ウォーターサーバー営業車とウォーターサーバーボトルとプラスティックハンマーとかくれんぼと電柱と下着泥棒と雨と反動とワイシャツと私
夜中です。
「よし、行くぞ」
私は長らく先延ばしにしてきた西友に行こうと決めました。決めたらもう早いので、まず立ちます。立たなくては座ったままではいつまでも、いつまで経ってもようつべを見てしまうのです。やつにしても自動再生自動再生で次々に動画を見せてくるからそれはもう言ってみたら、見えない壁です。見えない壁となって立ちふさがるのです。心理的な密室。ミステリー物とかであるでしょそう言うの。思い込み的なの。
本来だったら日付が変わってすぐに行こうと思っていた西友。本日は土曜日で5パーセントオフデーなんです。だからすぐに行こうと。ちょっぱやで行こうと思っていたのですが、どうしてこうして、2時間経過して夜中です。2時。丑三つ時。
でも、今だったら行ける。脳と体と私の三権分立が三位一体で人馬一体的に行けると踏んだんですね。そしたらもう早い。まず立ちます。これが重要です。まず立ちます。何よりも先に立ちます。起立。オットマンから足を下ろします。それからパソコンを消します。パソコンを消してから立つという事だと、うまくいきません。まず立つんです。人間。人間はまず立たなくては。立つことがパソコンで言うとスリープ状態解除、スマホで言ったらロック画面起動。みたいな。それから残党処理の様にパソコンを消す。これでいい。
で、
「財布を持ってスマホは・・・」
スマホいらないな。ちょっと西友行くだけだし。いつもいつもスマホを手放せない人と違うし私。じゃあ、後鍵持って。
「自転車は・・・」
歩いていくことにしました。自転車の鍵は元置いてあった場所に戻しました。いつも自転車に頼ってるしなって。なんか思ったんです。たまに歩いた方がいいんじゃないか?って。
で、こういう時用の靴を履いて夜中、私は西友に向かいました。
当然夜中ですから、あと緊急事態宣言中でしたから、自分以外にあるいてる人は誰もいませんでした。近所のファミマが明るいくらいでした。
「・・・」
そんで黙って西友まで歩いてる途中、曲がり角の先、コンドームの自販機がある通りの方から、
ダン、ガン、ガキン、キキッ、バン、
と、まあそこまで大きくないけど、普段あまり聞き慣れない音がしました。
まあ、夜中だからちょっとはまあ耳に着いちゃいますけど、んで、私はたまたまその音がした所の近くにいたからね。まあ、夜中でも別に誰も気にも留めない。誰も起きない感じ。その程度の音が曲がり角の向こうからしたんです。
そんで少し私は立ち止まりました。なんか。なんとなく。昼間だったら何気なく通り過ぎるとは思うんですけど。夜中だし。なんとなく。
「・・・いか」
「・・・ない」
そしたら少し遅れて、ぼそぼそと声が聞こえてきたんです。
私は、そっと角から覗いて曲がり角の先を見たんです。
まず人が倒れていました。スーツの人。血だらけでした。で、その足元にウォーターサーバーの柄の営業車が停まってて、倒れている男の人の足元に二人の人が立っていました。その人たちが話をしていました。
「じゃあ、さっさと積み込んじまおう」
「いや、車内が汚れるから、ここでやっちまおう」
察し悪いランキング80億番目の私ですが、なんとなくその場を見てわかりました。
地面に倒れている男の人がまず、その車で轢かれたんです。ウォーターサーバーの営業車に。で、多分、血だらけの人が倒れてるのに平然と話をしている二人は、多分、多分ですけど、まあ、殺し屋か、殺し屋じゃなかったらなんかの請負の人。で、今この場で男の人を殺してしまおうっていう話をしているみたいでした。
「よし、じゃあ」
と片方の男の人が営業車の後部座席のドアを開けて中から、一本ウォーターサーバーのボトルを出してきました。
「人間、こういうもんでも簡単に死ぬんだ」
