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原初の魔女と雇われ閣下  作者: 野中
第2章
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8幕 もう、立てなかった


―――――戻った一平の魂に、魔族は卑怯にも隠れてついてきていた。


その上で、あの卑怯者は、一平の肺をずたずたにしたのだ。

オズヴァルトの世界とは別の理で成り立っているあちらの世界では、魔力は存在しない。


よって魔術も駆使できない。



つまりは、一平の身体を壊したのは、魔術ではなかった。では一体、何だったのか。



…魔族が生まれつき持つ毒素は、本来、魔力を汚染するものだ。

だが、一平の肉体には魔力が欠片も存在しない。結果。




―――――それは肉体を直接汚染した。魔族が持つ毒素は一平の身体に猛毒として作用。




それは時間差で一平の身体を破壊した。作用すれば、症状は一気に進んだ。


結果―――――一平は、自身の血で溺れて死んだのだ。

一平の中にいた魔族ももろともに死ぬことになったが、復讐に猛っていた彼には自身の命などどうでもよかったのだろう。

そもそも、受肉し、一平の魂が入ったオズヴァルトによって、傷ついていたあの魔族の命は、そのままでも長く保たなかったはずだ。


その上、あの世界へついてきたことで、元の世界へ戻る手段もなかったろう。

彼にとって、自身の命よりも、重要だったことは。



一平を殺し、一平へ復讐すること。


そして、オズヴァルトへの嫌がらせだ。


双方が両立できたことで、あの魔族は満足を得たはずだ。



…そう、オズヴァルトへの精神攻撃としては、これは最も効果的な方法だった。

そもそも、オズヴァルトが一平の世界へ獣の姿で流れ着いた理由。


それは。




―――――その手で斬り捨ててしまったからだ。




心から愛し、大切で、死ぬまで守り切ると心に誓っていた存在を。


妻を。子を。


オズヴァルトの肉体に憑依していたあの魔族の策略によって。

オズヴァルトは、自らの手で―――――…いいや、それは正確ではないかもしれない。


彼が斬ったときには、二人はもう死んでいたのだから。


だが、傍目にどう見えていたかは、はっきりしている。

あの時、息子は、十歳になったばかりだった。



災厄に国が呑まれた、五年前。



その頃既に、オズヴァルトに憑依した魔族は、…ゼルキアン城の中にいた。

災厄が現れた混乱の中、災厄の動きを注視していたオズヴァルトがそのことに気付くことはできなかった。


その、致命的だった隙をついて。


オズヴァルトが、持てる知識と力の全てを駆使して、災厄をゼルキアンの領地に引き寄せた刹那。

彼の妻が、真っ先に―――――魔族に憑依された。



夫を失うかもしれない、その恐怖に魔族がつけ入ったのだ。



…精神体の魔族に憑依された人間は、その時点で死ぬ。魂が壊され、心臓が動きを止めるのだ。

魂同士で戦おうにも、人間は己の魂を知らず、その上、肉体は魔族の魂と適合しない。


易々と憑依した魔族は、死体を動かした。


災厄の処理に全力を賭していたとはいえ、妻への魔族の憑依を止められなかったオズヴァルトは、彼女を見殺しにしたも同然だったろう。

…悔恨に、浸る間もなく。


ゼルキアン公爵夫人に憑依した魔族は、すぐさま、災厄の渦に飛び込もうとした。

伯爵家の娘であり、魔力量も高かったオズヴァルトの妻の身体ならば、災厄の中にいてもしばらくは持ちこたえただろう。


ゆえに、そのままでも、妻の魂のみならず、肉体も滅んだはずだ。

ただし災厄を食らった魔族は、災厄を上回る脅威となって、もっと甚大な被害を世界に与えることが、目に見えていた。

オズヴァルトは、魔族が、己が力のために、災厄を食らうことを知っていた。


それを許すか、許さないか。


目の前に突き付けられたのは、…ぎりぎりの選択だった。

…そして、オズヴァルトは。






夫ではなく―――――公の立場をとった。






折悪しく、そこへ、居合わせたのが、一人息子。

父が母の身体を斬り捨てる姿に、彼が何を考えたかは、永遠に分からない。


壊れた器を一旦捨てた魔族が、今度は彼に憑依したからだ。



―――――…あとの、流れは。



(あの魔族には、最後までしてやられたな)

