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原初の魔女と雇われ閣下  作者: 野中
第2章
26/59

幕15 幕間・1


× × ×





「ねえ」

しゃがみこんだエメリナは、その牢獄の中に向かって話しかけた。

「いい加減、出てきたら?」


頬杖をつき、万策尽きたと言いたげに疲れた声を出した視線の先には。





―――――闇があった。





場所は間違いなく牢獄。


だが中の様子が全く見えない。

そこが地下で暗いのは当たり前だが、魔術の照明が床を白く照らし出していた。

ゆえに他の牢の中は様子がはっきり見える。


幼い子供や女が、最低限の清潔さを保った牢内で、膝を抱え、蹲っていた。

皆、足に枷をはめられ、鎖につながれている。

ここは、売買にかけられる商品たちが収められた場所―――――すなわち奴隷たちの保管場所だった。


他の牢獄の中は次々入れ替わっているのに、奥にあるこの牢内だけは、見ての通りの状況だ。


闇に満たされ、そこへ一歩でも踏み込もうものなら、瞬く間に闇に捕らわれ、眠りに落ちる。

目覚めず、死んでしまった者は、一人や二人ではなかった。


その、闇の正体が。





(―――――精霊、)




で、あることは、魔女たるエメリアにはよく理解できた。


この場に詰まっている闇は、精霊だ。

だが意志を持つ精霊たちが、何の理由もなく一か所にとどまっているわけがない。





ここに集った精霊たちは守ろうとしているのだ。








―――――牢の奥にいる、たった一人の存在を。








「ほぉ、これが例の」


突如、若い男の声とともに、エメリアの肩口に何かが舞い降りた。

いったい、どこから現れたのか。


それは、巨大なくちばしをもった、まっくろいカラスだった。


「遅いわよ、リオネル」

「細かいことを言うな」


苦い顔になるエメリアに、リオネルと呼ばれたカラスは呵々と笑う。


エメリアはうんざりと息を吐き出した。

「細かいのはここの奴隷商よ。時間にすらケチくさいの」


「奴隷商か。だが、ただの奴隷商じゃないだろう」

ぎょろりと目を動かし、カラスは天井を向く。




「この上はコロッセオだ。しかも、アルドラ帝国国営のな。持ち主は国営のコロッセオ経営を任されたオーナー…そこらのチンピラとはわけが違う」




「だからへたに揉め事を起こしたくないのよ。あたしの得意先のひとつだし」

「ふん、魔女が世俗のものに力を切り売りするのはよくあることだが…」

ちらとリオネルはエメリアを横目にした。


「通常魔女は、その豊富な知識や薬学において、人間の生活に寄り添うものだが、お前の場合は相手が生々しいな? 俺に力を貸そうというところもそうだが」


リオネルは黒い目を眇める。




「異端にでもなるつもりか」




「どうかしらね。はっきりしてるのは」

エメリアは鬱陶しそうに赤茶の前髪をかき上げた。


「先がどうなろうと、今回のことをうまくこなしてくれたら、あたしはあんたに助力する。それさえ確実ならあたしの考えなんて、どうだっていいでしょう」


「ふん」

鼻を鳴らし、リオネルはくちばしの先を牢内へ向ける。



「なんにしたって、これは魔族にも危険だな。これほど濃密な闇の精霊の集合体は初めて見る」



きょときょと首を動かし、カラスが牢の中を覗き込んだ。

「役に立たないわね。あなた、王族なんでしょ」

鼻で笑ったエメリアに、リオネルも嘲笑を返した。


「これに五年、てこずっている割には偉そうじゃないか?」


「…うるさいわね」

眉間にしわを寄せた魔女に、怖い怖い、と魔族は肩を竦め、話を逸らした。




「ちなみに、魔族に王族なんざ、腐るほどいるぞ。そもそも俺は、魔王の百番目の子だ」




「…うわあ…」


うんざりした声を上げ、エメリアは額をおさえた。

「魔王ってどんだけなの」


「知りたければ、会ってみろ。ただ、命と貞操、どちらも奪われる覚悟を決めてからな」


牢から目を戻したリオネルは、どうでもよさげにエメリアを見遣った。

「魔神なら、この奥に蹲るガキを取り出せるだろう」


「…できるの?」

「精霊に勝てるってわけではない。だから、突っ込んだ片腕はなくなる。だが」

リオネルは不敵に続ける。




「再生はできる」




強く告げ、ただ、とリオネルは顎を引いた。

「取り出したところで、同じ事態に陥る可能性が高いぞ。出したガキをどこへ送る? 考えはあるのか」


「入れるわ」



「入れる?」



「力を封じる網を張り巡らせたトランクを持ってくるから」

「…ふむ」

カラスが首を傾げた。




「魔族の俺が言うのもなんだが、子供をトランクに入れて運ぶというのは、良識ある大人の行動で合っているのか?」




エメリアは立ち上がり、どうでもよさげに鼻を鳴らす。


「そもそも、この牢の中にいるのが、普通の子供だと思うの?」

「違うな。こんなものを欲するお前もお前だ。何を企んでいる」



「―――――…質問が多いわね」


呟くエメリアの琥珀の瞳が語っている―――――詮索は、ルール違反。



踵を返したエメリアの肩の上で、リオネルはやれやれと首を横に振った。


「まあ俺は、取引をきちんと行使してくれたなら文句はないさ」

言うなり、リオネルはエメリアの肩から離れる。


ばさり、音を立てて翼で大気をうち、明るく言い捨てた。


「次に会うのは、コロッセオの決勝戦の日だな」

「ええ」


「ではな」

言うなり。



翼の音とともに、リオネルの姿は地下牢の通路から消える。



それらの光景を、牢の中の奴隷たちが怯えた様子で見ていたが、彼等の存在などないかのようにエメリアは踵を返した。

それでも、彼女の横顔は緊張を孕んでいる。



「女帝に知られる前に事をすまさないとね」






女帝。

魔女たちの女王。


齢千年を超える全知全能の、神にも近い存在。

遠目に見たその姿の、神々しさもさることながら、…最も警戒すべきは、女帝の叡智。






―――――その目を、どこまで欺けるか?


考えただけで、胃の腑が冷える。






「…ん? なんだ?」






ふと、耳に届いた声に、エメリアは目を瞠った。

冷たい表情で、顔を上げる。

思わず、考えに没入していた。


他人の気配に気づかないとは。


目を向けた先にいたのは。





「客がいるのかと思ったら…あんたか、エメリア」





細い金の首輪をつけた男が、粗末な食事を乗せたワゴンを押して立っていた。









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