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採掘職人の取引相手




 いつもは坑道を通ってやって来ていた男が、その日ばかりは時間を過ぎてもやってこない。焦燥が滲む採掘職人らは舌打ちをして坑道の外を見に行く。茂みの方からチカチカとライトが光り、顔を見合わせた採掘職人らはその明かりに近づいて行った。

 夜の森に紛れるように男は一人でいた。離れた位置で護衛の男たちや侍従らが待機している。

 木箱三つが置かれ、果物の爽やかな香りが漂っていた。



「皇帝と皇后が来るなんて…ここまで大事になるなんて聞いてねえぞ!」

「ただ三ヶ月引き篭もれば良いんじゃねえのかよ!」

 採掘職人の二人は男に詰め寄る勢いだった。しかし護衛の剣が抜かれ、二人の首元に向けられると、それ以上感情に任せて突っ走ることはできなかった。


「鉱山に閉じこもり遊んでいるだけで大金が手に入ったと飛びついていたくせに、よくも口が回るものだな」

 採掘職人らは一層目をつり上げた。



「あれほどの大金をはたいたんだ。それほどの価値のある仕事だと普通気付くだろう。

…そうか。まともな教育を受けていない平民の中でも下層階級にいる貴様らには分からないか」

 男は目をカッと見開いて蔑視し、鼻で笑う。

「お前も平民だろう!」

「お前らとは違う。優れた教育機関で学び、卒業した。同じ立場だとは思わない方がいい」

 護衛の剣を交わし抵抗しようとした一人は、護衛の者の手によって背中から肘で打たれ、その場に膝をつく。


「待て!手を出すな!」

「さすがお頭。面倒見がいいな」

 ゆったりした口調はさらに採掘職人らを苛立たせた。ティボーはぐっと眉を寄せ、堪えていた。

「うゔっ!」

 膝をついていた一人は片手を頭の後ろにまで上げられて押さえつけられていた。


「やめてくれ!」

「では今更抵抗などするな。

あのことを世間にバラされたくなければ尚更だ」

「っく………」

 歯を食いしばったティボーに、男は歯を見せて嘲笑う。やがて背を向けて遠ざかると、護衛や侍従もその後を追っていなくなった。




「大丈夫か!」

「お頭…。すいません…」

 ティボーや仲間の手を借りて男はなんとか立ち上がる。

「何か裏があるとは思ったが、はなから我々のことは手駒にしか見ていなかったわけだ…」

「お頭…」

「これからどうしますかね。さすがに皇帝たち相手にしてここまでやるのは…」

「だからって今更引き返せねえだろ!」

「そうだけどよ…!」

「静かにしろ。まだ役人が残ってるかもしれない」

 ティボーの声に返事をして、一同は坑道へ戻っていく。



 巨木の上に潜んでいたラクロワは「ぷはあー」と大口を開け、飛び降りた。

「やーっぱり外部と繋がりがあったのか」

「それも、特に厄介な連中とな」

 ラクロワに返事をするように、木の裏に隠れていたトルドーは姿を現す。腰に手を当て、やれやれといった様子だ。

「陛下に報告だな」







 その日の明朝。

 アロイスはうとうとしながら隣の寝顔を見ていた。本人が起きていれば顔に穴が開くと思ったことだろう。


 シャルロットはいつまでも見つめていても目覚める気配がない。ただでさえ会える時間は限られているというのに、このまま寝られていては勿体ない気もする。

 だが日々の公務に疲れているであろうシャルロットを寝かせてやりたいという思い、癒される寝顔をいつまでも見つめていたい思いが、起こすのを踏みとどまらせていた。


 だがな…。そろそろ触れ合いたくなってきたな……。


 悶々と考えながら頬に手が動き、柔らかな唇に口付ける。シャルロットは全てが柔い。唇も、肌も、心まで。全身でその柔らかさを感じていたくなる。

「…ん…」

 薄らと目を開いたシャルロットは、また目を閉ざして眠りに落ちてしまう。残念に思っていると、微かに足音が聞こえてきた。





「陛下、お目覚めでしょうか」

 シャルロットの肌が見えないよう、シーツを首まで被せてから、簡単に寝巻きを着て扉を開く。そこにいたのはトルドーだった。


「鉱山の採掘職人ティボーらが外部の者と接触を図りました。食糧を受け取り、何やら揉めていた様子です」

「やはりか。相手は?」

「インゴルフ・リャムナーです。ガルパット鉱山の付近では名のある地主で、土木業リャムナー商会の会頭です」

「インゴルフ・リャムナー…」


 聞き覚えのある名だな…。アロイスが顎に手を当て考えに浸っていると、「詳細は執務室でお話し致します」と言ってトルドーは早々に立ち去った。




「アロイス様…?」

 眠たげな声で目を擦るシャルロットは、隣にいないアロイスを探して扉を見た。

「シャルロット、進展があったようだ」

「進展…ですか??」

 なんの話か理解が追いつかないシャルロットは首を傾げた。






「インゴルフ・リャムナー側によると、鉱山に三カ月閉じこもることが目的のようです。既に採掘職人らには大枚がはたかれ、あのことをバラされたくなければ抵抗するな、と採掘職人らを脅しておりました」

