夢幻のごとく
人間五十年 下天のうちを比ぶれば 夢幻のごとくなり
一度生を得て 滅せぬもののあるべきか……
ふっ、人間五十年か……
あっという間だったな……
まさに夢幻のごとくか……
まあよい……これも光秀が選んだ道よの……
次に生まれてくる時は……日本がもっと……もっと……
「殿! 殿ぉーーー!」
ふ、蘭丸か……先に逝く……
儂の首……誰にも渡すでないぞ……
「殿ぉぉぉぉーーーーーー……」
「いぞっ!?」
な、なに今の?
えらくリアルな夢だったな。めっちゃ熱かったし……うわ、汗びっしょりだよぉ……冬だってのに……もー、シャワー浴びよ。
はぁー嫌な夢だった……いくら私の名前が織田信菜だからってさ。うちは別にあの織田信長の子孫ってわけじゃないし。たまたま名前が似てるだけ。こんな名前を付けられたせいでしょっちゅう揶揄われるんだよね。中学の頃なんかあだ名は『殿』だったし。
はぁー気持ちよかった。こんな時間だけどビール飲んじゃお。どうせ明日は休みだし。いや、もう今日か。テレビは何かやってるかなー。明け方って時代劇やってそうだけど。
あ、ちょうど信長やってるし。うっわ、本能寺めっちゃ囲まれてんじゃん。あのクソきんかん野郎……
ん? きんかんって何? 私何に怒ってんの?
うわ、信長めっちゃ強いし! 超強い! でもだめ! だんだん押されてるよお! あのつるぴかハゲ野郎!
ん? ハゲ野郎って誰が? 酔ったのかな? まだビール半分しか飲んでないのに。ふわぁあ、ねっむ。あー本能寺燃えてるし。熱いんだよなぁ……でも悔しいから絶対首なんか渡してやんないんだから! あーあ、人間五十年かぁ。私もう半分まで来ちゃったよぉ。でも二十五年も五十年も同じ一瞬だよねー。
あーあ、彼氏はいないし酒ばっかり飲んでるし。あー熱い! もう! ぐびぐび、ぷはぁ! はぁ……寝よ。
「はっ!?」
「気がついたか! 一名確保!」
「へっ!?」
「大丈夫ですか! 名前言えますか!?」
「あ、お、織田信菜……あの、何が……」
「火事ですよ。ギリギリでした。あれだけの火に囲まれてるのにグーグー寝てるとは、大物ですね。」
「は、はは……」
後で聞いたのだが、私の住んでるマンションに放火があったらしい。むしゃくしゃしてやったとか、上司にむかついてやったとか。ふざけんな!
幸い発見が早くて死者はなし。一番最後に助けられたのが私。近所のおばさんが避難者の中に私がいないことに気付いてくれたおかげみたい。明かりをつけたまま寝こんだのもよかったみたい。
で、そのおばさんに聞いてみたら夜明けのそんな時間に織田信長の時代劇なんてやってないって。変だな。今やってるのは『三匹が江戸を斬る』とか『必殺仕掛人』ぐらいだそうだ。確かに新聞を見てもその通りだった。
うーん、そんなに酔ってなかったはずなんだけどな。
あーあ、後片付け面倒だなぁ……でも生きてるだけマシか。かなりギリギリだったって話だし。あの時の消防士さん、イケメンだったなぁ……確か森さんって言ったかな。また逢いたいなぁ……
また……