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信じられるのは










 私に靡かない男などいなかった。



 光に当たると透けてグレーを帯びる柔らかな髪、色素の薄いピンク色の瞳、人々を惑わす唇。


 全て美しい母譲りのもの。



 社交界の男たちは婚約者がいても“愛らしい王女”の気を惹こうと夢中だった。

 美しい女を手に入れることが男のステータスなら、権力のある男の寵愛を受けることも女のステータス。



 自分の立場を高めるためなら、何でも利用した。

 自分の身分も、財産も、体も。


 お香を使って自らも快楽の底に落ち、愉悦の狭間を楽しんでいた。



 

 今回も簡単だと思っていた。


 気品があり優美な立ち振る舞いの皇后は確かに私とは違った魅力があるようだったけど、どんなに美しい婚約者がいても、愛らしい王女の誘惑を前に断る男などいなかったから。

 媚薬の成分が入った香水を身にまとい、いつものように猫のように忍び寄る。

  

 


『最後の夜ですし、お茶でもいかがですか?』

『…妻が部屋で休んでいる。離れるわけにはいかない』



『お引き取り願おう』

『では、挨拶が終わったら食事でもいかがですか?

最後の機会ですから…』

『それは国王を交えてのものか?国家間の交流という名目なら断れないが、個人的に親睦を深めるつもりはない』





 けれどあの男は違った。


 例え一国の王であっても、男ならばすんなり私を求めたのに、彼は私の美貌にも身にまとった香水にも惑わされなかった。

 初めはそれが面白くなくて、絶対に手に入れたいと思うようになった。


 大陸を統べる大国ラングストン帝国の皇帝。

 そんな男を手中に収めたら。

 皇帝の子どもを懐妊し、皇帝を殺せば。




 この大陸は私が支配できる。





 しかしそんな野望さえ霞むほど、皇帝は私に靡かなかった。常に皇后と共に行動し、皇后を気にかけ、心配し、愛していた。


 愛なんて、虚な幻想に過ぎない。


 私に言い寄る妻帯者も他所に女を作っているし、好きだの愛してるだの口だけ達者でも少し自身の予想外の事が起こると動揺して怒鳴り騒ぐ。

 


 愛なんてあるはずがない。



 かつて母に魂を奪われたとされた父でさえ、今や若い女にうつつを抜かし、母を想っていた気持ちなど覚えていないのだから。



 



『皇后陛下は幸せですわね、皇帝陛下に愛されていらっしゃる。羨ましいですわ』


 

 今だけ夢を見ているに過ぎないのに。



 本当に、皇后陛下を愛しているの?



 他の女など目にも入らないほどに?

 



『わたくしもたった一人の人に愛されてみたいです』




 思ってもない言葉が口をついて出ていた。愛されたいなど、思ったことはない。

 それなのに何故、そんなことを言ってしまったのだろう。








「どうだったビアンカ」


 会場に戻るや否や、玉座に腰掛け酒を嗜んでいた父スーザは意気揚々と尋ねてきた。


 酒臭い……。

 

「計画は変更くださいませ」

「あれほど意気込んでいたのにダメだったのか!」


 酒が回って気が昂っているのか、スーザは声を張り上げる。次の酒を用意していた侍従たちがちらりと振り向いた。



「父上、計画がバレます。大声はやめてください」

「ふんっ、こういう時に役立たないのは母親そっくりだな」

 ビアンカは奥歯を噛み締める。


 普段は気が小さくて、自分から皇帝に何かを仕掛けたことなどないくせに…。

 施策や今回の作戦も元老院の優秀な部下や頭の切れる若い衆から出たもの。

 それをチェスの駒のように動かすだけで、この男は自ら動くことも、恩を返すこともしない。





 ……私を守れるのは、私だけなのよ。





 唯一帝国で暗躍していたモーリッツにも裏切られた。


 あの男…、一度その命を救ってやったのだから、命を賭してでも私に忠誠を誓うべきだったのに。






「仕方ない。


…軍長に指示しろ。




“帝国への侵攻”を始めろとな」





 スーザの言葉で、控えていた一人の騎士が返事をして姿を消す。






 

 ビアンカは瞼を下ろし、長く息を吐く。

 柔らかなミルクブラウンの髪に赤黒い血がべったりと付いている光景が浮かび、知らず知らず口元を引き締めた。





 

 …私は、奪われるばかりの人生なんか送らない。







 奪われる前に、全てを奪ってやる…!











「大変です陛下!」

 シャルロットと最後の挨拶を終え、ホールを出ようとしていた時だった。


 モーガンは息を切らしてアロイスの元までやってくると、周囲を気にしながら声を潜める。




「先程、兵士を引き連れたジャスナロク王国軍が、我がラングストン帝国に攻め入ったとのことです!」

「何だと…!」


 普段は声を荒げないアロイスが、人目も気にせず声を上げた。

 アロイスに目配りをされ、シャルロットは嫌な予感がした。



「数は」

「正確な数は分かりませんが、恐らく数万人はいるかと…」

 

 逆行前と同じ、帝国への侵攻。

 一度経験したことがあるとはいえ、帝国の皇宮にいた時以上の衝撃だった。



「…シャルロット、すぐに帝国に戻るぞ」

「え……何故…」




 今は敵陣の真っ只中。

 




「どこへ行くというのですか」 



 

 どこからともなくやってきた王国騎士たちが、シャルロットたちを取り囲む。指示が飛び交い剣が抜かれると、その切先はシャルロットとアロイスに向いた。





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