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原初の魔女と雇われ閣下  作者: 野中
第2章
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幕20 吹雪の中の客

その栄えある五人に、いったい誰が選ばれたのか―――――オズヴァルトは彼らの悲鳴を聞いた気がした。


…なるほど、時間はあまりない。




「衣装が出来上がるのを待っている場合ではないな」


そもそも、帝国で参席予定の宴は、一週間後だ。




もう移動を始めてもいい頃合いだろう。


一瞬である場所から場所へ移動できる転移門については、城内のものはすべて破壊されている。

オズヴァルトに憑依していた魔族に、外に出ていかれてはだめだったという理由もあるが。


災厄の封印のためだろう、それらを事前に破壊していたのは、オズである。


以後誰も設置しようとしなかったため、現状、オズヴァルトがどこかへ行こうとすれば、ひとまず移動時間は必要となる。





「ご安心ください、若さま」

ビアンカは、先ほどと同じ台詞を繰り返した。だが微妙にニュアンスが違う。


どうしてだろう、まったく安心できない。





オズヴァルトが気にしているところをようやく察した様子で、確信をもって頷いた。


「ヴィスリアの魔人たちは、危機に強いのです」


危機…つまりビアンカの不在は、そういうことか。

確かに、ヴィスリアの魔人たちは危機に強い。

そしてそうなった責任は。


室内に置いてあったいくつかの椅子のうち、もっとも近くにあった椅子の前にたどり着いたオズヴァルトは、深々とそこに腰かけた。

気分的には沈み込んだ。



(責任は、私にある)



もっと正確に言えば、もともとのオズに責任があるわけだが、…責めることもできない。


ずっと肉袋を受け止めてきたとは思えないほど座り心地がいい椅子の上、オズヴァルトは整頓された床を眺めやった。




―――――きれいだ。ちりひとつ落ちていない。自室の執務机もだ。


そこには、書類一枚ない。




…つまり。


ヴィスリアの魔人たちから主人扱いを受けながら、オズヴァルトには何もすることがなかった。

仕事がない。落ち着かない。


いや、それで回るようにしたのはオズヴァルト側であるのだが、あまりに情けない気分になる。


なんにしたって、一週間も経ったのだ、いくら気持ちが重くとも、方針を定め、動く時期は来ている。

オズヴァルトは目を上げた。

きっぱり、一言告げる。




「動くなら、早く動くべきだ」




オズヴァルトの妙なる青紫の瞳は、強さが宿れば、底抜けに冷ややかに映った。

ビアンカが動きを止める。

姿勢を正し、オズヴァルトを見遣った。


「では?」


改まった様子で畏まるのに、オズヴァルトは淡々と言葉を紡ぐ。




「この数日内には、アルドラ帝国へ入る。先触れなどいらんだろう。私は滅びた国の公爵、身分などあってなきがごとしだ」




「そうでもございません」


ビアンカが口を挟むのに、首を傾げれば、






「今や若さまは、世界に支店を持つシューヤ商団の商団主です」


彼女の言葉に、オズヴァルトは口を引き結んだ。


そのことをすっかり忘れていた。

さっきまでそれについて考えていたのに、どうも『他人事』感覚が抜けない。






ビアンカがすらすら言葉を続ける。


「それぞれの場所で商人ギルドや国へ、多額の税金も納めております。シューヤに務める者で、商人ギルドでそれなりの役職についている者も大勢おりますし、若さまの行き来を阻む国家はシューヤ商団の報復を覚悟せねばなりません」

「…余計な揉め事は本意ではない」


そこまで言って、緩く首を横に振った。

「シューヤをたった数年でここまで大きくしたのは、ビビたちの手腕あってのことだ。私が大きな顔をできることではない」


「何を仰いますやら」


ビアンカはなにやら誇らしげな顔で、ハッと鼻で笑う。

「商品開発もさることながら、儲けた分だけ、地域貢献として様々な発案をし、そこにお金を落とすようご指示されたのはどなたでしょう」


地元企業として各支店は各地域に貢献すべし、という方針をシューヤ商団に示したのは、確かにオズヴァルトだ。

しかしそれは『理想』であって、実際、行動するとなると難しい。

そもそも儲けがなければ還元などできない。

ただそれができれば、客層の豊かさにわずかでも貢献できることになる。

客が豊かになれば、商品を買ってもらえる。

お金は回すものなのだ。


行動に移したのはビアンカたちである。

そして地域貢献と言いつつ、真っ先にやったのが食堂周辺の整備であり、その尽力で町づくりが急速に進んだようだ。


あまり表情が動かない中にも、納得のいかない雰囲気を漂わせるオズヴァルトの前で、ビアンカは滔々と言葉を紡いだ。




「また、芸術なり学業なり、有望な若者を貢献するための奨学システム構築など、若さまはなさっております。実行者は我らかもしれませんが、若さまのお考えなくして、我らは決して動きませんし、思いつきもしておりませんよ」




