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思わぬ助け船

誤字脱字報告ありがとうございました!





 扉が勢い良く開かれる。重い足音がドッドッと響き、騎士や令嬢たちが溢れんばかりに入ってきた。

「こちらで不貞行為があったと報告があり……!」


 

 王城での不貞行為。それを制止しに来たであろう騎士と、背後でちらちらと顔を覗かせるゴシップ好きな令嬢たち。

 ソファーに押し倒されていたシャルロットは、ハッとして目を向け、その光景に硬直していた。


「こ、これは……っ」

 皆一様に目を剥いていた。



「……私とシャルロットは夫婦だが、それでも不貞行為だと?」




「し、失礼致しました!!皇帝陛下!皇后陛下!」


 騎士はきびきびした口調で無礼を詫び、他の騎士たちと共に勢いよく頭を下げた。令嬢たちもまた、顔を真っ青にして礼をする。

 帝国の皇帝と皇后の色事の邪魔に入ってしまった非礼に、頭を垂れたままの姿勢で動かなかった。




「誰だ。そんな密告をしたのは」

 低いバスの声は怒気を孕んでいた。皆いつかの使用人たちのように膝がガクガクと震え、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。


「そ、それは、わたくしも、報告を受けただけなので…っ」

「すぐに調べろ。そして全員出て行け」

 その一言で、令嬢も騎士も部屋から逃げていく。潮が引くようにさーっと人がいなくなると、アロイスは体を起こした。




「見事でしたね」

 カーテンの影に隠れていたベアが現れると、嫌悪を露にする。

「何のつもりだ。ベア・モーリッツ」

「お救いしたまでです。お伝えしたように、“そこ”は私が命じられていた役でしたから」


 起きあがろうとするシャルロットの背中に腕を回し、助けるふりをして抱きすくめた。

「…アロイス様…?」

 顔を上げようとするシャルロットの後頭部を引き寄せる。にやにやと笑うモーリッツが憎たらしくて堪らない。


「…何故お前がここに居る」



 逆行前と同じように、私の見えないところで密会をしていた。またシャルロットを狙っているのか…?

 



 時は少し遡る。



 アロイスと男である騎士三人は休憩室前の廊下に取り残されていた。


「陛下は休まれないのですか」

「誰かがシャルロットを狙うかもしれないからな。ここにいるのが最善だろう」


 廊下に佇むアロイスたちの元へ、コツコツと足音が忍び寄る。振り返らずとも分かる、むせ返るような強烈な香りにアロイスは眉を顰めた。


「ここにいらっしゃったのですね。皇帝陛下」

 ビアンカが微笑むと、ラクロワは「すっげーかわいこちゃん」と心を射抜かれたように目をハートにさせていた。


「自堕落な奴め」

「まあ、その身軽さが奴の良い点でもある」

 トルドーは嫌悪感を露わにして呟き、エリックは軽やかに笑っていた。




「最後の夜ですし、お茶でもいかがですか?」

「…妻が部屋で休んでいる。離れるわけにはいかない」

 傘下とはいえ大国でもある王国の王女を相手に、無礼な態度は取れない。

 アロイスは最低限の言葉は発しつつ、その顔はシャルロットのいる休憩室に向けられていた。



「ではわたくしもご一緒します」

 しかしビアンカはあろうことかその隣に並び、唖然としたアロイスに微笑みかけた。



 眉の一つも動かしやしない。この女のことだから不快感が態度に現れると思っていたのだが…。

 しかし今だからそう思うが、過去にはこの女は一度も私に逆らったり機嫌を損ねるようなことはしなかった。

 王女として、隠すべきところは徹底しているわけだ。




「皇后陛下は幸せですわね、皇帝陛下に愛されていらっしゃる。羨ましいですわ」



 ふとその声色が和らぎ、薄桃色の瞳が切なげに揺れる。

 やけに悲しそうに見えるのは、俺が逆行前の記憶も持ち合わせているからだろうか。



「わたくしもたった一人の人に愛されてみたいです」


 まるでそれが、本音を語っているように聞こえた。



「…王女なら選り好みだろう」

「まさか。決めるのは陛下ですから」


 しかしそれも一瞬だった。瞬きをした次の瞬間には誰もが見惚れる魅惑的な王女に戻っていた。



「あっ…」


 突然ふらついたビアンカはアロイスに寄りかかる。吐き気がするほどの香りにアロイスは我慢しきれず口を覆った。

 かつて感じた高揚感が、再び湧き起こりそうだった。



「申し訳ございません。人に酔って会場を出てきたので少々目眩が…。部屋まで送っていただけませんか?」

 これも計算のうちだろう。その部屋には何が待っているのやら…。


「では護衛騎士を寄越そう」

「いえ、陛下に送っていただきたくて…」


 ビアンカは引き下がらなかったが、アロイスもまた頑なだった。


「生憎私は多忙な身の上。この後もシャルロットと最後の挨拶を控えている」

 寄りかかったままのビアンカの肩を突き放す。



「お引き取り願おう」

「…では、挨拶が終わったら食事でもいかがですか?

