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回想ーベア・モーリッツ(3)




 その後昇級試験である大会で好成績を収め、上位騎士となった。ビアンカ王女殿下主催の大会だったため、優勝の言葉を受ける際も御目通りいただくことになった。

 王宮内を案内され、指定された部屋にノックをしようと手を伸ばした時だった。


 

「ああ、あの女を身代わりにして生き残った騎士ね」


 その発言に、どくんと心臓が跳ねる。

 軽やかなくすくすという天使の笑いは、悪魔の笑い声に聞こえた。



「今後の振る舞いには気を付けるよう注意しておきなさい。

情報を漏らしたと思われた陛下が残酷な判断を下される前に、わたくしが手を下してあげたことに感謝すべきよ」

「仰る通りでございます」


 騎士団長がへこへこと頭を下げながら返している情景が目に浮かぶようだ。

 そして王女の微笑みもまた、簡単に頭に浮かんだ。



「まあ、火に炙られて苦しんだのでしょうから、その女の罪も晴れることでしょう」


 

 まるで自分が神にでもなったかのような発言。




 ベアの頭の中が真っ赤に染まっていく。炎のように激しく燃え上がる憤りを覚え、あまりの怒りに震えていた。




「それにしても瀕死の騎士を連れ込むなんて、手慣れているわね。そんな手腕、ぜひ教えて欲しかったものだわ」




 彼女はそんな女じゃない。




 彼女を愚弄するのは許さない───!





 


 失った喪失感は、殺された怒りへ。

 全てがビアンカ王女の指示だったと知ってから、俺は胸の内に憎悪を膨らませていった。




 同年代からは遅れて王立学園にも通い、騎士としての力を身につけながら貴族として身に付けられたマナーや振る舞いをするうち、笑顔という仮面に素直な思いを隠すようになった。

 周囲を騙し味方に付けるのはとても簡単だった。


 それは、ビアンカ王女も例外ではなかった。



 王国は表向き帝国と友好関係を築きながら、裏では長年帝国と肩を並べようとしてきた。それがいつしか、帝国を蹴落とそうという考えに変わり、現国王のスーザ国王と元老院の者たちは画策してきた。



 帝国に留学したのも元老院の者たちの案だった。騎士として王国で名を轟かせた俺が帝国に赴けば皇室騎士となるのも夢じゃない。


 皇室に関わり、諜報員として暗躍するには騎士は適任だった。


 皇族の護衛騎士にという腹積りだったようだが、皇室騎士団として皇宮に自由に出入りできるようになっただけでも元老院の者たちにとっては及第点だったようで、夜通し酒を飲み明かしていた。



 しかし国王とビアンカ王女は不服そうに渋面をつくった。


「どうせなら護衛騎士に任命されんか。出来損ないが」

「父上の仰る通りだわ。皇宮に出入りできるだけじゃ何の役にも立たない。皇帝たちの懐に潜り込まなきゃ意味がないのよ」




 治める国の民一人、こいつらにはアリのようにしか見えてないんだろう。

 いなくなっても不都合のない、殺しても罪悪感も抱かない存在。


 ただのチェスの盤上にある駒。


 


『──ベア』




 彼女の笑顔が脳裏に浮かび、膝をつきながらも血が滲むほど拳を握り締めていた。





 


 いつしか、復讐を考えるようになっていた。



 こいつらを絶頂から突き落としたら、俺と同じ絶望を味わうだろうか。

 殺されたレイラの無念を、少しでも晴らすことができるだろうか。












「……俺と出会わなければ、レイラは巻き込まれなかった。死ぬこともなく、今も父親の帰りを待ち、平和なあの山で今ものびのびと暮らすことが出来た」

「…っ……そんな…」

 シャルロットは言葉に詰まり、苦しくなったドレスの胸元に手を当てていた。




 アロイスは拳を固く握り締める。

 ベアの気持ちは痛いほどよく分かっていた。



 “自分と出会っていなければ、相手はきっと幸せだったに違いない。”


 それは、かつてアロイスも思っていたことだった。

 





 初めて聞く、ベアの心の内。





『こちらにいらしたのですね、皇妃殿下』



 

『…モーリッツ卿……。どうしてこちらに…』




『ビアンカ様に命じられ、貴女を探していましたが…骨を折られましたよ。逃げ回るのが得意なんですね』


 


『シャルロット皇妃殿下。ビアンカ様の下命により、ここで死んでもらう!!』







「こんなことをしてもレイラが返ってこないことは分かってる。

だが…死ぬことも考えた俺は、あいつらを憎むことで今日まで生きてきた。あいつらが帝国を侵略し制圧した暁には、この手で一族を皆殺しにしてやろうと」

「………」




 ずっと、モーリッツ卿を恐怖の対象として見てきた。



 彼は最後の瞬間まで人を殺すことを躊躇しなかった。


 わたくしも、アロイス様も、簡単に彼に追い詰められた。



 


