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原初の魔女と雇われ閣下  作者: 野中
第2章
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幕19 流通の町



せっかく、食堂であるからには、いつ襲われるかとはらはらしながら片手間に食べる非常食と同様の扱いではいけない。


どっかと腰を落ち着け、美味しいものを味わうためだけに集中できる時間を提供でき、英気を養い、心を満たせる場所。

そういう場所でなければ。




―――――食事は安心してとりたいものだろう。




まずはじめに、何気ないオズヴァルトの一言があった。


ではそのために何が必要か。

どうすれば、安全で快適な空間を作れるか。

単純に考えれば結界だが、一か所ずつに高い能力を有した魔術師を配置できるわけもない。

コストもかかる。


オズヴァルトは言った。





―――――そんな道具はないのかね?






道具。



その一言が、決め手だったかもしれない。

今まで魔人たちはそんなこと、考えたこともなかった。



大体、安全な空間―――――すなわち結界が必要ならば、魔術師協会を通して魔術師を手配するのが世間の常識だ。


結界が必要ならば、魔術師協会に依頼を出すのが通例。



ただ、魔術の使い手が人間である以上、能力の差による結界の状態の違いや、魔力量による時間制限があるのは致し方がない。






だが、…道具であれば?


個人の能力の差や、魔力量を計算する必要はなくなり、必要な時に必要なだけ、使用できる。






一ヶ月、魔人たちは試行錯誤した。



結果、ゼルキアン領の鉱山で採掘できる魔石を基盤にした、シューヤ商団謹製の結界石が世に出されることになった。



それは極寒の魔境ともいえるゼルキアン領の外でも、安全で快適な空間を作ることができ、平和に食事もできるという、ある意味規格外のシロモノである。


ヴィスリアの魔人が考案した術式を織り込み、どうせなら、というオズヴァルトの提案で、シューヤ商団の印章である鹿の模様も機能の内に組み込んだ、…いうなれば、シューヤ商団でなければ作成できない結界石となった。







類似品が登場するのは仕方がないとはいえ、シューヤ商団特有のものを真似をしようと思っても、粗悪な偽物になってしまうだろう。


ただそこまで効果が強いと普通の人間では魔力酔いを起こす危険性があるため、市場に出回るものはかなり力を弱めたものだ。

それは、噂が噂を呼び、市場に出回るシロモノとなった。


この世界には、今までそういったものがなかったことがオズヴァルトには不思議だったが、いずれにせよ、これが当たった。



別の商団から話が流れてきたと思ったら、貴族、国の公共施設、はたまた他国の王宮から設置の相談が相次いだ。



シューヤ商団の結界石は魔獣や魔物には効果があるが、魔族には効かない。

としても、十分であったようで、皆が手を伸ばした。

逆にそこがいい、という意見もある。


しかも、売ったら終わり、ではない。メンテナンスの作業も必要だ。

そんなわけで、意図せず、色々な著名人やお大尽と長期的な契約を交わし、縁を持つことになった。とはいえ。



(魔術師協会を敵に回したか…?)



つまりは彼らの食い扶持の一角を、シューヤ商団がつぶしたようなものだ。

とはいえ、結局そんなものは氷山の一角にすぎず、協会はそれで揺らぐような柔な組織ではない。

なにより。



(…いい機会ではあるだろう)