最後の機会ですから…」

「それは国王を交えてのものか?国家間の交流という名目なら断れないが、個人的に親睦を深めるつもりはない」


 きっぱりと断られ、ビアンカの中で何かが切れた気がした。


 


「…今頃その部屋では皇后陛下もお楽しみかもしれませんよ」


 そんなことを言っても、逆上させてしまうだけなのに。

 ついそんな言葉が口から出てきていた。



「…まさか…」

 嫌な気配を察し、アロイスは扉に手を掛けた。



 皇后の名を叫ぶ声は、死に別れた愛しい恋人を探し求めるような悲痛な声だった。







 同じ頃、ソファに横になったシャルロットに覆い被さったベアは、一度はその状況を楽しんでいるように見えた。


「誰かがこの役割を果たさなければなりません」

「え…?」

「私がしたいところですが…」

 ラベンダー色の髪を一束取り、口付ける。あまりに自然な流れで、目を伏せた表情に思わず見惚れていた。


「…それは貴方を困らせてしまうでしょうから」

 そう言ってベアが立ち上がったところで、バンと扉が乱暴に開かれた。



「シャルロット!」

 アロイスの目がまずシャルロットを見つけて、次にベアを捉えた。



「あっ」

 その瞬間、騎士より早くアロイスはラクロワの懐から剣を抜き、距離を詰めた。

 エリックとトルドーも剣に手を掛ける。


「貴様、何しにここへ来た」

 剣を首に突きつけられているというのに、ベアは微塵も動揺していない。

「…答えろ!」

 力が入っていた剣はベアの首を擦め、切れた箇所から一筋の血が流れた。



「っアロイス様!」

 はらはらとしながらも見守っていたシャルロットだったが、血を見ては口を挟まずにいられなかった。


 この男からはシャルロットを傷付けようとする敵意を感じない。

 害を加えることはないだろう。だが……。



 歯噛みしたアロイスは仕方なく剣を下ろす。シャルロットはほっと胸を撫で下ろした。


「…時間切れです」


 アロイスから剣を奪ったベアは、アロイスをトンと押した。倒れかかったアロイスはシャルロットを押し倒したような体勢になり、ソファーに手を付いた。



「っ貴様!」

「護衛騎士は端に避けていた方がいい。踏み潰されるぞ」



 ベアはバルコニーに出るとカーテンの死角に隠れた。忠告を受けた騎士たちは壁側に寄り、マルティンは手にしていた剣を構える。


 起きあがろうとするアロイスを宥めるように、シャルロットは首に腕を回した。

「…シャルロット?」

「……従ってみましょう」


 何を考えているのか分からないけれど…。

『誰かがこの役割を果たさなければなりません』

 きっと、何か意味があるはず。



「…何故あの男と共にいたんだ」


 その問いに答えようとしたところで、扉が開かれ、騎士と令嬢が押しかけた。





 まるで、ベアには未来が見えていたかのように。





「もう一度聞く。帝国でシャルロットに無礼を働こうとし、逃亡した貴様が、何故シャルロットと一緒にいたのか、説明してもらおう」



 節々を強調したアロイスは厳然とした態度でベアを見据えた。怒りが込められたその瞳に、ベアはクスッと笑う。



「愛されておりますね、皇后陛下」

「愚弄するのか」

「とんでもございません」

 帝国民に囲まれているというのに、ベアは緊張した素振りを見せない。本来緊迫するはずの空気が和らいでいるのは、ベアが飄々としているからであろう。



「アロイス様…。モーリッツ卿の指示に従わなければ、今頃私は不貞を疑われているところでした。

それに…入室した際、部屋からは微かに甘い香りがしました。本来あったお香を、モーリッツ卿が処分してくださったのではありませんか?」

 

 お香でわたくしも錯乱状態に陥り、モーリッツ卿とよからぬ事があっては、わたくしの方が立場を追われていた。


 シャルロットは詰め寄るアロイスを宥めるように背中に手をやる。

「私を庇ってくださるのですか?」

「そうではありません。ですが…助けられたのは事実です」

 


『私はあなたの味方です』



 いつかの言葉は、必ずしも嘘ではないのかもしれない。


「…あの者を信用するのか」

 一度は二人とも、殺されかけた。

 彼に剣を向けられたら、きっとわたくしは恐怖に足がすくんで動けない。


「いいえ。ですが…不貞疑惑を掛けられていれば、ソフィーの件と相まってわたくしの立場はありませんでした。

体裁を守っていただいた事に関しては、御礼を申し上げます」

「………」

 頭を下げたシャルロットとは異なり、アロイスはその目に警戒の色を浮かべていた。

「あのような者に…」



 シャルロットの純粋な姿に心を打たれ、ベアは胸が苦しくなった。



「私は…、かつて、皇后陛下とよく似た者に命を救われました」

 そのせいで、心の内にしまっていた感情が湧き出す。

 


「貴方になら、隠すことなどございません。…全て、お話ししましょう」



 そうして、ベアは語り始めた。


 自分がビアンカの手駒となったきっかけを───。




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