 けれどそれは、彼の復讐の一手だった。



 ビアンカ王女だけでなく、モーリッツ卿にも利用されたのね…。


 そう思うと、自然と息をついていた。



 けれどシャルロットはベアに怒りが湧き立つなんてことはなかった。

 それどころか寧ろ、一度愛する人を失いかけたシャルロットには、その恐怖と苦しみが自分ごとのように思い出され、やりきれない思いでいっぱいだった。




「しかし今は…そのつもりはない」

 それまで話していたベアが長く口を閉ざしたことで、シャルロットは顔を上げた。ベアはシャルロットの顔をまじまじと見つめている。


「……?」


 シャルロットの肩がぐいと引き寄せられる。見上げるとアロイスが警戒するようにベアを見据えていた。






「…シャルロットの異父姉妹、だったからか」

「え……?」


 シャルロットの青色の瞳が瞠った。


 ベアは首を縦に振る。




「ずっと気がかりに思っていて、王国に戻ってから真っ先に調査した。そしたら……」

「…ま、待ってください。母は婚姻歴など他にありません。それに、他に子どもがいたなど、聞いたこともありません…!」



 小さな公国とはいえ、一国を収める立場であるお父様の妻となる者。離婚歴があり、前夫との間に子どもがいたならば、婚姻は簡単に認められたはずがないのに…。



「書類上の婚姻をしていなかったんだ。偶然身篭り、男の元に子どもだけを置いて出て行った」

「…っですが、母は公国の出身のはずです」



 取り乱すシャルロットとは対照的に、アロイスの中ではパズルのピースがはまるようだった。




「シャルロット、そなたの母上は公国の出身だが、舞台女優になることを夢見て大国ジャスナロク王国へ出たことがある。出国記録は私も確認したことがある」

「…そんな……」


 

 頭がぐちゃぐちゃに乱れているシャルロットだったが、突拍子もないその話をようやく呑み込もうとしていた。



「…では…レイラさんは……、わたくしの…」

「姉だろう。父親が異なるがな」

「…………」




 ──姉。




 唐突にそんなことを言われても、家族としての感情は湧かないし、想像もできない。




 わたくしに、姉がいたなんて……。





「皇后陛下は彼女にそっくりだった。だがまさか、本当に姉妹だったとは知らず…。

知っていたら、貴方を追い詰めるようなことはしなかった」

 ベアは片足を引き、その場に膝をつく。




「これまでの行いを謝罪させてください」


 頭を下げられ、真剣味を帯びた声色をしているベアは、シャルロットには少し居心地が悪かった。




「謝罪だなんて…。もう、いいのです…」




 彼も愛する人を失った。



 それも、たった一晩で。



 きっと沢山の思い出を作りたかったはず。春を迎え、花畑の中を一緒に歩きたかったはず。



 同じ思いをして復讐まで誓ったベアを責める言葉は、欠片も浮かばなかった。




「良いわけないだろう」

「アロイス様」

 ベアを睨みつけ立ち上がろうとするアロイスをシャルロットは抑えようとしたが、それでも男の力には敵わなかった。


 アロイスはベアの前で立ち止まると、軽蔑の眼差しで見下す。



「俺は忘れない。

シャルロットが孤児院で侮辱を受けたこと、誘拐されそうになったこと、その他もだ。

一度の謝罪で受け入れられるものではないだろう」

「…それでも…」


 シャルロットは慌てて駆け寄り、その手を握る。

 温かく大きな手は、シャルロットの手を握り返してきた。



 わたくしは、今あるこの幸せが当たり前ではないことを知っている。



 逆行する前からアロイス様の愛を求めて、逆行した後もこの方の温もりを求めていた。

 



「それでも、わたくしは……、咎める気にはならないのです」


 シャルロットの肩から力が抜けていく。




 モーリッツ卿も、同じ。


 わたくしと同じで、特別なその人を求めているだけ。





「モーリッツ卿。

姉を助けてくださり、ありがとうございました」

「助けてなどいません…」


 父親を失い、2年も一人で山に暮らしていた姉。


 皇宮の中で一人ぼっち同然だったわたくしも、あの頃は毎日のように寂しい思いをしていた。



「いいえ。孤独だった姉は、きっとモーリッツ卿によって救われました」


 ベアはふと顔を上げる。


 シャルロットは微笑んでいた。

 まるでレイラと瓜二つな微笑みは、意志の強い瞳が和らぎ、見る者全てを虜にしてしまうような穏やかなものだった。


 ベアは目頭が熱くなるのを感じながら深く頭を下げる。



「──今後は皇后陛下にこの命を捧げます。

どうぞ何なりと命じてください」





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