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少女と騎士







 それから幾つもの季節が流れた。



「シャルロット様、お急ぎください!」



 レイラの声で馬車までの道のりを足早に歩く。


 ベーベルとクリストフは既に乗車しており、クリストフが中から手を差し伸べた。



「いつもより派手じゃないか?」

「てっ、帝国に赴くのですから、このくらい…」



 はぐらかそうとしたが、ベーベルも「確かに…。そんな大きなダイヤなど付けて」と不思議そうに見つめてくる。




「そんなに張り切っても着くのは一月半(ひとつきはん)後だぞ?」




 シャルロットの住まうテノール公国から、ラングストン帝国まではかなりの距離がある。


 さらに、帝国から南西に位置する公国の中でも、邸宅はさらに西にあり、帝国の皇宮は国の北に存在する。

 そのため、帝国に入ってからも何日も馬車になっていなければならない。



 けれど張り切ってしまうのは見逃していただきたい。


 あれから二年が経ち、帝国の皇帝陛下即位20周年を祝した記念式典に私たちは招待された。



 そう。ようやくラングストン帝国を訪れることができるのだから…!





 そう張り切っていたシャルロットだったが、帝国の皇宮に辿り着く頃には体が重く、気怠かった。


 長旅と聞いて腹を据えていたつもりだったが、前世でも一度経験した事だから耐えられるだろうと高を括っていたところもあった。



 初日からコルセットを閉めてドレスなんて着るんじゃなかったわ……………。



 顔色の悪いシャルロットを、レイラは心配そうに見つめる。



「シャルロット様、少し横になられてください」

「そうするわ…」



 体が言うことをきかず、立っているだけでやっとだった。


 ベーベルに支えられ、クリストフが見守る中、早めにベッドに入ることになった。



 その晩には発熱や頭痛があり、医者に風邪だと診断されたシャルロットは、翌々日の記念式典には出席できなかった。






「大丈夫か、シャルロット…」

「一緒にいてやれなくてすまないな」




 クリストフとベーベルは沈んだ表情でシャルロットを覗き込んだ。


 式典に出席するため、公国の格式張った服装だった。



「わたくしも…出席したいです…」




 息を切らしたシャルロットはうっすらと顔が赤く、開ききらない目が潤んでいる。


 父兄は同じように目を潤ませてシャルロットを愛でた。




「明日からは記念のパーティーが開催される。今日だけではないよシャルロット」

「今は風邪を治すことだけを考えなさい。旅の疲れが出たのだろう」


 クリストフに頭を撫でられ、ベーベルに温かな眼差しを向けられ、シャルロットは何も言えなくなった。


「………はい……」





 後ろ髪を引かれるように何度もシャルロットを顧みた二人は、ついに扉の向こうへ行ってしまった。






 一人になった部屋は、空虚で、寂しい。

 



 …何をやっているのかしら、わたくしは。




 ここで陛下を見つけ出せなければ、何の手掛かりも得られない。



 もしかしたら、二度と陛下にお会いできないかもしれない……。


 体調が悪く弱気になった頭が、全てを嫌な方向に流してしまう。



 溢れる涙が止めどなくこめかみを伝う。


 横を向いたシャルロットの枕は、汗と涙でぐっしょりだった。






 しばらくして、シャルロットは重い目蓋を開けた。


 日の差し込んでいた窓は閉ざされ、光がないから何も見えない。



 泣き疲れて眠り、夜になってしまったようだった。

 レイラの姿がないわね…。




 身動きが取れないほど重かった体は軽くなり、シャルロットはベッドから体を起こした。


 途端に潜んでいた頭痛に襲われ、目眩がして床に落ちる。


 まだ頭がクラクラする。



 でも…。



「陛下を、探さなきゃ…」



 足元がおぼつかないため、壁に手を当てながら部屋を出た。


 廊下は静まり返っていたが、歩くうちに人の声がした。


 誰かいるの…?




「陛下…」



 寝言のようなものだった。


 意識が薄れていたシャルロットの足が止まり、力が抜けて床へと倒れ込む。



「あっ…!」


 しかしその直前に、シャルロットは誰かの腕に倒れていた。






 少し前のこと。




 レイラは顔面蒼白で部屋を見つめていた。


 シャルロットの額に乗せるタオルを浸す水を変えるため、バケツを持って部屋を離れたのは僅かな時間だった。




「シャルロット様…?」



 ベッドのシーツが半分床に落ちている。



 まさか、と嫌な事態が頭に浮かんで、バケツを持つ手がカタカタと震えた。




「シャルロット様!」 




 気が動転してバケツを手放してしまう。


 ひっくり返ったバケツから、水が溢れ出た。



 それが、元に戻らない事態を暗示しているようで、更なる恐怖に襲われる。




「シャルロット様っ!!」




 “誘拐”。


 今までその危険がなかったわけではない。


 公国の公女という立場もあり狙われていた事はある。それを自ら阻止し守ってきたのが、ベーベルとクリストフだった。


 それだけじゃないわ。今まで見てきたどんな女性よりもお美しいシャルロット様なら、その容姿に惚れられてということも十分にあり得る。



 私が目を離してしまったから……っ!


「お返事ください!シャルロット様!!」




「ここにいます」


 水のように透き通ったシャルロットの声ではない、はっきりとした聞き取りやすい声だった。


 部屋の入り口には、シャルロットと歳の変わらぬほどのドレス姿の少女と、剣を腰に差した筋骨逞しい青年が控えている。



 その青年はシャルロットを横抱きにしていた。




「シャルロット様!!」



 駆け寄ったレイラの顔がみるみる歪んだ。

 昼間よりも顔が赤く、息が荒くなっている。



「そこのベッドでいいですか?」

「はい…。あの、シャルロット様はどうして…」


 青年がシャルロットをベッドに下ろす間、少女は気の強そうな顔を和やかに崩し、レイラに説明した。




「廊下を彷徨っていましたが、途中で倒れてしまったのですよ。ラベンダーのような淡い紫の髪の令嬢は珍しく、帝国には一人もおりません。そこで各国からお越しの貴賓の方だと思い、彼女がきた道を辿ってみたのです」


 レイラの吐息は未だ震えていた。


 助けてくださったのがこの方たちでなければ、今頃シャルロット様の身に危険が迫っていたかもしれない…。



「そうだったのですね…。

シャルロット様はテノール公国の公女様でございます。この度は助けていただきありがとうございました」


 レイラは深々と頭を下げた。



「いいのですよ。式典から遠ざかれたし…」


 レイラには最後の言葉が聞き取れなかったが、気にも留めず、恩人をこの目に焼き付けていた。




 少女は眩いほどの黄金の髪と瞳をした華奢な令嬢だった。

 青年の方は燃え盛るような赤髪で一切の無表情だった。


 それがやけに威圧感を覚えさせるのは、隣の少女に比べて体格が良いからなのだと思った。




「でも、シャルロット様はどうして部屋を出たりされたのでしょうか…」

「さあ、そこまでは…」



 謝礼としてレイラはお茶を勧めたが、病人はゆっくり寝かせてあげるべきだと少女は拒み、青年とともに部屋を後にした。





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