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囚われの身







「きゃあっ!!」

「何だこれは!!」


 王国の貴族や他国の貴賓たちも知らされていなかったのか、悲鳴を上げシャルロットたちと距離を取る。夫人たちは我先にと会場から逃げ出していた。




 シャルロットは一気に事の次第を察した。

 それと同時に、サアアッと血の気が引いていく。




「……何の真似だ、ジャスナロク国王」


 アロイスはシャルロットを庇うように前に立った。

 凛としていて動揺を見せないアロイスに、スーザは「ほうっ…」と感心したように笑った。



「どうしますか陛下」

「全員を抑えることはできるか」

「王城内にはかなりの数の騎士が配置されておりました。ここの騎士を制圧するのは可能ですが、その後の保証は致しかねます」



 耳打ちし合っていた二人を見て、スーザは口元に笑みを浮かべた。

「既に知った後のようですな」




 だが関係のない事。

 



「今すぐ剣を下ろせ」




 こうしている間にも、王城中の騎士が集まってきているのだから。




 目線だけを外野に向けると、エリックとマルティン、ラクロワとトルドーも剣先を首に向けられ、両陛下が人質となったために動き出せずにいた。


 誰も、動くことができない……。

 怯む事なく睨みを効かせるアロイスを隣で見ていて、シャルロットはひやひやとしていた。




「ご自身の立場を理解なさっていないようですね」


 その予感は当たってしまい、良く思わなかったスーザが片手を上げた。

 その瞬間、アロイスに向かって剣が振り下される。




「アロイス様っ…!」


 シャルロットの悲鳴がこだました。




 キンッ…と甲高く剣先同士がぶつかり合う。


 モーガンがマントに隠していた帯剣を抜き、アロイスの目前で止めた。



「ディートリヒ公子、王城内で帯剣は禁止だったはずだが?」

「存じ上げております。しかし私はラングストン帝国皇帝陛下にお仕えし、臨時で護衛騎士を命じられた騎士。片時も剣を離す事などできません」


 相手の剣を弾いたモーガンは、アロイスの前に出る。


 帝国で唯一皇室の護衛を任されているディートリヒ皇室騎士団。その騎士団長代理であり、後の騎士団長となるモーガンの剣幕に、王国騎士たちは一歩二歩と後退った。



「怯むなお前たち」


 しかし国王であるスーザのその言葉で、もう後ろには引けないと冷や汗をかきながらその場に留まる。




「公子、先ほど我が王国軍はラングストン帝国に侵攻を開始した。

公子の仕える皇帝には人質となっていただこう」



 残っていた貴族たちはまさかの事態に呆気に取られていた。



「帝国に戦争を仕掛けるなんて…!」

「勝てるはずがない……」



 皆がそう思った。




 帝国は長年戦争により栄えてきた強大な戦勝国。


 何百年も戦争を繰り返し勝ち上がったことで、従属国も領土も増えていき、敗戦国から巻き上げた武器や資金を元手に、さらなる戦争を押し進めてきた。


 

 戦争で帝国に勝てないのは、幼い子どもでも知っていること。

 



「我々も、まずいのではないか。今のうちに王国を出た方がいいんじゃ……」

「そうだな。逃げるか降伏するかしないと、帝国に殺されるぞ…!」

「し、しかし、皇帝陛下が人質なら………」



 王国にも勝利はあるのでは…?






「ふっ…はっはっは!!」


 遠ざかって近づかない連中からぽつりとこぼれたその一言だけを聞き取ったスーザは、大口を開けて笑い声を上げた。



「彼らの言う通りだ。帝国に勝ち目はない」

「………」

 アロイスはシャルロットの手を掴み、ぐいっと引き寄せた。

 

 



「皇帝陛下はこちらにお連れして」

 現れたビアンカは大胆にも胸元が露出されたドレスを着ていた。

 それを見て、シャルロットには嫌でも逆行前の記憶が呼び起こされる。


「皇后陛下は、…ふふっ」



 愛らしい微笑みを向けられ、ゾゾッと悪寒が走る。まるでその後を予感させるようだった。




「連れて行け」

 騎士たちが近付こうとするとモーガンが前に出る。


「…待て、公子」

「…はい」


 このまま王国の騎士だけが増え続ければこちらが不利になるばかり。

 ざっと百はいそうな数の騎士を、シャルロットを守りながらディートリヒ公子と隠れた護衛騎士たちで処理するのは至難の業だ。




「…私を人質にするのは構わない。しかし皇后に手出しは許さない」

「ははっ…!君はもう命令できる立場にはもうない」

「……皇后をどうするつもりだ」

「そんなにその女が大事か」


 そう尋ねたスーザの目が、シャルロットにじろりと向けられる。



「ふむ、確かに…。良い女ではあるが」


 その舐め回すような視線に、シャルロットはビアンカに見つめられた時以上の震えが走った。

 …気色悪い。



「手出しをするようなら私は従わない」

「…父上、一先ず皇后は牢屋にでも閉じ込めておけば良いでしょう」


 このままじゃ状況が変わらないと思ったビアンカが呆れたように助言すると、スーザはふんと鼻を鳴らして顎で騎士たちを動かした。




「シャルロットを頼んだ」

「…はい」

 アロイスはすれ違い様にモーガンに囁いた。

 大人しくアロイスが自分の元までやって来たことに、ビアンカはにんまりとほくそ笑む。



「アロイス様…!」

「──シャルロット」

 


 騎士たちに取り押さえられ、シャルロットはアロイスの名を呼んだ。

 同様に騎士たちに両腕を押さえつけられたアロイスは、その目だけをシャルロットに向ける。


 ほのかに熱く燃える炎が、乱れた前髪に隠されていた。



 …今ではない。


 シャルロットはそう言われているように感じた。




 それでも。




「ゔっ…」


 モーガンは屈強な騎士たちに背中を足蹴にされ、その場に蹲って頭をつくような体勢になっていた。


「ディートリヒ卿…!」



 騎士たちが容赦なく背中を押しつぶし、モーガンは呻き声を上げる。



「さあ、陛下。こちらへ」

 ビアンカに誘われたアロイスは彼女の後をついて行く。




「皇后陛下はこちらに」

「っ待ってください!ディートリヒ卿が…!」



 シャルロットが迷っている間に、アロイスたちの姿はなくなり、モーガンを押さえつける男たちの力は強くなっていく。




 それでも。

 こんな状況で、大人しく従うなんて……。



「皇后陛下をお一人にするわけにはまいりません。私も共に連れていってください」

「っわたくしからもお願い致します!」

 モーガンの提案にシャルロットも乗っかり、騎士たちをうるうるとした目で見上げる。



「…しょうがないですね」



 騎士の一人は照れたように頬を掻きながら、モーガンを解放するよう指示を出した。






「帝国に戦争を仕掛けるなんて…大丈夫なのかしら」

「今のうちに王国を出た方が良いんじゃ…」

「皇帝陛下たちを人質に取るなんて、失敗したら死刑どころじゃ済まないわ…」



 王国貴族たちの意見は割れていた。大多数は帝国に逆らうことを恐れていたが、中には国王の行いを優れた手腕だと褒め称える者もいた。




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