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原初の魔女と雇われ閣下  作者: 野中
第2章
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12幕 あきらかにすべきは

それが、マナの揺らぎ。

しかもそれは、特徴的な揺らぎだった。


それらを察知するための装置を開発・設置したのが、魔術師協会である。



ゆえにいつしか、協会は各国に請われ、それぞれに支部を置き、マナの異常の監視を行うようになった。



その働きによって、災厄がどこに出現するかを事前に察知できるようになった結果。

民がその地から逃げ出す時間を稼げるようになり、事が起きれば大陸すべての力を結集し、その地の周辺に結界を展開―――――完全に防ぐことはできずとも、動きを誘導し、道を作ることができるようになった。




そのために、逆に真っ向から戦い、挑む者がいなくなったのは事実だが、命がけで戦うよりも人々が安全を取るのは無理もない話だ。




誰だって、生きたい。死にたくない。




にもかかわらず。








(…五年前、シハルヴァの魔術師協会支部はマナの揺らぎなど報告しなかった…)








もし、咄嗟にオズヴァルトが動かなければ、どれだけ危険な結果になったことだろう。

災厄の気配を察知したオズヴァルト・ゼルキアンが、それを領地に引き寄せ、封じたからこそ、最悪の事態は免れた。


…国が、滅んだとしても。土地が毒されても。




民の大半は、生き延びることができたのだ。偉業である。






実のところ災厄の封印自体、複数の人間が全力を賭してようやく成しえることなのだが―――――だからこそ、人々がオズヴァルトにより以上の期待を寄せたのも無理はない。






いずれにせよ。


五年前、人々は、現れるその時まで、誰も災厄の出現など考えもせず、平和に日常生活を送っていたわけだ。






…これは、明らかにおかしい。


(にもかかわらず、魔術師協会はそれを調査せず、当時何が支部で起こったか知る者を遠くに幽閉し、謎を明らかにしようとする者には、追放に近い処分を与えた)






五年前の結果には、何者かの意思が介在している気がしてならない。






―――――まずはそれを、あきらかにしなければ。

そのためにも、…早々に自身の心を立て直さなくてはならない。これが一番難しい。


一平は…友人を亡くした。その上。


毎日会っていた親しい人たち全員と、…もう会えない。

この状況は、随分と堪えている。



なくして、なくして、亡くし続けた一平にとって、この現実は足を重くさせた。



今なお、胸に鉛でも詰まったかのようだ。

だが、彼は現在、その友人そのものだった。

である以上、みっともない姿はさらせない。

その意地だけで、どうにか一平は、―――――いや、オズヴァルトは淡々と、毎日をこなしていた。






…いつか。


いつかこの痛みも、鈍くなるのだろうか。

傷が深くなりすぎて、痺れで痛みが感じ取れなくなるように。



…かつての喪失の記憶のように。






億劫な気分を振り切って、オズヴァルトは立ち上がる。


たちまち、普段より高い目線に戸惑った。

つい床を見下ろせば、せり上がっていた腹が見えていたのにそれもない。


これには未だ慣れなかった。


肉袋の時から背の高さには感心していたが、あの時とは姿勢から体型から何もかもが違う。




(慣れるためにも、動かなくては)

頑張れ。

自分で自分を鼓舞する。


最近、それが癖になっていることに気付いた。




…ちょっと涙を呑んだ。




なんにしたって、部屋に閉じこもっていれば、心配をかけてしまう。


一度、大きく深呼吸したオズヴァルトは、自室の扉へ足を向けた。


ある人と共に、行くべき場所が、あった。








そのとき、ふと、脳裏へこだまのように返った声がある。




―――――どうしても逃げられねえときは、腹の底に力入れて踏ん張って、むしろこっちから突っ込んで行くんだよ。




そしたら、意外と相手が怖くなくなるもんだぞ、と楽しそうに揺れるその声は、父のものだ。


不思議なものだ。

こんな時になって、父の言葉を思い出すとは。




父親は、息子には、いつだって顔いっぱい使った笑顔を見せるばかりの人だったけれど。




若い頃、かなりの問題児だったことは、誰に言われるまでもなく知っていた。


…それでも。

―――――一平は、一度、見たことがある。











その日、幼い一平はなぜか、白澤の屋敷の中にいて。


夕暮れ時の茜色の空気の中、白澤の門前で、父が土下座している姿を、遠くから見た。

父の前には、真っ直ぐな祖父の背中があって。


どちらも、巌のように見えた。

強いとか弱いとか、そういう判断はできなかった。


ただ、どちらも譲れないものを背負っている気配に、声をかけられない空気を感じた。

双方、動いていなかったけれど、まるで殴り合いをしているような殺伐とした雰囲気だったのだ。


戸惑って建物の影で立ち尽くした彼を、




―――――邪魔するでないよ、一平。こっちへお入り。




素っ気なく呼んだのは。

当時存命だった、一平にとってはひいおばあさんにあたる女性。


名は覚えていないが、刀自と呼ばれていたのは記憶にある。


不思議なことに、白澤の家の中でも、客人たちに対しても、彼女は絶大な影響力を持ち、皆が彼女に怯えていた。

いつも背中がまっすぐ伸びていて、しわだらけで小さいのに、威厳のせいか、やたら大きく見える人だった。



だが不思議と、一平は彼女が怖くなかった。



―――――二人とも、お前さんには見られたくないだろうからね、いいかい、一平は何も見なかった。


彼女の言うことは、いつも正しくて、一平はただ頷いた。その時、少しだけ父の過去を聞いた。



―――――お前さんの父親は、本当にやんちゃでね。あたしの孫を連れていくときも、ほんとに何とも思っちゃいなかったのさ。それが、子ができるとこうも変わるもんかねえ。



本当に一平はこの時の前後のことを覚えていないのだが、いつだったか、母の兄である伯父が教えてくれた。

昔、一平がちょっとした病気で死にかけたことがあると。


その時、頼れるのは白澤しかなく、両親は白澤家を頼った。

幸い、彼等は見捨てず、愚痴をこぼしながらもちゃんと手助けしてくれたそうだ。


恩を感じた父は、その日からきっぱり気持ちを改めたと聞いている。



何かの折につけ、いつもああして頭を下げに行っていたようだ。



ただ、祖父母が彼を許すことはなく―――――それでも。

―――――あのひとがもっと生きていれば、皆、和解できたかもしれないのにね。


伯父はそう言って、遠い目をした。

一平の父を語るときの表情は、どこまでも嫌悪と怒りに満ちていたけれど。


刀自は父より早くに亡くなったが、彼女が父に言った言葉を、ひとつだけ覚えている。



―――――その業を断たずばお前は人間にすらなれん。いつまでも、獣のまんまだ。





業を断て。





刀自から厳しく言われた父がどういう人間だったか、一平はよく知らない。

だが、それでいいのだろう。父が息子に向けた愛情は本物だった。


それだけを、覚えていればいい。











それらすべてを置き去りにして。世話になった誰かに、何かを返すこともできず。

死んだはずの一平は、今。


オズヴァルト・ゼルキアンとして、ゼルキアン家の霊廟の中にいた。

オズヴァルトの乳母、ビアンカと共に。



ゼルキアン家の者は、皆、最後はこの霊廟で眠る。ただし今のオズヴァルトは、厳密に言えば家門の人間ではない。




一平が死んだ今、もう、彼はオズヴァルト・ゼルキアンと名乗るほかないものの、…そこに用事はあったが、入っていいのだろうかと躊躇があった。







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