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崩落




 自分がどれほど追い詰められた状況なのか、それは敵に三方を囲まれた時点で分かっていた。しかし切羽詰まってもなお、貴族たちと仮面ごっこをしてきたエンリオスはそれを顔に滲ませることはなかった。


「はっ…。私には何の罪もない。

貴様らの方こそ私を侮辱するような発言は撤回したほうがいい。

皇室がガルパット鉱山の職人不足を放置していたからストライキが起こり、今日までろう城が続いたんじゃないか」

 そうだ、その事実は変わりない。

 下手に焦る必要などない…。


「そのろう城も、貴方が引き起こしたものですよね。エンリオス公爵」

 そのステラの言葉で、落ち着かせようとしていた心臓がどきりとした。


「何を言っている」

「採掘職人の住まう西部地域の地主、インゴルフ・リャムナーを利用して採掘職人を脅させ、ろう城を企てた。

公爵がリャムナーと会っていた証言は複数人から取れています」

「嘘を言うな」

 即座にエンリオスが反論したことで、ステラとイアンはやはりと思った。



「処分されたから、ですか?」

 処分など、していないはずだが…。

 まさか、こいつらこの私の証拠を作るために奴を殺したのか……?


 エンリオスはギョロリと視線をステラに変える。ブワッとステラは鳥肌が立った。き、気持ち悪っ…!!

「…面識がないわけではないが、それだけでろう城を指示したということにはならない」

「公爵はいつもご自身で動くことはしない。

…しかし今日ばかりは、出向かないわけにはいかなかったようですね。

大事な王国の王子との取引ですから」

 イアンはジャスナロク王国側にある荷馬車に目を向けた。


「………」

「しかし正規の関所を利用せず、このような場所で会われているだけで、既に問題ですよ」

 こればかりは、エンリオスも反論の余地がなかった。取引をするにしても通常は関所を通して行う。

 しかしこのような不正に国境の壁が崩された場所で密会をしている時点で下手な言い訳はできないし、今回の取引においても記録に残らないことは紛れもない事実だった。


 今頃こいつらは関所を探しているはずだった。なのに何故私の居場所がばれたのだ…!




 弾かれた剣がくるくると回って地面に突き刺さる。オスカルとモーガンの勝負がついた瞬間だった。


「っ……くそっ……!!」

 オスカルは負傷した片腕を押さえていたが、それでも血が溢れて止まらなかった。

 この俺が、こんな澄ましたやつにやられるなんて……!!

 俺は一国の王子だぞ!たかだか公爵の子息というだけで生意気な…!


 キッと睨み上げても、モーガンはただじっとオスカルを見つめるだけで何もしてはこなかった。それが余計に惨めで、王子であるオスカルには経験のない屈辱に更なる怒りが湧き上がる。


「エンリオス公爵!荷馬車はまだか!」

 追い詰められたオスカルはやけになって叫んでいた。

「………っ」

「おい!」

「ええい、黙れ!」

 しかしエンリオスの方もまた、追い詰められついに焦燥を滲ませる。



「公爵…。俺が誰だか分かってるのか!!」

 オスカルのこめかみに青筋が浮かぶ。目の前の小生意気な男だけでなく、この老人までも俺を馬鹿にするのか…!

「お前は大人しくガキを引き渡せ!何のために俺がこんな辺鄙な山奥まで来てやったと思ってる!

それとも何だ、俺を嵌めたのか!」

「貴様が喋るほど状況は悪くなる。何故それが分からないのだ阿呆が!」

 カッとなったエンリオスも言い返したが、それに黙っているオスカルではなかった。


「お前っ…!

人身売買をしていた身で減らず口をたたくな!」

「おいっ!!」

 エンリオスはまさかそれを言うなんて、と目を見張る。

 ステラはひそかにせせら笑う。イアンとモーガン、ニコラス、森の中で囲んでいる騎士たちまでが、その事実を耳にしていた。


 悦に入ったステラは見惚れるほどの笑顔で二人の前に立つ。

「子どもたちの乗った荷馬車はここには来ませんよ。陛下が既に保護されましたから」

 ステラの言葉で、オスカルは「何だとっ…」と目くじらを立てる。エンリオスは絶望のあまり気を失いかけた。


「陛下はずっと前から気付いておられましたよ。

ただ証拠だけあっても貴方は簡単に逃げてしまえる。だから今日というチャンスを待っていたのです」


 オスカルとエンリオスを挟んでステラの反対側に立ったのはイアンだった。まさか、とエンリオスが駆け出すと騎士たちが次々と木陰から現れ、木から飛び降りてくる。


「っくそ!行け、お前ら!」

 オスカルは同行させていた騎士たちに指示を出す。命令遂行のため強豪である帝国騎士を相手に剣を抜いたが、王国の騎士はオスカルが逃げる時間すら稼げそうになかった。

 どうする…!王国にバレても父上が揉み消すだろうが、帝国に身柄を拘束される事態になればそうはいかない。国としての面子のために殺されかねない…!