そんな事を言いながらもう片方の人に目で合図を送りました。するとその人が地面に倒れている男を引っ張って起こして、その間にウォーターサーバーのボトルを持ってた人はそれを地面に置いて、ボトルの上部をプラハンでこつんとやりました。するとボトルの上部が丸々スライドするみたいに外れて、そのボトルには最初からそういう細工を施していたんではないかと思います。ボトルは上部が外れて取っ手のついていないバケツの様になりました。中には水が満杯に入っていました。
二人が血まみれの男を後ろから押さえつけて、その男の頭をそのボトルの中に突っ込みました。
がぼ、ごぼお、ごお
失敗した時のブーブークッションの音か、バルーンアートで風船同士がすれる音か、折れていたチューブを伸ばして空気が通るようにした時に出る音か、なんか、そういう音が続きました。しかしそれにしたって大して大きな音ではありません。夜中に爆音を轟かせて車でバイバスを走ったり、爆竹をならす人に比べたら、大した音じゃない。ただ下水がちょっとごぼごぼ行ってるみたいな音。
「暴れるな」
「どうせ死ぬんだ」
私はそれを隠れた状態で曲がり角からじっと見ていました。助けようにも携帯もありませんし。常に携帯を持ってないとだめだと思われたくないばっかりに。
しかし、次の瞬間、おかしなことが起こりました。
頭を突っ込まれている男を押さえつけている片方が急に弾かれたように地面に倒れたんです。その後間髪入れずにもう一方も何かが起こったみたいに地面に倒れ込みました。
「ハンマーだ」
思わず声が出て慌てて口を押えました。お口にチャック。でも、プラハン。ボトルの上部を外した後そのまま地面に放ってたプラスティックハンマー。あれだと思いました。
「げご、ごぼ」
ハンマーを持ったスーツの男(正解!)はまだごぼごぼしているのにそのままの状態で立ち上がり、地面に倒れ込んだ片方の側頭部を一発思い切りそれでぶん殴りました。フルスイングです。スマブラ。スマブラみたいでした。それからもう片方も同じようにフルスイング。スマブラで例えると、300パー溜まった状態の人が、50パー溜まった二人をハンマーで画面外にふっ飛ばして、一気に逆転みたいな。そういう感じ。
しかし現実ではそんな事ありません。人が画面外に吹っ飛ぶとか。取り合ず最初にフルスイングした後、二人組はそのまま倒れて沈黙してしまいました。二人が沈黙した後、男はまた最初の男の元に戻って馬乗りになって、それからハンマーを振り上げました。
ゴン、ガン、ガン、ガン、ポチャ、ガン、ピチャピチャ、グチャ、ボタボタボタ、グチュ、ボタボタボタ、ビチョ、ボタボタボタボタ、
一人を終えると、もう片方にも同じように馬乗りになって、同じようにハンマーを振り上げて、
ゴン、ガン、ガン、ガン、ポチャ、ガン、ピチャピチャ、グチャ、ボタボタボタ、グチュ、ボタボタボタ、ビチョ、ボタボタボタボタ、
それらを終えて立ち上がった男は、ウォーターサーバーボトルの水の跳ねで少し綺麗になったのに、元通り、また元通り、最初に見た時の様に汚くなっていました。
その後、ウォーターサーバーボトルに残っていた水で顔を洗って、洗っていたというか拭っていたというか。
「かくれんぼしている奴がいるよな」
そうして私と、隠れて角から眺めている私の方を見ました。迷いなく。見ました。間違いなく。見ました。目が合いました。目が。目が合いました。
「うああー」
私が家の方に走ると、
「ははははは」
後ろから男の声が聞こえてきました。振り返ると追ってきているのでした。男が。ハンマーを。すっかり黒くなっているプラハンを持って。笑いながら。追ってきているのでした。
死ぬと思いました。
死ぬ。
死ぬな。
死ぬ。
神様ごめんなさい。私がスマホを持っていなかったばっかりに。あ、そういえば、スマホを持っていただけなのにっていう映画なかったっけ?スマホを落としたばっかりにだっけ?北川景子さん出てなかったっけ?