最終的には殴り込みが必要になる相手かもしれないのだ。

全部乗っ取る姿勢で動いてもいいかもしれない。


どうせ、協会がなくとも、ゼルキアン側は問題がないのだから。



それに、聞いた話では、結界など、魔術師に頼らざるを得ない状況下で、ぼったくりのようなことをされた相手も多かったらしい。



その点、結界石ならばそのような問題は起こらない。


かくして。





おまけの開発に過ぎなかったはずの結界石の方が、有名になった。





当初の目的だった食堂に関しては、広まるのに時間がかかるかと思ったが、ターゲットが良かったか、幸いにも瞬く間に広がった。

いや、もっと言えば、そうなった理由はもう一つ、あった。


というのも、シューヤ商団の食堂ができたのは、各国で、一番危険な場所だったのだ。



冒険者を相手にしようと思いついたのだから、そうなったのは自然の流れだ。



オズヴァルトはまず、大陸の各所に点在するそれらの土地を、確実に買い取るように厳命した。

あとから、そこは自分の土地だと強引に押し込んでくるような人間が出てこないためにも、必要な処置だ。


それが地主だろうと、国だろうと、関係がない。

売買の際には、神官に公の証人となってもらい、証文を作成したが、最初は誰もが口を揃えて言った。




―――――そんな場所を好き好んで買うなんてもの好きな。


皆、鼻でせせら笑った。




そして、そこまでするのは大げさだとも言われた。実際、売値は二束三文だった。

どれほど広い土地だろうと、使い道がなく人間が集まらなければ意味がない。






そんな場所で、結界石に守られた、安全な場所ができた。


となれば。






そこには自然と人が集まり、拠点となった。

拠点となれば食事だけでは足りない。

宿が必要で、拠点とする者たちが主に冒険者となれば、武器や防具が必要になってくる。

そして戦利品を売りさばく場所もまた。


必要とされるものに応じていくうちに、そこは流通から外せない土地となり、いつしか町ができた。




今、土地を売りに出せば、相当な高値が付くだろう。




詐欺だと言われるかもしれないが、それまでは結界石など誰も考えていなかったのだ。

しかも思いついたところで、簡単に実用化できるまでのモノを作れない。

ヴィスリアの魔人たちだからこそ、短期間で実用化に至ったと言える。


正直言えばオズヴァルトとしても、このように人の流れができるなど想像もしなかった。

商売を始めるにしてもそんなに簡単にいかない、と思っていたのに、予想外の結果が生じたわけだ。

とはいえ、そうなにもかもうまくは回らないだろうと未だ警戒はしているものの。


この状況下で、様々な相手と縁が結べたのは必然であり。

そうなれば、縁を結んだ相手と、他の商品や市場の開拓に着手するようになった。


そこからは貴族相手の嗜好品として品質を上げた商品を考えだしたり、平民向けの安価で大量生産可能な品物を開発したり、なかなか充実していた。



信じられないほど早くヴィスリアの魔人たちがその名を売りながら事業を成功させていったのは、各人がそれぞれに限界以上の努力をしたからだろう。

そしてそれを、オズヴァルトに憑依した魔族は邪魔しなかった。むしろ迎合した。

彼らが成功すれば美味いものを食べられるし、常に珍しいもので遊べる。



オズヴァルトからすれば、憑依した魔族がそれらに夢中で、『女』に興味を示さなかったのは不幸中の幸いだった。

もとが精神体だったせいか、むしろ生殖行為を気持ち悪いと忌避していたようだ。



なにはともあれ。

(ヴィスリアの魔人の名は、ある意味枷になったろうに)


それどころか、不利な立場になるだろう名を、あえて表に出すことで悪名を広めながらも勝利に変えた、というか…ピンチを逆にチャンスに変えた気がする。

周囲の目を、嫌悪や排除から、じょうずに好奇心へ塗り替えたのだ。


そして今なお、霊獣ヴィスリアの加護は健在と自身の存在で主張した。そうして派手に動いた結果。



元々、シハルヴァの国民であり、他国へ身を寄せ、生き残った民たちが、協力の姿勢を示してくれた。

おそらくは彼等も期待したのだ。





オズヴァルトが、いつか、災厄を滅ぼしてくれることを。そのための、…協力。





彼等の行動の速さをいいことに、オズヴァルトは地下に潜む情報組織を作り上げた。


なにせ、情報ほど、便利で危険なものもない。

この世界はマスメディアが横行していないものの、情報が権力者の道具となるのは必然だ。

真実はいつだって、歴史の中、勝者によって消され、ゆがめられていく。


それがいけないとは言わない。

別に構わないが、選択の余地なく偽の情報に踊らされ、知らずに間違った方向、もしかすると地獄かもしれない場所へ他人の都合で誘導されるのはごめんだった。

最終的に真実を見極める目は個人が養うほかないが、それだってまず知らなければどうしようもない。


ビアンカに、今の地位についてもらったのは、結構早い段階だった。


オズヴァルトの乳母である彼女は、本当に有能だったのだ。

いや、驚くべきことに、代々ゼルキアン家に仕えた血統の者たちは、代々磨き抜かれたものか、その能力は他の追随を許さないほど全員抜きんでていた。



彼等にとっては、『そんなの普通』だということで、オズヴァルトは戸惑ったものだ。



いずれにせよ、その中でも飛びぬけているビアンカはそれなりに重要な地位についており、相当忙しいはずだ。

「私についていて、仕事に問題はないのかね」

聞けば、


「ご安心ください、若さま」

ビアンカは自信たっぷり、余裕に満ちた顔で微笑んだ。








「五人で分担させれば、一ヶ月くらいは問題なく回ります」









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