いも掘り
◆「掘った芋いじるな(What time is it now?」と言う有名な英語の空耳がありますが。まさしく、そんな空耳の話。◆
今年はとても、とても暑い夏だった。
外に出ると汗だくになった。
それでも瑞希は毎日応援に行った。
早く大きくなって、沢山お芋が出来るように。
瑞希の通っている幼稚園の裏には小さな畑があった。
毎年6月になると”さつま芋”の苗を植え、そして10月に芋堀りをするのが恒例の行事となっていた。
竹谷瑞希5歳の夏・・・。
< 6 月 >
さつま芋の苗を植えた。
保育園のみんなと。先生と。お母さん達と。みんなで。
瑞希は、沢山のお芋が出来ることを想像すると、とってもワクワクして体が奮えてきて、じっとしていられなかった。
横を見ると、一緒に幼稚園に通っている仲良しの郁ちゃんはもっと奮えていた。(寒いの?)
瑞希は、自分で植えた苗にお話をしてみた。
回答は当然無いはずだが、遠目に見ると不思議と会話になっているように見える。
本当に苗が喋っていないのだろうか?と思う程。(才能か?)
植えたばかりの苗は、元気がなく見えて心配だった。
しかし、数日で元気よくなった。
「ふう〜。」安心して大きくため息をつく「良かった」。
元気になったお芋の葉っぱは輝いていて、とっても触って見たかったけど我慢をした。
先生が触ってはいけないと言ったから。
< 7 月 >
葉っぱが数えきれない位多くなった。
瑞希は10までしか数えられなかったので、多分10枚以上は間違いない。
「もっと大きくな〜れ。」と応援をした。
日の丸の旗を振っての応援だ。マラソンをテレビで見た時にそうしていたから。
郁ちゃんは、白いハンカチを振っていた。(さようなら。)
お芋は、すくすく育った。
「いいぞ。いいぞ。」瑞希は畑の真中で、「あはっ。」と笑う。
< 8 月 >
雨が余り降らなかった。
その為畑は乾燥した。
幼稚園の近所の子たちとお母さんと、そして先生とで畑に水を撒いた。
瑞希も小さなバケツに何度も水を汲み運んだ。
水をやり過ぎてお母さんに怒られた。
郁ちゃんは雨乞いをしていた。(どこで覚えたの?)
汗をいっぱいかいた。
瑞希もいっぱい水を飲んだ。
< 9 月 >
「あれ。花が咲いた。」淡い紫色の花。
「きれい。きれい。」手をたたいて喜んだ。
お母さんもさつま芋の花が咲くのを見て驚いていた。(お母さんは、都会育ちだ。きっと。)
それからも、ず〜っとお芋が実るのを待ち続けた。なのに一向にお芋の姿はみつからない。
1日に何回も畑に行ったこともある。けれど一向にお芋の姿は見当たらない。
「あれ?お芋さんどうぢたのかな?」
瑞希は心配になり、先生に聞いてみた。
「先生、お芋さんが見つからないよ。」
「お芋さんはね。土の中で大きくなるの。でもまだ、土を掘って起しちゃダメよ。途中で起こすと大きくならないからね。寝る子は育つの。」
瑞希は安心した。
それからは、土にストローを刺して話かけた「が・ん・ば・れ!」(起きちゃうよ。)
郁ちゃんは、両手で土を揉んでいた。
「何してるの?」と聞いたら。
「マッサージすると元気になるんだよ。お父さんも元気になるって言ってた。」と教えてくれた。(芋と土の関係は?)
