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誘惑

パーティは中盤ですが物語は終盤です…!





 パーティは既に中盤に差し掛かっていた。中央のダンスフロアでは令嬢たちのドレスが花のように広がり、指輪やネックレスが光り輝いている。

 王城の使用人に目撃されたこともあり、シャルロットに関する大まかな事情は既に王国貴族たちに知れ渡り、貴族たちは憐れみや同情の目でシャルロットを見つめた。


 シャルロットが倒れたことはいたましく、さらにその侍女が毒を盛ったというのだから、さぞショックだったに違いないだろう、と。



「皇后陛下にご挨拶申し上げます」

 茶会に参加していた夫人たちがぞろぞろとやって来る。

「あれから寝込んだと聞きましたが、もう出てきて大丈夫なのですか?」

「お陰さまで、もうすっかり良くなりましたわ」

 夫人たちに最後の挨拶をして、シャルロットとアロイスは挨拶回りをした。といっても、帝国と皇帝と皇后だから、どこかへ移動する事もできず次から次へと人がやって来ては、最後に繋がりを持とうと必死だった。




「まあ、皇后陛下。今宵は参加していただき嬉しい限りですわ。

あれから具合が悪くなられて、心配してたんですよ」


 その人物がやって来ると皆が道を開けていく。細やかな刺繍が施された黄金のドレスと胸元で主張を強めるダイアモンドのネックレスが、その存在の偉大さを知らしめていた。


 大袈裟なほど悩ましげな顔をしたビアンカは、今日まで何日も寝込んだことを言いふらすようだった。

 やはり、黙っているわけないわよね。



「両陛下にご挨拶申し上げます」

「……ああ」

 シャルロットは帝国で流行りのドレスはコルセットを使わず、ウエストが自然と絞られたデザインのドレスだった。

 まだヒールで立っているのは辛いけれど、コルセットがないだけ楽なもの。


「ご心配をお掛けしました。すっかり元気になりました」

 ビアンカに負けまいと、シャルロットは余裕の表情を作る。

 しかし扇子の奥で、ビアンカの目が笑っていた。



「身近にいた侍女に裏切られるなんて、さぞお辛いことでしょう」

 そう言いながら、ビアンカの表情は自身が作り出したこの状況を楽しんでいるようだった。

 


「…ソフィーはそんなことをする人ではないと、わたくしは信じておりますから」

 青い瞳が落ちた瞼に隠される。たった一つシャルロットが慎ましい振る舞いをするだけで、周囲は同情的な視線を向けた。


 この女…演技してるわね…。ビアンカは扇子を軋むほど握りしめた。

「ですが、物証も見つかっておりますし」

「ソフィーはわたくしの身の世話に追われておりましたから、部屋はほとんど無人でした。物証を部屋に仕込んでおくくらい、誰でもできたでしょう」

「…その信頼が裏切られることのないよう、祈っておりますわ」

 きっとシャルロットを睨みつけて目を離さないビアンカの前に、アロイスが立ち塞がる。


「申し訳ないが、まだ挨拶をしなければならない者たちが後につかえているんだが」

「…では、この辺で失礼致します」



 くるりと身を翻したビアンカが去っていく。

 てっきりもっとずかずかと踏み込んでくると予想していたシャルロットには拍子抜けだった。


「あんなにあっさりと引き下がるなんて…」

「公衆の面前で目立つ争いはしないはずだ。体裁を気にするだろうからな」

 まさか、パーティが終わった後…?

 



 王国貴族たちに挨拶をしている最中に気分が悪くなったシャルロットは、アロイスに連れられてホールを後にした。

 まるでずっとゆらゆらと揺らされているかのように気分が悪く、足取りもままならない。副作用のせいか悪寒が走り、鳥肌が立っていた。


「あと少しでしたのに…わたくしのせいで…」

「病み上がりにあのような場に出たのだから無理もない」



 扉を開けられ、中へと促される。

 …甘い香りがするような…?