これは将来への投資だ。

全員が有能とは言えないかもしれないが、成功したらしたで、しなかったらしなかったで、ひとまずその分野の人間とつながりを持つことができる。

その後も奨学システムを利用した者たちと会合の機会を設けることで、専門分野における最新の情報がシューヤ商団に入ってくることになるだろう。

―――――すべてはオズヴァルトの功績、とビアンカが鼻高々に誇らしく、最後は歌い上げるように言い終えた姿は、ふわふわの白兎のようでとても愛らしいが。


オズヴァルトは眉を寄せた。

皆が頑張ったから回っている状況であって、どう見ても、すべてがオズヴァルトの成果とはとても言えない。

なによりヴィスリアの魔人たちが有する高い能力が、成功の確率を底上げしているのだ。

普通だったら、たった数年でここまで事業を成功させることは不可能と思う。


が、この様子ではビアンカに何を言っても無駄だろう。

少し諦め、しかし、聞くだけでもやることは多そうだと内心嘆息。



それならいくらか仕事を回してくれないか、と言いかけた、その時。



ドアが遠慮がちにノックされた。


顔を見合わせるオズヴァルトとビアンカ。

頷いたビアンカが、すっとドアへ近づいた。

誰何の声をかけ、わずかに扉を開いた後、二言三言言葉を交わした彼女は、厳しい表情になる。少し黙り、


「…いいわ。若さまのお考えを聞きましょう。―――――若さま」


ビアンカが、扉を少し開けたままオズヴァルトへ向き直った。



「ルキーノが、報告申し上げたいことがあるようです。入室を御許可頂けますか?」



オズヴァルトになってからずっと、何かにつけこうして許可を求められるが、部屋に出るも入るも、礼儀さえ守ってくれたなら勝手にしてくれて構わない。

が、オズの記憶からすれば、これが普通だ。慣れないが、慣れざるを得ないのだろう。


熱のない声で、オズヴァルトは低く言った。



「許可する」



受け取ったビアンカが、扉の外へ厳しい声で告げる。

「入りなさい」


「失礼いたします」

わずかに緊張を孕んだ声がして、室内へ現れたのは。



ルキーノ・ラファエッリ。栗色の髪と瞳が優し気な印象の、オズヴァルトの執事だ。



彼が背後に控えれば、オズヴァルトの冷酷さが幾分緩和されるという効果がある。

…ただ。




ルキーノとオズヴァルトの間には、二人とは無関係なところで、因縁があった。







かつて、オズヴァルトの母は暗殺者に殺された。







その暗殺者を内部から手引きしたのが、ルキーノの父。

かつて、オズヴァルトの父親の執事だった男だ。


理由は、敵対勢力に息子のルキーノと妻を人質に取られたためだった。


だが結局、彼は主人の目の前で、自害。

代わりに妻と息子を助けてくれと命乞いをした。


オズヴァルトの父が、なにをどう思ったかはわからない。


いずれにせよ、彼は残されたルキーノとその母を、変わらぬ態度で遇したが、周囲のラファエッリ家に対する目は、未だ、裏切り者という意識が潜んでいる。

そのためだろうか。




ルキーノは人一倍努力し、誰より完璧な能力を持つ男となった。


もともと優れている人間が、さらに血のにじむような努力をしたわけだ。その上で。




オズヴァルトの執事の地位を勝ち取り、盲目的なほど献身した。

その様子は、時に常軌を逸していると思えるほどだ。


理由は、過去と無関係ではあるまい。


…そんな彼が、もし。

(本当のオズヴァルトはもういないと知ったなら)


思いさし、オズヴァルトの気持ちは沈んだ。


折り目正しく頭を下げた彼が、

「頭を上げなさい」


オズヴァルトの命令に従い、顔を上げた。


その優しい色合いの双眸が、オズヴァルトを映すなり、親を見つけた子供のように無垢な安心を浮かべる。

その優しげな顔に、ふと緊張が浮かんだ。


「お時間を頂き、感謝いたします」

「要件は」



「―――――お客様がお越しになっております」



オズヴァルトは目を瞬かせた。客。この城に? …この、猛吹雪の中??


急いでもてなさなければという気持ちは全くわかない。

むしろ、警戒しか先立たなかった。


にもかかわらず、ルキーノは客、と言った。敵、ではなく。


オズヴァルトに自覚はなかったが、その眼差しの温度が一気に下がる。

彼の警戒に同意するように、ルキーノは頷いた。

先に彼から何を聞いたか、ビアンカは唇をへの字にして黙っている。


「…何者だね」

体温の低いオズヴァルトの声に、何かを悩む表情で、ルキーノは口を開いた。






「女帝です」










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