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陰謀






 王城の日当たりの良い一室、そのテーブルにはティーカップが並び、最奥の席にいたビアンカは孔雀の羽を編み込んだ扇子を手に上品に微笑んだ。

「いかがでしょう?」

「香ばしいだけでなく、味もあっさりしていて飲みやすいですわね」

「こちらの茶菓子に良く合いますわ」

「まあ、ありがとうございます」


 夫人たちに褒められ、ビアンカは大層喜んでいる様子だった。

 

「本当に素敵なティーパーティーですわね。部屋中にあるサンザドルのオレンジの花がとても華やかですわ」

「でもサンザドルにオレンジの花があったなんて知りませんでした」

「確か、王城でしか咲かない花があるとか。そうですわよね?」

「ええ。夫人の仰る通りです。気に入っていただけたようで、用意した甲斐があります」



 そう、これはビアンカ王女が主催したお茶会。

 王国の夫人たちだけでなく、生誕祭に招待された各国の貴賓が揃っているのに、シャルロットだけが断ることもできず、やむを得ず出席した。

 本当は、心の底から出席したくなかったのだけれど…。


「皇后陛下もお飲みになってください。茶菓子と合わせるとより甘みが広がりますわ」

 ビアンカのその一言で、その場の視線がシャルロットに集中する。


 まさか、わたくしが飲んでいるふりをしていたのを見破ったの…?



「先程いただきましたわ。確かにお茶菓子と合うようで、とても美味しかったです」

「あら、そうでしたの?あまり減っていないようですので、てっきりお口に合わないのかと…」

「誤解させてしまい申し訳ないですわ。実は先程皇帝陛下に急遽ティータイムに誘われてしまい…、あまりお腹が空いてないのです」



 アロイスとの親しさを仄めかされ、ビアンカの眉がピクリと吊りあがった。


「まあ、皇帝陛下からお誘いになられたんですか?」

「男性側からお誘いするのは珍しいですわね」

「即位式の日に求婚を受けられたんですよね。他の妃は迎えないと、堂々と宣言されたとか…。羨ましいです」

「皇帝陛下の愛を一身に受けていらっしゃるのですね」


 

 危うく薄情な印象を与えてしまうところだったわ。けれどその危機を、“皇帝に愛されている皇后”に変えられた。

 ちらりとビアンカを見やると、眉根を寄せて恐ろしい形相をしていた。


「ふふっ…、それほどでもありませんわ」

 シャルロットは優雅に微笑んだ。



 皇族が口にするものは事前に毒見がなされる。他国との交流の場では相手に悪印象を与えてしまうため毒見がない場合も多々あるが、特にここでは気をつけるようアロイスにもソフィーにも言われていたシャルロットは、本当に何かを口にすることはしなかった。

 



 侍女たちが空になった皿を回収すると、新しくお菓子が運ばれてくる。

「こちらはカモミールティーと木苺のクッキーになります」


 頻繁に食事や紅茶を差し替える。

 これも何かの罠なのかしら…。

 


「積み立ての木苺を使用しました。どうぞお召し上がりください」


 その爽やかな酸っぱい香りに、シャルロットは口元を覆った。何かしら、気持ち悪い……。



「まあ、美味しい」

「舌触りが良いですわね」

「用意した甲斐がありますわ」

 

 しかし他の参列者は単に味や香りを楽しんでいる。

 皆は普通なのに、わたくしだけ……?

 まさか、つわりで……?



 せめてカモミールティーを飲むフリだけでもしようと思ったが、手が震えてみるみるシャルロットの顔色は悪くなっていった。


「あら…。皇后陛下、どこか具合でも悪いのですか?」


 ビアンカがわざとらしく声を掛けてきたが、反論する余裕なんてなかった。

「あ…。申し訳ありません。少し食べ過ぎてしまったようで…わたくしはもう休ませていただきます」

 シャルロットは早口に捲し立てて、すぐにその場を去ろうとする。


「っ…」

 席を立つと同時に立ち眩みがして、テーブルに手を付いた。


「皇后陛下」

 そばに控えていたソフィーに支えられ、シャルロットは青白い顔で「失礼致します」と言葉だけは述べた。



「お大事になさってください」

 淡いピンク色の目は笑うように細められていたが、眼光は鋭くシャルロットを見据えていた。

 その言葉の意味を考えることもできず、早く部屋に戻って横になりたい一心だったシャルロットはそそくさと立ち去った。





「どうなさったのですか皇后陛下。何も口にはされていないように見えておりましたが」

「つわりかもしれないわ。吐き気と立ち眩みが酷くて……。ゔぅっ…。一度屈ませて」

 ソフィーとマルティンに支えられていたシャルロットは、ついにそう言って壁に手をやり屈み込む。その姿に、通りかかった使用人たちが何事かとちらちら視線を向けていた。



「皇后陛下、失礼でなければ私がお運び致します」

 マルティンに差し伸べられた手を、シャルロットはやんわりと制する。

「ゔ…。あまり大袈裟にしたくないの。変な噂になっても嫌だわ」


 どうにか息を整えながら、シャルロットは再び二人に支えられて歩き出す。高熱でも出したかのように頭がぼーっとして、視界がチカチカとしてきた。

「しかし、皇后陛下の身の安全の方が大事です」

 

 分かっているわ、そう言おうとしたけれど口が動かなかった。

 やがてシャルロットは視界が狭まっていくのを感じた。

「……!?」

「皇后陛下!?」

「皇后陛下!!」

 ぐらりと視界が反転し、下り階段が映ったのを最後に、シャルロットの意識はぷつりと途絶えた。











 次に目覚めたのは深夜だった。

 夜の帳が下り、明かり一つ灯されていない。暗闇で目が慣れなかったシャルロットだったが、シーツの感触が違う事と天井にぼんやり見える模様が異なることから、ようやくジャスナロク王国にいるのだと思い出した。

 

 体を起こそうとして、何かに手を引かれた。


「…?」

 温かく大きな手だった。隣には、瞼は完全に落ちたアロイスの寝顔があった。

 眠っていても、本当に綺麗なお顔立ちだわ…。整った顔の肌が真っ白で、息を感じなければ彫刻品のよう。


 じっと見惚れていると、ツ…と涙がこめかみに伝った。


「シャルロット…」

 小さく呟かれた言葉に、胸が締め付けられる。



「わたくしはここにおります…」

 寝起きで掠れた声で返事をして、アロイスを抱き締めるように寄り添った。



 そのうち再び眠りにつき、次に目覚めたの時には朝日が昇っていた。


「具合はどうだ」

 ベッドサイドに腰掛けていたアロイスは、既に正装をしていた。朝日に照らされた黒髪が艶々と輝きを放っている。

「アロイス様…」

 神々しい。そう思って眺めていると、シャルロットの髪を撫でたいた手が後頭部で止まった。

「…おはようシャルロット」


 アロイスは顔を寄せると、シャルロットの血の気のない頬に自身のそれを重ねた。

「……良かった………」


 アロイスには目を眇めるシャルロットが、そのまま瞼を下ろして永遠の眠りに付いてしまう気がした。



「………アロイス様…」

 ガタガタと震える体を包むように、シャルロットは腕を回した。





 例によって、シャルロットは三日三晩寝込んでいた。

 その間に事態が大きく変化したことを、シャルロットは朝食のスープを摂りながら知らされることとなった。




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