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式典開催






「んん…」


 唸り声を上げたシャルロットが目蓋を開くと、視界いっぱいにベーベルとクリストフの顔があった。



「うわっ…!」


 飛び退いた拍子にヘッドボードに頭をぶつけ、「いたっ…」と頭を抑える。



「大丈夫か!?」

「……口から心臓が飛び出るかと思ったわ…」



 ベーベルはシャルロットの頭をそっと撫でる。


「すまない…。一昨日の夜、シャルロットが部屋を出て倒れたと聞いて…」

「えっ…」




 壁を手で探りながらせっかく廊下に出られたのに、その後の記憶がない。


 数少ない機会を無駄にしてしまった。



 わたくしは、陛下を探せなかったのね…。




「どうして部屋を出たりしたんだ」



 気を揉むクリストフとは異なり、ベーベルは導火線に火が付いた状態だった。

 今にも雷が落ちそう…。


「ごめんなさいお父様…。その…、レイラの姿が見えなくて、探そうとして……」




 レイラごめんなさい、嘘なの……。


 心の中で謝罪をしながら、シャルロットは二人を見上げた。


 病み上がりの潤んだ眼差しに心を射抜かれたベーベルとクリストフは、「それなら仕方ないな」「一人で心細かったんだな…」と同情的になった。



 罪悪感で心苦しい。


 本当は違うのだけれど………。





 病み上がりのシャルロットを心配したレイラが食事を部屋に用意したお陰でシャルロットは気兼ねなく食事を終えられた。



「それで、シャルロット様と同世代ほどのご令嬢と、その護衛の騎士の方が、シャルロット様をお助けくださったのですよ」


 コルセットを締めようとする度に、レイラの言葉が苦しそうに跳ねる。


 食後の膨らんだお腹には辛いものがあった。

 遅くに起きたわたくしが悪いのだけれど。




「お礼をお伝えしないといけないわね。どちらの方?」

「それが…お名前をお伺いするのを忘れてしまいまして」

「そう…」


 皇宮にまで護衛を連れられる貴族は、公爵以上の身分を持つ者だけ。


 護衛騎士を連れている令嬢は限られているから、案外簡単に見つけ出せるかもしれない。




 この日のために用意した爽やかな青色のドレスは、まるで初夏の空のように澄み渡っている。


 そこに加わった純白のレースがシャルロットの愛らしさを一層引き立てていた。



「髪飾りはどちらにいたしましょう?」

「……左端の、花柄にするわ」


 青を幾十かに重ねたように深みのある色をした一輪の花のバレッタは、あの花畑を彷彿とさせた。






 公国の名が呼ばれ、クリストフに腕を組み、ベーベルと会場入りを果たす。


 公国に来てから初めて人の目に留まるシャルロットを、二人は温かな眼差しで見つめていた。



 …懐かしい。


 眩しすぎる光に、シャルロットは目を細めた。



 チラリと階上の上座を見やる。


 玉座は空席だった。



 やはり皇帝陛下たちは最後にいらっしゃるのね。




 かつてはわたくしが座った場所。



 …陛下とともに、いられた席。





 悲哀が漂っていたシャルロットが現実に戻ったのは、ベーベルに話を振られたからだった。




「シャルロット、こちらがディートリヒ公爵だ」

「初めまして、シャルロット公女」



 クリストフは挨拶を終え、隣でシャルロットを見守っている。



 シャルロットを見つめてくるのは、ベーベルと同世代ほどの背の高い男性だった。


 服の上からでも筋骨隆々とした肉体が目立ち、肩幅まで広いので幾分か若見えする。


 自信に満ちた顔付きと赤髪は、血気盛んな印象を受けた。




「お初にお目に掛かります、シャルロット・テノールと申します。お会いできて光栄ですわ」




 視線を逸らさず、堂々と胸を張る。

 シャルロットは花が咲いたように微笑み、ドレスを持って丁寧に頭を下げた。




「これは…育ちが良いようですな」



 目を見張ったディートリヒはベーベルを振り返る。

「恐れ入ります」とベーベルもまた丁寧な対応だった。




 ディートリヒ公爵家。




 前世でも何度かお会いしたことがある。


 代々騎士を輩出する家系で、公爵も騎士団を保有している。

 ディートリヒ皇室騎士団の騎士は、かつてシャルロットとアロイスの護衛をしていた。





「このような日に、公爵ご自身が陛下のおそばにいなくてよろしかったのですか?」


 リチャード・ディートリヒの片眉が動く。




 まだ若いというのに、周囲の高貴な雰囲気に萎縮せず、目上の私と対等な会話ができる。


 しかも、私の業務のことを知っていた…?


 ……面白い…。



 小皺の深いリチャードの口元に笑みが浮かんだ。




「本日は私の上の息子が護衛を務めておりますから、ご安心ください」

「公爵の御子息なら、いらぬ心配でしたわね。失礼をお許しください」

「とんでもない」


 ベーベルとクリストフが驚く間に、皇帝陛下入場の声が掛かる。

 




 先代皇帝のことは殆ど記憶にない。



 陛下は先代皇帝のことは口にしたがらず、わたくしも会ったのはこのパーティーきりだった。


 それも、遠くから眺めていただけ。




 恐らくパーティーに招待した時点で、お父様からの取引…わたくしと皇子殿下との縁談を受けるか否か、一考の余地があるとお考えだったのだと思う。

 

 


 


 皇族にのみ許される血のような濃い赤色のローブを肩に掛けた人物が二人、先頭に現れる。



 白髪を整えた初老の男性は、全てのパーツが形良く、美形で近寄り難い雰囲気漂う威厳のある風貌だった。


 伏せられていた切れ長の目が会場に向けられる。



 あの目…陛下にそっくりだわ…。




 皇帝の隣には、見惚れてしまいそうな艶やかなブロンズの巻き髪の皇后陛下が堂々たる出立ちをしていた。


 緋色のドレスは面積が狭く、豊満な体を惜しげもなく晒している。


 その背後に離れて、皇妃と皇子皇女たちが現れた。




 

 ステラ皇女殿下…。


 シャルロットの記憶通り、見知った顔はその一つだけだった。

 皇后陛下と同じ金の髪を持つ、華やかな雰囲気の皇女様。


 余裕の笑みをたたえて佇む姿に、シャルロットは感嘆の溜息を吐いた。





 皇帝から距離を置かず、赤髪の剣を携えた青年の姿がある。


 ディートリヒ公爵と同じ髪色と、ディートリヒ騎士団の制服を見て思い至った。


 “上の息子”と呼ばれていた方。


 お名前は思い出せないけれど、姿は何度か目にしたことがある。






「帝国に忠誠を誓う者たちに永劫なる繁栄を──。


今宵は帝国内に留まらず、各国から足を運んでくれた者たちもいる。長旅ご苦労であった。

皆が集まってくれたことに感謝する」




 つらつらと陛下の演説があり、来賓は静かに耳を傾けていた。


 それが終わると、皇帝陛下と皇后陛下は玉座に腰掛け、それぞれが社交に戻った。




「ディートリヒ公爵様、陛下がお呼びです」

「分かった。

ではテノール大公、公子と公女も、ごゆっくりお過ごし下さい」

 シャルロットはクリストフとベーベル同様、会釈で挨拶をした。




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