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仲直り





♢♢♢



「陛下、こちらにいらし──」

「あの男を牢屋に連れて行け」

「はっ……彼が何か…」

「見て分からぬのか。あの者が皇妃と蜜月の仲じゃないか。皇妃の未来の子の父があの者だったらどう責任を取るつもりだ」



 花に囲まれ、笑顔をこぼす一人の女性。

 彼女の隣に立ち、その笑顔を向けられた男が、妬ましかった。容赦もなく、その男を彼女の前から消すことしか頭になかった。



♢♢♢





「シャルロット!!」

 アロイスは再びシャルロットのか細い腕を掴んだ。

「離してください!」

 振り払おうと髪を振り乱すシャルロットの頬には、涙が伝っていた。


「っ…!」

 泣かせたかったわけではない。

 傷付けたかったわけではない。


 気付けば、シャルロットを逃すまいと必死で腕に抱いていた。



「すまないっ…」

 シャルロットの動きがピタリ止まる。アロイスは今度こそきつくシャルロットを腕の中に閉じ込めた。


「そなたを責めるような言い方をした。

嫌がるそなたと情交を結ぼうとした」

「…………」

 


 私はあの頃と何も変わっていない。彼女のそばに他の男がいることが許せなくて、殺してしまいたいとまで思う。変わろうと努力していたが、そう簡単に変われはしなかった。

 だが今その心中を彼女に打ち明ければ、私はシャルロットに更に軽蔑されてしまうのだろう。

 それなら、この思いは胸に秘めておく。


「もうそのようなことはしない。

……だから私から逃げないでくれ」



 彼女に嫌われるくらいなら、この人生に終止符を打つ方がマシだから。



 大人しくなったシャルロットは、代わりにアロイスの胸にぐりぐりと顔を寄せた。衣服の裾を握ってくることさえ愛おしくて、アロイスはラベンダーの髪に唇を寄せた。

「……でも、陛下…。朝食も一緒に摂ってくださらないし、寝室にも来てくださらなかったではありませんか…」

「そなたにこれ以上拒まれたくなかったのだ」


 シャルロットがちらりと顔を上げると、アロイスが嬉しそうに微笑んで顔を覗かせてくる。エメラルドの瞳がシャルロットを惹きつけ、振ってくる顔を受け入れるように目を閉じた。


 柔い温もりが唇に重なる。抱きしめる腕の力が強くなり、シャルロットは身を捩ってアロイスに向き直った。

「っん…ふ…」

 後頭部を引き寄せる手が距離を許さない。離れてはまた重なる唇は、啄むような口付けから深いものへと変わっていった。



「っ…お待ちください…っ。このようなところでっ…」

「そうだな。続きは二人きりにしよう」

「っきゃっ」

 シャルロットを軽々抱き上げ、アロイスは皇宮に戻っていく。

 マルティンは頬を染め顔を逸らし、エリックは周囲への注意を怠らない。トルドーは真顔で護衛対象の二人を見つめ、ラクロワは「陛下ー、見せびらかすのは良くないですよー」と煽っていた。