 狼狽してきょろきょろと周囲を見回したオスカルの目に、騎士たちを鼓舞するステラが映った。

「っ…!」


「…きゃっ!」

 ステラの背後に回り込んだオスカルは、ステラのほっそりとした首筋に太い腕を回した。


「動くな!こいつの命が惜しければな」

 騎士たちはステラを振り返り、すぐさま動きを止めた。仕える帝国の皇女ステラが人質に取られていることに気付いたためだった。

「っふははははは!女一人でこうも容易く操れるとはな!

お前ら、まずそこの老ぼれを殺せ」

 オスカルが顎で指したのはエンリオスだった。驚愕の表情を浮かべたエンリオスは、次には目を細めて「貴様…」とオスカルを睨み付ける。


「なんだ、できないのか?それなら…」

「っうう…苦しいっ…」

 ステラは涙目になってやがてきつく目を閉ざす。


「ステラ皇女!」

「近付くなって言ってんだろ!」

 ステラの苦しげな表情に耐えきれず一歩踏み出したイアンに、オスカルは怒鳴り付けた。イアンはキリリと歯を食いしばる。


 ステラの方はというと、既に限界を迎えていた、コルセットをぎゅうぎゅうに絞められ、ただでさえ慣れない馬で走って来て下半身が疲れているのに、首まで締め付けられては意識が朦朧とし始める。



「たす、けて…。……ニコラ、ス……」



 無意識に、誰かの名を呼んでいた。



 トンッと木の上から飛び掛かったニコラスは、鞘ごと剣をオスカルの頭に打ち付ける。

「ゔっ…」

 うめき声を上げたオスカルはその場に崩れ落ちた。開放されたステラも倒れそうになったところ、ニコラスの筋肉質な腕が支えた。



「…ッコホッ、ゴホッ…。

……ニコラス……?」

 ステラの背と膝裏に手を回して抱き上げる。ニコラスの腕の中でステラは息も絶え絶えで、黄金色の瞳は焦点が定まっていないようだった。


 弱いくせに、強がってばっか。

 俺がいなかったら今頃どうなっていたことか。


「喉がやられてる。話さない方がいい」

「……懐かしいわね、貴方が…そうやって敬語を使わないの」

「俺の話聞いてたか」

 いつ以来か。確か、ずっと昔。まだ皇女という身分の意味さえ深く理解していなかった頃…だった、ような……。




 意識を失ったステラの首がガクッと落ちる。ニコラスは背後を振り向かずに声を掛けた。


「…こいつを巻き込むんじゃねえよ」

 ステラを巻き込んで苦しめたオスカルだ。本当はニコラス自身で手を下したかった。

 しかし王国の王子を帝国の許可もなく私情で殺めたとなれば、いくら人身売買に手を染めていたとしても国同士の争いの火種となりかねないと分かっていた。

 蹲るオスカルの前にモーガンが立ち塞がる。気配に気付いたオスカルが今にも噛みつきかねない勢いで見上げてきた。


「お前っ、上から見下ろすんじゃねえ!」

 モーガンは感情を宿さない瞳で見つめるばかりだった。

 

「…王子は昔から、私を目の敵にしていましたね」

「お前のその俺にだけ妙に冷めた態度がムカつくんだよっ!」

 オスカルの改めない態度でモーガンは察していた。

 これ以上話をしても無駄だ。王子はわかり合うかなどない…。

 モーガンがトンと首裏を叩くとオスカルは気絶して倒れ込む。駆け付けた騎士たちが両手を背に括り付けた。




「……っ…」

 今だ。逃げるなら今しかない…!



 もつれる足で走り出したエンリオスを、複数人の足が取り囲む。

 恐る恐る見上げた先で、見慣れた顔の記者たちが我先にと押し寄せてきた。


「エンリオス公爵!先ほど王子が仰っていた人身売買の件は本当ですか!?」

「関所を介さない他国との取引は違法ですよね!」

「国境の壁にこれほどの穴がありながら国に報告せず闇取引をされていたということですか?」

「事実であれば大罪ですが、どう責任を取られるおつもりですか!!」

 記者に問い詰められたエンリオスは初めこそ抵抗して逃げようとしていたものの、やがて憔悴しきって大人しくなった。イアンは一歩一歩と踏みしめてエンリオスの前に立つ。


「陛下のご命令です。

人身売買、密輸、脱税、その他諸々の罪で貴方の身柄を捕縛させていただきます」


 エンリオスは最後の力でイアンを見上げたが、既に生気を失っていた。

 



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