 王城の貴族用の休憩室だった。暖炉には薪に火がくべられ、室内はとても暖かい。


 しかし王城の休憩室は男女分かれている決まりで、アロイスは部屋には入らなかった。


「座って休め」

「ありがとうございます」

 道中背中をさすられ、少しだけ気分が楽になっていたシャルロットは、なんとかアロイスと目を合わさられた。


「何かあったら直ぐに呼べ」

 アロイスの目は真剣そのものだった。

「はい」

 そう返事をするとアロイスはフッと表情を和らげ、自身の外套をシャルロットに掛けた。

「しっかり温まってから戻って来ると良い」

 




 扉が閉ざされ、シャルロットはマルティンに支えられて中央のソファに腰掛けた。

 …アロイス様の香り…。

 外套から温もりと共に香水でもない香りが伝わり、心が安堵したのか自然と瞼が降りていた。


「少し休んだらすぐに戻らなきゃ…」

「陛下なら待ってくださるはずです。そんなに急がれなくても…」

「でも、あと少しで挨拶も終えて部屋に戻れるのよ」


 

 暖かさでシャルロットはうとうとし始めた。

 そんな時だった。




 バンっと背面にあるバルコニー扉が開かれる。

 マルティンはすぐさま振り返り、咄嗟に剣を抜いた。



「何者だ!!」


 風でカーテンが靡くと、凍てつくような風が吹き抜ける。

 シャルロットは向かい来る風に目を細めていたが、やがて姿が見えて来ると立ち上がるほど驚愕した。


 今度は舞踏会に相応しい服装で、柔らかな髪が風に揺れている。背後に満月が浮かび、骨董品を盗みに来た怪盗さながらだった。




「モーリッツ卿……」

 名前を呼ばれると表情が幸せそうに和らいだ。



「皇后陛下にご挨拶申し上げます」

 頭を下げられても、シャルロットは茫然としていた。



「…貴様、また皇后陛下を狙って…」

「今度はそういうわけではない」

 マルティンはいっそう顔を険しくさせて距離を詰める。

 皇后陛下の誘拐に加担し、あろうことか手を出そうとした者…。

 そう考えると、マルティンの警戒心は高まるばかりだった。



「あれは王女の命令だった。だが今は…従うつもりはない」

 やはり、同郷の二人には既に繋がりがあったのね。

「帝国に留学したのも…?」

 ベアが頷く。

 

「じゃあ今度は何のようだ」

「王女の命令でね」

「従ってんじゃねーか!」

「来ることまでは従ったが、この先は従わない」


 思わず怒鳴るように突っ込んでいたマルティンは、やけに淡々としたベアに違和感を覚えた。

 帝国で見かけた時は人当たりの良い笑みを常に浮かべていたものだが、今は素の表情だ。

 帝国では取り繕っていたが、まさか本当にもうやめたのか…?


「じゃあ何をするつもりだ」

 マルティンは少しばかり警戒を緩めた。

 ニコリと微笑んだベアはシャルロットの前までやって来ると、床に膝をついた。


「皇后陛下に忠誠を誓います」

 戸惑うシャルロットの手を取り、甲に唇を寄せる。

「っ…!」

 驚いたシャルロットはサッと手を引いた。帝国で会っていた時のような恐怖や嫌悪感はないものの、アロイス以外の人にそれをされることに抵抗があった。



 しかしベアは気分を害した様子もなく、悠然と立ち上がると扉を見据えた。

「理由は後でゆっくり伝えましょう。今はこの場を乗り切ることが先決です」

「乗り切るって…?」

「まずはそこに横になってください」

 

 尋ねたシャルロットの質問に答えず、ベアはそことソファーを指した。

「何をするつもりだ!」

「時間がありません」

 一層ベアを睨み付けるマルティンと、涼しい顔でシャルロットに微笑むベア。


「…分かりました」

「っ皇后陛下…!」

 シャルロットは素直に指示に従った。何をされるのか不審に思う気持ちも残ってはいたが、何故か敵ではない気がしていた。


 ベアはふっと笑うと、シャルロットの隣に腰を下ろし、囲うように両側に手を付いた。


「っ……」

「良い眺めですね」

 蠱惑的な微笑みに、シャルロットはたじろいだ。



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