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原初の魔女と雇われ閣下  作者: 野中
第2章
16/59

5幕 白澤家

× × ×






遺影に手を合わせた鈴木は、落ち着かない気分で考える。

どうしてこうなったのか。


冬見一平が亡くなって、二ヶ月が経つ。


一平は会社で、健康診断は毎年一回、受けていたはずだ。それなのに。

(肺が、ぼろぼろになってたって…どういうことなんだか)


一平がタバコを喫っているところなど見たこともないし、喘息もちだったと聞いたこともない。そもそも体調不良の気配が、まったくなかった。


(葬式は家族葬ってことで、…けど天涯孤独って聞いてたからいったい誰がって皆言ってたのに)



目の前には、年季の入った立派な仏壇がある。



ちなみに、埃一つ落ちていない。

毎日きちんと掃除している証拠だ。


参りたいのなら、この住所まで、と家族葬と聞きつつ挨拶に行った上司が聞いた場所に福丸と共に訪れた鈴木は、目の前に現れた光景を見上げ、言葉を失った。



住所を聞いて、ある程度予想していたが―――――そこにあったのは、歴史を感じさせる立派なお屋敷だった。


敷地がどれだけ広いのか、想像もつかない。



会社や冬見一平の家から見れば二つ隣の市になるここは、大昔、地主と言われる立場にあった家系が居を構えている、地元では有名な場所だ。

その中でも、そこはとびきり大きな屋敷だった。



表札にあった名前は、『白澤』。



開けっ放しになった大きな門扉を見上げた鈴木は、呆然と呟いた。

―――――白澤って、海外にも大きな研究所を持っている有名な製薬会社の…。


冬見一平は、その親戚筋の人間だというのだろうか。

彼等より先に訪問したはずの上司が、複雑な表情をしていた理由はここにあるのかと驚きとともに納得。

しかし、本人からそんな話は聞いたことがない。


持ち家のローンもまだまだ残っていたはずで、いや、確か両親は駆け落ち同然の結婚だった、とか…。


隣にいた福丸の表情は硬かったが、

―――――そうね。

彼女はさして驚いていなかった。

なんだか、ようやく腑に落ちた、と言いたげな表情で先に歩き出す。

落ち着き払った態度に、慌てて追いかけながら鈴木は尋ねた。


―――――知ってたんですか?

福丸は首を横に振る。


―――――でもね、一平ちゃんが、育ちがいいひとっていうのは、感じてたわ。


確かに、と鈴木はつい、頷いた。

実際、一平の所作は洗練されていた。

几帳面で、丁寧で、食事の仕方など、ちょっとびっくりするほどきれいな食べ方をした。


話し方など、年齢の割には一般的でなかった。

それでいてわざとキャラを作っているわけではなく、自然体でああだったのだ。

爪が伸びっぱなしとか髪が汚いままだとか衣服がだらしないということもなく、それで隙がない印象だったともいえるが。


(育ちがいい―――――そうか、あの独特な空気感は、育ちがいい、というのか)

正確には、生まれ育ちのいいひとに、きちんと躾けられた人間というべきだろうが。


察した、ところで。…もう会えないけれど。

とはいえ、住所を間違った可能性もあると思っていた鈴木の思いに反して、二人は対応に出たお手伝いさんに快く迎え入れられ、奥へ通された。


果たして、仏間にいたのは。




一平の従兄弟と言う白澤を名乗る男と―――――もう一人。


メリハリの強い肉体を、地味な喪服で包んだ、長い黒髪の美人。




美人、と言っても。

分厚い眼鏡をかけ、長い黒髪を後ろで一つの束ねている、全体的に地味な恰好の女性だ。

だがそれでも、目鼻立ちが整っていることや、まとう空気の異様な華やかさが、つい、視線を奪う存在だった。


まるで、大輪の、花。そのくせ。



人形のような無機質さも感じる。いや、人形のように無機質にもかかわらず、ここまで華やかだということに驚くべきか。



思わずぼーっと見つめてしまった鈴木は、福丸に肘鉄を食らい、慌てて我に返る。

二十代半ばだろうか? 

そんな、女性が。




一平の従兄弟らしい白澤と険しい顔で向き合っていた。



いや、表情が険しいのは白澤だけで、彼女の感情は、ほとんど感じられなかったが。


「失礼だが」

白澤の、最初の言葉一つで、殴られる以上に鈴木はビビる。

声は静かというのに、心臓に悪いほどの迫力と威圧だ。




「あなたの申し出が一平にとって不名誉になるかもしれないことを、少しでも考えてから発言をされたのかね?」




聞いているだけで、鈴木の背筋が伸びた。

―――――これは、人の上に立つ者の声音、口調だ。

喪服の女性は何も答えない。


怯えた様子もなく反省するでもなく、淡々とその場に正座している。


「もしその申し出を、祖父母が聞けばどう思ったか」

白澤はわずかに目を細めた。

それだけで、さらに威圧が増す。彼は四十代半ばだろうか。


整った面立ちはあまり一平と似ていない。

だが、雰囲気はやけに似通うところがあった。

がっしりした体格も、口調も、端然と座す姿さえ、一平を彷彿とさせる。


似ている、といった感覚は、本人がいないから余計、強い。


「いや、祖父母だけではない」

女はいったい、何を言ったのか。白澤は強く眉根を寄せた。



「一平の母の兄である私の父が聞けば、やはりあの男の子供だと罵って、骨すら道路に投げ出すかもしれない」



(あの男…一平さんのお父さんってことかな)


もちろん、いったいどういう人物だったのかまで、鈴木が知ることはない。

しかし、―――――色々、伝説を持つ人物だったようだ。


現代においても、昔ほどではないものの、それぞれ地元では知る人ぞ知る、権力を持ち、周囲への影響力の強い人物というのは隠然と存在する。

会社でもそういった厄介な顧客はいるもので、彼らが来るとなると皆青くなるものだが。


妙に一平は、そういった顧客の相手を任されることが多かった。

何度か一平が不在の時にその顧客来たことがあり、その時は本当に怖かった。

常識が通用しないというか、正論がゴミ屑にされるのだ。

我を通すためにはどんな無茶な理論でも堂々と貫き通してしまうというか。


法や論理で証明される『正しいこと』を、何の躊躇もなく紙のように簡単に引き裂いて、捨ててしまう人たちがいるのだと、この時初めて知った。


一平が相手の時は普通のおじさんたちに見えていたから、鈴木は心底驚いたものだ。

どうして一平が彼等の担当のようになっているのか、不思議に思って尋ねたところ。


信楽焼の狸に似た上司が、平和に微笑みながら言った。





―――――あの方たちねえ、一平くんのお父さんの知り合いらしいよ。






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