴァルトは立ち上がる。



「若さま」

行くのか、と確認するビビアンに、



「ルキーノが判断したのだ、間違いはないだろう」


オズヴァルトは言って、扉へ向かった。

ルキーノとビアンカが、扉を開き、丁重に頭を下げる。


当然のようにその間を通り、オズヴァルトは廊下へ出た。貴賓のための応接室へ向かう。

ビアンカと共に、彼に続いたルキーノは、感慨深いような表情を主人の背に向ける。瞳に浮かぶのは、隠しきれない誇らしさ。


「女帝が私に会いに来たとして、要件は何か言っていたか」


ゆったり進むオズヴァルトの歩調に、ルキーノはちらとビアンカを見遣った。

ふわふわ揺れる白金の髪を見下ろし、納得した態度で頷いたルキーノも歩調を合わせる。


「はい。ただ、おかしなことに、」

ルキーノはわずかに言い淀んだ。すぐ思い切った態度で言葉を続ける。



「忙しいようなら、出直す、と」



「…おかしいな」

本人ばかりか、周囲の体温まで低くしそうな声で、億劫そうにオズヴァルト。


「おかしいですね」

ビアンカの声も、心なしか渋い。期せずして全員の心が完全に一致した。


彼女は決して、相手の都合に合わせるような殊勝な人物ではない。




―――――何を企んでいるのだろう。




女帝は自身が法律という存在だ。

傲慢というより、マイペースというべきだろうが。


「女帝が他人の都合を気にするなど、明日は雹が千の矢となって天から降るかもしれませんね」

言ったビアンカは本気だ。困惑に眉根を寄せるルキーノ。

「早急に対策を取りますか」

具体策を取らなければ城が壊れるかもしれない、と心配を口調ににじませる。


「平気よ。ゼルキアン城はそう簡単に破壊されない…いえ、壊せないから」

確かに、霊獣ヴィスリア謹製である。滅多なことでは陥落しないだろう。


一見、本気の態度だが、冗談に決まっている。


二人の会話に、オズヴァルトは口を挟んだ。

「本当に女帝かね? 他に違和感は」


「…その、格好が」

ルキーノが珍しく言い淀んだ。

「どうした」

オズヴァルトが促せば、思い切ったように、


「格好が変わっています」

「格好?」

ビアンカが首を傾げる。


「それは、服のこと?」


ルキーノは一瞬、弱った表情になった。

彼女の言葉に、オズヴァルトの前で、女帝が常にどんな衣服を身に着けていたか、すぐ脳裏に蘇る。


(千夜一夜物語にでも出て来そうな、エキゾチックな恰好だったな)



よく似合うのだが、挑発的なほど露出が高い。

ただ、それによって感じるのは性的な誘惑というより、芸術品に感動するのに似た心地の方が強かった。



今回はそんな姿ではない、ということだろうか。

ルキーノが、考え考え口を開く。


「いつも通りではないと同時に…地味と言いますか」


説明に苦慮している様子に、

「構わない」

オズヴァルトは口を挟んだ。

「会えばわかる」


「はい」

ビアンカがすぐ口を閉ざした。ルキーノもわずかに頭を下げて沈黙。

オズヴァルトは黙々と進みながら戸惑った。



二人はなぜ、ついてくるのか。



城内で危険があるわけでもなし。

だが、オズの記憶の中に、答えはあった。


(大体、いつも誰かが側についているようだな…)


以前、ちょくちょく来ていた時もそうだったが、理由は見張りも兼ねてのことだと思っていた。

ところが、今、オズヴァルトを見張る理由はあるまい。


ということは、オズヴァルトに誰かがついているのは、常態ということだ。



…要するに、慣れる他ない。



応接室にたどり着いたのは、すぐだ。

扉近くで客人のためにか控えていた侍従が、オズヴァルトの姿に姿勢を正す。

「我が君」

お手本のように、丁寧に頭を下げてくるのに、


「ご苦労」

頷けば、輝かせた顔を上げた彼が、意気揚々と応接室の扉に向き直った。

ノックをし、絶妙な間をおいて、扉を開ける。

中へ入り、オズヴァルトのために道を開けながら、中にいる客人へ告げた。


「主が参りました、お客人」

重い気分を隠し、無言でゆったりと室内へ踏み入ったオズヴァルトは。






(…は?)






驚愕のあまり、一度足を止めた。









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