やがて、暑かった夏も10月に入りやっと過ごし易くなって来た。
そう・・・。あれから4か月が経過していた。
ついに先生の口が開いた。「来週の月曜日に芋堀ををします。」
「わあ〜ぁ!」クラスのみんなから歓声があがった。瑞希は誰よりも大きな声で喜んだ。
おうちに帰って真っ先にお母さんに伝えた。
お母さんも楽しみにしてくれていた。(お母さんもお芋は大好物。)
「お母さんと一緒だ。一緒に芋堀だ。」
それから、前日わくわくしてなかなか眠れなかった。
そして・・・。そして。
今日、幼稚園裏の畑で芋を掘りをした。
そして、小ぶりだけど紫色のさつま芋を2つ持ち帰った。
これから、郁ちゃんと瑞希のおうちの庭で焼き芋をすることになっている。夏からの約束だ。
どきどきしてきた。
「郁ちゃん早く来ないかな。」家の中を熊の様にうろうろする。
「瑞希ちゃ〜ん。」玄関から大きな声がした。
「あっ郁ちゃんだ。」走って玄関に向かうと、郁ちゃんが玄関のドアを半分開けて顔を出す。
「でへえっ」満面の笑みだ。
後ろには、郁ちゃんのお母さんが立っていた。
「瑞希ちゃん良かったね。あんなに毎日楽しみに待ってたもんね。」
「うん。 あはっ」と笑う。
「おかあさん。早く〜。」待ちきれない瑞希は、お母さんを急かした。
「はい。お待たせ。」お芋を持ってお母さんはやって来た。
予めお母さんは、通りに面した庭に七輪を用意してくれていた。
庭は、昨日の雨で、水たまりが出来ている。
七輪は水たまりを避けて、家の前の通りに面したところに用意されていた。
お母さんは、手際良く七輪に火を起こす。元ヤンキーだったお母さんは火を起こすのが得意だった。(関係は分からないが。)
赤い火が起きた。ドキドキしてきた。
郁ちゃん家のお芋2つと、瑞希の家のお芋2つを郁ちゃんのお母さんがきれいにアルミホイルに包んでくれた。
さあ、いよいよだ。郁ちゃんと目が合った。郁ちゃんの目は大きく見開いていた。
でも、瑞希の目はさらに大きく見開いていた。
いよいよだ。郁ちゃんのお母さんがお芋を七輪の上にのせた。七輪の上はお芋でいっぱいになった。
瑞希と郁ちゃんは抱き合ってはしゃぐ。
見ているお母さんも嬉しそうだ。
待った。
「まだですか〜。」
さらに、待った。
「どのへんですか〜?」
「郁ちゃんもう直だって。」
「なんで分るの?」
「毎日話しかけていたから、友達なんだ。もう直ぐだって。」(友達を食べるんかい。)
お母さんは、万遍なく焼ける様に何度かお芋もひっくり返す。そして、お芋に割ばしを刺した。中まで、はしが刺さる。
お母さんと目が合う。郁ちゃんと目が合う。
「で〜・き〜・た!!」まるで、3年分の盆と正月とお子様ランチが一度に来た様な騒ぎになった。
お母さん達は熱がりながら奇麗にお芋の皮をむいて、紙のお皿にのせてくれた。
ほっかほかだ。
「熱いから少し冷ましてから食べましょうね。このまま置いておくのよ。」
「うん。わかった。」瑞希と郁ちゃんは、奇麗なハーモニーで元気よく答えた。
お芋とにらめっこになった。
「あっ。お茶が必要ね。郁ちゃん、瑞希ちゃん。お茶持ってくるから待っててね。」と言って、お母さん達は家に入っていった。
瑞希は待った。郁ちゃんも待った。それはとても長く感じられた。一秒と一秒の隙間を亀がタスキをつないで歩いているのではないかと思う位遅かった。(駅伝?)
そこに、この夏最大の悲劇が起ってしまった。
「んっ?」背中にや〜な圧力を感じる。心臓がドキドキ高鳴ってくる。
「なんでだろう?」瑞希は、ずっと目を離さずにいた憧れのお芋から、目を離して振り向いた。
すると、3件先の蜷川さん家の前を、スーツ姿の長身の男がこちらに向って歩いてきている。
金髪を七三に分けた、一見紳士に見える外国人だ。
「こっち来る。」
一歩、また対一歩。恐怖映画の様に、影を従えて。
「怖いよ。来ないでよ。」外国人何て、今時珍しくはない。家の近所でも良く見かけるのに何故か泣きそうな気持ちになる。
気のせいだと言いきかせる。きっとただの通りすがりの人だと。
間もなく、「あっ。来ちゃった。怖いよ。通り過ぎてよ。早く。」瑞希は願った。
が、しかし瑞希の願は空しく紳士は瑞希の隣に立ち止まってしまった。
ビクッと肩が持ち上がる。瞬間、お母さんとの約束を忘れて、思わず自分のお芋をのせた紙皿を胸に抱えてしまう。
紳士はいきなり腰を折り、目線を少し下げる。そして、大きな以外にも甲高い声で話かけてきた。
「えくす〜?何とか?〜みー 掘った芋いじるな?」(Excuse me What time is it now?)
急に”芋いじるな”と甲高い声で言われた瑞希は、驚いてしまい胸に抱えた紙皿から手を放してしまう。そして、お皿からお芋がこぼれ落ちてしまった。
「あっ!おっ、落ちゃった。」
お芋を落とした驚きで立ちすくんでしまう。次第に悲しみが後を追う。
「あ〜ぁ〜。」
受け入れがたい現実が起ってしまった。自然、逃れる方法を無意識的に模索する。そして妥協点を見つけた。
「でも、まだ上の方は汚れていないから、”ふうー”ってすれば食べられるヨ。そうだ!」
紳士は、その情景を見ながらも意に反さないのか?笑みを浮かべている。(こいつは何者だ)
幼い心は気丈にも気を取り直し、お皿からこぼれたお芋をぎこちなく拾い上げる。
少し離れた玄関前では郁ちゃんが一人避難している。そして、満足げにお芋を食べている。(郁ちゃんの血液型は”何型”?)