 道すがら官僚や大臣らに出会ったが、皆二人の登場に驚きつつ頭を下げていく。

「…恥ずかしいです」

 シャルロットは赤くなった顔を隠すようにアロイスの肩に顔を埋める。

「見せつけないとまた大臣らが女を連れてくるぞ」

「それはっ…!……嫌です」

「それなら牽制しておかないとな」


 背中を支えていた手がシャルロットの顎を捕らえる。

「え…?」

 戸惑う間に上を向かされ、整った顔が降りて来た。




 ざわっと周囲が色めき立つ。キスされていると気付いて距離を置こうとしたが、その前にアロイスの方から離れていった。

 シャルロットや目撃者の混乱を他所に、してやったりとほくそ笑んでいる。

「…アロイス様」

 シャルロットがジト目で見つめたが、それさえもアロイスには可愛らしく見えて額に口付けた。


「アロイス様っ」

「そなたへの愛が溜まっているんだ。許してくれ」

「…そんなことを言われてしまったら、拒まないではありませんか……」

「…もう私を拒むな」

 その顔は、まるで捨てられた子犬のようだった。天下の皇帝が、わたくしの態度一つで傷付いている。

「…申し訳ありません」


 扉が開かれると高価な壺やネオンマリンが挿さった花瓶が置かれた金で作られたような豪奢な部屋があった。その中央のベッドにシャルロットはそっと降ろされる。


「どこまでならしていい」

「え…」

 上着を放り、タイを外す姿が妙に色っぽくて、シャルロットは顔を逸らした。

「キスもダメなのか」

 ボタンを一つ一つ外していく。その綺麗な指筋にも、ちらと覗く厚い胸板にもドキドキしてしまう。


「…キスは…大丈夫ですわ」

 そう告げた瞬間、ガバッと大きな何かが覆い被さって来た。状況も理解できないまま手首を頭の上で拘束され、唇に柔らかなものが触れる。

 そして次には舌で舐めるように優しく、けれど強引に唇をこじ開けられた。貪るようにディープなそれに、ダメと思いながら体が疼いてくる。


「胸は」

「ぁ…もう触れているではありませんか…っ」


 絹越しに胸を揉まれ、立ち上がった先端を指で弄くり回される。

 唇が解放されたシャルロットの口元からはだらしなく唾液が流れていた。ぺろりと舐め取られ、その唇がネグリジェを巡って胸に到達する。

「ふっ……ん…」

「最後までしなければいいのか」

 こくりこくりと頷いたシャルロットを見上げてから、アロイスはシャルロットの意思を曲げようとさせるように甘い体を弄んだ。





 その頃アロイスの執務室では───。

「陛下遅いですね…」

「しばらく席を外すとおっしゃっていたが、もしかしたら今日はもう戻られないのでは…?」

 やきもきする官僚の傍で、マーカスは仲直りは成功したようだな…と悟っていた。











 王国では日夜頭を悩ませていた。

 オスカルの犯行は騎士や記者たち多数の目撃者がいるため、濡れ衣の主張は難しく、王国の人間とはいえ引き渡しを要求できるような立場になかった。しかしこのままでは王国は人身売買に加担した、いや、まぎれもなく売買の当事者であり、オスカルも極刑となってしまう。

 帝国でそのようなことをしでかした王子であると知れ、たちまち王国の評判までも落ちていく最中。


「オスカルがあのようなことをしなければ…」

 国王スーザは顔を皺だらけの手で覆い、深々と溜息を吐いた。


「父上、胸中お察しします。国民からも怒りの声が上がっており、騎士団内でも一部暴乱がありました故…。オスカルを庇護すれば更なる混乱を生み出すことでしょう」

 一歩前に出たのは第一王子レオナルドだった。野望を抱きアロイスを目の敵にしていたオスカルとは正反対で、民の心に寄り添うレオナルドは帝国の裁きを受けると聞いても驚きはしなかった。


「弟を見捨てるのですか?レオナルドお兄様」

 ビアンカは淡いピンク色の瞳でちらちらと周囲を警戒しながら皆がどう出るのかを見ていたが、大臣たちが何も言わないのを見て切り出した。


「…オスカルはそれだけのことをしでかした。擁護しきれないだろう」

 …オスカルお兄様に嫌われていたけれど、レオナルドお兄様はそれでも弟を可愛がり陰ながら援助をしてあげていた。そんな人でさえ、簡単に弟を見捨てるのね。

 てっきり情が深いあまり、絶対に助け出す方法を見つけるなんて言い出すのかと思っていたけれど…。



 …それとも、私たちにも良い顔をして、本心では王位を狙っているのかしら………?

 男しか王位を継げない王国で、現在王位継承権を持つのはレオナルドお兄様のみ。帝国に身柄を拘束され、人身売買という大罪を冒したオスカルお兄様はその権利を持たないと言って等しい。




「レオナルドの言う通りだ。あいつだけがしでかすのならまだしも、王室にまで迷惑をかけおって…あの馬鹿め」

 小心者の父上も家族でさえ簡単に切り捨てる。


「帝国に正式に謝罪の公文と献上品を送りましょう。それだけで体裁は変わるはずです」

「そうだな…。それから、人身売買には王室は関わっていなかったことも伝えておかねばならない」

 保身に走るばかりでつまらない男たち。ビアンカはそう心の中で見下していた。


「しかし帝国がそう簡単に許してくれるでしょうか?」

「帝国は戦勝国だが降参した国の王族が処刑された例はない。それに新皇帝陛下は戦争の経験がない未熟な王だ。まさか我々の首まで飛ばしはしないだろう」

 …未熟な王、ね。

 エンリオス公爵を証拠を押さえた上で捕らえた手腕が皇帝陛下のものなら、侮ることはできない。

 

 先に送っておいたベア・モーリッツも追い詰められ、未だに連絡が取れない。

 皇后を良いところまで追い詰めたが最後のトドメを逃した。本来なら処罰したいところだけど、あの男にはまだ利用価値がある…。



「ですが…未熟だと思われていた陛下の腕前は見事だと聞きます」

「舐めてかかっていた臣下からの信頼も厚いそうです」

 帝国に従順な大臣たちは過去の戦争で王国が帝国に何をされたのか、口を酸っぱくして聞かされたのだろう。


 まるで犬のようで気味が悪い。



♢♢♢



「幸せになりなさい、ビアンカ」

 薄桃色の瞳が瞼の下に隠れる。

 灰色がかったミルクブラウンの髪が風におよぐ。一部は血液で黒く汚れていた。


♢♢♢



 わたくしは、そんな最期は迎えない。



 ビアンカは伏せていた顔を上げて大臣も惚れ惚れするような笑みでスーザを見つめた。

「父上、わたくしに名案がありますの」




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