妻を亡くし。子を亡くし。

挙句の果てには、こんな遠く離れた世界でできた友人を、…殺されてしまった。


精神体の魔族一人によって。



オズヴァルト・ゼルキアンが、…どこまで情けない状況に陥ったことだろう。



正直なところ。

…オズヴァルトは、もう、誰かのために動くなど、まっぴらだった。


国のために。


多くの人々を守るために。



選び取ったことを、間違いとは思いたくないが。



ならば。





(私は、何のために生きればいい。どう、…生きれば)





大切な家族を守るために、そのために、オズヴァルトは生きてきたのに。

誰に弱音を吐くこともできず、乾ききった心の中、浮き上がるように、過去の光景がよぎっていく。






彼の両親は優しかった。






しかし、オズヴァルトが十歳の頃、母が暗殺者に殺された。

その頃から父の表情は沈みがちになり、彼は戦争で帰らぬ人となった。


結局、十五の歳でオズヴァルトは家督を継いだ。


天才と称され慌ただしく過ごす中、しかし一度も満たされたことはなかったように思う。

幸い、婚約者であった伯爵家の令嬢、のちのオズヴァルトの妻が、すべてを埋めてくれた。笑顔を、幸せを…教えてくれた。


その、いっさいを―――――オズヴァルドは自らの手でたたき壊したのだ。


もうどうでもよかった。

大切な相手のいない世界に、いたくなかった。…死にたかった。



大勢の、呼ぶ声と待つ気配を感じても、オズヴァルトはもう、立てなかったのだ。



そんな、オズヴァルトの弱い心を、それでも癒そうとしたのが。

―――――…冬の霊獣ヴィスリアだ。


ヴィスリアは、ゼルキアン公爵家の祖。


ゼルキアンの発祥は、大昔、霊獣ヴィスリアと恋に落ちた娘が産み落とした男子。

人の姿をしながら、全てにおいて優れた才能を持っていた人物。


余談だが、オズヴァルトが公爵として属するシハルヴァ王国は、ゼルキアンの領地が存在したのちに生まれた国家だ。


ゼルキアンは自ら王に恭順することで、シハルヴァ王国の公爵家となった。

実のところ、ゼルキアン家も、家門に仕える一族も、王国より長い歴史を持つ。


そのためもあるだろうが、ゼルキアンの地は、霊獣ヴィスリアの地とみなされ、王国に召し上げられることはなかった。

よってゼルキアンの地の主は、未だにゼルキアン家である。


時に欲を持つ王がいなかったとは言わないが、ゼルキアンの権利は代々守られてきた。


いずれにせよ、そういう理由で、ゼルキアンの一族は、霊獣ヴィスリアの守護を受けている。

ヴィスリアは子を成すことで、自らの肉体は失ったが、魂のみで未だ世界を見守ってくれていた。


そのヴィスリアが、オズヴァルトの願いをいくらか拒絶し、一方でいくらか拾い上げてくれた結果、彼はあのような姿で界を越え、異界に落ち、一平と出会うことになったのだ。


そして、魔族に憑依されたら死んでしまうはずの肉体は。

それでも、心臓の鼓動を止めなかった。

これも、ヴィスリアの仕業だろう。



―――――ヴィスリアは言葉では何も言わない。が、少し頭を冷やせとでも言いたかったのかもしれない。



一平との出会いもヴィスリアの予定調和の内である気がした。


なにせ一平も、事故で妻子を失っている。

聞いた話では、両親も若いうちに亡くしているようだ。

ただ、ありがたいことに、大学を出るまでの教育費と生活費は祖父母が出してくれたため、バイトをしながらも無事卒業。即就職。

24歳で早苗という女性と結婚、25歳で修也という男の子に恵まれる。




ようやく得られた家族―――――どれほど大切だったか、オズヴァルトにはわかる気がした。


そのすべてを、突如失ってしまった悲哀や苦痛も。









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