明日のデートに馳せる想い
「おかえりなさいませ、イブログラディエス様。」
『ああ。』
「本日のご予定をお伺いしても?」
『明日、シアと人間界に出かけることになった。なので、明日の分の仕事も含めて終わらせる。』
「それはそれは!今から待ち遠しいですな。」
『……。』
「どうやらイブログラディエス様には何かお悩みがある様子…」
『いや、大したことじゃない。』
「左様でございますか。書類は執務室に運んでおきます。」
『ああ。頼む。』
暫く歩いた後、またもや深い溜め息がでた。
『はぁ…。』
シアは女神という存在も踏まえてとても綺麗で世界一美しい女性と言っていい。
そんな彼女と以前人間界にデートしに行った事がある。
その時は普段の姿だと色々と不味いので人間に見えるよう変装して行った。
その日の俺は正直少し浮かれていた。
初めての人間界でのデート。
必ず成功させてみせると密かに考えていた。
いざ人間界へ行ってみると周りの視線がシアに向いていた。
それに気づいた瞬間酷い不快感を感じた。
神というだけあって、人間とは違い感覚も鋭く、無論聴覚も良い為人間の小さい囁きや会話も耳にした。
シアに近づきたいだとか、触ってみたいだとか、チャンスがあれば…等々
一瞬思考が停止し、不快感から憎悪へと代わり、この五月蝿い蝿共をどう潰してくれようと本気で思った。
そこで初めて気づいた。
自分は相当に嫉妬深いのだと。
今まではそんな事はなかった。使徒達は俺達の仲をよく知っているし、邪魔しないよう気遣ってくれている。
愛しい時間と平和な時間が流れ、穏やかな時を過ごしていた。
それがどうだろうか。
人間界に来た途端にこの有り様。
正直俺自身に失望した。この想いは流石に重すぎると。
余裕がないと言われればそれまでだが、別に取られるとかそういった焦りは一切ない。
そこらの蝿に負けるとは思えないし、思わない。
たが、それとは別で蝿がシアに群がるのを許容出来る出来ないは別問題であった。
牽制と言うには控えめな程に、蝿に睨みをきかせ、多少の邪気を放った。
そこからは多少蝿も減った気がしたが、ずっと留まるわけもなく行く先々で視線がシアに向いた。
イライラして少し力が入り、地震が起きたのは秘密だ。
まぁ、シアにはバレているだろうが。
そんなこんなでその日のデートはまともにエスコート出来た気がしなかった。
今となっては苦い思い出だ。
それに比べてシアは嬉しそうだったが。
その日のリベンジが出来ると言えば聞こえはいいが、蝿が群がるのを知っている身としては進んで人間界へ行こうとは思えなかった。
が、シアとのデートが楽しみであるというのも事実。
そして、もう行くことは決定事項だ。
精々マシなエスコートが出来るよう努力しよう。
もし明日蝿が群がってきたとしても感情は抑えなければならない。
思わず嫉妬で人間界を滅ぼしてしまった…なんて目も当てられない。
ずっと不機嫌な奴と過ごすのもシアはつまらないだろう。
明日は余裕を持ち、完璧なエスコートをしてみせよう。
その為にも仕事を片付けなくては。
それに、シアを喜ばせる為にも色々としてやりたい。
明日は゛特別゛な日だからな。
俺はその足で自身の執務室まで向かった。
それまでの間に会ったメイド達に、
「憂い気な表情をされている邪神様…なんて尊いのかしら。」
「今日もあの美しいご尊顔を見られて天に登るような心地だわ。」
「何かお悩みなのかしら?私達に出来る事ならしたいけれど…それにしても美しかったわ。」
等々言われていることは知らず、明日のデートに思いを馳せるのであった。