お芋の汚れた部分を落として早く食べなきゃ。危機を感じた瑞希は急いで汚れた部分を落し始めた。
その時を見計らったかのように、偽りの紳士は幼い子供に問いかける。
さらに大きな甲高い声で再度言った。「掘った芋いじるな?」(目的はいったい何だ!悪魔め。)
お芋を奇麗にすることに気を取られていた瑞希は、何とまた驚いてしまい、正直に芋を手放してしまった。
何と、手からこぼれたお芋は転がって、昨日の雨で出来た水たまりにすっぽり浸かってしまった。今度はどうにもならない。
「あっ。」現実を理解したくない気持ちが、時間が止まったように、体を固めてしまう。
その間も紳士は笑みを浮かべて。話しかける。
「掘った芋いじるな?」(目的は何だ!鬼男!)
茫然とする瑞希には何も聞こえてこない。
苗を植えてからずっと、この日までのことが頭の中を駆け巡る。
苗を植えた日、芋堀りを想像して、震えたこと。
大雨の日に傘を差してまで畑を見に行ったこと。
土の中のお芋さんに「早く大きくなれ」と話かけたこと。
水の入った重いバケツを運んで、お芋さんに水をあげたこと。
幼稚園のみんなと、畑でお弁当をたべたこと。
次々に頭に浮かんでくる。次第に、透きとおる瞳には涙が溜まっていく。
泣きたくないのに、声が漏れる。
すると、涙と鳴き声が、さっきまで怖かった前にいる鬼男に対して、反発心を芽生えさせた。 反発心が、少女を強くする。たくましくする。
そして、腹が立って来た。とっても、とっても腹が立って来た。
鬼男は、しつこくまだ何か言ってくる。
「掘った芋いじるな?」
瑞希は泣きながら怒りに任せて前に出た。ちょっと躓いた。
「痛っつ。(It's)」
そして、叫んだ。
「あ〜ん(one)。さわってないん(thirty-nine)。」
それを聞いた鬼男は、何を勘違いしたのか満面の笑みで喜んで言った。「オー。サンキュー。ありがとございます。イッツ ワン サーティーナイン。1時39分ですね。」満足そうに続ける。
「ベリーグゥッ。すばらしい。ナイスガール。」(日本語喋れ・・・?)
「よくできました。お利口さんですね。どうして泣いちゃったのかな」なんてのたまう。 (見てなかったのか。マイペース鬼男。目的はなんだ!)
「お芋落としちゃいましたね。そうだ。これをあげましょう。」(見てるじゃないか。)
右手に持っていたビジネスバッグから、箱入りのちょっと高そうなチョコレートを出した。
瑞希の頭を2,3回そっと撫で、「どうぞ」と言って渡す。
鬼か悪魔かと思っていたら、大好きなチョコレートをくれた。それも一度食べて見たかったアーモンドチョコレートだ。
お母さんがまだ食べさせてくれない。アーモンドチョコレート。瑞希は、ちょっと奮えた。 そして、心の整理がつかなくて、また固まる。
瑞希の横には、いつやって来たのか、お芋を食べ終えた郁ちゃんが瑞希の横に立っていた。
お尻を少し突き出しモアイ象の様にアゴも前に出し上を向く。さらに15°程上目使いで、瞳を大きく開く。そして、首を横に傾かながら、物欲しそうに目を潤ます。
あ〜可愛い。
小さな女の子に、このポーズをされると、おじさん達は弱い。
「オーお譲ちゃんもね。」と言い、カバンの中から、もう一つチョコレートを出して郁ちゃんに渡す。
「かわいいお譲ちゃん達ね。」と言いながら、鬼男いや、紳士は満足そうに去って行った。
(結局彼の目的は、英語を日本に広めることだったのか?)
瑞希は茫然と立ち尽くしたままである。以前心の整理がつかない。
そこに、お母さん達が冷たいお茶を持って戻って来た。
「あれ、もうお芋食べちゃったの。しょうがないなわね。せっかくお茶持って来たのに。」
瑞希は何と言ってよいか分からず、茫然と固まってたままである。」
悲しいことに、お母さんは瑞希が何か手に持っているのを見つけてしまった。
「瑞希、そのチョコレートどうしたの?」
「もらったの。」
「誰から?」
「知らないおじさん。」
「いつも、知らない人から貰っちゃいけないって言ってるでしょ。」と言って瑞希の手からチョコレートを取り上げてしまう。
茫然とする瑞希に、それを見た郁ちゃんはそっと、自分のチョコレートを後ろに回し、背中とスカートの間に隠した。
その後、お母さん達は、お茶を飲みながら楽しく談笑しながらお芋を食べている。
郁ちゃんは、陰でチョコレートを頬張っている。
(お母さん、水たまりの中のお芋に気がついてよ。)
竹谷瑞希5歳。もう失うものは何もない。夏は空しく締めくくられた。
おしまい。