しかしすぐ、そんなことも、何も考えられなくなりました。
走り慣れてないんです。
そもそも走りたくない派の人間です。普段から走らない。だから足が疲れてきて、熱くなってきて、息は切れるし、肺は苦しくなるし、
でも、男が追ってきているんです。ハンマーを持った男の人。スマブラで日和見で隠れてるみたいな感じで最後まで残った私を、倒さんとして、ハンマーで。画面外に。吹き飛ばさんとして。
でも、しんどい。もうしんどい。もう死んでもいいかも。死んだほうがいい、楽だ。すごい楽だと思う。
死んだら仕方ないじゃん。死んだら仕方ないじゃんって言えるじゃん。死んだんだもん仕方ないじゃん。死んでもやれって言うのは聞くけど、本当に死んだらまさかやれとは言わないでしょ。死んだらいいんだ死んだら。
ただ、でも、
その時目の前に一本電柱が見えて、その電柱に工事の人が上る用の手すりというか、足置きというか、なんか、そう言うのが付いてるのが見えて。見えたんですよね。
それで、もう走りたくないっていうだけで、それ以外何も考えずに、私はそれに飛びつきました。普段懸垂とかもろくに出来ないのに、不思議とその時はぴょん、がっ、ふん。っていう感じで。私は気が付くと電柱に上っていたんです。そんで勢いでそのまま男がジャンプしても届かない場所、家で言うと二階相当の高さの所まで登っていました。目の前にマンションのベランダがあってそこに洗濯ものが干してありました。取り込めよって思いました。ああ、いや、もしかしたら仕事とかで、この時間しか無理、夜干しなのかもしれないんですけど。
そこまで登って下を見ると例の男の人が見上げているのと目が合いました。
「・・・」
何の感情も宿っていない。何も思っていない。何も考えていない。そんな表情でした。
その人は私よりも身軽に見えるのですが、何故か電柱には上ってきませんでした。あ、車に轢かれたから?でも走ってきてたじゃん。走って追ってきてたじゃん。私の事も吹っ飛ばそうとしてたじゃん。アドレナリン切れたのかな。
「何も見てません」
私は下のその男に向かって言いました。大声で。はっきりと大声で。走って疲れて殺されるとか思って、だからバグった声でした。思った以上に、自分でも思った以上の大声でした。
その声でベランダのカーテンが開いてそこの住人と思われるパジャマの女の人が姿を現しました。私と目が合いました。次の瞬間、
「泥棒!」
「下着泥棒!」
と声を荒げました。そんで奥に引っ込んで行ったんです。
警察だ!警察に電話してくれる!
「電話して!電話!」
警察に電話して!警察呼んでえ!男の人呼んでえ!
下を見ると男はいつの間にかワイシャツを脱いでいました。そして電柱の取っ手、私が最初に掴んで上って足かけた所。そこにワイシャツを結んでいました。
何するのかと思っていると、男はそこで首を吊りました。
がぼ、ごぼお、ごお
ウォーターサーバーボトルに頭を突っ込まれた時と同じような音がして、やがて静かになりました。
「救急車も呼んでえ!」
私はベランダの人に叫びました。しかしもうベランダの人は顔も見せてくれません。
そして下には首を吊った男の人。
降りるに降りれない。
警察が来るまでずっとこのまま?
どうしよう。
手がしびれてきた。
すると今度は雨が降ってきました。洗濯取り込んだ方がいいよ。雨降ってるよ。そう思いながら、私はずっと電柱にしがみついていました。手は滑り、足も力が入りません。反動でしょうか。若干眠くもなってきたんです。反動かも。反動だろうなあ。
眠い。すごく眠い。現実とは思えない。とても思えない。
眠い。
遠くからサイレンの音が聞こえてきました。