 三ヶ月……。

 経済を潤す貴族が大好きな宝石の流通が三ヶ月滞れば、経済には大打撃。その頃には他国にも帝国の良くない噂が絶えなくなっているに違いないわ…。



「私からも報告がございます。

付近住民の証言によると、採掘職人らが楽に稼げる副業を始めたと言っていたようで、急に羽振りが良くなったようです。

それから、リャムナーが採掘職人らが住まう辺りいっぺんの土地を買い取り、採掘職人らに一方的な立ち退きを命じていたことが同町の方たちの証言で明らかになりました」


 宰相マーカスは手元の書類を見ながらアロイスたちに報告を述べた。アロイスの隣で、シャルロットは静かに報告を聞いていた。


「採掘職人らは初めこそ応じることなくリャムナーに反発していたようですが、突然手のひらを返したように従い始めたそうです。


詳しい繋がりは分かりませんが、今回の鉱山ろう城にインゴルフ・リャムナーが深く関わっていると考えるべきだと思われます」

 インゴルフ・リャムナー…。前世でも聞いたことないわね…。



「…羽振りが良いことで地主のリャムナーの反感を買ったとか?地主は独占したがるっていうし」

「それでは鉱山を占拠する理由にはならない。他に明確な目的があるはずだ」

 発言を終えていたラクロワはぼそぼそと隣にいたトルドーに尋ね、呆れた様子で返されていた。



「トルドーの言う通りだ。

例えば…帝国の経済を停滞させるとか」

 それは、昨夜アロイスが述べた不安だった。

 その場の空気が氷ったようだった。お互いの滲んだ焦りが伝わってくる。


「…経済が滞れば国力が衰退し、民は自力で生活ができなくなる。私のことをよく思わない勢力にとってはこれ以上ない好機だろう。

だがそんな絶好の機会を他国が逃すわけがない。大陸一を誇る帝国をここぞとばかりに侵略し、基盤を踏みにじられた帝国民の悲しみは怒りに変わり、皇帝が悪になるわけか」

 自国民にも他国にも見放される。これでは前世と同じ結末になってしまうわ…。


「大袈裟ですよ、陛下」

 ラクロワはアハハっと軽く笑っていたが、現実にそれが起こりうると思ったシャルロットの顔は青ざめていた。




「羽振りが良くなったのは鉱山ろう城の前払い金を受け取ったから、だとすると、リャムナーが対立する立場の立ち退きを命じるのは可笑しな話だ。ろう城を脅されているなら尚更、採掘職人らが初めに反発をするはずがない」

 アロイスが考えをまとめるように呟く。

「何か別の理由で羽振りが良くなった、ということですね…」

 何かを考えるようにマーカスは顎に手をやる。



 皆が沈黙したところで、シャルロットは気になっていた疑問をぶつけた。

「楽に稼げる副業、というのが気になりますね」

「恐らく、違法のものでしょう。

平民で副業をしている人は少なくありませんが、人から羽振りが良くなったと言われるほど稼げるような職はほとんどありません」

 マーカスは渋い顔をする。


「それをリャムナーに知られて、初めは脅され、次に大金を手に入れて喜んでろう城し、現在我々の訪問に恐れたというところか」

「…ありがたいことに、リャムナーと採掘職人の間は固い同盟というわけではなく、上下のある亀裂の入った危うい状態です」

「…やはり採掘職人らを回収する必要があるな」

 やはり…?



『食糧を送ろう。長くろう城してそろそろ尽きてきた頃だろう』


『職人のそなたらを労わらなかったこちらにも責任はある。

退職金を出そう。五年分の給与でどうだ』



 シャルロットには思い当たる節があった。

「先日彼らに恩恵を与えるような態度を取っていらっしゃったのは、わざとだったのですね」

「明らかに怪しいからな。事実奴らの目的は金ではなかった」

 シャルロットの心にはもやが渦巻くようだった。

「至急副業とインゴルフ・リャムナーついてお調べいたします」

「頼んだ」

 マーカスが下がり、その日はその場で解散となった。



 不安を抱えたまま、シャルロットは応接間へ向かった。そこでは、皇宮に招かれた宝石商が朝日にも負けない眩さを演出させていた。宝石商が両手をこねながらへこへこと低姿勢を見せる。


「皇后陛下、本日は皇宮にお招きくださりありがとうございます」

 招いたのは皇帝陛下のアロイスで、シャルロットはちっともそんな気分ではなかった。しかしこの場は数ヶ月前より予定されていたもので、なおかつこの後お茶会のあるシャルロットへのアロイスからの最大限の配慮だと分かっていたため、拒むこともできなかったのだ。



「どれも素敵ね」

「ありがとうございます」

 大粒ダイヤのネックレス、小ぶりなピンクサファイアのイヤリング、トパーズの指輪…。

 前世では全くと言っていいほどいただけなかった。アロイス様が守銭奴だったわけではなく、単に宝石をプレゼントするという発想がなかっただけなのでしょう。鉱山の件で過去を思い出し元気のないわたくしに何をすべきかと、アロイス様はステラに相談していたそう。



 それにしても…採掘が止まっているわりに、上等な代物が多く揃っているのね……。

 街の宝石はほとんど買い占められたと報告では聞いていた。皇后であるわたくしに配慮して避けておいたのかしら…。


 シャルロットはふと足を止めた。

 目に止まったのは、小さくカットされたエメラルドが等間隔に付いたゴールドのブレスレットだった。

 アロイス様の瞳の色と同じだわ…。


「さすが皇后陛下、お目が高いですね!こちらは洞穴で月光だけを浴びて育ったエメラルドです。海のような深みのある色をしておりますが、月の元では透明感のある色味に変化します。それはまるで皇后陛下の瞳の色のようですよ」

「わたくしの…」


 海よりは薄く空よりは青い瞳。アロイス様とわたくしの瞳と同じ色。

「…これにしますわ」

「ありがとうございます。他には…」

 腕に付けて高く掲げる。太陽に透かすと新緑の木漏れ日のようにキラキラとしていた。シャルロットはさっそく午後のお茶会にブレスレットを付けて行った。





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